難攻不落、アルジェの要塞

海の勇士 ボライソー(26)

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アレグザンダー・ケント 著/高橋泰邦 訳
カバー 野上隼夫
ハヤカワ文庫NV
ISBN4-15-041029-1 \940

新キャスティング、完了…はいいんだけど

 ワーテルローの戦いを持って稀代の英雄ナポレオンの時代は終わりを遂げた。だが絶対王政と対抗するように力をつけ始めたブルジョアたちの勢力は侮りがたく、列強は新たな悩みの種を抱えることになる。その一つが奴隷貿易だった。複雑な国際協定の隙間を縫うように、アフリカの奴隷たちを密かに世界各地に供給しようとする奴隷商人たち、英国もこの状況を座視できず、徐々にではあるがその監視体制を強化しつつあった。その一環として、最新のフリゲート、アンライバルド号がアフリカ西岸に送り込まれる。その艦上には若き(そしてもしかしたら最後のボライソー家の男になるかもしれない)艦長、アダムの姿があった…。

 「ボライソー」シリーズ最新刊。前作が先代の主人公、リチャードから二代目の主人公、アダムへの引き継ぎの巻であったとしたら、この巻はその、新たな登場人物たちの、それぞれのキャラクターを深く掘り下げて紹介していくお話になっている。ここに懐かしいいくつかの顔を上手に配置して、相変わらずワンパターンのシリーズを、ワンパターン故に楽しく読んでいくための構成、その中でのちょっとしたスパイスの効かせ方のさじ加減、全くうまいもんだなあと感心させられる。先代リチャードがどちらかというと欠点のない(あるのだけど、それは妥協を許さぬ高潔さがトラブルを招いてしまう、みたいな感じだったの)人物として描かれていたのに対して、彼の甥のアダムは、生まれや育ちの複雑さもあって、先代以上にトラブルを招きやすい人物になっている。しかもボライソー家の男らしく、ナイーブさは健在、というか先代以上。優れた(そしてそれ故孤高の)ヒーローの周りに彼を慕い、信じて付いていく、というこのシリーズの基本的な構図は変わらないんだけど、アダムが主人公となってからは、それら主人公の友となるべき人々にもどうかすると心を開ききれないでいるアダムの辛さ、悩みの多さって辺りが見所の一つになるのかな。

 いつも通りのワンパターンを、ワンパターン故の楽しみが充分に満喫できる、楽しい一冊にできあがっていると思う。微妙なスパイスとして、このシリーズをずっと読んでいる人なら先刻承知の懐かしいキャラクターがちょっと意外な役どころを演じるために舞台に再登場したり、というあたりの絶妙なスパイスの効かせ方もうまい。それでは文句なしに楽しめるワンパターンか? 残念ながらここがちょっと、今回の本は首をかしげざるを得なかったりする。理由は二点。以下ネタバレちょっと含みます。

 まず、割と些細なことなんだけど邦題。確かにこの巻のクライマックスはアルジェの要塞の攻防になるんだけど、それはあくまで最後の見せ場って意味であって、この巻で主に語られるのはむしろ奴隷の密貿易。海上での奴隷貿易船とアダムたちの駆け引き、また、奴隷貿易を巡る政治的な問題が、これまたシリーズを読んできた人なら知ってるある重要人物の、今後の展開を大きく左右しかねない、という続刊への引きも、すべてこのテーマの許で語られているのだよね。そもそも原題は"Relentless Pursuit"、このシリーズ風に訳すなら「呵責なき追跡」あたりの方がよほどしっくりくると思うのだけど。でもまあこの辺は商売上の問題もあるんだろうからまあいい。我慢できなくもない。

 だけどもう一点の方はかなり深刻。それは訳または校正がかなりズタボロなこと。シリーズ最低なんじゃないだろうか。表記の不統一、直訳したとしか思えない意味の通らない文、漢字のあて方のまずさ、明らかな誤訳。高橋泰邦氏は海洋冒険小説翻訳の第一人者であろうと思ってたし、そもそもこのシリーズを最初からずっと訳してこられた人物なんだが、その人物が何をどうしたらヒュー・ボライソーがリチャード・ボライソーの弟、などという記述をそのままほったらかしにしておけるのだろう(ヒュー・ボライソーは先代の主人公リチャードの兄で、アメリカ独立戦争に共鳴して英国を裏切った人物。海軍軍人一家であるボライソー家では一種の汚点扱いされている。このヒューの息子が、アダム・ボライソーなのでした)。一カ所だけのミスなんだけど、こんな大事なところを見逃してしまうなんて信じられない。

 こんなこと考えたくないんだけど、高橋氏もそろそろ齢80になろうかというキャリア。もしかしたら近年の翻訳、多くをお弟子に任せ、要所要所でちょっと朱を入れる、ような翻訳体制になってしまっているんじゃないかと下司な勘ぐりもしたくなってくる。近年のケント/リーマンの作品に心底満腹感を感じられないのはもしかしたらそういうことなんだろうか。そうじゃないことを願いたいんだけど…

 この件、ちょっとwebで調べてて、気になる事件(っていうのかな)を発見してしまってさらに鬱。その件は日記で

03/03/17

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