エスニック

ギリシア・エジプト旅行 4日目


1994年12月25日(日)  1994年12月26日(月)  1994年12月27日(火) 
1994年12月29日(木)  1994年12月30日(金)  1994年12月31日(土) 
1995年 1月 1日(日)    ギリシア・エジプト旅行記表紙


12月28日(水)

 3:00起床。朝早かったので、朝食はとらなかった。 まだ暗い中、バスでカイロ空港へ。やはり寒いので、長袖のポロシャツの上に薄いベスト、その上にアルミコーティングのウィンドブレーカーを着た。
 6:00 エジプト航空MS145便に搭乗。機種はB-737だが、機体が真っ白で何も書いてない。他の航空会社から買った機体だが、塗装をしなおす費用がない?せいだという。 国内線のせいか座席が狭く。バッグを置けずにずっと膝に抱えていた。
  機内ではチャイ(すごく甘い紅茶)とパイのようなものが出た。これは毎回同じものだった。
  空からの写真撮影は軍事上の理由で禁止されているので、写真などはないが、夜明けの風景はこの世のものとは思えないほどだった。砂漠の中にナイル川が見え、太陽が昇るにつれて虹のように光の色が変化していく。おそらく夜明け前の一番気温が低いときに露点に達して水滴ができてそれがもやとなり、そこへ水平に近い斜めから太陽の光が当たる。プリズムのように分光された光の中を飛行機が飛ぶ、そんな理由だと思う。
 7:15 アスワン着。ここで若干の乗客が乗り降りをした。
 7:30 アスワン発。
 8:10 アブシンベル着。ここはスーダンまであと10km程。田舎の小さな駅のような空港の建物にある一室に荷物を預ける。軍の兵士が監視しているという。
 貸し切りではなく、空港と神殿とのシャトル便という感じの無料バスに乗り10分程でアブシンベル神殿へ。濃い青空、白っぽい砂漠の中に日干し煉瓦製の家がポツンポツンとある。とても人が住んでいるとは思えない。
アブシンベル神殿ネフェルタリ小神殿内部
  バスを降りると物売りやバクシーシを求める人が寄ってくる。とくにボールペンを欲しがっていた。何本も持ってくれば良かったかな。 神殿の入場料を払い鉄条網で囲まれ警備されている中にはいると、観光客しかいない。地下にトイレがある。アスワン・ハイ・ダムの建設によりナセル湖の湖底に沈むはずが、ユネスコの呼びかけで日本をはじめ多くの国の協力により移築されたもの。約3300年前にラムセスU世により造られたもので、自分のための大神殿とお妃のネフェルタリのための小神殿がある。とにかく周りの景色と巨大な神殿、圧倒される。やはりここはエジプトに来たら是非見ておきたいところだ。
 ナセル湖ができたせいで、エジプト南部の砂漠地帯でも雨がふるようになったそうだ。それによる自然災害が懸念されているという。木がないからすぐ洪水になるらしい。  またバスで空港へ戻る。
ナセル湖
10:15 エジプト航空MS148便に乗る。
10:55 アスワン空港着。バスでアスワン・ハイ・ダムへ。ここは1972年ドイツとソ連の協力により完成した。できたナセル湖は琵琶湖の7.5倍の面積があるという。
 その後、切りかけのオベリスクへ。ここは昔オベリスクにする石材を切り出すときにひびが入ってしまい、途中で放棄されたもの。材質は花崗岩だが、すこし赤い。
切りかけのオベリスクプルマン・カタラクト・ホテル

 昼食のためニュー・カトラクト・ホテルへ。ここでナイル川、エレファンティナ島を見ながらプール・サイドに行き、野外でビュッフェ・スタイルの食事。天気も景色もいいが、置いてあるお皿の上にすぐに風で運ばれてきた砂が。パンは日本で食べる「アラビア・パン」と違い、塩味が全くない。隣のソフィテル・オールド・カトラクト・ホテルはイギリス系でアガサ・クリスティーの「ナイル殺人事件」の映画の舞台になったことで有名だそうだ。あの映画テレビで見たが、もう一回みてみようかな。
  夕食はルクソールでとる予定だったようだが、飛行機が遅れるという連絡があり、夕方までここにいることになった。夕暮れ時にファルーカという帆掛け船に乗りナイル川で夕日を見る。船の操作をしているナビア人が手作りの太鼓をたたきながらナビア語の歌を歌ってくれ、またみんなで踊った。ナビア人はアラビア語ではないナビア語を持ち、独自の文化を持っているそうだ。お礼にわれわれも歌うことになった。1人の30代位の女性が「『今日の日はさようなら』を歌おう」と言ったのでみんなで歌った。選曲が教員らしいなと思ったら、東京都の小学校の先生だった。後でわかったが、ほとんどが教員だった‥‥。
ナイル川に浮かぶファルーカ


 ニュー・カトラクト・ホテルの3階にあるヌビア人の家を模したレストランで夕食。とにかく料理の種類はよくわからないので、何でも食べてみた。肉は鳩らしい。トマト・ベースのモロヘイヤのスープが印象的。
 夕食後バスで空港へ。しばらく駅にあるようなプラスチック製のベンチに座って待つ。
 結局21:30頃遅れたエジプト航空MS140便でルクソールへ。
22:00頃ルクソール到着。バスでホテル・エタップ・ルクソールへ。 ナイル川が見える部屋だった。星はあまり見えない。移動の多い1日だった。その割にはアスワンでのんびりした。部屋のテレビでCNNが見られた。日本の三陸沖で地震があったらしい。


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