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ギリシア・エジプト旅行 5日目


1994年12月25日(日)  1994年12月26日(月)  1994年12月27日(火) 
1994年12月28日(水)  1994年12月30日(金)  1994年12月31日(土) 
1995年 1月 1日(日)    ギリシア・エジプト旅行記表紙


12月29日(木)

 8:00起床 久しぶりに、ゆっくり眠れた。
 9:30バスでカルナック神殿へ。羊の頭を持つスフィンクスが並ぶ。ここもラムセスU世像がある。アメン神を祀る神殿で各ファラオが奉納した建築物で巨大になったそうだ。映画「ナイル殺人事件」ここでの場面は覚えていた。
カルナック神殿
 その後ルクソール神殿へ。カルナック神殿の後だと、小さく感じる。ツタンカーメン王と妃の像もある。中の壁画にキリスト教徒によって描かれた跡があり、さらに今はモスクがある。正面にオベリスクがもとは2本あった。そのうち右にあった1本は現在パリのコンコルド広場に建っているそうだ。
ルクソール神殿
 市内のレストランで昼食。ここで隣合わせた人が東京書籍(株)の中西さんということがわかる。
 午後ナイル西岸、ネクロポリスへ。太陽が沈む西は死者の世界と考えるのは「彼岸」という考え方と共通すると思った。
 渡し船で川を渡り、待っていた別のバスで「メムノンの巨像」の前を通る。本当はアメンヘテプV世の像だが、神殿が破壊されたプトレマイオス朝の頃にギリシア神殿の「メムノン」のものとされ、この名が付いたそうだ。
メムノンの巨像
  「デル・エル・バハリ(ハトシェプスト女王葬祭殿)」へ到着。トトメスU世の妃で後にエジプト初の女王となったハトシェプスト女王の葬祭殿。当時の生活や貿易などの様子が描かれた壁画はすばらしく、一部色が残っている。ここに観客席や照明があったが、ここでオペラ「アイーダ」が上演されたという。ここで観るエジプトが舞台のアイーダはきっとすごいだろうなと思った。ただ、ヨーロッパからの観光客を目当てにしたが、クリスマス休暇の少し前だったので、期待通りには行かなかったとのこと。なお、この2年後に日本人をはじめ多くの外国人観光客がここでテロの犠牲となった。「アイーダ」の上演も場所が移されたそうだ。
ハトシェプスト女王葬祭殿
 またバスで王家の谷へ。荒涼とした景色でとてもこの世のものとは思えない。
王家の谷ツタンカーメン王墓の看板
 まずは有名なハワード・カーターが発掘したツタンカーメン王墓へ。ここは撮影禁止。階段を降りて中に入っていくと前室までしか入れないが、右側の玄室に安置してあるツタンカーメン王のミイラの入った棺がみられる。小学生の時雑誌で「ツタンカーメンの呪い」といった話を読んで恐れていたが、それから長い年月が過ぎ、吉村作治先生の『ツタンカーメンの謎』を読んで、こうやってその現場に来てみると、若くして亡くなった王のことを考えたり、恐ろしいという気持ちよりも歴史の中での人生のはかなさなどを感じてしまう。
ラムセスT世の墓宇宙を表す天井の絵
 近くのラムセスT世の墓へ入る。ここは壁画が美しく、カラフルで王墓に抱いていたイメージが変わった。天井には宇宙を表す絵もある。なお、この翌年からネフェルタリの墓が公開されるようになり、他の王墓に比べ保存状態が良く、とてもすばらしいそうで、見られなかったのが残念だ。  バスでワセダ・ハウスの前を通りクルナ村へ。昔盗掘で生計を立てていたと言われるが、今はおみやげ物などを造って売っているところがいくつかあった。そこでアラバスター製のスカラベをかたどったボタンをもらった。これはツタンカーメンの墓からの出土物のコピーらしい。
 船で東岸へ。ホテルへ戻る。ここで夕食をとってから空港へ向かう。
20:30発エジプト航空MS140便でカイロへ。
21:30カイロ着。バスでギザの前と同じフォルテ・グランド・ピラミッド・ホテルへ。ホテルに着くと1階のロビーでは結婚式をやっていた。


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