転機としての「危機」(2)
    ーープロセスに心理的に参加させるーー         ichi
                           (1991、2、25)
(内容)
CNN効果  エンターテイマント  プロセスに参加  ジョン・レノンのImagine
映像の管理  自衛隊のヒトとモノ   大義名分   金銭的なパワー
次の突破口  地上戦に    地上戦の死者
 
 
CNN効果
 1月17日に、湾岸戦争が勃発して以来、アメリカでは「CNN効果」という言葉がうまれたそうだ。これは、アメリカ国民が24時間放送のCNNテレビのニュースにクギづけになり、買物にも行かなくなって、個人消費が冷え込んだ、ということらしい。
 これほどまでに、「茶の間」にテレビの戦争が入り込んでいる。「茶の間」で「観戦」出来るような「クリーンな戦争」がいま展開されている。
 
 アメリカの今回の戦争のキーポイントは「ヴェトナムの二の舞になるな」と「クリーンな戦争」だろう。
 テレビでのイラクからの報道には、いちいち「これはイラクの検閲済みです」というコメントが入り、視聴者に「まゆつばでみなさい」とアドバイスしている。一方、多国籍軍の報道も、ヴェトナム戦争の自由な報道が反戦ムードを高めたとの経験で、今回は報道規制が厳しい。
 日経によれば次のようだ。
 「多国籍軍の前線取材は小数の記者グループ(プール)が代表してあたり、軍当局の付添いが義務づけ られている。プール電も、軍の検閲を受けないと残りの記者に配布できない。米海兵隊員がサウジのカフジでの地上戦で死亡したが、遺体が米国に帰還する模様は報道が禁じられた。」('91,2,4)
 この戦争では、湾岸から死体となって戻ってきたアメリカ青年の葬式の様子が、アメリカ全国に、そして世界に放映されてはいない。また、これからも多分放映されそうにない。そこで、この戦争は不思議に死者が見えない。「クリーン」な戦争だ。
 
エンターテイメント
 雑誌「現代」3月号に、「砂まみれの星条旗」という書き下ろしがある。ハルバースタムと言う人だ。私は知らないが、「ベスト&ブライテスト」というヴェトナム戦争を題材に、権力中枢の人間ドラマをかいた人だ。
 彼は、まずこの戦争が「最初から現実感が乏しい」ことを指摘する。さらに、彼はアメリカで発達したテレビのニュース番組は、「報道から離れ、報道とエンターテイメントとが混合した形態に徐々に変化してしまった」と指摘する。エンターテイマントには、「爆弾が破裂したところのようないい映像」がなければ、「どんな重要なニュースも、つまらないニュースに劣ることになる」。
 戦力にかなりの差があり、しかも強い方の立場で編集でき、さらに「死」は写さない、ということであれば、現在の湾岸戦争のニュースは、ちょうどひいきのチームが、相手を新手の「技術」でやっつけるビッグゲームを、見るような興奮を視聴者に与えている、といえる。
 朝日ジャ−ナル3月1日号に「戦争が見えない」という座談会がある。その中で樺山と言う東大の人が次のように言う。
 「テレビで戦争を見ているほうには、少しずつ被害 が拡大したり、武器のグレードが上がっていかない ときがすまないという心理が働く。タクシーの運転 手も「次の新しい武器は何ですかね」と、楽しみに しているような言い方をする」。
 見事に視聴者を楽しませている。
 
プロセスに参加
 今回の報道でもう一つ、注目すべき点がある。これは、この「ビッグゲーム」の臨場感を出す以上の効果を狙ったものだろう。それは、爆撃機の操縦席から撮影された映像である。ある目標を捜し、発見し、そして爆弾を投下する。「見事に命中だ」!
 この映像の効果は、エンターテイマントを超えている。これは、視聴者にまるで操縦席に座っているような錯覚をいだかせ、攻撃者の立場に、心理的に「参加」させている。
 視聴者は家庭でテレビを見ながら、戦争の推移を「情報」として知り、「楽しみ」を味わい、時にはある作戦に「参加」する。
 そこのあたりを、同じく朝日ジャ−ナルでCNNのデレクターは誇らしげに次のように言う。
 「−従来の外交過程と異なり、CNNは多くの人々 を巻き込み、影響を与えていると思われるのですが
 「そうですね。その過程でより多くの意見を吸収するし、より多くの人々に情報を与えることになる。 人々をプロセスに組み込むのです。・・・」
 支配者は、戦争が十分家庭で楽しんでもらえるものだということを、今回の映像操作で確認したことだろう。
 
ジョン・レノンのImagine
 この「クリーン」な戦争の弱点は、「人殺しにまつわるあたりまえの被害」が報道されることである。それを防ぐために、多国籍軍でアメリカと並ぶ強行派のイギリスは、次のような事まで報道を規制している。
 朝日ジャ−ナル2月22日号に「『砂漠』もノーのBBC」という記事がある。英国のBBC放送の戦争に関係した「放送自粛の記事」である。次のようだ。
 「英国のBBC放送は最近、「特別なはからい、注 意深さが必要な曲」のリストを作り、全国37のB BC地方局に配った。放送禁止ではなく「慎重に」 という指示で、湾岸戦争にからんだ、いわゆる「自 粛」である。・・・まず反戦ソングや平和を願う趣 旨の歌。次は歌詞や題名が戦争や殺人を「想像」させるもの。火、銃、戦争、攻撃、死、殺す、武器、 軍隊、弾丸、砂漠などの言葉が嫌われている。・・ ・「バン」という音もだめ。・・・ピリピリした状 況は、民放でも同じ。・・・海岸でいたずらっ子が 父親の車を砂に埋めるといった自動車協会のCMも 早めに切り上げられた。」
 「注意曲」には60曲以上がある。その中に、ジョン・レノンの「Imagine」がある 。そういえば、1月17日の開戦前、数日間、車のFM放送から、この曲が数回流れた。FM放送のD.J.たちは秘かに、この歌を流すことで「反戦」を伝えたかったのだろうか?
 「注意曲」リストの中には、本当に首をかしげたくなるような曲もある。例えば、ロバータ・フラックの有名な恋歌「Killing Me Softly With His Song」やロッド・スチュアートの「Sailing」などがある。これらは、内容とはまったく関係なく、題に「Killing」という言葉がつかわれていたから、「自粛」の対象になったのだろう。(「Sailing」については、何故だか解らない)。このようなとてつもない規制が、「自由と民主主義」をひょうぼうする国で、行われているとは驚きだ。しかし、イギリスで国民のこの戦争に対しての圧倒的な支持をみると、この規制は効果があると、言えそうだ。
 
映像の管理
 このような、「戦時」を利用した報道規制に対して、きちんと抗議の声をあげている国もある。朝日新聞2月19日号は、「抗議の取材ボイコット」と題して、本当に小さな記事を載せた。
 「ザウジアラビアに取材チームを派遣した仏・・・ テレビ4者は18日から、湾岸戦争での仏国防軍の 取材をボイコットした。軍側が提示した前線の代表 取材枠に、テレビは記者だけで、カメラマンが認められず、代わりに軍が撮影した映像を使うように要求されたため、抗議したもの」(パリ18日発)。
 この記事でも明らかだが、多国籍軍は「映像」の完全な管理をしようとしている。この戦争の国際的な支持をめぐって、「映像」の管理が不可欠だと考えている。
 
自衛隊のヒトとモノ
 私は前回、次のように指摘した。
 「世界第3位の軍事力を持ちながら、「番犬の位置」に甘んじていた自衛隊は、今回の協力法で、一定の市民権を得た。「ソ連の脅威」が通用しなくなった現在、自衛隊は「軍縮」か、「新しい活動場所はどこか」という分岐点にたっている。」
 政府の方針は明らかだ。「自衛隊の任務として専守防衛」と言うのが、今までの自衛隊の「定義」だ。ここでは、活動場所は、国内である。しかし、今回の「湾岸危機」から「湾岸戦争」をへて、なんとかして自衛隊の活動場所を「国内」から「国外」へと広げようとしている。
 軍隊を構成するものは、軍備というモノと、軍人というヒトである。昨年の「協力法」では、政府は正直に「ヒトを海外にだす」と言う形で、世論に挑戦した。今回は、政府は「ヒト」を全面に出さずに、自衛隊機という「モノ」を海外に出す、という形をとった。大義名分は「ヨルダンの難民救済」だ。
 しかし、実際のところ、モノがでればヒトが出ていく。海外派兵だ。2月14日の「朝日新聞」によると、自衛隊輸送機C130H4機を派遣すると、1機当りのクルーは9人だが、装備、修理などの地上要員を合わせると、派遣要員の数は計百数十人になるそうだ。立派な海外派兵だ。やはりこれは、自衛隊機派遣ではなく、自衛隊派遣だ。
 
大義名分
 一方、「ヨルダンの難民救済」という大義名分の方は、どうか。
 朝日新聞の「湾岸戦争と日本」というシリーズの24回目に」この問題についての自民党の山口らとヨルダン政府とのやり取りが紹介されている。山口の「自衛隊機の受け入れの打診」に対して、ヨルダンの商工相は次のように答えている。
 「なぜ日本が軍用機を飛ばすのか。あの空域は危険であり、避難民の命を逆に危険にさらすようなものだ」
 「あなた方の本当の目的は避難民救出なのか、それとも西側諸国へのジェスチャーなのか」
 午後のヨルダン皇太子との3時間の会談の後、皇太子はようやく「民間機でさばききれず、国連から要請があった場合」との条件つきで受け入れの以降を示したという。
 ここで、「避難民救済」ということでは、「自衛隊機派遣」はふさわしくないことが、わかる。
 
金銭的なパワー
 自民党にとって、困ったことが2つ生じた。ひとつは避難民がそれほどおおく発生しなかったこと、もうひとつは、民間人がヨルダン航空機をチャーターして、避難民を運ぶ運動を始め、そしてそれが実行され、人々の間に広がったことだろう。
 2月18日の日経は「広がる避難民輸送機チャーター 労組・市民団体や仏教会に」という記事を載せている。次のようだ。
 「避難民救済のために民間機をチャーターしようと募金運動が全国的な盛り上がりをみせている。・・・日本カトリック司教協議会が中心となる湾岸避難民救援実行委員会や土井たか子を支える会などのグループに加え、最近、YMCAと神奈川県の箱根大天狗神社が参加した。・・・16日には4機目が運航、・・・日教組は十機分に相当する六千五百万円の拠出を決定」
 この自衛隊派遣は今のところ、阻止されている。この阻止の力は、人々の「民間機をチャータ−しよう」というアイデアーとそれを裏打ちする金銭的なパワーだ。これからの「たたかい」には金がいる!
 
次の突破口
 自民党は、さらに次のステップを考えている。今回の自衛隊法の100条の5の政令の「改定」で、自衛隊の活動場所を「国内」から「国外」へと広げることに成功した。このときの大儀名分が「よその国の避難民を助ける」ということだが、これが通用すれば、「何故、外国にいる自国民を助けることができないか」となる。
 政府は、今秋導入する政府専用のジャンボ機の運航・管理に自衛隊を当てることを決め、このために自衛隊法を改正しようとしている。この、政府専用機は「政府要人の外遊の他に、緊急時の在外邦人救出や災害援助の緊急輸送」に使うことがきまっているという。もし、この法改正が実現すると、「自衛隊に恒常的な海外活動任務」が与えられる。緊急時には紛争地域に自衛隊が「日本人救出」の大義名分で大出をふって出て行くだろう。
 紛争地域で日本人が紛争に巻き込まれる事態を、政府はこれから自衛隊を使って対応しようとしている。少し考えてみれば、紛争地域は危険だ。そこで政府輸送機の自衛隊機が、日本人救出のためにでかけて、被害を受けたとしよう。今度は、輸送機を護衛するために、自衛隊軍隊そのもの派遣が世論にでてくるだろう。
 ヨルダンの避難民派遣は、いってみればもう、実現しなくてもいい。少なくとも、自衛隊の「活動場所」について、今までとは違った「定義」が可能になった。そこで、次は、正面から「自衛隊法」の改定だ。その切札が、政府専用機の自衛隊管理であり、海外での邦人救出にあたっての自衛隊機の派遣である。
地上戦に
 とうとう、24日公式には地上戦が始まった。
 今回の戦争に対して、アメリカの反戦団体は「No Blood for Oil」(石油のために血をながすな)と呼びかけた。これに対する、多国籍軍の戦略は、「No Bloodon TV」(テレビに血を流すな)とでもいえようか。
 もう一つ、今回の戦争では、死者の数が「大きくは」報道されていない。テレビが「ニンテンドウゲーム」(任天堂ゲーム)として戦争を報道しているとき、活字のマスコミが本当に反戦や交渉による戦争終結を望むのなら、死者の数を大きく報道して欲しいものだ。
 新聞に毎日「戦況」が小さく載っている。1月15日にイラクが「条件付き撤退」を提案したが、日本時間14日夜付けの「戦況」によると、イラク側発表として「開戦以来、イラクの民間人1147人が死亡、750人が負傷、イラク軍兵士の死者は90人」とある。19日夜のイラク側発表では、「開戦後、26日間でイラク側の死者は、軍人、市民合わせて2万人以上、負傷者は6万人以上に」とある。ひとけたオーダーが違うとしても、数千人から万近い人が死んでると考えられる。
 
地上戦の死者
 一方、多国籍軍側の発表に死者は、ほとんど出てこない。しかし、「戦況」の発表からは、多国籍軍は、イラク軍の撤退期限とした日本時間の24日以前に既に、地上戦に入っていたようだ。日本時間22日未明の多国籍軍側発表では、「攻撃型ヘリコプターでイラク軍のざんごう13−15カ所を破壊」とある。
 日本時間22日夜のイラク側発表では「現地時間午前9時15分、多国籍軍が地上戦を開始した」とある。23日夜の多国籍軍側の発表に、今までとは違い多くの死者の数が出ている。
 「イラク軍兵士53人、多国籍軍兵士85人が死亡。多国籍軍側兵士64人が捕虜もしくは行方不明」とある。この時点で地上戦が本格的に開始されていたのだろう。そして、予想どうり空爆と比べ物にならない程の死者が出ている。
 日経(2月10日)に軍事専門家の前田哲夫が戦争の地上戦の行方について次のように指摘している。
 「1、つくられた兵器は必ず使われる
  2、劣勢な側はあらゆる手段を使う
  3、一度使うと際限なく使う−−という戦争の法則からみて、イラクが化学兵器や核兵器を多国籍軍やイスラエル、リヤド(サウジアラビヤ)に使う事態も十分考えられる。そうなれば・・・米国でも戦 術核で応戦すべしとの声が高まるだろう。これまでの戦争の概念を超えた最悪の事態になだれ込む可能性も否定できない」 
 
                                   ('91,2,24)
(付記)
 以上の文は、公式地上戦突入の日に書かれた。2月25日の日経は、「地上戦開始日は2週間前に決定」という記事を載せた。15日にイラクが「条件付き撤退」をだし、その後ソ連とイラクによる「撤退」への8項目、6項目の提案がだされ、世界が和平への期待を持った。しかし、これらの動きは「日程に何の影響も及ぼさなかった」(フィッツウオータ報道官)のである。アメリカは、地上戦を合理化する「撤退の通告」はしたが、本気で交渉などする気は、なかったといえる。しかも、アメリカ政府は、この情報を地上戦突入の日に世界に明らかにするほど、世界の戦争を回避したいと願った人々を、なめてかかっている。 
 
 おごれるものは、久しからず。  ('91、2、25)
 
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