シャロウ・グレイブス

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ジェフリー・ディーヴァー 著/飛田野裕子 訳
カバー写真 ©ALAN POWDRILL/amana images
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫HM
ISBN4-15-079560-6 \940(税別)

 ニューヨーク州北部の小さな街、クリアリー。今、ロケーションスカウトのジョン・ペラムは相棒マーティーとともにこの街を訪れていた。目的は大作指向のプロデューサーが一転目指そうとする芸術的なラブ・ストーリーのためのロケハン。それは紅葉の時期に訪れる観光客を別にすれば、外からの客などほとんどやってこない小さな田舎町に、少しばかりの騒ぎを引き起こす。たいていはこの機会にエキストラでもいいから映画に演られないだろうか、などという、どこの街に行っても出くわす類のものであったのだが、ペラムのキャンピングカーにいきなりペットボトルのロケットが撃ち込まれ、しかもそのボトルの中から「あばよ」などと書かれた紙切れが見つかったりするのはどうも雲行きがおかしい。そしてその後も続く嫌がらせは、ついに相棒のマーティーを死に至らしめてしまう結果になった。しかもこの街は、それを単なるクラック中毒者の事故として片づけようとしている。マーティーがクラックなどやるはずがないのはペラムには良く分かっているのに、誰も彼の言うことに耳を貸そうとはしないのだ…

 ジェフリー・ディーヴァーがウィリアム・ジェフリーズ名義で発表した、ジョン・ペラムもののこれが実は第一作。「ヘルズ・キッチン」「ブラディ・リバー・ブルース」、そして本作と、発表順とは逆に歴史を遡って来た訳。前作(というか正確には次作なんだけど)でもしばしば語られる、ペラムの映画人としての過去なんかは、この作品でもある程度紹介されている。それをネタにもう一波乱も作れそうな気はするんだけど、あえてその辺はちょっとしたアクセント程度に抑えておいて、あくまでここで語られてるのは現代のカウボーイというかさすらいのガンマンみたいな存在であるペラムが、立ち寄った先で事件に巻き込まれ、傷つきながらそれを解決していく、というある意味非常に西部劇くさい物語。最近のディーヴァー作品の底意地の悪さはほとんどなく、主人公も特に(リンカーン・ライムみたいに)飛び抜けた才がある訳でなく、ただ怒りや譲れない情みたいなものだけを頼りにやみくもに進んでいくようなお話になっている。良くも悪くも、最近のディーヴァー作品からは想像もできないぐらい、シンプルなものになっているということですな。

 序盤から中盤にかけて、そのシンプルさがなんて言うかこう、もどかしさを感じてしまって、「おいおいディーヴァーでそれはないだろ」(だってディーヴァーの作品じゃなく、ジェフリーズの作品なんだから当たり前なんだけどね)などと思いつつお話を読み進めていくと、終盤にかけて栴檀は双葉より何とやらの喩えじゃないけど、やっぱり後年のディーヴァーらしい持って行き方の片鱗が見えたりするあたりがちょっとうれしいかな。これがウィリアム・ジェフリーズ作・「死を誘うロケ地」(本書の元タイトル)だったらたぶんわたしゃこの本、買ってなかったと思うもんね。商売的にはうまくやったな、って感じですか。

 アメリカ各地を飛び回るロケーション・スカウトで、なおかつ実は映画屋としてもそれなりのキャリアを持っているという主人公、ペラムのキャラクターとか、シリーズもののための布石もそれなりなんだけど、後が続かなかったって言うのはやっぱりそれだけでは、キャラクターの魅力にもうひと味、足りないものがあったんだろうな、と思わされた。あちこちを回ること自体はいいんだけど、行った先でペラムが事件に巻き込まれ、それを何とか自分で解決しようって気にさせる、ってとこまでお話を持って行くのが結構たいへんなんだろうね。いろんな意味でディーヴァーが生れるための習作的なシリーズだったのだな、という感じ。それなりに面白いけど。

03/03/21

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