ヘルズ・キッチン

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ジェフリー・ディーヴァー 著/澁谷正子 訳
カバー写真 ©SETBOUN/CORBIS/amana images
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫HM
ISBN4-15-079558-4 \940(税別)

これに"ディーヴァー作"と冠して良いのでしょうか?

 ハリウッドのロケーション・スカウトとして活躍しながら、自らもインディーズ映画の監督経験も持つジョン・ペラム。彼は今、マンハッタンでドキュメンタリー映画の取材中だった。発展からは取り残され、ストリートギャングになってしまった孤児たちが闊歩する区画、通称、"ヘルズ・キッチン"。そこに暮らす一人の老婆の昔語りの取材を続けていたプラムだったが、ある日彼女の住む古びたアパートは突然業火に包まれる。最近マンハッタンに出没する連続放火犯の仕業に見えたその犯行だったが、なぜか警察はペラムの取材対象であった老女、エティを容疑者として検挙する。なぜ? 彼女の潔白を信じるペラムは独自に"ヘルズ・キッチン"の暗部を明らかにしようと行動を開始するのだが………

 かつてジェフリー・ディーヴァーがウィリアム・ジェフリーズ名義で発表していた、"ジョン・ペラム"シリーズの最新作。も一つこのあたりの経緯がわからないのだけど、かつてペイパーバック・ライターだった頃に発表していたペラムものが、案外シチュエーション的に面白かったので、ディーヴァーのネームバリューが確立した今になって、もう一度そのコンセプトで新作を書いてみよう、とジェフリーズ=ディーヴァーが考えてできたのが本作、って感じなのかな。

 などと言うことは読み終わるまではわからなかったので、読んでる間は「ディーヴァーもダメになっちゃったのか」とかなり鬱な気分になってしまってたのですよ、これ。いつものディーヴァーの小説が味あわせてくれる緊張感がもう、猛烈に希薄。あの底意地の悪さはどこに行っちゃったんだ、って感じでね。

 ペイパーバック・ライター時代の修業の後、「静寂の叫び」などで大化けしたあとのディーヴァー作品に慣れ親しんでるこちらとしては、どうしても二転三転するお話の、その底意地の悪さを期待してしまう訳なんだけれども、残念ながらそこらがかなり弱い。ラスト近くで、いかにもディーヴァーらしいそれは発動して、かろうじて「損はなかったかな」と思わせてはくれるのだけれど、そこまでの展開は正直(ディーヴァーにしては)かなり退屈。一瞬真剣に「売れっ子になってディーヴァーも腐っちゃったかな」と思うくらい、ひねりがないんだな。ラストのひっくり返しも「ディーヴァーならやるよね」レベルだし。基本的は(ディーヴァーじゃなく)ジェフリーズ名義なんだからこの程度でいいでしょ? って感じがしちゃうんだよな。最後の最後で、"今のディーヴァー"の心意気みたいなものをちらりと感じることができたので、全体としては読んで損なしレベルではあるのだけど、

 ジャック・ヒギンズの別名義にハリー・パターソンってのがあって、その名前で発表された冒険小説「ヴァルハラ最終指令」は痛快な戦争アクションとしてかなり面白かった上に、ヒギンズ臭さを感じさせない良さもあったんだけど、こいつはどうだろ。最後の最後になってディーヴァーらしさが出ちゃって、却ってちぐはぐさを高めてしまった恨みはなしとしないって感じ。ディーヴァー名義でこれを読ませるのはちょっと詐欺っぽい感じがする。つまらないとは思わないけど、ディーヴァーのすごさはこんなもんじゃないぜ、って気になっちゃうんだよな。このペラム・シリーズ、連続してこのあとも刊行予定らしいけどそれって旧作なんだろうか、だったらあんまり楽しめないかも知れないなあ。

02/12/21

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