賃金の支払いには5つの原則がある
労働基準法24条では「賃金は、@通貨で、A直接労働者に、Bその全額を、C毎月1回以上、D一定の期日を定めて支払わなくてはならない」としています。これを賃金支払いの5原則といいます。
□ 通貨払い
(1) 原則
現物給与は禁止されます。
(2) 例外
次項Q&A参照。
□ 直接払い
(1) 原則
労働者本人以外の者に支払うことは禁止されます。労働者の親などの法定代理人や、労働者の委任を受けた任意代理人に支払うことも禁止されます。また、労働者が賃金債権を他に譲渡した場合に、その譲渡人に賃金を支払うことも違反とされます。
(2) 例外
「使者」(たとえば、本人が病気のため配偶者が賃金を受け取りに来たような場合)に支払うことは直接払いの原則に反しないとされます。
□ 全額払い
(1) 原則
賃金の一部を控除して支払うことは禁止されます。
(2) 例外
次の場合は賃金の一部を控除することが認められています。
@ 所得税などの源泉徴収や社会保険料の控除など法令に定めがある場合
A 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者との書面による協定(24協定)がある場合
なお、裁判所から賃金を差し押さえられた場合も、全額払いの原則の例外とされますが、差し押さえできる額は賃金の4分の1とされます(賃金とは、税・社会保険料控除後の手取額を基準とします)。この場合、会社は労働者に賃金の4分の3を、債権者に4分の1(標準的な世帯所得を超える場合は、政令で定める額)を支払います。
□ 毎月最低1回払い
(1) 原則
賃金は、毎月1日〜末日までの間に少なくとも1回は支払わなくてはなりません。
(2) 例外
ただし、賃金の締切日は必ずしも月の末日でなくてもよく、また、支払期限についても必ずしもある月の労働に対する賃金をその月中に支払う必要はなく、不当に長い期間でない限り、締切後ある程度の期間をおいて支払ってもかまいません。例えば、基本給はその月に支払い、割増賃金等は翌月払いということでも可能です。
□ 一定期日払い
(1) 原則
毎月25日払いとか、毎月月末払いとか一定期日に支払うことをいいます。毎月第3月曜日に支払うとか、毎月20日から月末までの間に支払うというように、支払日が変動する場合や支払日が特定できないことは認められません。ただし、支払日が休日に当たる場合に、支払日を繰り下げまたは繰り上げすることは認められています。
(2) 例外
一定期日払いおよび毎月最低1回払いの例外としては、賞与や見舞金・退職金などの臨時に支払われる賃金があります。
通貨払いの原則とは
□ 原則
賃金は通貨で支払う。
□ 例外
1 賃金の口座振込
労働者の同意を得た場合は、銀行口座等への振り込みができます。
(1) 労働者が指定する銀行その他の金融機関の預金または貯金への振込
(2) 労働者が指定する証券会社の預かり金(証券総合口座)への振込(ただし、証券会社の預かり金への振込については労基法施行規則第7条の2による制限があります。)
(3)(2023.4.1〜)労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払(いわゆる賃金のデジタル払い)
(参考)厚労省のサイト
2 労働協約に別段の定めがあるとき
労働協約に定めがある場合は、住宅供与や通勤定期乗車券など通貨以外の方法で賃金の全部又は一部を支払うことができます。この場合、労働協約でその評価額を定めておく必要があります。
(労働協約とは、会社と労働組合で締結する協約をいいます。したがって、労働組合のない事業場では上記の取扱いはできません。)
3 小切手による退職金の支払い
労働者の同意があれば、退職金について小切手や郵便為替で支払うことができます。
賃金を銀行口座振込にするには同意書が必要か
● 労働基準法施行規則7条の2
使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。
1 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
(以下略)
【解説】労働基準法施行規則では、使用者が労働者の同意を得た場合は、賃金の支払いについて労働者の銀行口座に振り込むことによることができるとして、賃金の通貨払いの原則に反しないとしています。では、この同意について個々の労働者の同意書を必要とするのでしょうか。これについては、行政解釈では以下のように通達しています。
●(参考通達)S63.1.1基発第1号
この同意については、労働者の意思に基づくものである限りその形式は問わないものであり、指定とは、労働者が賃金の振込対象として銀行その他の金融機関に対する当該労働者本人名義の預貯金口座を指定するとの意味であって、この指定が行われれば同項の同意が特段の事情のない限り得られているものと解される。なお、振込みとは、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日に払い出し得るように行われていることを要するものである。
所得税や社会保険料以外のものを賃金から控除する場合は労使協定が必要
□ 労働基準法24条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
●(参考通達)S27.9.20基発第675号、H11.3.31基発168号
第1項ただし書き後段は、購買代金、社宅、寮そのたの福利厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、法第36条第1項の時間外労働と同様の労使の協定によって賃金から控除することを認める趣旨であること。賃金を通貨以外のもので支払うことについては、従来通りであること。協定書の様式は任意であるが、少なくとも、@控除の対象となる具体的な項目、A右の各項別に定める控除を行う賃金支払日を記載するよう指導すること。
【解説】賃金の全額払いの原則により、賃金の一部を控除することは原則禁止されますが、所得税などの源泉徴収や社会保険料の控除など法令に定めがある場合のほかに、労使協定がある場合は例外とされます。
平均賃金の算出方法
□ 平均賃金の計算例
1 原則
「算定事由発生日前3か月間にその労働者に支払われた賃金の総額÷3か月間の総日数」で求めます。なお、賃金締切日がある場合の3か月間は、直前の賃金締切日から起算した期間となります。
【例】算定事由発生日が6月30日、賃金締切日が毎月15日、賃金締切日の直前3か月間の賃金総額60万円(4月20万円、5月21万円、6月19万円)の労働者の場合は、6,521円が平均賃金となります。
[計算式](20万円+21万円+19万円)÷{ 31日(3/16〜4/15)+30日(4/16〜5/15)+31日(5/16〜6/15)}=6,521円 *1円未満の端数は切り捨て
2 例外
パートタイマー等で「賃金が、労働した日若しくは時間によって計算され、又は出来高払制その他請負制で定められた場合」などは、次のいずれか高い方の額とされていますので、原則的な平均賃金の算定方法よりも平均賃金額が高くなる場合があります。
(1) 原則で計算された額
(2) 賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の100分の60の額
【例】1日5時間労働で時給1,000円(日額5,000円)のパートタイマーの場合、賃金締切日の直前3か月の総日数が92日で、うち勤務日数が25日であったときの平均賃金額は、例外による平均賃金額の方が原則的な平均賃金額より高くなりますので、例外による平均賃金額を採用します。
[計算式]
(1) 原則の計算→(5,000円×30日)÷92日=1,630円 *1円未満の端数は切り捨て
(2) 例外の計算→(5,000円×30日)÷30日×60/100=3,000円(原則で計算された平均賃金額より高いのでこちらを採用)
3 算定期間が3か月未満の場合
雇入れ後の日数と雇入れから算定事由発生の前日までの賃金を基に算出します。ただし、賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日以前の期間で計算します。
●参考法令(労働基準法12条)この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
(1) 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
(2) 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
2 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
3 前二項に規定する期間中に、次の各号の一に該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
(1) 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
(2) 産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間
(3) 使用者の責めに帰すべき事由によつて休業した期間
(4) 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業又は同条第二号に規定する介護休業(同法第六十一条第三項(同条第六項から第八項までにおいて準用する場合を含む。)に規定する介護をするための休業を含む。第三十九条第七項において同じ。)をした期間
(5) 試みの使用期間
賃金の端数処理は決められてる
● 賃金計算の端数の取扱い(S63.3.14基発150号)
1 遅刻、早退、欠勤等の時間の端数処理
5分の遅刻を30分の遅刻として賃金をカットするというような処理は、労働の提供のなかった限度を超えるカット(25分についてのカット)について、賃金の全額払いの原則に反し、違法である。なお、このような取り扱いを就業規則に定める減給の制裁として、法第91条の制限内で行う場合には、全額払の原則には反しないものである。
2 割増賃金計算における端数処理
次の方法は、常に労働者の不利となるものではなく、事務簡便を目的としたものと認められるから、法第24条及び第37条違反として取り扱わない。
(1) 1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること。
(2) 1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。
(3) 1か月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金額の総額に1円未満の端数が生じた場合、(2)と同様に処理すること。
3 1か月の賃金支払額における端数処理
次の方法は、賃金支払の便宜上の取扱いと認められるから、法第24条違反として取り扱わない。なお、これらの方法をとる場合には、就業規則の定めに基づき行うよう指導されたい。
(1) 1か月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した額。以下同じ。)に100円未満の端数が生じた場合、50円未満の端数を切り捨て、それ以上を100円に切り上げて支払うこと。
(2) 1か月の賃金支払額に生じた1000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払うこと。
遅刻・早退時の賃金控除はどうする
従業員が遅刻・早退した場合には、ノーワーク・ノーペイの原則から、あるいは職場秩序の維持という点からも、その時分についての賃金控除を行う必要があります。ただし、完全月給制を採用している場合は、就業規則等に不就労時等の賃金控除の定めがあることが前提となります。
□ 賃金控除の方法
遅刻時間と早退時間を分単位で把握します。
月給制の場合は、1か月分を集計した後に、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げることは認められています。しかし、日々の計算において、例えば、30分の遅刻を1時間に切り上げて賃金控除するようなことは違法とされます。ただし、就業規則の定めに従い制裁として減給を行う場合は、遅刻・早退をした時分を上回る賃金控除を行うことは可能です。
●(参考通達)S63.3.14基発150号
5分の遅刻を30分の遅刻として賃金カットをするというような処理は、労務の提供のなかった限度を超えるカットについて、賃金の全額払いの原則に反し違法である。しかし、このような取扱いを就業規則に定める減給の制裁として、法第91条の制限内で行う場合には、全額払いの原則には反しないものである。
遅刻と残業の相殺はできる
行政通達によれば、例えば1時間の遅刻に対して同日に1時間の残業を命じることは、1日8時間の法定労働時間の枠を超えていないので可能としています。ただし、仮に1時間の遅刻に対して2時間の残業を命じた場合は、1時間の割増賃金の支払いが必要となります。
●(参考通達)S29.12.1基収第6143号
例えば、労働者が遅刻した場合その時間だけ通常の終業時刻を繰り下げて労働させる場合には、1日の実労働時間を通算すれば、法第32条又は第40条の労働時間を超えないときは、法第36条に基づく協定及び法第37条に基づく割増賃金支払いの必要はない。
通勤手当を定期乗車券で支給できないか
通勤手当を定期乗車券で現物支給しようとするには、労働組合と労働協約を締結することが条件とされます。したがって、労働組合のない事業場では、通勤手当を定期乗車券で現物支給することはできません。
【解説】定期乗車券相当額を通貨で支給することは差し支えありません。例えば、3か月分の定期乗車券相当額を通貨でまとめて支給することとした場合、4月から6月までの定期乗車券相当額を3月に支給するなど、前払いする方法を取れば問題ないと思われます。
年俸制でも賃金は毎月支払わなければならない
労働基準法24条2項では「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については、この限りでない。」としています。
年俸制の場合でも当該規定が適用されますので、年俸を12等分などにして、毎月定期に分割して支払わないと法違反となります。
ただし、年俸を16で割り、そのうち16分の1を毎月の支払いとし、16分の4を賞与として年2回、16分の2ずつ支払うとした場合、この16分の4の額については「臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもの」として、別途に支払っても差し支えないとされます。
なお、行政解釈では「支給額があらかじめ確定しているものは賞与とはみなさない。(S22.9.13基発17号)」としていますので、賞与相当分については確定額でなく、業績等に応じ変動があり得るものとしておく必要があります。
最低賃金とは
最低賃金制度とは「最低賃金法」により国が賃金の最低額を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないという制度です。なお、最低賃金法には刑事罰も規定されています。
□ 最低賃金の種類
(1) 地域別最低賃金…都道府県ごとに定める最低賃金です。産業や職種にかかわりなく、その都道府県に働く全ての使用者・労働者に適用される最低賃金です。
(2) 産業別最低賃金…特定の産業について設定されている最低賃金で、地域別最低賃金よりも高い最低賃金を定めることが必要と認める産業について設定されています。適用される産業は、都道府県によって異なります。
□ 最低賃金額のチェック
(1) 時間給の場合…時間給≧最低賃金額(時間額)
(2) 日給の場合…日給÷1日の所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
(3) 月給の場合…月給÷1か月平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
■ 最低賃金額のチェックにあたって算入しない賃金
(1) 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
(2) 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3) 時間外労働、休日労働、深夜労働に対して支払われる賃金(割増賃金など)
(4) 精皆勤手当、通勤手当および家族手当
最低賃金の計算から除外する賃金と割増賃金の計算の基礎となる賃金から除外する賃金等は同じではない
【解説】精皆勤手当は割増賃金の計算の基礎となる賃金には算入しますが、最低賃金の計算では除外します。給与計算ソフトで割増賃金の計算の基礎となる賃金を参考に最低賃金を把握する場合において、精皆勤手当を支給している企業は注意が必要です。
○ 最低賃金の計算から除外する賃金・手当
@ 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
A 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
B 時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して支払われる賃金(割増賃金など)
C 精皆勤手当、通勤手当、家族手当
○ 割増賃金の計算の基礎となる賃金から除外する手当・賃金
(1)家族手当
(2)通勤手当
(3)別居手当
(4)住宅手当
(5)子女教育手当
(6)臨時に支払われる賃金
(7) 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
歩合給を採用するタクシー・トラック運転者の最低賃金の実務ポイント
タクシー・トラック運転者にも地域別最低賃金が適用されます。賃金制度が「固定給+歩合給制」や「オール歩合給制」の場合も、1時間当たりに換算した賃金額が、都道府県ごとに定められた最低賃金額を下回らないようにする必要があります。
□ 実務ポイント
(1) 固定給+歩合給の場合の最低賃金の計算方法は、固定給と歩合給を各々分けて計算し、各算出額を合算のうえ最低賃金額と比較します。
(2) 固定給部分は、所定労働時間を基に計算します。この場合、精皆勤手当・通勤手当・家族手当を除いて計算します。(注)最低賃金額計算時に除外する手当は、時間外労働手当等計算時に除外する手当と異なります。
(3) 歩合給部分は、時間外労働時間を含めた時間を基に計算します。
(詳細)鳥取労働局のサイト
最低賃金の減額減額特例許可とは何か
「最適賃金の減額特例許可」とは、一般の労働者より著しく労働能力が低いなどの場合に最低賃金を適用するとかえって雇用機会を狭める恐れなどがあるため、次の労働者について使用者が都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、個別に最低賃金の減額を認める制度をいいます。
(1) 精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者
(2) 試みの試用期間中の者
(3) 基礎的な技能等を内容とする認定職業訓練を受けている者のうち厚生労働省令で定める者
(4) 軽易な業務に従事する者
(5) 断続的労働に従事する者
(詳細)厚労省のリーフレット
申請書は、所轄の労働基準監督署を経由し、都道府県労働局へ提出します。
(申請書ダウンロード)厚労省のサイト
時間外労働手当と休日労働手当
労働基準法では法定労働時間を1日8時間および1週40時間、法定休日は1週間に1日と定めています。ほかに、変形労働時間制を採用する場合は、4週を平均して40時間&4週に4日の休日も認められています。ここでは、前段の原則的な労働時間と休日を採用している場合の、時間外労働手当および休日労働手当を支給しなければならないケースを例示してみました。
なお、変形労働時間制を採用している場合の時間外・休日労働手当計算は複雑です。以下のQ&Aをご参照ください。
(参考Q&A)1か月単位の変形労働時間制における割増賃金計算はどうする
■ 正社員の場合
1日8時間勤務(始業9時・終業18時/休憩1時間)、月〜金曜日勤務で、法定休日が日曜日、法定外休日が土曜日、1時間当たりの算定基礎額(時間単価)1,000円のケース
(1) 月曜日に20時まで2時間の残業をした場合…1,250円×2H=2,500円(125%の時間外労働手当)
(2) 日曜日に9時から20時まで10時間の休日出勤した場合…1,350円×10H=13,500円(135%の休日労働手当)
(3) 土曜日に9時から16時まで6時間の休日出勤をした場合…1,250円×6H=7,500円(土曜日は法定外休日なので125%の時間外労働手当)
(4) 3/17(日)~3/23(土)の週(3/21は祝日休のためこの週の労働時間は32時間)で、土曜日に9時から20時まで10時間の休日出勤をした場合…(1,000円×8H)=8,000円(週の法定労働時間40時間に達するまでは法内超勤のため、100%の通常の賃金支給)
■ パートタイマーの場合
1日7時間(始業9時・終業17時/休憩1時間)、月〜木勤務(週の所定労働時間28時間)で、法定休日が日曜日、法定外休日が金・土曜日)、時給1,000円のケース
(1) 月曜日に18時まで1時間の残業をした場合…1,000円×1H=1,000円(1日の法定労働時間8時間に達するまでは法内超勤のため、100%の通常の賃金支給)
(2) 火曜日に20時まで3時間の残業をした場合…(1,000円×1H)+(1,250円×2H)=3,500円(1日の法定労働時間8時間を超えた時間は、125%の時間外労働手当)
(3) 日曜日に9時から20時まで7時間の休日出勤をした場合…1,350円×7H=9,450円(135%の休日労働手当)
(4) 金曜日に9時から20時まで10時間の休日出勤をした場合…(1,000円×8H)+(1,250円×2H)=10,500円(週の法定労働時間40時間に達するまでは法内超勤のため、100%の通常の賃金支給。1日の法定労働時間8時間を超えた部分は、125%の時間外労働手当)
法内超勤とは何か
労働基準法32条により、法定労働時間は1日8時間・1週40時間と決められています。
仮に、1日の所定労働時間を7時間としている事業場の場合は、1日の法定労働時間の8時間を1時間下回っています。この1時間に対して残業を命じた場合を法内超勤(法定内残業)と呼びます。
時間外労働を行った場合は、2割5分以上の割増賃金を支払わなくてはなりませんが法内超勤であれば割増賃金の支払いは不要です。ただし、法定労働時間の8時間に達するまでの1時間については、通常の賃金の支払いが必要となります。
□ 法内超勤(法定内残業)の時間については、必ずしも通常の賃金額でなくてもよい
●(参考通達)S23.11.4基発1592号、S63.3.14基発150号
原則として通常の労働時間の賃金を支払わなくてはならない。ただし、労働協約・就業規則等によって、その時間について別に定められた賃金額がある場合には、その別に定められた賃金額で差し支えない。
【解説】例えば「法内超勤の時間については1時間当たり一律1,000円を支給する。」と就業規則に規定しておけば、法定労働時間の8時間に達するまでの時間については、社員全員1時間当たり一律1,000円を支給することも可能です。
なお、最低賃金法は、所定労働時間以外の労働時間に対する賃金には適用がないとしていますので「法内超勤の時間については、最低賃金額を下回った賃金額の設定も可能とされています。
月給制の場合の1時間当たりの賃金額(算定基礎額)の算出方法
日給の場合の1時間あたりの賃金額の計算は容易ですが、月給制の場合は以下のように算出します。
□ 割増賃金等の基礎となる算定基礎額(1時間当たり単価)の算出方(月給制の場合)
例えば、月給30万円の労働者の1日の所定労働時間が8時間、1年間の所定休日が土日曜日が100日、祝祭日・国民の休日が15日、年末年始4日、夏季休暇3日の場合、
(1) まず、1か月平均所定労働時間を算出する
「1か月平均所定労働時間=((365−(100+15+4+3))×8)÷12=162時間」
【注】@毎日の所定労働時間が一定でない場合は、1年間の総労働時間を算出し12で割ります。A1年間とは1月から12月をいいますが、就業規則で4月から3月までというように定めることもできます。
(2) 次に、算定基礎額(通常の1時間あたりの賃金額)を算出する
算定基礎額=月額給与の合計額30万円÷1か月平均所定労働時間162時間=1,852円(端数は四捨五入)
(3) 上記の算定基礎額に、時間外労働の場合は1.25、休日労働の場合は1.35、深夜労働の場合は0.25を掛け、端数は四捨五入して割増賃金額を算出します。
□ ポイント
(1) 上記(1)の場面での端数処理の取り決めはありませんが、一般的には小数点2位以下を端数処理する例が多いようです。(2)(3)の場面での端数処理は、通達により四捨五入することになっています。
(2) 月給額を一律○日で割って簡易に計算することもありますが、上記の原則額を下回っていなければ問題ありません。
割増賃金計算の基礎賃金から除外できる手当は決められている
割増賃金の計算にあたって、以下の手当は割増賃金の計算の基礎となる賃金から除外できます(労働基準法37条)。
(1)家族手当
(2)通勤手当
(3)別居手当
(4)住宅手当
(5)子女教育手当
(6)臨時に支払われる賃金
(7) 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
□ 割増賃金の計算から除外されるか否かの判断
1 家族手当
●(S22.11.5基発231号)扶養家族のある者に対し、その家族数に関係なく一律に支払われる手当は家族手当とはみなさない。従ってかかる手当は割増賃金の基礎に入れるべきである。
2 住宅手当
●(H11.3.31基発170号)
(1) 割増賃金の基礎から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものであり、手当の名称の如何を問わず実質によって取り扱うこと。
(2) 住宅に要する費用とは、賃貸住宅については、居住に必要な住宅(これに付随する設備等を含む。以下同じ。)の賃借のために必要な費用。持家については、居住に必要な住宅の購入、管理等のために必要な費用をいうものであること。
(3) 費用に応じた算定とは、費用に定率を乗じた額とすることや、費用を段階的に区分し費用が増えるにしたがって額を多くすることをいうものであること。
(4) 住宅に要する費用以外の費用に応じて算定される手当や、住宅に要する費用にかかわらず一律に定額で支給される手当は、本条の住宅手当にあたらないものであること。
イ 本条の住宅手当に当たる例
@ 住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給することとされているもの。例えば、賃貸住宅居住者には家賃の一定割合、持家居住者にはローン月額の一定割合を支給することとされているもの。
A 住宅に要する費用を段階的に区分し、費用が増えるにしたがって額を多くして支給することとされているもの。例えば、家賃月額5〜10万円の者には2万円、家賃月額10万円を超える者には3万円を支給することとされているようなもの。
ロ 本条の住宅手当に当たらない例
@ 住宅の形態ごとに一律に定額で支給されることとされているもの。例えば、賃貸住宅居住者には2万円、持家居住者には1万円を支給することとされているようなもの。
A 住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給されることとされているもの。例えば、扶養家族がある者には2万円、扶養家族がない者には1万円を支給することとされているようなもの。
B 全員に一律で定額を支給することとされているもの
3 臨時に支払われる賃金
●(S22.9.13 基発17号)臨時に支払われた賃金とは、臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたもの、及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するものをいうこと。名称の如何にかかわらず、右に該当しないものは、臨時に支払われた賃金とはみなさないこと。
4 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金)
厚生労働省令で定める賃金とは…
(1) 1か月を超える期間の勤務成績によって支給される精勤手当
(2) 1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される精勤手当
(3) 1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当
(参考)厚労省のリーフレット
割増賃金の算定における在宅勤務手当の取扱い
割増賃金の算定における在宅勤務手当の取り扱いについては、在宅勤務手当が事業経営のために必要な実費を弁償するものとして支給されていると整理される場合においては、割増賃金の基礎となる賃金への算入は要しないとされます。
実費弁償となるか否かは、下記通達の「2 実費弁償の考え方」「3 実費弁償の計算方法」によることになりますが、例えば、企業が従業員に対して毎月
5,000円を渡切りで支給するもの)等は実費弁償に該当せず、賃金に該当し割増賃金の基礎に算入すべきとしています。
● 割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて (令6.4.5基発0405第6号)
残業が翌日にまたがった場合の処理方法
例えば、1日の労働時間が午前9時から午後6時まで(休憩1時間)の事業場で、翌日の午前2時まで残業したとします。この場合の、0時以降の労働は翌日の労働とせず、あくまで前日の労働の延長とされます。
【計算式】(8時間(午後6時から午前2時)×時間外労働手当 125%)+(4時間(午後10時から午前2時)×深夜労働手当 25%)
□ 残業が翌日の始業時刻まで及んだ場合
行政通達では「翌日の所定労働時間の始期までの超過時間に対して、法37条の割増賃金を支払えば、法37条の違反にはならない。」としていますので、始業時刻までの時間外労働手当を支給することでOKです。(午後10時から午前5時までは、併せて深夜労働手当の支給も必要です。)
□ 翌日にわたって残業した場合で、翌日が法定休日の場合
翌日の0時以降については、135%以上の休日労働手当の支払いが必要となります。(午後10時から午前5時までは、併せて深夜労働手当の支給も必要です。)
休日労働が8時間を超えた場合の割増賃金額
□ 所定労働時間が8時間の事業場で、8時間を超えて10時間の休日労働した場合
休日は原則として暦日ですから、この場合10時間×135%以上の休日労働手当を支給します。8時間を超えた部分は125%以上の時間外労働手当でよいとはなりません。
□ 休日勤務が延長されて、翌日に及んだ場合
午後12時までの労働に対して135%以上の休日労働手当を、午後12時以降の労働は休日労働ではありませんので、125%以上の時間外労働手当を支給します。(午後10時から午前5時までは、併せて深夜労働手当の支給も必要です。)
● 参考通達(H6.5.31基発331号)
法定休日である日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が休日労働となる。
したがって、法定休日の前日の勤務が延長されて法定休日に及んだ場合及び法定休日の勤務が延長されて翌日に及んだ場合のいずれの場合のおいても、法定休日の日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が3割5分以上の割増賃金の支払いを要する休日労働時間となる。
歩合給の残業計算
【計算例】
本給15万円+歩合給10万円(1日の所定労働時間8時間、1か月の所定労働時間170時間)の従業員に、ある月に時間外労働を18時間、休日労働を8時間命じた場合の計算式
1 時間外労働手当
(1) 基本給部分:基本給15万円÷170時間(1か月の所定労働時間)×1.25×10時間=11,029円(端数は四捨五入)
(2) 歩合給部分:歩合給10万円÷188時間(1か月の所定労働時間+時間外労働時間数)×0.25×10時間=1,330円(端数は四捨五入)
(3) (1)+(2)=12,359円
2 休日労働手当
(1) 基本給部分:基本給15万円÷170時間(1か月の所定労働時間×1.35×8時間=9,529円(端数は四捨五入)
(2) 歩合給部分:歩合給10万円÷178時間(1か月の所定労働時間+休日労働時間数)×0.35×8時間=1,573円
(3) (1)+(2)=11,102円
*基本給部分は各々125%・135%の割増賃金が必要であるが、歩合給部分は25%・35%の割増賃金でよい。
● 参考通達(S23.11.25基収3052号、S63.3.14基発150号、H6.3.31基発181号、H11.3.31基発168号)
(問)賃金が出来高払制その他の請負制によって定められている者が、法第36条第1項もしくは法第33条の規定によって時間外又は休日の労働をした場合の賃金の支払い方法如何。
その賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって計算される総労働時間数で除した除した金額に法第36条第1項もしくは法第33条の規定によって延長した労働時間数もしくは休日労働時間数を乗じた金額のそれぞれ12割5分、13割5分を支払うべきであるか、又はそれぞれ2割5分、3割5分で差支えないか。
(答)見解後段の通り。
時間外労働手当を定額支給するときのポイント
労働基準法37条では、使用者が労働者に時間外労働を行わせた場合は割増賃金を支払うべき旨を規定しています。この残業代を月ごとに計算して支払うのでなく、毎月一定の額で支払うとしても適法とされています。
□ 時間外労働手当を定額支給するときのポイント
(1) 実際の時間外労働手当の額が、定額支給された時間外労働手当の額を上回った場合は、その差額を別途支給する必要があります。
(2) 実際の時間外労働手当の額が定額支給額を下回った場合でも、翌月以降の定額支給額に繰越すことはできません。
(3) 就業規則に規定し、かつ労働者に周知する必要があります。
【規定例】○○手当は、時間外労働手当の定額支給○時間分とする。この場合、当該月の実際の時間外労働の額が、定額で支給した額を超えたときは、その差額を別途支給する。
□ 実務上のポイント
(1) 就業規則に明示するだけでなく、給与明細書の余白などに「○○手当は、時間外労働手当の定額支給○時間分とする。」などと記載し周知した方がよいでしょう。
(2) 当月の時間外労働が何時間あったのかを給与明細に明示し、時間外労働の額が定額支給した額を超えたときは、差額を別途支給します。
(3) 時間外労働手当の他に深夜労働手当・休日労働手当も定額支給とすることも可能ですが、それぞれの手当の割増率が異なるため配分が困難です。定額支給は時間外労働手当のみとし、深夜労働手当・休日労働手当は所定支給とした方が事務処理上簡単と思われます。
(4) 部門毎に業務の繁閑の差がある場合は全社的に一律に定額支給するのではなく、部門毎に実態に合った時間外労働手当を算定し定額支給した方がよいでしょう。
(5) 定額残業代を月の時間外労働手当の何時間分とするかは会社の実情により異なると思いますが、過重労働に対する世論が厳しい昨今、時間数が余りに多すぎると会社の安全配慮義務が問われる恐れもあります。特別条項付36協定を締結していたとしても、通常の36協定で協定する延長時間の上限程度(最大でも45時間程度)に留め置くべきと思われます。
管理監督者でも深夜労働手当は必要
労働基準法37条では「使用者は労働者が午後10時から午前5時までの深夜労働をした場合は、2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなくてはならない。」として、労働者が深夜労働をした場合の割増賃金の支給を規定しています。
労働基準法41条では管理監督者については、労働時間・休憩及び休日に関する規定は適用しないとしていますが、深夜労働については適用除外としていません。したがって、管理監督者であっても深夜労働を行った場合は、2割5分以上の深夜労働手当の支払いが必要となります。
年俸制でも割増賃金の支払いは必要
年俸制であっても、時間外労働、休日労働および深夜労働した場合は、労働基準法37条による割増賃金の支払いが必要です。ただし、あらかじめ年俸額の中に割増賃金相当額を含めて年俸額を決定することは可能です。この場合の実務上の注意点は以下となります。
(1) 就業規則等に年俸額に割増賃金が含まれている旨が定められ、さらに給与明細等に割増賃金相当額が明確になっていること。
(2) 各月ごとの割増賃金相当額が、実際の割増賃金相当額を上回っていること。
仮に、ある月において定められた割増賃金相当額を上回った場合に不足分を支払わなくてはならないことは、通常の月給制の労働者における割増賃金の定額支給と同様です。
賞与を支給するか否かは会社の任意
賞与を支給するか否かは会社の任意です。
●(参考通達)S22.9.13基発17号
賞与とは、定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め予定されていないものをいいうこと。定期的に支給されかつその支給額が確定しているものは、名称の如何にかかわらず、これを賞与とみなさないこと。
【解説】賞与を支給する場合、就業規則に「賞与は、原則として毎年7月と12月の年2回支給する。賞与の額は、会社の業績及び従業員の勤務成績などを考慮して各人ごとに決定する。会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給期間を延長し、又は支給しないことがある。」などの例により規定します。
賞与を支給するか否かは会社の任意ですが、就業規則等に定めをすると履行義務が生じます。例えば「賞与は、毎年7月と12月の年2回支給する。」など限定して規定すると、業績悪化でも必ず支給しなければならなくなりますので要注意です。
退職者から賞与の支払いを請求されたらどうする
通常は、支払う必要はありません。ただし、賞与に算定期間を設けてこの期間に勤務した者に対しては退職後であっても賞与を支払う旨の規定や、慣行などがあった場合は支払い義務が生じますので注意が必要です。
【解説】就業規則には「賞与は、原則として毎年○月○日及び○月○日に在籍する従業員に対して支給する。支給日に在籍しない者および算定対象期間の全部について欠勤したもの(休職を含む)については支給しない。」など、賞与は在籍日支給である旨をキチンと明記することがトラブル防止のため重要です。
退職金制度を設けるか否かは会社の任意
退職金制度を設けるか否かは会社の任意です。
ただし、労働基準法89条により退職手当の定めをする場合においては「適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」について就業規則の記載必須事項とされます。退職金制度を設けないのなら、就業規則に「退職金は支給しない。」と一文加えておきましょう。
死亡労働者の退職金は誰に支払うのか
労働者が死亡した時の退職金の支払いについては、一義的には民法の規定による遺産相続人に支払うことになります。ただし、就業規則等において、民法の遺産相続の順位によらず労働基準法施行規則
42条、43条の順位による旨を定め、この順位によって支払ったも有効されています。
●(参考通達)S25.7.7基収1786号
労働者が死亡した時の退職金の支払いについて別段の定めがない場合には民法の一般原則による遺産相続人に支払う趣旨と解されるが、労働協約、就業規則等において、民法の遺産相続の順位によらず、施行規則第42条、第43条の順位による旨定めても違法ではない。従ってこの順位によって支払った場合はその支払は有効である。
同順位の相続人が数人いる場合についてもその支払について別段の定めがあればこの定めにより、別段の定めがない時は共同分割による趣旨と解される。
●(関係法令)労働基準法施行規則
第42条 遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。
2 配偶者がない場合には、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者とし、その順位は、前段に掲げる順序による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にする。
第43条 前条の規定に該当する者がない場合においては、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で前条第二項の規定に該当しないもの並びに労働者の兄弟姉妹とし、その順位は、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順序により、兄弟姉妹については、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時その者と生計を一にしていた者を先にする。
2 労働者が遺言又は使用者に対してした予告で前項に規定する者のうち特定の者を指定した場合においては、前項の規定にかかわらず、遺族補償を受けるべき者は、その指定した者とする。
退職後に不正が発覚した従業員を懲戒解雇できるか、退職金はどうなる
退職してしまった後ではもう従業員ではありませんので、懲戒解雇は不可能です。また、退職金を支払う義務もあります。
【解説】「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない。」とだけ記載した就業規則を見かけますが、すでに退職金を支給した後に不正が発覚した場合においては、退職金の返還は難しいというのが通説です。
少なくても「退職後であっても、在職中の懲戒解雇事由に該当する行為が明らかになったときは、退職金の全部または一部を支給しない。この場合、既に支払った退職金がある場合は会社は返還請求できるものとする。」の例により、就業規則に追記しておくことも必要でしょう。
退職金減額や制度廃止と労働条件不利益変更の関係
退職金減額や退職金制度の廃止は、労働条件の大幅な不利益変更となります。このため「廃止しなければならに理由」や「代替措置の有無」などを従業員に十分説明のうえ個々に同意を得る必要があります。
同意書、説明資料、労働組合がある場合は労働協約などは必ず文書で残しておきます。なお、同意は強制に渡らないよう注意が必要です。
この場合、従業員全員の同意がないと退職金減額や制度の廃止はできないかという問題がありますが、先例では「秋北バス事件(S43.12.25最判)」が有名です。
判決では「使用者が、新たな就業規則の作成または変更によつて、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきである。」としています。
したがって、必ずしも従業員全員の同意を必要としないまでも当該減額や廃止が合理的なもの、言い換えれば、少なくても減額や廃止をしなければ会社の存続が危ぶまれるような切迫した状況であることが必要であると思われます。
なお、経営上の理由から退職金減額や退職金制度の廃止に伴う代替措置(具体的には一時金を支給するなど)も採れないような場合であっても、経営状況が回復したら退職金制度を復活することなど代替措置に代わるべきものを最低限は示すべきと思われます。
経営トップが会社の現状を真摯に伝え理解を求めるのであれば、従業員サイドの納得も得られ安いのではないでしょうか。
前払退職金と社会保険料の関係
□ 前払退職金と労働社会保険料の関係
一時金として支払われる退職金(前払退職金を含む)は社会保険料控除の対象となりませんが、前払退職金相当額の全部または一部を給与や賞与に上乗せして支払うと、社会保険料でいう報酬および雇用保険料でいう賃金に該当することがありますので注意が必要です。
●(参考通達)H25.10.1保保発第1001001号
被保険者の在職時に、退職金相当額の全部又は一部を給与や賞与に上乗せするなど前払いされる場合は、労務の対象としての性格が明確であり、被保険者の通常の生計にあてられる経常的な収入としての意義を有することから、原則として、健康保険法第3条第5項又は第6項に規定する報酬又は賞与に該当するものであること。
支給時期が不定期である場合についても賞与として取扱い、これが年間4回以上支払われているものであれば、報酬として通常の報酬月額に加算して取り扱うこと。
また、退職を事由に支払われる退職金であって、退職時に支払われるもの又は事業主の都合等により退職前に一時金として支払われるものについては、従来とおり、健康保険法第3条第5項又は第6項に規定される報酬又は賞与には該当しないものとして取り扱うこと。
なお、この取扱いについては、年金局年金課、社会保険庁運営部医療保険課、同年金保険課と調整済みであること、及び厚生年金保険制度においても同様であることを申し添える。
退職時の賃金や退職金の支払日はどうする
□ 賃金の場合
例えば、会社の規定で退職者の賃金は賃金支払日に支給することになっていても、権利者が請求した場合は、請求があった日から暦日で7日以内に賃金を支払らわなければなりません。請求がなければ、所定の給与支払日に支給することでも構いません。
なお、権利者とは労働者またはその相続人を指します。相続人以外の一般権利者に支払ったりするとトラブルの元となりますので、注意が必要です。
●(参考法令)労働基準法23条1項
使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
●(参考通達)S22.9.13発基17号
本条第1項の「権利者」とは、一般権利者を含まないこと。
□ 退職金の場合
退職金については就業規則等で支払期日を定めておけば、その支払期日に支払うことで足ります。支払期日を定めてなければ、請求があった日から7日以内に退職金を支払わなければなりませんので、注意が必要です。
●(参考通達)S26.12.27基収5483号、S63.3.14基発150号
退職手当は、通常の賃金の場合と異なり、予め就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りるものである。
賃金の時効は3年に延長!退職金の時効は?
〇 2020年4月1日改正
労働基準法の改正より賃金請求権の時効が5年(当面の間は3年)に延長されました。退職金の時効は従来とおり5年です。
なお、賃金請求権は賃金支払期ごとに発生します。例えば、残業代不払いを請求した場合でも、時効消滅した残業代については、原則請求不能とされます。
●(参考条文)労働基準法115条
この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によって消滅する。
●(参考条文)労働基準法第143条第3項
第115条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から3年間」とする。
(参考)厚労省のリーフレット
裁判所が付加金の支払を命じることがある
労働基準法114条に「付加金」の規定があります。この規定は、使用者が次の賃金や手当を支払わない場合に、労働者の請求によって、未払い賃金等のほかに同額の付加金の支払いを裁判所が使用者に命じることができるというものです。
(1) 解雇予告手当
(2) 休業手当
(3) 年次有給休暇の賃金
(4) 割増賃金
●(参考条文)労働基準法第114条
裁判所は、第20条、第26条若しくは第37条の規定に違反した使用者又は第39条第9項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあった時から5年以内にしなければならない。
●(参考条文)労働基準法第143条第3項
第114条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「5年」とあるのは、「3年」とする。
【解説】労働基準法では、賃金等を使用者が支払わない場合には刑事罰が課せられるとしますが、上記4つの手当や賃金については、さらに裁判所が付加金の支払いを命じることができると定めています。請求は、違反のあったときから3年以内に裁判所へ行う必要があります。ただし、請求すれば裁判所が必ず付加金の支払いを命じる訳でもないようで、通常は裁判所が悪質と判断した場合に限られるようです。
なお、付加金の支払義務は、裁判所が支払命令を発することにより発生しますので、裁判所が支払命令を発する前に使用者が割増賃金等を支払ってしまえば、労働者の付加金支払請求権は消滅するという説が有力です。
労働者の貸付金に対しては法の規制がある
●(参考条文)労働基準法17条
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
●(参考通達)S23.10.15基発第1510号、S23.10.13基収第3633号、S63.3.14基発第150号・婦発第47号
第17条の規定は前借金により身分的拘束を伴い労働が強制される恐れがあること等を防止するため、労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺することを禁止するものであるから、使用者が労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき、生活必需品の購入等のための生活資金を貸し付け、その後この貸付金を賃金より分割控除する場合においても、貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、本条の規定は適用されない。
【解説】労働基準法17条は、前貸金と賃金を相殺することを禁止し、金銭貸借関係と労働関係を完全に分離することにより金銭貸借に基づく身分拘束の発生を防止することを目的としたものである。(労働法コンメンタールより)
戦前の芸娼妓契約等において、親権者等が多額の金銭を借り受け人身売買等の形態で無報酬で働くようなことを禁止する規定ですが、前借金そのものは禁止していませんので、会社が労働者へ金銭を貸付けること自体は可能です。
労働者の貸付金と解雇予告手当は相殺できない
労働基準法17条では「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前借の債権と賃金とを相殺してはならない。」と規定しています。労働基準法20条に規定している解雇予告手当は賃金ではありませんが、行政通達において、労働者の貸付金と解雇予告手当の相殺はできないとしています。
●(参考通達)S24.1.18基発54号
(問)法第20条にいう30日分の平均賃金は、法第20条の解雇予告の趣旨からいって現実に支払わなければならないものであり、したがって労働者が使用者に対して負う借金と解雇予告手当を相殺することはできないと考えられるが如何。
(答)予告手当の支払いについて、使用者と労働者の間に債権債務の関係が発生することなく、予告手当の支払いは、単にその限度で予告義務を免除するに止まるものである。したがって、法理上相殺の問題は生じない。右の理由により、質疑の場合には、別個に予告手当の問題を取り扱うべきである。
従業員の免許取得費用を会社が負担する際の注意点
(1) 業務命令により資格取得を命じるのであれば、費用は会社負担となります。この場合、資格取得後に直ちに退職したとしても費用返還を要求することは困難です。
(2) 次に、労働基準法16条の賠償予定の禁止に抵触することは避けなければなりません。例えば、退職した場合は違約金を支払わなければならないとか、費用を助成するにあたって一定期間退職することを禁止する旨の契約をするなどです。
●(関係法令)労働基準法16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
●(関係法令)労働基準法17条
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前借の債権と賃金を相殺してはならない。
(3) 業務命令ではない、福利厚生など自己研さんのための資格取得費用を助成するのであれば問題は生じません。
また、資格取得費用について会社が貸付けることも一般的に許容範囲とされますが、あくまで本人の自由意思に基づくことが前提ですので、少なくても従業員から費用助成の申請書などを書面で残しておく必要があります。
(4) 労基法17条の前借金については、戦前の芸娼妓契約等において人身売買の形態で足止め策として行われたことが多かったことから、
なお、労基法17条による相殺禁止は、使用者側で一方的に行う場合を想定しているとされていますが、労使の合意があった場合は許されるのかについては、以下の通達が参考となります。
● S23.10.15基発1510号、S2.10.23基収2633号、S63.3.14基発150号
法第17条の規定は、前借金により身分拘束を伴い労働が強制される恐れがあること等を防止するため「労働することを条件とする債権」と賃金を相殺することを禁止するものであるから使用者が労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき、生活必需品の購入等のための生活資金を貸付け、その後この貸付金を賃金より分割控除する場合においても、その貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、本条の規定は適用されない。
【解説】前貸しの債権との相殺が禁止される賃金とは、賞与、退職金を含むとされます。
資格取得費用を貸付ける場合において、労働することが条件となっていないことが明白な場合には、労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき、貸付金を賃金等から分割控除することは可能と思われますが、民法上は賃金の1/4に限り相殺が許されるとしています。
実務上は、本人の自由意思による申出が前提となりますので、規程の整備や労働者からの申出書の受領と詳細の説明のプロセスが必要ですし、貸付期間についても概ね2年程度が限界と思われます。
会社倒産時の未払賃金を国が立替える制度がある
会社が倒産した場合等に労働者への賃金の支払いを確保するため「賃金の支払の確保に関する法律(賃確法)」が定められています。これは事業主が破産の宣告を受けた場合等に、国が事業主に代わって一定の範囲の賃金を立替払いするというものです。
具体的には、労災保険の保険関係が成立して1年以上経過している事業主が次のいずれかに該当する場合に、最初の破産申立て等があった日の6か月前から2年以内に退職した労働者の請求に基づいて未払い賃金の立替払いが行われます。
(1) 破産の宣告を受けた場合
(2) 特別清算開始の命令を受けた場合
(3) 整理開始の命令を受けた場合
(4) 再生手続開始の決定があった場合
(5) 更生手続開始の決定があった場合
(6) 中小事業の事業主が労働者に賃金を支払うことができない状態になったものとして労働基準監督署長の認定があった場合
立替払いが行える賃金は、退職日の6か月前から立替払いの請求日の前日までの間に支払期日が到来したもののうち、未払いの賃金および退職手当の総額の80%に相当する額です。ただし、上限があります。
請求の方法は、所定の請求書に破産宣告等の決定をした裁判所等の証明書を添付して、破産宣告等の日の翌日から2年以内に「労働者健康福祉機構」に対して請求します。
裁判所等の証明書の交付を受けることができないときは、事業所を管轄する労働基準監督署に賃金の支払いができない状態となったことの認定を請求します。その後に「労働者健康福祉機構」に立替払いの請求を行ないます。
なお、立替払いを受けることができる人は中小企業に勤務していた労働者に限定されますので、大企業に勤務していた労働者や公務員へは適用されません。未払賃金立替払制度を利用できるかどうかは最寄りの労働基準監督署にご相談ください。
(詳細)厚労省のサイト