「国家と犯罪」

表紙

船戸与一 著
カバーデザイン 日下充典
小学館文庫
ISBN4-09-404321-7 \752 (税別)

 常に政治的弱者の側から、壮絶な戦いを描き続ける船戸与一さんが、作家になる前はルポライターとして活躍していたってのは知られた話ですが、そんな船戸さんの昔とった杵柄の切れ味を味わい直すようなルポルタージュ。キューバ、メキシコ、中国、クルド、そしてイタリアで、いま国家によってなされる犯罪、そして国家に対してなされる犯罪について、さらにはそのような歴史のうねりのなかで、個々の人間が何を思い、どう行動しているのかを、自分の目で見て文章にした本。

 一連の船戸さんの本を読んできた人ならおわかりの通り、船戸作品で一番明るいスポットライトがあたるのは、常に権力によって虐げられた人々な訳で、そういう"視点"のようなものは、ルポルタージュである本作品でもくっきりと鮮明に浮き上がってくるわけで、そういう意味ではより厳しい状況下にあるクルドの人々、サパティスタたち、中国との苦しい戦いのさなかにあるチベットの人々などに関する報告で、より鮮明になってくるようですね。

 船戸作品では、強大な権力を相手に戦いを挑む主人公たちは、一度ならずその強大な力の心胆を寒からしめはするのですけれども、最後にはやはり圧倒的な力の差に呑み込まれてしまう訳ですが、その一連の流れというのは、実は船戸さん自身が実際に世界を廻って目にした現実が色濃く反映されているのかもしれません。ですから、このルポルタージュのなかでも、民族とか、そういうものを背負って戦う人々に対しての船戸さんの目は限りない共感が込められていると同時に、その未来の暗さをも併せて見通しているようです。

 この、積極的に取材対象の中に入っていく態度が、船戸さんのルポルタージュを、凡百のそれとは一味違ったものにしているのだと思います。それは、たとえていうなら"記者の目"を捨てられるかどうか、というところになりますか。そこに取材対象への熱い共感と、ジャーナリスティックな目で分析した時の、共感とは相反する大局的な情況判断から来る言いようのない悲しみが同居したルポの生まれる素地があるのでしょう。なかなか、深い本です。

00/3/9

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