死の教訓

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ジェフリー・ディーヴァー 著/越前敏弥 訳
カバーイラスト 門坂流
カバーデザイン 岡孝治
講談社文庫
ISBN4-06-273400-1 \667(税別)
ISBN4-06-273420-6 \667(税別)

順番が前後したばかりに損した佳品

 インディアナ州の田舎町、ニューレバノン。この町の池のほとりで一人の女子大生の死体が発見された。死体には暴行されたあとも。犯行が半月の夜に行われたらしいこと、いくつかの猟奇的なアイテムやメッセージが残されていたことから、気の速いマスコミなどはカルトがらみの猟奇犯罪に事件を結びつけ、まだ見ぬ犯罪者に"ムーン・キラー"の呼び名を奉る。だが、捜査を指揮する保安官事務所の捜査主任ビルは、いくつか不可解なものを感じとっていた。さっきまではなかったはずの遺留品、事件が発覚した後に残されたとしか思えない、メッセージの書き付けられた新聞の切れ端。しかもその切れ端の写真に写っていたのは他ならぬビルと、彼の娘セアラの姿であり、そこに書き付けられたメッセージはビルの家族にも同じような災厄が降りかかるであろう事をほのめかす内容だったのだ………。

 「ボーン・コレクター」(はやく文庫にならないかなあ)で一躍人気作家になったジェフリー・ディーヴァーの文庫版最新作。なんだけどこれ、読み始めてしばらくのあいだは「あれ?」って気になっちゃう。なんていうかこう、ぎこちないのだな、お話の作りが。「どうしたのかなあ」などと思いながら読んでいくと、上巻の終盤あたりからようやくエンジンがかかった感じで、そこからはいつものページターナーぶりを発揮してくれるんだけど、どうもディーヴァー作品にしてはツカミがも一つうまくないなあとか、お話がちょっとばらついた感じがするなあ、とか思ってしまったんだった。んで訳者、門坂氏のあとがき読んでようやく得心。これ、「静寂の叫び」以前、日本でディーヴァーの評価が高くなった「眠れぬイヴのために」よりも前に書かれたもので、ディーヴァー作品としても初期の作品の部類に入るものだったのだね。

 それを考えると凄いんだよな。ディーヴァー作品の真骨頂である、読者をまんまと欺く底意地の悪さ(誉め言葉っすよ)は、この作品ですでにある程度確立してるし、追うものと追われるものとの間に、その緊張感をさらに増す仕掛け(『静寂の叫び』での、人質が聾者であると言う設定みたいなもんすね)もうまく用意されてる。本書では主人公ビルの家族の事情がそれに当たるんだけど、ここのところの描き込みがしっかりされてる(ここは詳しく書くと面白くなくなっちゃいそうなんで、ご自分で読んでみて頂けたら)んで、お話に奥行きが出ているんだと思う。この辺がうまいのだこの人は。

 後年の傑作、「悪魔の涙」なんかで感じられる重厚なページターナーぶりとはちょっと違ったテイストが感じられるのも面白いところかも。なんていうか、評価がまだ定まっていない作家が、自分のスタイルってどんなんだろ、っていろいろ試行錯誤している感じみたいなのも読みとれて楽しい。この作品ではディーヴァーは、明らかにハリウッド映画の原作、みたいなセンを狙ってるんだろう。キャスティングがすんげー映画的で、いつハリソン・フォードとデンゼル・ワシントン主演で映画ができてもおりゃ驚かないぜ、って感じ(^^;)。逆にそのあたりの試行錯誤が、お話としては(しかもこれよりあとに書かれた作品を読んじゃってる側からすれば)ぎこちないものを読む側に与えてしまっているのかもしれない。これが「静寂の叫び」より前に訳されてたら、きっとオレも「こいつぁすげー!」って大喜びしたと思うもんな。

 このあたり、まず日本語に訳さなくてはいけない、という翻訳小説全体に共通する辛いところではあるな。デビュー作がいきなり大傑作、なんて事でもない限り、本国の刊行順に訳出がされるとは限らないもんね。自分の傑作のおかげで評価を下げる羽目になっちゃったかわいそうな作品、って感じ。これはこれで充分におもしろいのだけれども。

02/03/26

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