1994年12月25日(日) 1994年12月26日(月) 1994年12月27日(火)
1994年12月28日(水) 1994年12月29日(木) 1994年12月31日(土)
1995年 1月 1日(日) ギリシア・エジプト旅行記表紙
12月30日(金)

9:00バスで出発し、3大ピラミッドへ。やはりホテルから大きく見えるが、割と遠い。それだけ巨大なんだなと実感する。1つの石の大きさが人間と比べるとよくわかる。けっこう傾斜も急だ。1辺が200m以上もある、だから少し外側を1周すると1km! 内部に入る。大回廊を過ぎると天井が低く腰をかがめて歩くのに苦労する。中は蒸し暑い。「王の間」へ。中には石棺らしきものが1つあるだけで壁画も何もない。このピラミッドが何のために造られたかそれが謎となっている。
次に下に降りて「女王の間」へ。照明が壊れていたので、中は真っ暗でなんだかわからなかった。まあ、実際何もないはずだけど。
ピラミッドの中に入ったから、ピラミッド・パワーで何かいいことあるかな?
バスに乗るとき絵はがき10枚セットで1$USというので、売りに来たおじさんから買った。

バスで3大ピラミッドがよく見えるところへ移動し、記念写真を撮る。写真屋さんのカメラが昔懐かしい「キャノネット」だった。すると、ラクダを連れたおじさんが来て、乗らないかという。ただ乗って、その辺一回りして20LE(エジプト・ポンド)じゃあね、高いよ。写真を撮っているとイギリスから来た若い夫婦がシャッターを押して欲しいと。ニコンF3を持っているのを見て安心して撮って欲しいと言ってきたらしい。キャノンの日本では見慣れない1眼レフだった。構図について注文される。なぜかこの辺の会話は英語のはずだが、全く無意識に使っていた。
またバスで移動。今度はスフィンクス神殿へ。ここからスフィンクスとピラミッドがよく見える。スフィンクスは修復途中で足場が組んであった。
ギザ市街のパピルス屋へ行く。はじめに作り方を実演してくれた。パピルスという植物の茎をローラーでつぶして紙のようにする。それに手書きで様々な模様や文字を描いていた。ここで頼まれていた少し大きめのパピルスを購入。50LEだった。
カイロへ向かい昼食。そしてエジプト考古学博物館へ。ここの正面の池には南北エジプトをあらわす蓮とパピルスが植えてある。入ると1階にはロープが張ってある部分があり注意書きが。なんとここの展示品は現在東京へ運ばれ展示されているという、なんだ。
それにロゼッタ・ストーンをはじめ、多くの有名なものが大英博物館などにあり、ここにあるのは複製だったりした。でも2階のほとんどの面積をしめるツタンカーメン王墓の出土品はやはり見る価値があった。在位期間の短い無名の王墓でもこんなにあるのだから、盗掘されなかったら、他の王墓の副葬品はどんなにすごかったのかと思う。

カイロ市内のおみやげ物屋による。貴金属などを見ている人が多いが、興味ないので、カルトゥーシュで自分の名前をTシャツに刺しゅうしてもらう。50LEだった。エジプトではAMEXでもVISAでも大抵使える。
オールド・カイロへ。日干し煉瓦でできた家並み。数年前の地震で壊れたままの家もまだ多い。近代的なニュー・カイロと対照的。
モハメド・アリ・モスクへ。有名なアメリカのボクサーと同じ名前だが、向こうがこの名前にちなんで改名したそうだ。モスク内は絨毯が敷いてあり、靴を脱ぐ。装飾などがとてもきれい。外ではパピルス(バナナの繊維でつくったものらしい)をしつこく売りに来た。はじめは1枚が1$US、断っていると最後には50枚で1$USという。でもねぇ。
ホテルに戻るとピラミッドでの記念写真とカルトゥーシュ入りTシャツが届いていた。部屋で少し眠る。
18:30バスでカイロ市内へ。そこで船に乗り、食事をしながらベリー・ダンスを観てのナイル川クルーズ。甲板に出るとすごく寒かった。夜景のカイロはまた違った印象。エジプトの人は暑い昼間を避けて早朝と夜行動するという。たしかに町はにぎやかだった。
22:00頃ホテルに戻る。朝早いのですぐに寝る。
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