ラゲール多項式はフランスの数学者であるエドモンド・ラゲール(1834-1886)の名前からとられている。 直交多項式の積分の範囲が有限であるチェビシェフ多項式やルジャンドル多項式は大学入試の数学問題にも出やすいが、 ラゲール多項式は積分範囲が 0 から `oo` なので、大学入試の試験問題で出ることはまずないだろう。 ついでにいえば、エルミート多項式は積分範囲が `-oo` から `oo` なので、やはり大学入試の試験問題に出ることはなさそうだ。
さて、ラゲール多項式の興味深い性質を少しずつ探っていこう。なお、以下は特記なき限り正規化されていない形の多項式を取り扱う。ラゲール多項式はさまざまな定義がある。たいていは微分方程式で定義されているが、最初はロドリゲスの公式からの定義がよいような気がしてきた。
ラゲール多項式を表すロドリゲスの公式は次のとおりである。`n` は負でない整数である。 (文献[3] p.147 )。
`L_n(x) = e^x d^n /(dx^n) (e^(-x)x^n)`
`quad\ quad\ =(-1)^n { x^n - n^2/(1!) x^(n-1) + (n^2(n-1)^2)/(2!) x^(n-2) + cdots + (-1)^n n! }`
シグマを使って明示的に表すと次の通りとなる。
`L_n(x) = sum_(k=0)^n (-1)^k ((n),(k)) (n!) / (k!) x^k `
ラゲール多項式の具体的な形を下記に掲げる。
`L_0(x) = 1`
`L_1(x) = -x + 1`
`L_2(x) = x^2 - 4x + 2`
`L_3(x) = -x^3 + 9x^2 -18x + 6`
`L_4(x) = x^4 - 16x^3 + 72x^2 -96x + 24`
`L_5(x) = -x^5 + 25x^4 - 200x^3 + 600x^2 -600x + 120`
`L_n(x)` のグラフを次に掲げる。ただし、それぞれ上記の式に `1/(n!)` を乗じている。
`n` が負でない整数のとき、上記のラゲール多項式 `L_n(x)` は下記の微分方程式を満たす。
`x d^2/(dx^2) L_n(x) + (1 - x) d/(dx) L_n(x) + n L_n(x) = 0` .
次に、ラゲール多項式が満たす漸化式を掲げる。
`L_0(x) = 1`
`L_1(x) = - x + 1`
`n >= 2` の `L_n(x)` は、次の漸化式により定義される。
`L_(n+1)(x) - (2n + 1 - x) L_n(x) + n^2 L_(n-1) (x) = 0`
ラゲール多項式は次の直交性を満たす。
`int_0^oo e^-x L_m(x) L_n(x) dx = delta_(mn) (n!)^2`
ここで `delta_(mn)` はクロネッカーのデルタである。
高校数学の範囲で低次のラゲール多項式の直交性を確認しておこう。被積分関数の変数を `t` とおき、積分範囲を有限区間の `[0, x]` とする。 その後で `x -> oo` とすれば高校数学の範囲で扱える。なお、任意の自然数 `n` に対して成り立つ次の式は使ってよいものとする。
`lim_(x->oo) x^n e^-x = 0`
まず、 `int_0^x e^-t (L_0(t))^2 dt` を計算する。`L_0(t)` は定数 1 であるから、 `int_0^x e^-t dt = [-e^-t]_0^x = -e^-x + 1` となる。 `lim_(x -> oo) e^-x = 0 ` であるから、`lim_(x-> oo) int_0^x e^-t (L_0(t))^2 = 1` である。
次に、 `int_0^x e^-t L_0(t) L_1(t) dt ` を計算しよう。定義より `int_0^x e^-t (1 - t)dt` を計算すればよい。
`int_0^x e^-t L_0(t) L_1(t) dt ` | = `int_0^x (1 - t)e^-t dt` |
`= [-(1-t)e^-t ]_0^x + int_0^x e^-tdt` | |
`= [-(1-t)e^-t ]_0^x - [e^-t]_0^x` | |
`= (-(1-x)e^-x - 1) - (e^-x - 1)` |
ここで右辺の極限 `x ->oo` をとると、`e^-x -> 0` かつ `(1-x) e^-x -> 0` であるので、右辺は 0 に近づく。
なお、直交性を誤って直行性と記して質問を寄せる人がいる。注意されたい。
低次のラゲール多項式で、直交性を確認するためのグラフを準備中である。 `x` 軸の上下で、`e^-xL_m(x)L_n(x)` の面積が同じになっている(ような気がする)ことを実感してほしい。
ラゲール多項式 `L_n(x)` の母関数は `1/(1-t) e^(-(xt)/(1-t)) ` である。すなわち、
`1/(1-t) e^(-(xt)/(1-t)) = sum_(n=0)^oo (L_n(x)) /(n!) t^n `
文献[2] pp.210-211、文献[3] pp.146-147、
ラゲール陪多項式`L_n^m(x)` とは、`n` 次のラゲール多項式を `m` 階微分した多項式のことをいう。すなわち、
`L_n^m(x) = d^m/(dx^m) L_n(x) quad \ (0 <= m <= n) `。
なお陪多項式を誤って倍多項式と表記する方がいる。注意されたい。
陪多項式の「陪」の意味がわかりにくいが、陪審裁判のように、主となるもの(裁判官)などに「伴う」という意味がある。 英語では associated という形容詞が使われる。 この陪多項式を定義する微分方程式を、陪微分方程式と呼ぶ。
以下、ここだけの用語で `m` を指数という。`m = 0` のときはラゲールの多項式である。`
ラゲールの陪多項式の実例は次のとおりである。
`n` \ `m` | `0` | `1` | `2` | `3` |
---|---|---|---|---|
`0` | `1` | |||
`1` | `-x + 1` | `-1` | ||
`2` | `x^2 -4x + 2` | `2x - 4` | `2` | |
`3` | -`x^3 + 9x^2 -18x + 6` | `-3x^2 + 18x - 18` | `-6x + 18` | `-6` |
ラゲールの陪多項式は次のラゲールの陪微分方程式を満たす。
`x d^2/(dx^2) L_n^m(x) + (m + 1 - x) d/ (dx) L_n^m(x) + (n - m) L_n^m(x) = 0` .
`L_n^m(x)` のグラフは準備中である。ただし、それぞれ上記の式に `1/(n!)` を乗じている。
時間に依存しないシュレジンガー方程式は典型的には次のように表される。
`H psi = E psi`
ここで `H` はハミルトニアン、`E` はエネルギー、`psi` は波動関数である。
実際に解くには、ハミルトニアンを次の形に書くことから始める。
`H = - ℏ^2 / (2m) Delta - (Z e^2) / (4 pi epsilon r)`
`ℏ` は換算プランク定数とよばれ、` h / (2pi)` で定義される。`h` はプランク定数である。
ラプラシアン `Delta` は直交座標では次の式で表される:
`Delta = del^2/(del x^2) + del^2/(del y^2) + del^2/(del z^2) `
また、`m` は電子の質量、`Delta` はラプラシアン、`Z` は原子番号(水素の場合は 1 )、`e` は電気素量、`epsilon` は(真空の)誘電率である。
直交座標 `(x, y, z)` と3次元極座標 `(r, theta, varphi)` との間には次の関係がある:
`{(x = r sin theta cos varphi),(y = r sin theta sin varphi ),( z = r cos theta):}, {(r = sqrt(x^2+y^2+z^2) ),(theta = arctan(sqrt(x^2+y^2)/z)),( varphi = arctan (y/x)):}.`
3次元極座標によるラプラシアンの導出は大変だ。過程は別のページにまかせ、結果のみ記す。
`Delta = del^2/(del r^2) + 2/r del/(del r) + cot theta /r^2 del/(del theta) + 1 / r^2 del^2/(del theta^2) + 1 / (r^2 sin^2 theta) del^2 / (del varphi^2)`
さて、`H psi = E psi` からは `(H - E) psi = 0` であるから次が成り立つ。
`(del^2 psi)/(del r^2) + 2/r (del psi)/(del r) + cot theta /r^2 (del psi)/(del theta) + 1 / r^2 (del^2 psi)/(del theta^2) + 1 / (r^2 sin^2 theta) (del^2 psi)/ (del varphi^2) + (2m) / ℏ^2 ( E + (Z e^2)/ (4pi epsilon r)) psi = 0`
上記の形から、波動関数 `psi(r, theta, varphi)` は、変数分離系の形 `R(r) Theta(theta) Phi(varphi)` と書けるとしてよい。これを上記に代入する。 すると偏微分は常微分の形になるので次のようになる。
`Theta(theta) Phi(varphi) (d^2 R(r)) / (d r^2) + Theta(theta) Phi(varphi) 2/r (d R(r)) / (d r) + (R(r)Phi(varphi)cot theta)/(r^2) (d Theta(theta))/(d theta) + (R(r)Phi(varphi))/r^2 (d^2 Theta(theta))/(d theta^2) + (R(r)Theta(theta))/(r^2 sin^2 theta) (d^2 Phi(varphi)) / (d varphi^2) + (2m) / ℏ^2 ( E + (Z e^2)/ (4pi epsilon r)) R(r) Theta(theta) Phi(varphi) = 0`
この両辺に `r^2 / (R(r)Theta(theta)Phi(varphi))` を乗じると次の式を得る。
`r^2/(R(r)) (d^2 R(r)) / (d r^2) + (2r)/(R(r)) (d R(r)) / (d r) + (cot theta)/(Theta(theta)) (d Theta(theta))/(d theta) + 1/(Theta(theta)) (d^2 Theta(theta))/(d theta^2) + 1/(Phi(varphi) sin^2 theta) (d^2 Phi(varphi)) / (d varphi^2) + (2m r^2) / ℏ^2 ( E + (Z e^2)/ (4pi epsilon r)) = 0`
さらに、`theta` と `varphi` の項を右辺に移項する。
`r^2/(R(r)) (d^2 R(r)) / (d r^2) + (2r)/(R(r)) (d R(r)) / (d r) + (2m r^2) / ℏ^2 ( E + (Z e^2)/ (4pi epsilon r)) =- (cot theta)/(Theta(theta)) (d Theta(theta))/(d theta) - 1/(Theta(theta)) (d^2 Theta(theta))/(d theta^2) - 1/(Phi(varphi) sin^2 theta) (d^2 Phi(varphi)) / (d varphi^2)`
この関係が任意の `r, theta, varphi` で成り立つためには、両辺は定数でなければならない。 この定数を天下り式ではあるが `l(l+1)` とおく。すると次の2式を得る。
`r^2/(R(r)) (d^2 R(r)) / (d r^2) + (2r)/(R(r)) (d R(r)) / (d r)
+ (2m r^2) / ℏ^2 ( E + (Z e^2)/ (4pi epsilon r))
= l(l+1)`
`(cot theta)/(Theta(theta)) (d Theta(theta))/(d theta) + 1/(Theta(theta)) (d^2 Theta(theta))/(d theta^2)
+ 1/(Phi(varphi) sin^2 theta) (d^2 Phi(varphi)) / (d varphi^2) = - l(l+1)`
第1式は動径波動関数を導く式であり、第2式は球面調和関数を導く式である。このページではラゲール多項式を扱うことから、 この多項式につながる第1式のみを扱う。
さて、第1式の両辺に`(R(r)) / r^2` を乗じて移項する。
`(d^2 R(r)) / (d r^2) + 2/r (d R(r)) / (d r) + ((2m) / ℏ^2 E + (mZ e^2)/ (2pi epsilon ℏ^2r) - (l(l+1)) / r^2) R(r) = 0`
ここで、`varphi_l(r) = rR(r)` とおく(`varphi` に添字 `l` があるのは `l` に依存することを明示するため)。すると次の式のようになる。
`[d^2 / (d r^2) - (l(l+1)) / r^2 + 1/r (mZ e^2)/ (2pi epsilon ℏ^2) + (2m) / ℏ^2 E ]varphi_l(r) = 0`
ここで `A = (mZ e^2)/ (2pi epsilon ℏ^2), B = - (2m) / ℏ^2 E ` とおく(なお、`E lt 0`) 。すると上の式は次のようになる。
`[d^2/(dr^2) - (l(l+1)) / r^2 + A / r - B] varphi_l(r) = 0`
(以下準備中)
数式の記法には ASCIIMath を、 数式の表示には MathJax を用いている。 またグラフの表現には以前はASCIIsvg を使っていたが、 現在は SVGGraph を使っている。
[1] 森 正武、室田 一雄、杉原 正顕:数値計算の基礎(岩波書店)
[2] 吉田 耕作、加藤 敏夫:大学演習 応用数学 I (裳華房)
[3] 寺沢 寛一:自然科学者のための数学概論[増訂版] (岩波書店)
[4] 藤田 宏、今野 礼二:基礎解析 II (岩波書店)
[5] 井田先生のページ http://www.crl.nitech.ac.jp/~ida/education/QuantumChemistry/index-j.html より「井田隆/教育/量子化学」