◆ 巡 礼 編 ◆

1. '99.10.05 2. '99.10.06 3. '99.10.07 4. '99.10.08 5. '99.10.09
6. 前夜祭 7. '99.10.10.am 8. '99.10.10.pm 9. '99.10.11 10. '09.10.10



1. '99.10.05

カメラ等の貴重品以外の荷物を全てリンゴに積み込んだ。

しかし、 ちっとも晴れやかな気分じゃないのは、 何故? ほわぁい? 江戸時代の伊勢参りだって、 もっとこう、 楽しげだったはず。

つらつら考えて、 一つの結論に至る。

金がないっ!!!


イスラム教徒は、 一生に一度、 聖地メッカに巡礼しなければならないとか。

・・・一回行けばいいんだよな。 二回目は、 別に行かなくってもいいんだよな。

って、 MAZDA教徒でも、 Roadster教徒でもないんすけど。



2. '99.10.06

さてと。
あー、 あわただしいったらありゃしない。

では、 みなさん、 一足お先に行ってますんで、 お気をつけていらしてください。

それから中山さん、 必ず・・・私を見つけてくださいね。 :p



ということで、 爆睡ドナルド(幼鳥版)とカメラバッグを積んで、 予定より1時間遅れの19:30出発。

第1の目的地は沼津。 東名で馳せ参じる。 エルグランド小川氏ご所望の水泳関係の本なんぞを貸与したりする。

沼津でうだうだ過ごしてから、 23:00過ぎ、 西に向けて出発。 次なる目的地は京都、 そして実家である。 前述のごとく、 金がないので下道で。

夜中。 1号線は順調に流れている。 行けるとこまで行こう。
途中、 峠道に迷い込んでしまったりする。 東名では、 こうはいかんよな。 望外の喜び。

豊橋近辺で雨。 午前3時。 屋根を閉めて再出発。 なんだけど、 岡崎で力尽きてしまう。 コンビニでエスケレートに挟まって爆睡。

3:42。 308.3kmを走破。



3. '99.10.07

7時起床。 床で寝てたわけではないが。 起椅子?

よくまぁこんなもんの中で3時間も寝られるもんだよ、 と感心しながら出発。
・・・・・・渋滞だよ。 朝の通勤ラッシュか。 って、 まだ三河安城だよ。 ひょっとして名古屋までずーーーーーーっと渋滞してるってわけ? うーーーーーむ、 迂闊であった。 以前バイクで京都から沼津まで走った時も、 名古屋で大渋滞にはまったことがあった。 下道で移動する際、 名古屋はゼッタイに避けて通るべき場所なのである。

ということで、 「大名古屋迂回大作戦」を敢行。 地図でささっと調べて、 1号線から155号線へ。

おんやぁ、 アイシン精機が155沿いにあるのね。 はは、 ボディーよりミッションが一足お先に里帰りしちゃうわけね。 それもよかろう、 ということでアイシン精機前を通る。 うーむ、 普通の工場、 って感じ? 6速ミッションや世界初6速(だっけ?)オートマを開発してるようには見えんかったが、 まぁ、 街中の工場で青い光を見ちゃったりするご時世だからねぇ。

その後、 瀬戸市内で迷ったり、 行くつもりのない多治見方面の国道にいつのまにか乗ってたり、 春日井へ抜ける峠道でへなちょこヒール&トゥを人知れず練習したりして、 お昼過ぎにやっとこさ大垣に到着。 予定ではすでに入洛を果たしている頃である。 名古屋、 恐るべし。

今度から、 暗いうちに名古屋を通過することにしよう。

大垣で給油。
427.2km(川崎〜) / 35.5 = 12.03 km/l
まぁまぁ、 か。


そこからは特筆する出来事もなく、 淡々とキョリを稼ぐ。

16:00前に入洛。 11月祭に向けて立て看板がかまびすしい母校なんぞを見に行ったり、 組長ご推薦のうどん屋で遅い昼食でも、 と思ったら定休日だったりしながら久しぶりの京都を満喫。

ええ街やわ。


20:00過ぎ、 実家に到着。 572km。



4. '99.10.08

起きたらお昼。 あっちゃー、 やってもーた。

うだうだして過ごす。

夕方頃、 洗車。 意外と手間取り、 ばあちゃんとドライブは次回に持ち越し。 それまで死ぬなよぉ。

夜は、 三次までのルート探索。 出雲経由だったら、 12時間はかかることが判明。 綿密な計画を立てる。 明日はその計画にのっとって走ることにする。 ををっ、 ラリーみたいで面白そうやんけ。

以下、 計画。

地名距離(km)通過時刻備考
八木004:00出発地点
福知山52.505:30 
和田山92.506:30 
鳥取18508:30 
米子28511:00 
松江32112:00 
出雲大社35513:00お昼休み
三次46517:00ゴール


果たしてこのとーり行くかどーか?!!



5. '99.10.09

午前3時起床。

親は当然爆睡中。 こそっと抜け出すつもりが、 ばあちゃんを起こしてしまう。
風邪引くから早くうちに入れって言ってるのに、 聞こえないらしく玄関で見送ってくれる。

“気ぃつけてな。”
“キー付けな、 動かへんて。”

リンゴは夜露でずぶぬれである。
実家は丹波の盆地(亀岡盆地)にある。 田園地帯である。 ど田舎なのである。 秋冬は、 濃霧の発生しない朝はないぐらいである。 お昼近くまで晴れ上がらないことも珍しくない地域である。

しかし、 京都も宇治も実家のある八木も、 似たような地形ちゃうんか、 とも思うがさにあらず。 宇治なんか、 朝からけっこう日差しが強い。 黄色っちゅーかオレンジ色っちゅーかな朝日が燦燦&煌煌と大学の研究室の窓から射し込むのである。 そして、 徹夜で卒論をまとめている者にとって、 それは、 締め切りまでの貴重な1日が、 また永久に失われたことを意味する、 胃袋を雑巾絞りされるような光景なのである。 あの血反吐を吐く思いは、 一生涯忘れないことであろう。 黒い宇治の山並みからのぼる、 黄色い朝日のイメージとともに。

って、 ハナシが大幅に横道に逸れた。 脱輪状態。

みずからも夜露に髪なんぞを濡らしつつ、 そして、 無駄な抵抗であるとは思いつつ、 リンゴについた夜露を拭き取る。 濡れてると、 汚れとかつきやすいだろしね。
てなことをやってたので、 出発は4:20。 すでに計画からずれているのであった。

リンゴのBカウンターを0にリセット。 480km、 12時間の旅の始まりである。



以前、 山陰方面に足を伸ばしたのは、 学生時分、 交野守H田氏と卒業旅行っぽく城崎温泉経由で鳥取砂丘までドライブ(交野守のVISTAにて)して以来である。 だから、 '95年の春以来ってことだな。 なつかP。 城崎温泉の外湯巡りが意外に楽しかったのを思い出す。
・・・すでに年寄りの境地?
・・・さらに4年半経過してるし。
ふぅ。

でも、 あの時はほんとはもっと遠くまで行くつもりだったのに、 福知山で渋滞にはまって、 じゃあ、 城崎まで、 ってことにしたんだった。
その教訓(?)をも踏まえて、 1時間半の行程とした。
でも、 けっこう流れるねぇ。 っちゅーか、 クルマ、 少ないよ。 いけるいける。
予想巡航速度の倍近い速度でひた走る。 なぁんてのは最初の1時間程度。 いっきなり数珠つなぎである。 ・・・なんで? どうも、 とっろいトラックが2台、 のんびり走ってて、 しかも道を譲らないらしい。 結局、 前半の貯金を徐々に消化しつつ、 福知山に至る。
その後、 件のトラックは、 9号バイパスへ。 いやぁ、 やられたわ。 6時過ぎ。 95.1kmだから、 まぁ、 60km/hぐらいでは来れたみたい。 でもなぁ・・・。

道、 譲ってよ。



トイレ休憩の後、 河津のに比べるとちょっち地味なループ橋、 湯村温泉を過ぎて、 鳥取!!
“海だーー!!”
ひっさびさの日本海。 やや強めの風のため、 白波を立てている。

それにしてもよい天気。 抜けるような、 とまではいかないまでも、 そこそこ明るい空、 真っ青な海に白く砕ける波頭、 田舎ならではの緑に真っ赤なスポーツカー。
うーーーーーーむ、 “名前を付けて保存”しておきたい瞬間である。 “お気に入りに追加”でもいいや。



予定よりも1時間近いゲインである。 ここはひとつ、 “がんばったで賞”をあげちゃおう(to myself)。
ってことで、 下坂本の交差点でいきなりルート9を外れて三朝方面へ。

私を“寺フェチ”と勘ぐる貴兄もあらせられたりするのであるが、 残念ながら答えは“No”である。
京都(府)に住んでいたにも関わらず、 金閣寺に行ったのは二十歳を過ぎてからである。
その時の感想:「写真とおんなじぃ〜!!」
平等院鳳凰堂を初めて見たのがほんの3年前か。
奈良の大仏に至っては、 未だに見てないし。
そんな、 どノーマルな私であるが、 かねてより是非見たいと思っていた寺がある。
三徳山三(山?)仏寺投入堂。
日本史の教科書じゃなくって資料の方に載ってた写真を見て以来、 いっぺん見てみたいなぁと思っていた寺である。
“がんばったで賞”に、 最適である。



地図によると、 9号線から外れて進むこと約20km、 しかも山道。 楽しそう。
午前8時過ぎ。 斜めから射す日差しが田舎道の緑を鮮やかに照らす。 しおれたマンジュシャゲの前を口惜しく思いながら通り過ぎる。
そして道は段段畑から山の中へと続いていく。
いい感じのワインディング。

小休止(立ち○ョン)で止まった待避所の向こう側、 雑木の間、 雑草の中に、 うち捨てられたクルマが一台、 徐々に自然に返ろうとしている。 を、 MAZDAのエンブレム。 ファミリア、 かな。
・・・うん、 これも何かの縁だね、 供養、 供養。 と、 リンゴと一緒に写真を撮る。

“これから三次に行くからさ、 里帰りしたいなら乗ってきな。 投入堂にも寄るし、 出雲大社にも行くからさ、 下りたいところで下りればいいよ。”

と、 かっちょよくキメて、 さぁ、 出発。 と思ったらエンスト。

だぁかぁらぁ、 置いてくなんて言ってないでしょ。 さぁさぁ、 乗った、 乗った!



そこからは本格的な山道。 けっこう楽しませてもらう。 展望所で、 雲間から山陰の山々に降り注ぐ陽光をバックに一枚。

しかし、 こういう日はほんとタイヘン。 というか、 もったいない。
止まって写真を撮りたくもあり、 淀みない風の流れに身を任せたくもあり。 どちらもその得難い一瞬を味わうための方法であるが、 両立は不可能なのである。

名前を付けて保存”しておけたらなぁ・・・。



いくつかの集落を過ぎて、 投入堂の駐車場に到着。 長年の夢がついに叶う! と興奮気味。 先述の卒業旅行も、 ホントはこのお寺を見たかったから企画したようなものだったのである。 4年越し、 いや、 高校の教科書で見て以来だから、 ・・・まぁ、 かなりの年月になるかねぇ。

たしか弟は、 道なき道を登ってたどり着いた、 みたいなハナシをしてたっけ。 せっかくだし、 APSじゃあつまらんよな。 ということで、 F2を首からぶら下げてうろうろしてみる。

こっから登れそうなんだけど、 ってところには、 横に張られたロープが“立ち入り禁止”であることを雄弁に物語っている。 うーーーむ、 やつは一体どっから登ったというのか。

しかし、 なんでここに双眼鏡が据え付けてあるわけ? だいたい、 “遙拝所”ってナニよ? はるかに拝む、 え? 拝めるの? ここから? と振り仰ぐと山の上の方に教科書(でなくって、 資料)で見たあの歴史的建造物が!!
“うっひょー!! あったよー!! ・・・でも、 近くで見たいかも・・・。”

55mmじゃあまだるっこいわい。 Canonを持って来なきゃ、 ということでリンゴに戻ってIX Eと安物望遠ズーム100-300mm f4.5-5.6とベルボンのマウンテンチェイサーを引っ張り出す。
うん、 いい感じ。 ちゃんと撮れてるといいけどな。(→写真)



なんだかんだで1時間近くロス。 登って間近で見る、 というのはあきらめて、 9:30出発。 実家から211kmであった。

再び9号線に戻る。 右手に真っ青な日本海。 大山など、 山は意外と遠くなってしまう。
広い。
空が広い。
結構な開放感である。
R9はまっすぐ米子に向かっている。

BGMは、 GUITARHYTHM。 能天気なお天気とロック(ンロール)の最高峰。 すすきのウェーブに送られながら、 一人にやにや運転してたのを知る者は、 助手席のドナルドぐらいなものであろうか。

しかし、 山陰? 山の陰? だれが名づけたんだろう。 明るいし、 気持ちいいよ。 山陰、 の字面から連想される世界とは別物。 なんだ、 もっと早く訪れればよかった。



11時過ぎ、 米子市内に。 米子だよ、 米子。
実家のある八木には八木駅というのがあって、 それは山陰線の一駅に過ぎないのであるが、 そこの料金表で最も遠い駅(東京等、 特急絡みは除く)が、 米子だったのである。 子供の頃、 山陰線のもう一方の果て(ホントは下関だかなんだかなんだけど)、 米子(もう一方は京都駅、 こちらは余裕でお馴染み)に思いを馳せたものである。 そして三十路に突入した今、 山陰線ではなくマイカーにて、 幼少のみぎりの憧憬の地、 米子に足を踏み入れている。 そこそこの感慨。

その米子には目もくれず、 R9からR431に乗り換え。 目指すは境港。 水木しげるとのんのんばあの舞台だ。

途中、 馬の上で空しく風雨に身を曝すFCを発見。 タイヤもなく、 組んでもらえる様子もなさそう。

“・・・おまえも乗ってけ。 三次のテストコース、 おまえも走りたかろう。 な。”

そして境港。 外港は見てないからわかんないけど、 けっこうこじんまりした港だなぁ。 田舎の港。 いい感じ。(→写真)
港の向こう側は、 えぇっと、 島根県? おっきな橋が渡してある(写真参照)。 えぇっと、 境水道大橋。 日本道路公団。
小型車200円。 時速40km。 適当にシャッターを切りながら渡る。

さぁって、 次は出雲だ。 走るぞーと思ったら、 あららガソリンがないよ。 GS発見するも、 対面なのでブッチ、 先を急ぐ。 のだが、 道はどんどん山の中。 ・・・やっぱ、 引き返そうっと(弱気)。
457.9km(大垣〜) / 34.7l = 13.2 km/l
渋滞とかなかったからね。

しっかしこの時点で12:30。 あと30分で出雲大社に到着できるはずもない。 んじゃあ、 計画なんて無視、 無視!! ついでだし、 後鳥羽上皇(だっけ?)が流された隠岐を見ていこう!! ってことで中海の向こう側へ。
切り立った断崖の上をリンゴと走る。 ををっ、 エメラルドグリーンだよ、 ほんとに日本海?!!
そして、 かすみの中にぼんやりと陸地の輪郭。

見えたーーーー!!
隠岐だーーーー!

出来れば行きたいところであるが、 それは無理というもの。 まぁ、 次回、 だね(いつ?)。



再び山道、 塩害の心配はもうないだろうということで幌を開ける。 そして松江。
出雲へは、 R431を道なりでオッケーとスーパーマップル日本全国版は教えてくれている。
松江大橋を渡らずに、 宍道湖沿いを行く。
うっひょー、 サイッコー!!!
空がめっちゃ広いよー。 午後の日差しに輝く宍道湖をちらちら横目で眺めつつ、 やぁっぱ、 オープンだよなー、 という思いを強くする。

しかし、 山陰は、 いい!!
信州もいいけど、 山陰には、 信州にはないよさがある。 なんつーか、 もっとこう、 牧歌的というか、 “素”の田舎、 がある。 信州って、 どこかこう飾ったとこがあったりするじゃん? ペンションとかあったりさ。 その点、 山陰は、 “素”で田舎である。 信州が、 化粧っ気のない娘っ子だとすれば、 山陰は、 うぶげすら残る、 赤いほっぺの女の子である。

そんなことを思っていると、 反対車線になんか固まりが落ちてる。
しかも動いてる。
・・・カメ?
おいおい、 カメが国道横断してるよ。
にゃはははは。
いい!!

もー、 サイコー!!



2時過ぎ、 やっとこさ出雲大社だよ。 さすがに混んできたねぇ。 大阪ナンバーとか多いね。 さっすが縁結びの神様、 カップルが多・・い、 って、 ひょっとしてここって、 カップルで来るとこなんとちゃうかぁぁぁぁぁ??!!!!
まずい、 まずすぎる。 これってもしかしてひょっとしてはっとしてぐーじゃなくって、 やってもぉたってやつっすか?!!
これは、 一人で宮崎シーガイヤに行った時以来の寒さを味わうことになるのでは?!!
どうしやう??
  1. 今日はたまたま彼女が来れなかったろんりーわいるど野郎
  2. 旅の途中、 友人カップルのためを思って祈願に訪れたベストフレンド野郎
  3. こうなりゃ神頼み(しかも“本社”に直訴、 さらに、 すべての神様が出雲に集結してる今月を狙って!)ででも彼女をゲットしようとしている見境のない鼻息ふんがふんが野郎
のどれに見えるだろう。 1か2をよそおいたいのであるが、 ゼッタイ3にしか見えんやろなぁ。 うぅ、 大失敗かも。

でも、 境内は家族連れやらじじばばやらでごった返していてセーフ。 ふぅ。 とりあえず、 参拝客のNAにRCOJのパンフを挟んだ後、 ちょっち遅めの昼食ということで、 そばなんぞを食ってから参拝。

・・・・・・あんましおっきくないねぇ。(→写真)
青空にどでかい日の丸が鮮やかだったけど、 折からの強風でポールにぐるぐる巻きになってしまう。 あらら。

しっかし、 お伊勢さんほどのありがたみはないわ、 京都の寺社仏閣ほどのわびさびはないわ、 うーーーーん、 どうなんでしょ。
ここはやっぱり、 大昔みたく、 40数m(だっけ?)の高さのお社にしないと。 しかも木造で。 現代の建築技術ならなんとかならんもんかいなぁ。

なんだかんだで1時間近く過ごしてから(文句言うわりには楽しんでいたらしい)、 大社を後にする。
さて、 あとは三次に行くだけか。



出雲市内を抜けてR184へ。
最初はのどかな田園風景。 こんな感じ(→写真)。

田舎道。
秋。
夕暮れ時。
オープンを満喫できる瞬間と思ったら、 甘い、 甘い。
なんかねぇ、 わらとか燃やすんだわ、 この時期。
いぶされちゃって、 大変だよ。

なぁんてカントリーロードも終わり、 どんどん山の中。 これが、 山道もたいがいにせいっちゅうぐらいの山道である。 離合が出来ない道って、 やだねー。 しかも、 路肩にはボディーをなでまわす草木が・・・。 やめちくり〜。

何度かトラック(対向車)に行く手を阻まれてフルブレーキングをさせられて、 いいかげんいやになってR54に乗り換える。
楽〜。

三次市内に至って、 ロードスター濃度が上昇。 ホテルに向かったりしてるのかな?

18:18。 三次グランドホテル着。 486.1km走破。

実家を出発してから14時間。
全部下道。

・・・ばかじゃん。





〜 つ づ き 〜





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