流砂の塔

表紙

船戸与一 著
カバー装幀 折原カズヒロ
朝日文庫
ISBN4-02-264245-9 \680(税別)
ISBN4-02-264246-7 \600(税別)

 横浜の裏社会を牛耳る中国人組織の元締めの息子のマンションで発見されたロシア人女性の全裸死体。胸には凝った細工のナイフがつきささり、死体の周りには薔薇の花びらが。孤児の境遇から元締めに拾われ、わが子同様に育てられた日本人、海津明彦はこの事件の背後に潜むと見られる対立組織の陰謀を阻止すべく新疆ウイグルへ飛ぶ。そこに設立予定のカジノをめぐり、中国闇社会の間の暗闘があるのだ。だが、真相はそれだけにとどまらなかった。中国の闇組織、軍閥、情報機関、さらにウイグル独立闘争の闘士たちまでもが入り乱れる暗闘がはじまっていたのだ。

 「国家と犯罪」におけるサパティスタの取材から、「午後の行商人」が生まれたように、同じ本のチベット独立闘争の闘士たちの取材をもとに本書はできあがったのだろうと思います。屈指の超大国、中国を相手に厳しい独立闘争を営む彼らの組織もけっして一枚岩とは言えないし、相手になる中国側にも、香港返還やそれに前後する資本主義経済の導入により、軍閥関での利権闘争が終わらない。そんなさなかに放り込まれたルーツを持たない一人の日本人を描いて今回も骨太。敵と味方が複雑に入り乱れる中、明彦と、彼に呼応するように相手側組織に取り込まれたかつての中越戦争の英雄、林正春を軸に、大国の思惑に振り回される少数民族と、利権をめぐって変質していく中国人たちの姿が鮮やかに浮き彫りになってきます。

 船戸冒険小説の主人公って、多くの場合実際に戦いに参加する闘士タイプよりも、その闘士のそばで、その生きざま、戦い方をつぶさに見ていく、ってタイプが結構多いのですが、今回も主人公、明彦はそれなりに有能ではあるけれども、けっして戦いの中央に位置するタイプではありません。しかも今回は彼のそばにいる人びともまた、超絶的な(たとえば"山猫"のような)戦士とはいえないあたりがちょっといつもと違うかな。

 強烈な個性を持ったキャラクターがいないぶん、やや、いつものずしんとくる読後感には薄いのですが、それでもやっぱり船戸冒険小説の読み応えは抜群。ふだんあまり耳目にすることのない(けれども、そこに暮らす人びとにとっては生死をわけかねない大問題である)中国における少数民族の独立問題についての、一つの問題提起になっているという点も見逃せないでしょうね。

00/10/29

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