クリプトノミコン

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ニール・スティーブンスン 著/中原尚哉 訳
カバーイラスト 佐伯経多&新間大悟
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
"チューリング" ISBN4-15-011398-X \880(税別)
"エニグマ" ISBN4-15-011401-3 \880(税別)
"アレトゥサ" ISBN4-15-011404-8 \880(税別)
"データヘブン" ISBN4-15-011407-2 \880(税別)

そこにパターンは見えるか

 なんというか、一言でストーリーを説明するのがとても難しい作品。基本的にお話は二つの時代に分かれ、その時代ごとに何人かの主要な登場人物がそれぞれのストーリーに沿って動いていくのだけれど、二つの時代に分かれているがその各々の時代での登場人物の間には浅からぬ因縁があったり、二つの時代で語られる物語の根っこにあるものは実は共通なものである、ってことがだんだんと見えてくるってあたり、実に凝った作りになってるんだな。

 一方のストーリーは第二次世界大戦が時代背景。敵味方の暗号専門家たちの、お互いに相手の裏の裏をかこうとするダマシあいと、彼らが立案した不可解な作戦を次々実行に移す兵士たちの物語、もう一方は現代を舞台に、ネットワーク・ベンチャーを起こそうともくろむ若者たちが、不可解な妨害を受け、それを突破しようとしていくうちに目にするものは…みたいなお話。

 よく日本でも、"M資金"にまつわる戦後秘史!みたいなノリの(まあ大抵は出来が悪い)サスペンス小説とかが出てきたりするけど、基本のノリはそんな感じ。なんだけどこの基本テーマに対してスティーブンスンがぶち込んだガジェットの数が半端じゃない。膨大な暗号にまつわるあれこれ、戦史にまつわるきわめて広範かつ詳細なトピック、コンピュータにまつわるあれこれ、エトセトラ、エトセトラ…。これがあの、ほとんど勢いのみで突っ走ってるかのような(実は後半そうでもないことが判ってくるようになってはいたんだけど)ヒップなパンクSF、「スノウ・クラッシュ」の著者と同一人物の手になるものだとはにわかには信じられないぜ(^^;)。

 逆に、「スノウ・クラッシュ」のあの疾走感を期待してこの本を読むともしかしたら裏切られたような気分になるかもしれない。正直なとこ、これハヤカワSFじゃなく、ハヤカワNVで出てもおかしくないような作品なのね。もちろん、全4冊の膨大なストーリーの根底にある暗号(クリプト)にまつわる逸話、暗号を作っていく、また暗号を解いていく、と言うその過程自体が充分なワンダーに満ちあふれたものになっている、って時点でこいつをSFの範疇に入れることに異論はないのだけれど、それでもこの重厚長大ぶり、どうしたこっちゃスティーブンスン、なんて思ったら、もともと彼って作家デビュー当時はクランシーばりのハイテク・サスペンスを書いたりしてたらしいですな。「行く末はクライトン!」みたいな気分がもともとあったのかもしれませんな。

 そうはいってもそこはスティーブンスン。重厚に見せかけて案外軽いところもあったり(あまりにも冗長じゃないかそれは、ってとこもあるんだけど)して、読み物としちゃあ充分に楽しめる一作になっておりますわ。まだまだ構想の段階なんだけど、このシリーズ、第二部、第三部もあるらしく、第三部ってのが未来のストーリーになる予定なんだとか。ほんまもんの暗号SFが登場する時を楽しみに待つとしましょうかね。

02/08/27

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