深夜特別放送

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ジョン・ダニング 著/三川基好 訳
カバーデザイン スタジオ・ギブ
ハヤカワ文庫HM
ISBN4-15-170406-X \820(税別)
ISBN4-15-170407-8 \820(税別)

 日本軍によるパールハーバー奇襲から約半年。漠然とした狂騒と不安の中にある1942年のアメリカ。ジョージ・デュラニーは些細なことから警官とトラブルを起こし囚人の身となっていた。その彼に面会に訪れたのは、かつてともに旅をしたこともある落ちぶれたラジオ俳優、マーティン。彼の口から語られたのは、かつて愛した女性、ホリーが今苦況にあり、ジャックの助けを必要としていると言うこと。少々人生に疲れ、囚人暮らしもいいかと思い始めていたジャックは、その知らせに気持ちの張りを取り戻し、脱獄を決意する。

 マーティンの助けを借りて囚人キャンプからの脱出に成功したジャック。だが彼の脱出と時を同じくするかのようにホリーは姿をくらましてしまう。そして彼の周りに頻発する不可解な事件。脱獄囚としての自分の招待を悟られぬように、密かにホリーの行方を追いかけていくジャックがある日目にしたものは、霧の中に赤い光を放つ巨大な鉄塔。ニュージャージー州のとあるラジオ局だった………。

 「死の蔵書」で、もう背筋にぞわぞわするような快感を味あわせてくれたジョン・ダニングの正真正銘の最新作。ここまで訳出された、「名もなき墓標」「ジンジャー・ノースの影」が完全な新作とはいえないモノだった事もあってうれしい一作。何でもダニングは、この作品の執筆に6年の歳月をかけたのだとか。自身、黄金時代のラジオ界についての詳しい研究書をものしたこともあるというダニングが、その豊富な知識をバックボーンに、黄金時代を迎えようとしているにもかかわらず、その前途には戦争というくらい影もまた同時に差している、1942年のアメリカに起きた不可解な殺人事件と、その背後にある一つの大きな問題を、悠揚迫らぬ筆致で描ききった大作ミステリ。

 主人公のジャックは、なんていうか体育会系のプロレタリア文学青年(なんだそりゃ)で、かつてボクシングのスパーリング・パートナーをつとめていたときの事故が元で、片耳の聴力が失われていて、そのため兵役を免除されているという設定。腕っ節が強く、その上物語の作り手としての才能にも恵まれた彼が、斜陽のラジオ局の専属作家としてその才能を開花させつつ、愛する女性の失踪のなぞと、その背後にあるさらに大きな事件の謎に迫っていくという、サクセス・ストーリー込みのミステリになっていて、このあたりのお話の組み立て方の緻密さと、主人公が身を置くことになるラジオの世界のディティルの書き込みの緻密さはさすがダニング。ジョーダンと名を変え、再び作家として活動を開始するジャックの、物語を組み立てていく過程なんて言うのは、そのままダニングのそれとオーヴァーラップするものが大なのだろうと思う。

 第二次世界大戦のさなかのアメリカで、西からはナチス・ドイツ、東からは日本帝国が、いつ攻め込んでくるかもわからない、というような不安な状態の中、商業主義と芸術性、社会性の狭間で揺れるラジオ界、さらには戦争のなかで起きる人間性とは何なのか、という難しい問いかけにまで筆を割きつつ、「死の蔵書」でおなじみの、バックグラウンドとなるテーマに対してのディープな蘊蓄を秘めたエンタティンメントを描き上げて見せたダニングの力量はすばらしい。秋の夜長にマターリと読むのにふさわしい逸品。

 なんだけど惜しい、とも思う。「死の蔵書」には、その蘊蓄のすばらしさ、ゆったりとしていながらも決して読者を飽きさせない筆運びの魅力に加えて、圧倒的なまでのラスト一行の衝撃があった。この作品(というか『幻の特装本』でもそれはなかった)にはそれがない。ここが惜しいなあ。最後の最後に「でえっ!」っと思わされる、その快感ってのがミステリの魅力なんではないかと思うのだけれど、残念ながらこの本では、クライマックスはそのちょっと前に設定されていて、その後はどちらかというと静かにお話が閉じていく。悪くはない、というかこういうのもいい。でも、クライマックスの緊迫感が、読者が作家にまんまとだまされた、と気づくときの快感に直結していないように思う。「死の蔵書」で味をしめた読者は、ダニング作品にはラスト一行の大アクロバットを絶対期待してるんだと思うんだけど、その辺の期待には(前作『幻の特装本』も併せて)応えてもらっていない恨みが残っちゃうなあ。そこまでがもう、読んでてほんとに楽しいものだからよけいに残念なのですわ。

01/11/01

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