スラッキーの10人

 わたしの好きなスラッキー・ギタリストを10人選んでみました。あくまでギタリストという観点からです。ですから一般的なバイオは他に譲り、ここではスラッキー・ギターに関係することを中心に紹介します。順番は、生年月日順です。

1ギャビー・パヒヌイ Gabby Pahinui(1921-1980:チャック・ベリーより5歳上)

ギャビー・パヒヌイ 現代ハワイ音楽のカリスマ的存在。彼が1946年に録音した「ヒイラヴェ」は、スラッキーを蘇らせたとともに、ハワイの古い音楽がいまのポピュラー音楽たりえるのだということを証明したということのようです。それで、「スラッキーの父」などとも呼ばれていますが、ギャビーのスラッキー・ギターの録音はそんなに多く残されていません。
ライ・クーダーなども参加し、当時の若者にもカッコいいハワイ音楽として注目された70年代のギャビー・パヒヌイ・ハワイアン・バンドでは、スラッキーはアタ・アイザックスやサニー・チリングワースに譲り、自身はボーカルと12弦ギター、スチール・ギターに専念していました。
 スラッキーを聞くには「ピュア・ギャビー」が適当と思いますが、そこで聞かれるスラッキーは、リズムもしっかりしているうえ、ピッキングはとても繊細で美しい音を出しています。イメージとは逆に女性的と言っていいでしょう。もっと多くソロを残してくれたらと思います。使っているチューニングは、Fワヒネ(FCEGCE)、Cワヒネ(CGEGBE)、タロパッチなど。

2レイ・カーネ Raymond Kane(1925-2008:チャック・ベリーより1歳上)

レイ・カーネ スラッキー界の人間国宝だったレイ・カーネが亡くなって、ひとつの時代が終わったという感じがしました。ギャビー、サニー、アタを加えてスラッキー界の四天王なんて呼ばれることもあるみたいです。誤解を怖れずに言えば、この世代までがスラッキーを作ったと言っていいと思います。
 陽気で豪快な歌と、繊細なギターが織りなすハワイ音楽はワン・アンド・オンリーな世界でしょう。山内雄喜さんを始め、多くの弟子を育てたことは、もっと評価してもいいことだと思います。
 ギタリストとしては、ナヘナヘ(やさしい・ソフトな)・スタイルで、Gチューニングを多用しています。紡ぎ出すフレーズは、いまではどれもスラッキーの常套句で、スラッキー弾きの共通財産になっています。シンプルで効果的なものばかりなので、最初にコピーするならこの人がおススメです。
 何を弾いてもワンパターンだと言う人もいますが、ちょっと聞いただけで「これはレイ・カーネだ」とわかる独自のスタイルを作ったのは、素晴らしい。

3アタ・アイザックス Leland "Atta" Isaacs(1931-82:エルヴィス・プレスリーより4歳上)

アタ・アイザックス ギャビーの片腕として有名。ギャビー晩年のハワイアン・バンド時代はアタがリード・ギタリストでした。ばりばりアドリブも弾くのでジャズの影響が強いという解説も見ますが、音楽的にはジャズの雰囲気はありません。
 よく使うチューニングはオープンC(CGEGCE)。アタのCなんていう言い方をされることもあります。
 残念ながら、自身のソロ・アルバムは"Atta"1枚きり。21世紀になってやっとCD化されました。ただ、ギャビーとのコ・リーダー・アルバム"Two Slack Key Guitar"は有名で、そこでもアタの素晴らしいソロを聞くことができます。
 "Gabby Pahinui, Family & Friends, The Pahinui Bros."(ビデオ)で、動くアタを見ることができます。スラッキー・ファン必見でしょう。

4レナード・クワン Leonard Kwan(1931-2000:エルヴィス・プレスリーより4歳上)

レナード・クワン ホノルル生まれ。この人もスラッキー第2世代の人で、独特のスタイルのスラッキーを弾きます。わたしは、スラッキー界のセロニアス・モンクだと思います。とにかくワン・アンド・オンリーのスタイルなのです。この人のテイストを受け継ぐギタリストは、いまはいないのではないでしょうか。
 1957年に最初のシングル・レコード" Hawaiian Chimes "を出しています。彼が作った"Opihi Moemoe"は、スラッキーの古典となっていて多くの人にカバーされ、スラッキー・ギター入門者が必ず挑戦する曲でもあります。
 その特徴は、1小節に1度だけベースの音を弾くということ。(もちろん例外はありますが)。それが独特のリズム感を作っています。若い頃の流麗な演奏も素晴らしいのですが、晩年のゴツゴツした演奏がまたいい。ダンシングキャットに吹き込んだアルバムでは、どことなくジャズっぽい独特のリズム感がよくわかります。よく使うチューニングは、CGDGBD。バンプがモダンな感じでかっこいいのです

5サニー・チリングワース Sonny Chillingworth(1932-94:エルヴィス・プレスリーより3歳上)

サニー・チリングワース サニーは、ギャビーたちと一緒に活動することが多かったようです。お互い切磋琢磨しながら自分の音楽を作っていったのでしょう。ギターの職人という感じがします。
 1964年にリリースした初のソロ・アルバム" WAIMEA COWBOY"を聞くと、若い頃のテクニシャンぶりがわかります。このレコードでは全編エレキ・ギターを弾いています。若い頃は、ライブではソリッドなエレキも弾いていたようで、スラッキーとしてはあまりいいとは思わなかった、という当時を知る人の感想もあります。確かに、晩年のダンシング・キャットから出た諸作と比べてしまうと、味わいに欠ける気味があります。
 カウボーイ・ソングが得意だったこともあって、パニオロ・スタイルと言われることもあるそうです。正確なピッキング、安定したリズムといったテクニック面に加えて、ハバネラなどラテン系のリズムを得意としています。よく使うチューニングはタロパッチ。
 1994年に出た"Sonny Solo"は、素晴らしいアルバムです。暖かみに溢れた歌声、端正なギター、サニーの魅力とスラッキー素晴らしさが溢れています。わたしが最初に聞いたスラッキーのアルバムなのですが、いま思うと最初がこのアルバムだったことはとてもラッキーでした。

6ピーター・ムーン Peter Moon(1944-:ボブ・ディランより3歳下)

ピーター・ムーン スラッキーのみならず、ウクレレ、バンジョー、ティプレなど撥弦楽器ならオールマイティーに弾きこなし、それらすべてが第一級の腕前というプロ中のプロというミュージシャン。
 若い頃から、ギャビーの裏庭セッションのメンバーだったこともあり、この人にはバンド指向がありました。60年代のサンデー・マノア、70年代からのピーター・ムーン・バンドなど、自身がリーダーを務めたバンドでの活躍が有名です。特に、サンデー・マノアの「グアバ・ジャム」は、ハワイ音楽の新しいページを開くアルバムだったとか。
 そういう経緯もあって、彼のスラッキーの特徴は、リードギター的な使い方ということでしょう。主に高音弦を使ってジャズ・ギターのように、アドリブもバリバリ弾いてしまいます。ソロ・ギターを弾くことはまれで、最近のソロ・アルバムでも、リズムギターを一人つけて、それにのってシングル・ノートでリードを弾くという形式が多いようです。
 バンドの中のスラッキーというところでアタ・アイザックスと共通しますが、従来のスラッキーの弾き方を守りながらリードを弾いていたアタと比べて、ピーター・ムーンはより現代的に役割分担的なリードを弾いています。

7レッドワード・カアパナ Ledward Kaapana(1948-)

レッドワード・カアパナ 叔父さんは有名はスラッキー・ギタリスト、フレッド・プナホア。兄弟もスラッキーのアルバムを出しているという音楽一家の生まれ。Hui OhanaやIkonaといったグループでの活動を経て、現在はソロで活動しているようです。
 レッドワードは、とにかくフレーズの宝庫。一人で弾く場合でも、誰かとセッションする場合でも、メロディーをどんどんフェイクしたり、インプロバイズしていきます。もともとすごいテクニシャンなので、早弾きに目と耳を奪われることもありますが、音楽のイディオムは借り物ではなく、スラッキーの伝統を発展させたラインです。よく使うチューニングはタロパッチ。ビデオを見ると、右手は親指と人指し指のツー・フィンガーで弾いています。ツー・フィンガーでよくあの早いフレーズが弾けるもんだ。
 サービス精神旺盛なためか、トリッキーなフレーズを弾いたり、ビデオなどで有名ですが曲弾きめいたことまでしてしまう。そういうイメージが先行してしまうのはいいのか悪いのか。また、「恋は水色」、「メンフィス」から、ベンチャーズばりに「パイプライン」なんか弾いてしまうのはご愛敬です。スラッキーに関しては、あくまで伝統的なスタイルと言っていいでしょう。
 この人はコードをいじったりもせず、2コード・3コードのなかで多彩なバリエーションを弾きます。コピーもしやすいので、インプロバイズの練習には最適でしょう。

8山内雄喜(1948-)

山内雄喜 少年時代にハワイ音楽に興味を持ち、15歳の時よりスティール・ギターを始め、大学在学中は大学のハワイアン・クラブでスティール・ギターを弾くという経歴。東京出身。
 大学卒業後、スラッキー・ギターを学ぶためにハワイに渡り、レイ・カーネに師事しました。ギャビー・パヒヌイやサニー・チリングワース、アリス・ナマケルアなどからも習ったそうです。うらやましい。
 子どものときは、クラシック・ギターも弾いていたそうですが、スラッキーはたいていツー・フィンガーで弾きます。「その方がスラッキー的フィーリングが出るから」とのこと。演奏は、レイ・カーネをダイナミックにした感じといえばいいでしょうか。アレンジをきっちりやって弾くというより、アドリブで弾きはじめ弾ききってしまうというタイプで、そこが個性となっていると思います。
 パイナップル・シュガーという、自身がリーダーを勤めるバンドでも活躍。バンドのなかでスラッキーをどう生かすかという点でも注目されます。1978年という時期に、本邦初のスラッキー・ギターの教則本「ギター変則チューニング奏法」を出版したことは、スラッキー史のなかでも特筆されるべきことでしょう。ハワイ音楽に関する世界的なコレクターの一人でもあり、ハワイアンのレコード解説等の執筆も数え切れません。長い間、スラッキーを教える普及活動も行ってきました。文字通り日本のスラッキー第一人者でしょう。

9ケオラ・ビーマー Keola Beamer(1951-)

ケオラ・ビーマー ケオラのビーマー一家も音楽一家として有名です。祖父母、叔父、母など、みんな名前の知れた音楽家でした。弟のカポノとは、ビーマー・ブラザーズとして「ホノルル・シティ・ライツ」のヒットを出し、いまはそれぞれソロで活動しています。
 1973年にソロ・アルバム"HAWAIIAN SLACK KEY GUITAR IN THE REAL OLD STYLE"をリリース。このCDとビーマー・ブラザーズでの活動はロック世代に、スラッキーってカッコイイのかもしれないという影響を与えたようです。世界初のスラッキーの教則本も出版しました。
 ケオラのスラッキーの特徴は、なんとも言えない色気のある音色ということ。「自己陶酔のようで嫌だ」とか、「ずーっと聞いてると気持ち悪くなってくる」という意見もありますが、好きな人にはたまらない独特の世界を作っています。
 どんどんアドリブするというより編曲して弾くタイプ。トラディショナルな曲の間に、オリジナルのきれいなブリッジを挟んで独奏曲に仕立てるといったところは、ケオラの独壇場でしょう。  テクニック的には右手は親指から薬指まで使うスタイルで、弾き方にはクラシックギターの影響がうかがえます。ギターも、ナイロン弦とスチール弦を半々くらいに使い分けているようです。
 よく使うチューニングは、DGDGBE、Cワヒネ(CGDGBE)、近年はFワヒネ(CFCGCE)。曲によっては、代理コードやⅡ-Ⅴ-Ⅰなどの進行も使いますが、ぎりぎりのところでニューエイジ・ミュージックになるのを逃れているように思えます。

10デニス・カマカヒ Dennis Kamakahi(1953-)

ケオラ・ビーマー エディ・カマエのサンズ・オブ・ハワイに、ギャビーの後釜として入って有名になりました。スラッキー・ギタリストとしてより、歌手、ソングライターとしての方が有名かもしれません。
 ギタリストとしては、典型的なナヘナヘ・スタイルと言っていいでしょう。歌も穏やかですが、ギターも穏やか。ソフトなピッキングで正確に流れるように弾きます。作る曲と同じように、ギターでも奇をてらったところがなく、コードに凝るような小細工もなく直球勝負。でも、剛速球投手ではなく、コントロールのいいピッチャーといったタイプです。
 よく使うチューニングはCマウナロア(CGEGAE)。スケールが弾きにくそうなチューニングですが、彼はこれを完全に自分のものにして使いこなしています。
 ソロの他に、息子(ウクレレ)と組んだり、HUI ALOHAなるグループでも活躍。ディズニー映画「リロ&スティッチ」のなかで聞こえるスラッキーは、デニスが弾いているそうです。

 

更新情報

2012年5月19日
冊子・広報誌(六弦堂の仕事2)に、今年作ったもの2点を加えました。
2012年5月1日
六弦堂ページをリニューアルしました。
2012年1月4日
プレイ・ザ・スラッキー・ギターに「ビデオ(教則)」を加えました。
2011年12月26日
六弦堂ページをアップロードしました。

 

Slack-key Guitar