獅子が鼻より鳥海山往復

 10年前の夏、岩登りのために剣岳の長治郎雪渓を登っていたときに、後続の単独行者が「剣もたいしたことないね。僕は鳥海で鍛えてるからね。」とつぶやきながら登ってきたのが印象的だったが、ついにその豪雪地帯の山にやってきた。鳥海山は裾野が広く、アプローチも長かったが、長大な滑降が楽しめたツアーだった。


日時  平成7年5月4日(木)〜5日(金)

行先  獅子が鼻より千蛇ガ谷経由、鳥海山往復

日程と記録

4日(木)

 前日に月山を滑ったあと、秋田に移動してきたのだが、途中で温泉に浸かって車中で眠っていた。夜が明けてから獅子が鼻を探したのだが、道に迷って途中で農作業中の人に教えてもらったりしながら、獅子が鼻に到着したのは7時過ぎになってしまった。それからカップラーメンで腹ごしらえをし、出立準備を整える。陽光の美しい日で、新緑の間から雪の頂が覗く。

 8時過ぎ出発、最初に入山口がわからずにキャンプ場の橋を渡ってしまい、林道をたどるうち、水芭蕉の群生が美しい広い河原に出た。結局これは間違いで、渡渉し返して右岸の予定の尾根に戻ったが、これも鳥海の豊かさの一面を垣間見たようで、いい経験だった。しかし右岸に戻ったものの、はじめのうちは微妙に登山道を外していて、やや藪がうるさい獣道のようなルートをたどっていた。やがて雪がつながるようになり、シール登行に切り替える。ほどなく正しい登山道に合流する。

 段々木立がまばらになり、白い部分が増えて登りやすくなってくる。登りはじめて3時間ほどで、広い雪原が現れた。これが千蛇ガ谷か。時々水流が現れる鳥越川の上を避けて左の尾根から登行を続ける。右手に稲倉岳をはじめとした外輪山が大きくそびえる。徐々に地形は単純になり、左の新山、右の外輪山にはさまれた広い谷を、ビンディングをカチャカチャいわせながらひたすら歩を進めるばかりだ。外輪山の所々に滝がかかっているのが見られた。

 千蛇ガ谷の中程で、上から滑ってくるパーティーとすれちがった。早朝出発できていたら、丁度彼らのようなペースだったのだろう。千蛇ガ谷は鳥海山最高峰の新山を中心とした巻貝のような螺旋形だ。一団は左上方の新山の陰から現れ、右へ徐々に弧を描いて降りてくる。僕たちはそれを逆にたどって登ってゆくのだが、近くに見える地点すらなかなか近づいてこない。あまりに谷が広くてスケール感が狂っているのだ。

 

 陽が傾きかけた頃、ようやく新山の南側を東側に回り込み、最後の急斜面をジグザグ切って登る。雪は氷化していてシールが利かないので、ほとんどエッジに乗っている。

 七高山と新山を結ぶライン上付近に出て、そこから新山に向かう。最後の数十mは雪と岩のミックスになっているので、スキーをデポして登頂した。5時30分。

 いよいよ滑降だ。最初の急斜面はクラストしており、あまり美しいターンが描けなかった。下るほどに雪がゆるんできて滑りやすくなるが、雪上には小石がかなり転がっていて、あまり飛ばさずにルートを選ばないといけないようだ。

 新山の南側を回り、西側の千蛇が谷をまともに見下ろす斜面あたりから、雪面は快適になってきた。かなりのスピードでロングコースを滑るが、滑れども滑れどもまだまだ気持ちのよい斜面は続いていた。笑いが止まらない。

  

 6時30分、夕闇が迫り、樹林帯に入る直前の雪原でツェルトを張り、ビバークすることにする。鳥海山がいい距離で眺められる絶好のテントサイトだ。シュラフこそないが、気温もそんなに低くなく、なんとか一夜くらい過ごせるだろう。明日の朝まで時間は十分あり、眠れさえすればドライブによる睡眠不足を解消するにはいい機会である。夕食はスープ、ストーブは携帯燃料だ。

5日(金)

 朝4時頃、寒さで目を覚まし、ろうそくで暖をとる。ツェルトにはみぞれが当たる音がしている。

 6時前にツェルトを撤収するが、あたりには雪が舞っていた。鳥海山上部はガスがかかっている。岳樺の新芽がしっとり濡れて美しい。気持ちのよいザラメ状の雪を滑って下山を開始した。

 やがてまばらな林の中に入り、所々にコブシの白い花がのぞくブナの木立を快適にスラロームしながら高度を下げてゆく。あたりには枝から地面にしたたる雨がポツポツというリズミカルな音と、それが枯葉に浸潤してゆくジューッという持続音が聞こえている。途中で見つけたかわいらしい池の面にも、雨の波紋が次々と広がってそれが木々の反映を揺らしている。やがて雪が切れてスキーを担ぎ、登りの時に合流した地点を、今度は間違わずに真っ直ぐ登山道沿いに下りた。

 キャンプ場近くの林道に降り立つ。ここが本来の入山地点だったのだ。午前8時30分。ビバーク地点から2時間30分で降りてきたことになる。このあたりは山桜が花盛りで、しっとりとした柔らかな色彩を林の中にちりばめており、私達は春の歓びを満喫した。前日、出発に手間取らなければ日帰りが出来たかもしれないが、このさわやかな朝の滑降は忘れ得ぬ思い出になるに違いない。


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