転機としての「危機」(1)
    ーー敵にも味方にも武器を売るーー         ichi
                          (1990、11,23)
(内容)
はじめに   メジャーの復権   味方も敵も  察知されていた動き
2010年までの戦略   兵器の購入  国家の自己責任  本当に守るべきもの  敵を見ること  正当性のゆらぎ  2つの道
 
<要約>
 「湾岸危機」は、イラクのクウェート侵攻で、アラブの石油輸出機構(OPEC)が亀裂を深めたのに対して、米系メジャーとサウジの国営石油会社であるアラコムとの関係が一段と緊密化し、イラクを押え込み、メジャーとサウジなどの産油国が結束して石油生産の「新秩序」を模索しているという背景がある。
 また、軍事的な側面として、アメリカは「選択的抑止」('88,1)という戦略のもと、第三世界でのアメリカの権益を守るため「第三世界の同盟軍と協力して『協力部隊』の育成」を目指している。この「湾岸危機」は、ちょうどそのテストケースになっている。この戦略の延長上には、イラクの「フセイン打倒」が出て来る。
 
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はじめに
 「中東に戦争の危機が発生し、石油資源を多くこの地に依存する経済大国日本は、こうした時何を為すべきか」と言う形の問が、出された。この問のキーワードは、「石油資源」と「経済大国日本」という2つの言葉である。例えば、この問を次のように変えてみよう。「中東に戦争の危機が発生し、森林資源を多くこの地に依存する日本は、こうした時何を為すべきか」ーーこの問は、どこかしら迫力がなく、少し滑稽だ。イラクのクエート「侵攻」から、3ヵ月以上がたった。戦争の危機は、いまだに去っていない。しかし、3ヵ月が過ぎ、この「危機」について、考えてみたい。
 
メジャーの復権
 日経新聞の9月19日の朝刊に「復権へ産油国と結束 活気づくメジャー『シナリオ』狙い通り」という記事がある。、この記事は『今回のペルシャ湾岸危機は米・英政府と国際石油資本(メジャー)が巧みにしくんだ”管理危機”ではないのか。』と始まる。簡単に紹介すれば次のようになる。
 イラクのクエート侵攻で、アラブの石油輪出機構(OPEC)が、亀裂を深め、一方米系メジャーの影響力が飛躍的に高まってきた、という。具体的には、米系メジャーとサウジの国営石油会社であるアラコムとの関係が一段と緊密化し、イラクを押え込み、メジャーとサウジなどの産油国が結束して石油生産の「新秩序」を模索している、とのことだ。
 一方、英系メジャー(BP)は、原油価格の急騰を背景に、北海油田の増産に乗り出しているという。あるメジャーの財務担当者は「湾岸危機に話が及ぶとつい笑みがこぼれてしまう」という本音を打ち明ける。なんといっても、危機の3ヵ月前までは1バレル、16ドル台で低迷していた軽質原油が、あっという間に、1バレル30ドルに突入したのだから。次のメジャーの企画担当者の発言は示唆的だ。
 「フセイン大統領の頭に血が上らないように配盧しながら対イラク制裁を長引かせるのがベスト。あと半年、いまの状態が続いてくれれば復権のメドがたちそうだ」。現実はどうか?9月段階でのあと半年、すなわち、来年の3月まではいざしらず、4カ月間は膠着状態が続いたのだ。
 
味方も敵も
 今回の危機に際して、東西冷戦の終結によって起こった、という言い方がされるときがある。これについてはどうだろうか?
 東西の冷戦の終結は、そのままいけば、東西軍事大国の「軍備縮小」につながるところだった。しかし、現実は「幸運」にも湾岸危機が起こってくれた。
 同じく日経新聞の10月8日号に「湾岸危機は救いの神?米の航空宇宙業界」という記事がある。サブタイトルに「軍縮一転、特需に 民生転換、軟着陸の期待」とついている。
 この記事は次のような事を、明らかにしている。
 米航空宇宙メーカーが、不況に突入しているときにこの湾岸危機が起こり、サウジはじめ中東諸国からぞくぞくと超大型の兵器購入商談が舞い込んできているという。アメリカは、以前は議会では親イスラエル派が強かったので、アラブ諸国への兵器輪出にはブレーキがかかり、フランス、ソ連に引き離されて3位にいた。しかし、今回のサウジへの米軍駐留(軍事的プレゼンス)の見返りとし、サウジは軍隊の近代化のため、230億ドルにもおよぶ兵器購入を米に要求し、そのうちすでに75億ドル分の輸出が米議会で認めれれているという。サウジ以外にもエジプト、アラブ首長連邦への兵器供与の交渉が進んでいるという。
 アラブに敵対するイスラエルに対しても、「軍事的均衡」のためさらに米戦闘機の輪出が促進されているという。何の事はない。この機会に、兵器のお得意さんだったイスラエルのほかに、アラブ諸国にも兵器を売りつけようとしている。「味方」(イスラエル)はもちろん、「敵」(アラブ)にも、というわけだ。
 この記事は米国防業界アナリストの次の発言を紹介している。「これで業界が数年は一息つけそうだ。・・・米軍が縮小しようとしている通常兵器の輪出先が確保できそうだ」。このようにみてくると今回の危機は、アメリカの石油業界(メジャー)にとっては、またとない機会であり、軍需産業のにとっては恵みの雨ということになる。
 
察知されていた動き
 8月、イラクによるクウェート侵攻は、突然起こったように報道されていた。私自身、旅先で、一体イラクはどうなるかと心配していたら、あれよあれよと言う間に、「多国籍軍」という聞きなれないものがでてきた。
 今見てきたように、どうもこの危機は、くさい。突然世界にふりかかったように宣伝された「湾岸危機」は、ある程度予想され、シュミレイションされていたのではないか?と疑いをもってしまった。
 10月31日の朝日新聞は「米、2週間前に察知 イラクの侵攻 軍の集結をつかむ」という記事を載せている。これによると、「米国防省が侵攻のほぼ2週間前にイラクのフセイン大統領がクウェート国境地帯への兵力結集を指示したとの情報をつかみ、侵攻前日の8月1日にはブッシュ大統領・・・対して『武力侵攻の可能性が非常に高い』と報告していた・・・7月25日、26日、クウェート侵攻に十分な規模の兵力の終結完了を確認・・・」。やはり、大統領はいざ知らず、少なくとも国防省はイランの動きをきちんと追っていたことが分かる。
 
2010年までの戦略
 アメリカはシナリオ作りが好きな国だ。「世界」(岩波書店)11月号に「『中東貢献策』と自衛隊」という軍事評論家、前田哲夫へのQ&Aがある。その中に、次のような指摘がある。
 前田は、まず「アメリカは、国連決議に基づいて史上初めての『国連軍』を編成し自らがその一翼になるよりも、あくまで自国を主役とし、周囲に同盟国を並べる『多国籍軍』の道を選んだ」と言う。
 「88年1月、大統領長期統合戦略委員会の提出した『選択的抑止』と名づけられた2010年までの戦略見通しをよむと、ソ連との間の『最も起きそうにない』全面核戦争にかわって第3世界を念頭においた『低強烈度戦争』という考え方が頭をもたげてきたことに気づきます。・・・『第三世界での自国の権益を確実に防衛するためには、アメリカはこの低強烈度紛争をもっと深刻に受け止めなければならない』と報告書は指摘し、そのための方策として『アメリカは第三世界の同盟諸国と協カして『協力部隊』の育成に努力する必要がある』と勧告しています。いまサウジアラビヤに集結中の『多国籍軍』とは、まさしくこの『協力部隊』の現実化とみなしてさしつかえないでしょう。対イラク作戦は低強烈度戦争ーー核を使わないという意味だけの「低強烈度」にすぎないのですがーーの戦場なのです。ここでフセインのイラクを打倒しておけば、・・・親イスラエルにもとづく中東政策、パレスチナ問題処理の展開も容易になると計算しているものとおもわれます。国連軍ではなく、みずから主導する多国籍軍でなければならないゆえんです」。
 少し引用が長くなった。しかし、アメリカは本当にすごいと言える。88年1月に、もうソ連は目じゃないーー冷戦は実質的には乗り越えられた。これからは、南北問題だと戦略を練っていたのだ。
 世界の経済がますます、緊密化の度合を増している。その時、以前に経験したような「石油ショック」に代表される第三世界の「反乱」に対して、「自国の権益を確実に」守るために、アメリカを中心とした『協力部隊」を作ろうというわけだ。90年8月に、そしてそれは実現し、「多国籍軍」と言う名前で、サウジに駐留し、最初の「大義名分」である「サウジの防衛」(8月7日)から11月現在「イラクのフセイン打倒」を狙ってきている。
 
兵器の購入
 戦争をするには、武器がいる。現在の戦争では、近代的な武器が必要だ。イラクの場合はどうだろう。
 イラクは80年代の10年間に約800億ドルの巨費を武器購入に投じたと言う。購入先はソ連が53%、フランスが20%、中国が7%である。アメリカはといえば、イラン・イラク戦争で、イラクが不利な戦局の時には、軍事衛星の情報をイラクに流し、最終的にはペルシャ湾に40隻に近い艦隊を派遣し、イランを封じ込め、イラクを助けた(日経9月24日号、小山論文)。たった、一年前までは、アメリカにとってイラクが、同盟国であったというわけだ。
 米軍備管理軍縮局によって88年の世界各国の「兵器輸入総額」が、発表になった。これによると、1位はだんとつでイラクである。46億ドルであり、2位のインドの32億ドル、3位のサウジの30億ドルを引き離している。サウジの約1.5倍の兵器を購入している。いっぼう、武器の輸出国では、ソ連が全体の44%で1位、2位はやはりアメリカで29%、次いで中国が6%と続く(日経11月21日)。
 
国家の自己責任
 世界の石油産油国に、「東西」の軍事大国がせっせと武器を輸出している。そこで、次の主張は大変説得力をもち、これこそが責任ある国家の姿だと思う。
 日経10月8日に青山大学の小宮という人が「国際危機 貢献、非軍事面に限定を 武力不行使崩すな 軍事大国の武器輸出規制」という論文の中で次のように主張する。
 「ソ連、フランス、中国などは・・・膨大な額の武器をイラクに輸出してきた。国連安全保障理事会の常任理事国である軍事大国が第三世界に武器を大量に輸出し、その中の独裁者が侵略戦争に乗り出して国際危機が発生したときに、日本やドイツに後始末のカネを出せというのは、公正ではない。湾岸危機処理のための費用の相当部分は、紛争国に武器を与え続けてきた軍事大国が負担すべきである」。
 どうですか?正論だと思いませんか?これを読むと、湾岸危機でソ連やフランスが「汗」をかいているのは、当り前だということになる。
 
本当に守るべきもの
 さて、もう一つ湾岸危機に対して大切な視点と思ったものがある。朝日新聞9月10日夕刊の石川好の「何もしない、という選択」である。「アジア諸国と協議して 欧米の参戦要求拒み 清貧に甘んじては」というものである。この論文は、湾岸危機に際して、アジア諸国の視線を考えることが大事だと言うことを指摘している。これはまったくそのとうりで、「遠い」中東に一端出た「自衛隊」は、近いアジアにはいとも簡単に出て行くに、違いないからである。
 石川はわが国の首相がこう演説することを勧める。「我々日本人は、・・・カネもモノも、それらは結局のところ戦争の継続につながるので、出すことはできない。そうなれば、アラブの石油に依存している我々の経済は、深刻な影響を受けるであろう。・・・もし石油が慢性的に不足するなら、我々はあえて不況や失業を引き受けようではないか。・・・なぜなら平和憲法があろうがなかろうが、戦いだけはこりごりだと、ただその決意だけで我々は戦後を生きてきた。そのことだけは、貧しくなろうとも守ろうではないか」。
 石川は、このような演説をする人こそ、戦後日本のリーダーにふさわしいという。私も同感だ。
 私は、いまのところは、まだあまり露骨になっていないが、湾岸危機を巡る分岐点は、結局「現在よりも貧しくなること」を、受け入れるかどうかにか.かってくると思う。「自国の権益を守る」ということは、先進国の日本では、「豊かな生活」かどうかはさておき少なくとも「便利な生活」を守ることである。今回のそして将来の分岐点は、「誰かに戦争をさせて、自分の生活を守りたいか?」それとも「人殺しまでして、いまの生活を維持したくない、貧しくなってもお互い生きている方がいい」かだ。
 
敵を見ること
 今回の湾岸危機を以前の戦争と比べてみよう。
 例えば、ベトナム戦争とである。アメリカにとって、敵であるベトコンや北ベトナムは「目に見えない敵」であった。「目に見える」時には、どちらかが死ぬときだったはずである。
 今回はどうか?イラクは、多国籍軍の国々のマスコミを意欲的に「利用」しようとしているようにみえる。挙げ旬の果ては、主敵のアメリカの放送局のインタビューに応じ、アメリカ国民にむかってのビデオを制作し、アメリカに送る。戦争を巡ってのこんな「情報戦」はいままでなかったのではないか?「戦争」というの究極的な暴力の事態にも、その行為の「正当性」を世界の多くの人々に向かって主張せざるを得ないのが、情報化が進展している現代だ。
 「見ることは信じることである」、少なくとも「見ること」は、相手に対して「敵対心」を減らす効果があるようだ。アメリカで「アラブのヒットラー」と言われているフセイン大統領も、TVでみるとなかなかのハンサムで、思慮深い指導者にみえる。(少なくとも、どこかの国のエンペラーヒロヒトやアキヒトよりも、よほどしっかりして見える)。イラクに多くの人質が捕らわれているが、我々でも人質の様子を時々TVを通じて見ることが出来る。TVではまあまあの生活をしているようだ。これが、人質の救出への「熱意」を減じているのではないか?
 
正当性のゆらぎ
 どんな政策も、国民の感情や考えを無視しては、行い得ない。アメリカ国民は、自国の湾岸危機に対してのふるまいをどう思っているか?
 11月21日の朝日新聞は、「湾岸政策に4割反対」と題して、11月中旬に行った米国民の世論調査を伝えた。
 それによると、湾岸政策に対する支持は8月の75%から今回は50%に落ち込み、41%が支持せずとなっているという。世論が2分されつつある。「イラクの出方を見るべきだ」が71%に対して、「すぐに軍事行動をとるべきだ」が21%になっている。また、サウジへの米軍派遣に対して「大統領はその理由を明確に説明していない」とする意見が、8月34%から51%に増えている。更に、注目すべき事は、軍事行動を取る理由として「世界の石油資源確保」では「十分な理由にはならない」とするものが、62%に達している。
 アメリカ国内でも、「一体何のためにサウジにアメリカの若者がいくのか」に対して、疑問が生じてきている。また、「石油」のために「若者が死ぬ」ことは納得できない国民が6割以上に達した。アメリカでは大国意識のもと「正義の世界の警察官」という宣伝と、「なんでクエートの一部の金持ちや石油のために人命が失われなければならないか、そんなんで死ぬのはおかしい」というまっとうな意識とのせめぎあいが、おこっている。
 
2つの道
 日本でも、事態は流動的だ。世界第3位の軍事力を持ちながら、「番犬の位置」に甘んじていた自衛隊は、今回の協力法(注)で、一定の市民権を得た。「ソ連の脅威」が通用しなくなった現在、自衛隊は「軍縮」か、「新しい活動場所はどこか」という分岐点にたっている。日本が、軍事大国として登場し、国内に「愛国心」にあふれた軍国少年、軍国少女が大量に生じるかは、これからの我々の動きにかかっているだろう。
                               
(注)国連平和協力法、廃案になった。
                              (1990、11,23)
 
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