ミラー・ダンス

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ロイス・マクスター・ヴィジョルド 著/小木曽絢子 訳
カバーイラスト 浅田隆
カバーデザイン 矢島高光
創元SF文庫
ISBN4-488-69809-3 \960(税別)
ISBN4-488-69810-7 \940(税別)

七つの大罪のうち、【暴食】

 かつて抹殺すべき目標としてその存在をたたき込まれながら、不完全な形で和解していたマイルズ・ヴォルコシガンと彼の非合法なクローン、マーク。なんとかマークを見つけ出し、ヴォルコシガン家の正当な一員としての境遇をマークに与えたいと考える兄でありある意味親でもあるマイルズの思いとは別に、マークの脳裏には秘められた一つの計画があった。それはマイルズのもう一つの顔、ネイスミス提督になりすまし、彼を産みだしたジャクソン統一惑星で今も産み出されているクローンたちを救出し、あわよくばそれを元に自力で生きていけるだけの財産までも作ってしまうこと。首尾良くマイルズ麾下の"デンダリィ傭兵艦隊"に入り込み、マイルズになりすましてクローン救出部隊を編成、ジャクソン統一惑星を目指して出撃することに成功したマークだったが………

 日本での前作、「天空の遺産」が少し時代を遡ったものだったり、間にマイルズのおっかさんの話が挟まったりした関係もあって、マイルズものとしては久々の正史に属する作品。このシリーズをずっと読んでる人ならすでに、マイルズが"一度死ぬ"ってのは年表上に記された事実であることを知っている訳で、本作がその、問題のエピソードと言うことになる。そもそもそんなにタフじゃないマイルズなんで、ちょっとの齟齬でいきなり生死に関わるダメージ受けちゃうよなあ、って心配がいよいよ現実のものとなったわけで。

 お話はこの、"マイルズの死体"を巡って、偽のマイルズとして生きることを強要されたクローン、マークが自分のアイデンティティを確立していく成長物語をベースに、同じくクローンであるものたちの、それぞれの解放を描いて読み応え充分。知人に本作を読んで、たまらずに前のシリーズを何冊か読み返してしまった、って人がいるんだけどその気持ちはわかる。入り乱れる登場人物たちの多くがすでに何らかの形でマイルズと関わりのあるエピソードを持ってたりするあたりの構成はまことにうまい。

 毎回機転を利かせてピンチを切り抜けつつも、そこは肉体的にハンデのあるマイルズのこと、ただではピンチを脱し得ない、って辺りの底意地の悪い趣向がこのシリーズの隠し味になってたりするんだけど、主役をマークに譲っていてもそのあたりは健在。ひたすらモノを食わせる、ってのを拷問として成立させちゃうあたり、ヴィジョルドってすげーなーとか思っちゃう。こういうのは女性作家特有の感性なのかもしれないな、主人公をねちねちといたぶって楽しむ、みたいな感じ…ってのは発言としてちょっとヤバいか。とりあえず妙にデブ専な感じ(笑)がつきまとっちゃうあたりはちょっといやーんというか、これはこれで新鮮というか。もちろんこのお話の中で「太る」ってことが、それなりに大きな意味を持ってはいるのは確かなのだけれども。

 まあそれはともかく、SFってしばしばアイデアを重視するあまり、物語としての完成度みたいなものを軽視する傾向があるように思えるのだけど、お話としてしっかりしてる、って部分でこのお話には高い点数付けてあげたくなっちゃうな。とにかく"読ませる"お話になっているのがとてもよいなあ。まだ未訳の作品も結構あるんで、この先も楽しみ。今回のお話がヒキになってるエピソードなんてのも出てくるだろうしね。

02/09/04

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