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3/23(土)  観戦四日目 女子シングルフリー

やった!やりましたよ!!

スルツカヤ優勝!!!

ばんざ〜い!!!
ばんばんざ〜〜いっ!!!



 今世界選手権最後の競技種目、最終グループ。もうドキドキしてドキドキして、彼女の演技を見つめた。……ちょっと落ち着いて、今日のはじめからの歩みを振り返ろう。

 フィギュア観戦最終日。朝はちゃんと起きて、9時半からのエキシビションの公開練習を見に行く。今日はエムウェーブまでのシャトルバスが午後からでないと運行されないため、普通の路線バスに乗っていく。同じ境遇の人々で、バスは超満員の状態。不自然な格好で立ったままなのが辛かった。そういえば、女子シングルでのブッテルスカヤ選手の棄権は、実は会場へ行く途中に渋滞に巻き込まれて遅れたせい、という話がネットのニュースに書いてあった。他にも、怪我ではなく心身の疲労だとするニュースもあったが、どれがほんとなんだろう。

 さて、最初に練習を行ったのは、ペアの選手たち。明日のエキシビションは見られないので、ここでしっかり見ておこうと、身を乗り出す。一人また一人と、選手達がリンクに顔を出す。最初は知らない選手が多かったが、優勝した中国ペア、それからロシアペアのトットミアニーナ選手、アメリカペアのキョウコ・イナ選手などが続々と登場してくる。
 いつもは遠く離れたA席からの観戦だったが、公開練習は自由席なので、リンクのすぐ近くに陣取って見ていた。ここだと選手の顔もはっきりと見えるし、滑る音も鮮明に聞こえてくる。遠くからだと静かに回っているように見えるスピンも、実はギュルギュルギュルギュルとすごい音をさせているのがわかった。
 会場にはイージーリスニング系の音楽が絶え間なく流れていて、「自分の曲をかけてほしい選手は申し出てください」という英語のアナウンスが時々入る。あまり力を入れて滑っている選手は見当たらず、最終的に流れを確認する程度のようだ。
 今日は女子の選手も化粧は薄く、テレビで見るよりも素朴でいい感じ。キョウコ・イナ選手も中国のシュー・シェン選手も、こっちのほうがかわいい。そして僕は、5位になった中国のチン・パン選手を気に入ってしまい、写真をアップで何枚も撮った。

 45分間でペアの練習は終わる。整氷作業をはさみ、次に出てくるのは男子シングルの選手。ヤグディンや本田選手が見られる、はずだった。
 最初に現れたのは、アメリカのゲーブル選手、そして本田選手。本田選手は今日が誕生日なのか、会場のファンから「誕生日おめでとう」と声をかけられ、アナウンスメントでも、「スペシャル・バースデー〜」というコメントが流れていた。
 しかし、ヤグディンは現れなかった。エキシビションの練習には来ない選手もいるらしい、とは会場の貼紙で知っていたが、残念。レベル調整用に、音楽だけが会場に流された。
 さらに、その後に時間が取ってあったアイスダンスの練習には一人も姿を見せなかった。無理もない、昨日の夜が本番で、次の日の朝に練習と言われても、モチベーションが保てるはずがない。

 昼を越し、だいぶ待ってから女子シングル最終グループの練習を見るため、席に戻る。あまりに豪華なメンバーに、周りからもしきりにため息がもれてくる。特に女子は衣装が綺麗なのもあって、よりきらびやかに思える。
 スルツカヤ選手は、紫の衣装で登場した。ちょっと太り気味のような気もする。サーシャ・コーエン選手は赤を基調にした衣装で、結構かわいいかもと思ったりする。ブルー一色で身を包んだリアシェンコ選手も、たいそう美しい。
 ミッシェル・クワン選手は、のっけから気合いの入ったジャンプを飛んでいた。予選1位、ショートプログラム3位だから、今日最高の演技をすれば、他の選手の出来次第でまだ優勝のチャンスはある。
 そして、村主、恩田の両日本人選手。村主選手も、本番さながらの演技をこなしている。恩田選手はまた3回転をぽんぽん飛んでいたが、今日はさすがに何度か転倒していた。練習の時にはこうしたタイプと、ほとんど力を出さないタイプとがいる。人それぞれ、調整の仕方は違うようだ。
 選手のコーチ達は通常、リンクの出入り口の辺りに陣取って選手に指示を与えているが、サーシャ・コーエンのコーチだけは我々の席の近くに立っていて、コーエン選手がたびたびそこにやってきた。話し声なども聞こえてくる。あまり他の選手たちと交流を持たないタイプなのだろうか。しかし、それもまた人それぞれだ。




 公開練習が終わり、観客もどんどん数が増え始める。1時間半ほどの休憩を挟み、遂に競技が開始された。それでも序盤は下位選手が続くため、僕は席を離れ、クライマックスに向けて力を蓄える。
 再入場したのは、第3グループの演技が始まったあたりから。客席は今大会一番の入りようで、空いている席はほとんど見当たらない。席につき、姿勢を正す。最後にして最大の応援に向け、僕も気合を入れなければ。
 第3グループの途中でもう一度トイレに立ち、仕切り直し。いよいよ、最終グループのコールがなされる。さっきの公開練習で見た面々が再びリンクに集った。今度はみな本番用の衣装に着替えての登場だ。すぐにスルツカヤ選手を探す。練習とは一転して黒の衣装。そしてクワン選手はおなじみの赤。村主選手とサーシャ・コーエン選手は、練習と同じ衣装のようだ。
 6分間の最後の練習が始まる。選手それぞれのやり方は、公開練習の時とほぼ同じだった。スルツカヤは淡々とリンクを周回し、クワンや村主選手はプログラムに沿ってほぼ同じ演技、恩田選手はまたぽんぽんと3回転を飛んでいて、サーシャ・コーエンはあまり身を入れて滑らない。

 その日のスタート順は、会場で配られるスタートリストで知る。スルツカヤは現順位が1位なのに、滑走順はグループ最初だった。スタートリストを見て皆、「ええーっ、スルツカヤ最初なの?」と声をあげていた。最初に滑る選手は点が出にくいというのがフィギュアでは定説だ。僕も今日会場に入ってリストを見た時、ちょっと舌打ちをしてしまった。

 6分が経過し、練習が終了する。選手達はリンクの出口から外にでていくが、スルツカヤだけはそのままリンクに残る。彼女は最初の演技者なので、そのまま演技を開始するのだ。名前がコールされ、観衆が沸く。僕も精一杯の拍手。そして両手をぐっと握り合わせ、最初の連続ジャンプが成功すれば後はまとめれば大丈夫、そう思い、祈っていた。
 演技が始まる。最初のジャンプ。飛ぶ。3回転、そしてもう一度2回転。成功したが、あれ、これって3回転の連続じゃなかったっけ、という気がしてくる。もしそうなら、失敗ということになる。連続ジャンプはもう一度飛んだが、これも3回転−2回転だ。大丈夫だろうか。でももう仕方ない。このまま失敗せずに演技を続ければ、高得点は出るはずだ。とにかく失敗だけはしてはいけない。
 順調に演技は進んでいく。そして、最後のジャンプ。
 「ふがっ」と歯を食いしばってしまった。祈りが通じたか、ジャンプは成功。あとは心配ない。得意のスピンで最後をまとめれば、勝つ。きっと勝つ。
 あのプログラム、終盤のまとめ方が僕は大好きだ。高度なスピンを繰り返し、終わるか終わるかと思わせながらなかなか終わらない。充分に演技をし終えて、ポーズを取る。
 終わった!ミスはない、はずだ。大拍手、そしてスタンディングオベーション。全ての観客が立っているわけではなかったが、迷わず僕は立った。ちぎれんばかりの拍手を贈り、いったん座って得点を待つ。
 まずは技術点。5.7から5.9が出る。まずまず。そして、表現点。5.8と5.9だけが並んだ。また沸き返る観衆。
 「いよっしゃあ!」
 心で一声叫び、人心地つく。



 それでも、まだ他の選手の演技が残っている。でも、この前のオリンピック以降、順位点というものをしっかり把握していたので、見るべきポイントはわかっていた。
 クワン選手には負けても大丈夫。サーシャ・コーエンに負けてもOK。問題は、村主選手の演技だ。何故そうなるか。今回の女子シングルの競技は、予選、ショートプログラム、フリーの3回の演技の総合順位点で順位が決定される。順位点は、
 ・予選の順位 × 0.4点
 ・ショートプログラムの順位 × 0.6点
 ・フリーの順位 × 1.0点

の三つを足したものになる。この時点での順位点は、以下のようになっていた。

 スルツカヤ・・・・・1.0点(予選1位、SP1位)
 村主・・・・・・・・・・2.0点(予選2位、SP2位)
 クワン・・・・・・・・・2.2点(予選1位、SP3位)
 恩田・・・・・・・・・・3.6点(予選3位、SP4位)
 コーエン・・・・・・・3.8点(予選2位、SP5位)


 つまり、もしクワンが1位、スルツカヤが2位となっても、クワンが3.2点、スルツカヤは3.0点となり、スルツカヤが勝つ。恩田やコーエンと比べても同様だが、唯一、村主選手1位スルツカヤ2位のパターンのみ両者が3.0点で並び、並んだ場合はフリーの順位の上位者が勝つというルールで、村主が勝つ。要するに、警戒するのは村主のみ、という状態だったのだ。

 スルツカヤからリアシェンコをはさみ、クワンが登場する。競技前の練習を見ていて、割と調子良さそうだなと思っていたが、その通りの凄い演技だった。僕がこれまでに見た(と言ってもにわかフィギュアファンなので見た試合は少ないのだが)中で最高ともいえる演技。これには、観客総立ち。そして、投げ込まれる花やプレゼントでリンクは埋まった。
 クワンには負けてもいいと思いながらも、さらにもう一人に抜かれるとまずいことになる。ちょっと不安になりながら、クワンの得点を待つ。それにしても、オリンピックの時には割とクワンを応援していたのにと思うと、ちょっといけない気もしてくるが、仕方がない。でも素晴らしい演技には惜しみない拍手を贈った。
 結果、審判員は、スルツカヤに軍配を上げた。クワンの得点は高かったが、スルツカヤには一歩およばなかった。ほっと一息。ブーイングがあがるかと思ったが、それはなかった。スルツカヤの演技だって、同じぐらい凄かったのだから、順当ではある。
 そしていよいよ登場、村主選手。最近の彼女の演技は、固い。ミスがなく、きっちりと仕上げる、という意味でである。今日もそうだった。全てのジャンプが成功した。
 僕は、自分の世界をきっちりと作り上げるという点では、今回彼女が全選手で一番だったと思う。「月光」に乗って静かに繰り広げられる村主の世界は、強くひきこまれる何かを感じさせる。
 スルツカヤ、クワンに続き、またまた凄い演技に観衆は大興奮の様相だ。村主選手もちょっと応援してはいたが、もしかしてスルツカヤに勝っちゃったりなんかしないでね、と願っていた。かなり心配だった。日本での開催だし、もしかしたらもしかしちゃったりして、と思った。
 それでもやはり世界でのランク付けはあるようで、結局、スルツカヤ、クワンに続く第3位におさまった。これで決まった。観衆は理解しているのか知らないが、これで残る恩田、コーエン両選手が満点を出したとしても、スルツカヤには勝てない。

 勝った!勝ったのだ!!
 今大会、ずっと応援してきたスルツカヤが、優勝したのだ!!

 やっと落ち着いて後の演技を見ることができた。オリンピックの時は割とニュートラルな状態で見ていたからどの演技を見ても面白かったが、いざ誰かを重点的に応援すると、もうそれは叶わない。しかしスルツカヤの優勝が決まった後の、コーエンと恩田の演技については、じっくりと最後のフィギュアスケートを楽しんだ。
 コーエンはやはりミスをした。今大会はどうも調子が上がらずじまい。どこかで必ずミスをするので、これでは勝てない。それでもそこそこの点数が出ていたのは、今後の彼女に期待する思いが審判員の胸からあふれ出た結果かもしれない。
 恩田選手は最初のトリプルアクセルは転倒したが、それ以降は3回転が何度も決まり、大きな拍手を浴びた。本人も満足そうな笑顔を見せていた。彼女はアクセルにこだわらなければもっといい順位になれるのに、と思う。

 こうして全ての競技が終了した。しばらくの休憩ののち、表彰式が始まる。スルツカヤの名前が呼ばれ、彼女がリンクに登場するやいなや、いっせいに立ち上がる観客。僕も、スルツカヤの優勝が決まった瞬間から胸に温め続けた思いを、一気に爆発させる。スルツカヤは丸い顔をさらに丸まらせ、スタンディングオベーションにこたえていた。
 スケートリンクに絨毯を敷いて作られた表彰台の真ん中、一番高い場所に上がる。ひときわ大きな拍手。喜びを全身で表し、手を振るスルツカヤ。演技の時の真摯な顔と、こういう時の無邪気な表情とのギャップがたまらない。
 その後にコールされ、現れるクワン選手。彼女が横に立つのを見ながら、スルツカヤはずっとにこにこにこにこ。笑顔が止まらない。そして3位の村主選手がコールされ、銅メダルの位置に立つ。スルツカヤはにこにこにこにこ。
 そして彼女の首に、金色に輝くメダルがかけられた。四方に顔を向け、手を振り、ガッツポーズさえ見せるスルツカヤ。その間もずっとにこにこにこにこ。クワンや村主とも、時折言葉を交わしている。

 国旗掲揚。大好きなロシア国歌を聞きながら、スルツカヤの表情をスクリーンで見ていた。この時ばかりは感極まったのか、ちょっと泣きそうな顔になっていた。隣では、村主選手がもうわんわん泣いている。クワンは笑顔ながらも、ちょっと厳しい表情だ。そしてロシアの国旗が一番高い位置に掲げられた。見ている僕の目にも、涙があふれてくる。
 表彰台を降りたあとは、ウィニングスケーティング。またスルツカヤはにこにこにこにこ。金メダルを誇らしげに胸の前に差し出している。本当に嬉しかったんだと思う。だってこれだけ長く活躍しているのに、ビッグタイトルには縁がなかった。そして、今獲らなければ、今後はもっと優勝するのが難しくなってしまうだろう。若くて才能のある選手はいくらでも出てくる。

 別サイドの席では、一番前の客たちと握手までしていた。もう、なんでもしてあげちゃう、みたいな雰囲気。そんな様子を見ていても、優勝した喜びが伝わってくる。もうどんだけでもにこにこにこにこして下さい。


・・・

 こうして、今回の僕のフィギュア観戦は、幕を閉じた……はずだった。いや実は、嬉しいハプニングがあったのだ。会場を出て、思いがけず降ってきていた雪に身を隠しながら、バス停に向かう人の列に従って歩いていた。ふと横を見ると、いつも見かけるチケット売り場。明日のエキシビションのチケットは、SS席・S席・A席ともにずっと売り切れで、赤い文字の「売り切れ」という張り紙が三つ並んで貼ってあった。
 しかし今日見て一瞬でわかったこと。いつも並んでいる張り紙が今日は二つしかない。なんと、A席の欄に価格が表示してある。急いで売り場に行き、「明日のA席ありますか?」と尋ねる。
 「ありますよ」とあっさりした声が返ってくる。びっくりしたが、即決で買うことに決定。神様が、頑張って応援し続けた僕にご褒美を下さったのだ、と思った。
 ソルトレイクオリンピックのエキシビションを見て、ここに来ようと思い立った。フィギュアスケートの魅力がたっぷりと凝縮された、あの温かいステージ。あれが見られるのだ。しかも、スルツカヤが優勝した大会で、金メダリストとして紹介されるエキシビションが。良かった。ほんの少し予約のタイミングを遅らせたせいでチケットが取れなかったことを、ずっと悔やんでいた。これで何も思い残すことはない。明日はまた、目一杯スルツカヤを応援しよう。

 そして、もう一度。
 イリーナ・スルツカヤ、優勝おめでとう。

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