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2001/02/28

 『悪意』(東野圭吾 著/講談社文庫)読了。
 彼は彼を殺したことを認めた。ただ動機については口をつぐんでいる。何故、彼は彼を殺したのか?
 『名探偵の掟』を読んだ時、読みやすいのはこれがこういう形式だから(つまり「アンチミステリ」だから)だと思っていたのだが、それ以外の本も読みやすかった。文に妙な引っかかりが無く、読む調子が崩れない。
 探偵役の加賀刑事の私生活部分が描かれていないのも、良かった。謎が物語の中心にある時、それ以外の事柄が描かれると、中心に向かう勢いが殺がれるような気がする。もちろん、それを楽しめる場合もあるのだけれど。
 題名は、これでなくては、と思える。章を読み終えるごとに、題名に対する印象が自分のなかで変わる。納得した部分がひっくり返されるのは、気持ちがいい。

 「サラブレ」2001年4月号(エンターブレイン)。「的場均騎手引退特集 "マーク屋"と呼ばれた男」(pp.129-135 文/江面弘也)
 記事については目新しい点は無く、写真についても特筆すべき処はない。まあ、他の競馬月刊誌が不況のあおりをくらって、余裕の無い紙面になったことを考えると、この記事はこれでも良いほうだろう。(ちなみに月刊誌でいちばん良かった的場騎手の特集は、既に廃刊になった「ダービーを一生遊ぶ」のもの)
 的場騎手のことをあまり知らない人が手引きがわりに読むには良いと思う。騎手としての流れをそつなく上手くまとめている。
 的場騎手本人へのインタビューは無し。関係者他(郷原洋行、飯塚好次、尾形充弘、長谷川仁志、山河拓也、以上敬称略)のインタビューや文章が掲載されている。
 最後に、マーク屋について、あるインタビューでの的場さんの言葉を引用しておく。

「ああいう風にして勝つから、"マーク屋"だとか言われちゃうんでしょうね」
(中略)
「"そういう記録を阻止して気持ちイイでしょ"と言われることもあるんですけれど、僕はそういうつもりで乗っているわけではないですよ」
 (『ウィニングポスト通信vol.1』「ゴーグルの向こう側1 的場均インタビュー」p29より)

財布に余裕がある人か、的場騎手のものならとりあえずなんでも、という人向け。(定価620円)あ、私は後者です。

 「Gallop」今週号の的場騎手胴上げ写真は良かった。


2001/02/27

 全知無能と無知全能の二人羽織。
 などと考えて腰の痛みを紛らわす。あまりの無意味さに痛みも和らぐ……かというと、効果はそれほどないけれど。

 『どちらかが彼女を殺した』(東野圭吾 著/講談社文庫)読了。
 妹を殺された兄(警察官)は、犯人をつきとめようとする。容疑者はふたり―ひとりは妹の恋人、もうひとりは妹の親友。どちらかが妹を殺したのだ。しかしいったいどちらが?
 以下感想(と謎について)「(1)「破壊行為に現れるもの」という加賀の言葉、(2)ごみ箱に何を捨てたか、(3)「目の前で見た」という兄の言葉、(4)ふたりの利き手、(5)「自殺ではない」という加賀の断言、この5つだけでも犯人は分かる―たぶん―のだが、何故なのかは分からなかった。袋とじ部分(西上心太氏によるヒント)を見ても、少しだけ疑問が残った。学生時代、左利きの同級生がいて、箸と字は右、キャッチボールなどは左を使っていた。私はあまりその人と親しいわけではなかったが、それでも気づいたのだから、仲が良いふたりが気づいていなかったとは考えづらい。これがひっかかった。それから、まあくだらないことだけれど、私の親はふたりとも左利きで、その片方は酔うとナイフとフォークの持ち手が逆になる。利き手を考えた持ち方なのだなあとそれを見て思ったことがある。
 読み終えて自分のなかで答えを出して、それでも模範解答を読みたかった。
 私の場合、推理小説を読む時は「作者がどうやって話を落としてくれるか」に興味があって、推理合戦にはそれほど興味が湧かない。模範解答を読みたい、というのはつまり、作者の落とし方を見たかったということなのだろう。

 ゲームのこと。
 「花と太陽と雨と」(PS2/ビクターインタラクティブ グラスホッパー・マニファクチュア/ADV)の発売日は5月2日に決まったとのこと。各ゲーム誌に情報が載りはじめた。画像を見る限り、なかなかいい感じ。
 「KingsField4」(PS2/FromSoftware/RPG)の発売は夏に延期。
 EVEシリーズ新作「EVE The Fatal Attraction」(PS/ネットビレッジ シーズウェア/ADV)のキャラクターデザイン画をゲーム誌(「ザ・プレイステーション」)で見た。なんだか皆さん妙にガタイがいいというか、ぼてっとしている。「EVE the lost one」の後の話だからだろうか。このソフトのキャラクターデザインも、体型がなんとなくぼてーっとした感じで、個人的にはあまり好みではなかった。特に、女性の胸の位置が低すぎるのが嫌。この絵の路線を引き継いでいるように見える。まあ、実際の絵で見ればまた感じが違うかもしれないので、それほど気になるわけではないが。面白い話だといいなあ。5月発売予定。


2001/02/26

 アンチテーゼもあまりに度が過ぎると、痴の偽呆の実践かと疑いたくなる。

 『掌の中の小鳥』(加納朋子 著/創元推理文庫)読了。
 ある日、「僕」は街中で大学の時の先輩に声をかけられる。彼は「僕」がかつて惹かれていた女性と結婚した人だ。けれど「僕」は彼女が幸せでないことを知っている。なぜなら彼女が留守電に入れた言葉を聞いていたから―私、殺されたの、少しずつ殺されているのよ―。
 「きっかけなんて、ほんの些細なものなのよ」―ある人物のひとことは、この物語そのものに対しての言葉でもある。すべての謎は回想で語られ、ほんのささやかな事をきっかけとして解かれていく。同時に、回想の中の人々は、小さなきっかけで自分を変えていく。「掌の中の小鳥は生きているか、死んでいるか?」手に小鳥を握った子供の問いに賢者はどう答えるだろうか。それはほんのきっかけに過ぎない。
 表紙の絵に惹かれて買った一冊。まるい囲いのなかで死んだように眠る桜色の小鳥。周囲をめぐる花。かすかに黄ばんだ白。それだけ見て購入した。
 物語のあちこちに出てくる色の描写は、的確につぼを押さえていて、読みながら絵が浮かんできた。とても静かに話が進む。謎を解くことを強要しない物語だと思った。強要されないと、ちいさなことにまで気をつけて読むようにはなるが、そうしなくても充分楽しい。解かれていく謎に無理が無いから。ちょっと気になったのは「フェニミズムという言葉を「女性を特別扱いする」つまり古い意味で使っている」こと。
 たまごを立てられるか?という話題が本の最初のほうに出てくるが、この話で言われているように、何も使わないでたまごを立てることは出来る(ただしにわとりのたまご(生))。平たい木の机で、まるいほうを下にして立ててやると、うまくいく。机の上にたまごをいくつも立てるのは、楽しい遊びだった。

 スポニチ購入。的場さんの手記が掲載されていたので。


2001/02/25

 今日は的場さんの騎手引退式の日。いい天気でした。
 正午過ぎ、中山競馬場のウィナーズサークルに現れた的場さんは、次のレース用の勝負服(ニシノの、紫と黄の横縞)の上にカーキのジャケット(Barbarかな?)を羽織ってました。
 ウィナーズサークルのまわりは、人垣がすごかったです。中山競馬場自体はかなり空いていたのですが……。

 引退式はこんなかんじで進められました。

  1. 司会挨拶
  2. G1レースの映像紹介
  3. 騎手の略歴紹介
  4. インタビュー(現役について)
  5. インタビュー(引退の理由について)
  6. 花束贈呈(関東騎手連盟副会長(加藤騎手)、ご家族、スポーツ紙代表、各専門紙、マスコミ代表、中山競馬場場長)
  7. 騎手挨拶
  8. 他騎手による胴上げと記念撮影
  9. ファンとの交流

 的場さん、少し緊張しておられたのか、声がかなり固かったです。式のあいだずっと厳しい顔付きでしたし。騎手挨拶が終わった後は表情も和らいだようですけれど。
 式の終わりのほうで、不完全燃焼の的場コールが起こったのが、なかなか笑えました。この方にコールは似合わないなあ。男性はさかんに掛け声をとばしていましたが、女性の声は聞こえませんでした。声が小さかったのか、それとも胸がいっぱいで声をかけられなかったのか……。私の前に立っていた女性は、指を組んで関節が白くなるほど強く握っていました。
 私は、最終レースを待たずに帰ってしまいましたが、第六レースのパドックで騎乗する的場さんの姿を見られたので、満足しています。いつもとかわらない、とても奇麗な背中でした。
 的場さん、お疲れさまでした。


2001/02/24

 ↓笑った。

1991年の第1回のレーブナーコンテスト(ボストンのコンピュータ博物館で行われるチューリングテストに類したコンテスト)で、判定者たちが、ある女性を、しっかりした長い説明文を作成したという理由で機械だと判定してしまった。
(別冊日経サイエンス128「知能のミステリー」(1999年発行)「人工知能のゴールを見直す」K.F.フォード&P.J.ヘイズ/竹内郁夫 訳 p.91)
世界チャンピオンのカスパロフ(Garry Kasparov)を破ったチェスプログラム「ディープブルー」は真の意味では知能がないという議論がよくある。しかし、チェスを指す犬がいたとしよう。そのイヌがカスパロフを破ったら、なんと頭のいいイヌだと言われるに違いない。
(同 p.95)

 同誌収録「コンピュータ,ゲーム,現実世界」(M.L.ギンスバーグ/竹内郁夫 訳 pp.96-101)文中の図版(pp.98-99)によると、ボードゲームにおいて、コンピュータと人間の関係は次のようになっている。

 起きたら昼を過ぎていた。ぼーとしていたら夜になったので晩飯を食べて、『マッチ箱の脳』を読む。腰巻きに書いてあった「糸井重里氏ほぼ絶賛!!」のほぼって何じゃいなと思ったら、森川氏は、ほぼ日刊イトイ新聞ではダイニング部料理人として有名なのだそうだ。で、ほぼ。同サイトに、『マッチ箱の脳』についての紹介もある。体の固い森川さんに大受けしました。


2001/02/23

 今日もたいへん眠い。カフェインが効かない頭になっているので、コーヒーとお茶を浴びるように飲んでも居眠りしそうだ。仕方が無いので30分に一回は席を立って、1分ほどぐるぐると無意味に歩いて眠気をさましている。

 アルファシステム公式サイトに掲載されている「あたらしいげーむのはなし」だが、私はこの文体を尊大だとは感じなかった(山形浩生氏で耐性がついているのかも)。
 AIの歴史部分はかなりはしょってあるようなので、この話題について他の情報を得ようとしない人たちが、このまま丸呑みにする危うさはある。それがちょっと気になったけど。
 同ページの6.基本的な勉強(簡単な問題集)に挙げられた7つの問題は、かなりあいまい、かつ様々な意味にとれる文章で、一読してとまどった。これは、問題に対していきなり答えようとするのではなく(高校の試験だとこれ)、また出題者の意図を探り、それにそった答えを考えるのでもなく(大学の試験はこれが多いかな)、この問題を解答者(自分)がどう捉えるか、そこからはっきりさせないと解けないなと思った。つまり、7つの文章は問題そのものと言うより、問題を考えるきっかけのように読める。
 参考になるかなと思った本:『ライトついてますか?―問題発見の人間学―計算機システムの分析と計算を再考する―』(D・C・ゴース&G・M・ワインバーグ 共著/木村泉 訳/共立出版)、『システム作りの人間学』(G・M・ワインバーグ 著/木村泉 訳/共立出版)。

 『名探偵の掟』(東野圭吾 著/講談社文庫)読了。
 名探偵は名探偵としての役を、刑事は刑事としての役を演じる推理小説。一見気楽そうに見える彼らでも、苦労は尽きない。探偵は常に正解しなければならず、一方で刑事はまぐれ当たりさえ許されない。その上、使い古しのトリックだと登場人物に笑われたりするし、御都合主義の展開にも気付かないふりをしなければならない。さて、そこで提示される12の事件―。
 「『花のOL湯けむり温泉殺人事件』論―二時間ドラマ―」の最後に大笑いした(が、2001年2月現在にTV放送するなら、ここはまた変更される箇所だろう)。さくさく読める。でも、真面目なミステリファンに薦められるかどうかは、よくわからない。濃いミステリファンなら大笑いできるのかなとも思う。
 私は楽しかった。

 『失語の国のオペラ指揮者』(ハロルド・クローアンズ 著/ 吉田利子 訳/早川書房)、『マッチ箱の脳(AI)・使える人工知能のお話』(森川幸人 著/新紀元社)、『日本マティーニ伝説』(枝川公一 著/小学館文庫)、『ペルソナ2罪』(高瀬美恵 著/電撃文庫)、『海上護衛戦』(大井篤 著/学研M文庫)、『掌の中の小鳥』(加納朋子 著/創元推理文庫)購入。


2001/02/22

 「Gallop」2001年2月25日号(税込み600円)購入。的場均騎手のインタビュー(pp.20-23/聞き手=高橋績)が目当て。
 ざっと読んだ感想だが、たとえば「(リンドシェーバーが最優秀3歳牡馬に輝いたことについて)弥生賞のとき、それを中傷するような記事を読んでカチンときてしまった。」(p.22)のあたりは、注釈が欲しい。これだけではその中傷の内容がどんなものか、知らない人には全く分からない。
 掲載写真はレース直後的場さんのバストアップがいちまい、それ以外はG1レースの小さいのがずらりと並んでいる。この雑誌、この記事だけが目当ての人にとっては値段が高いので、まず目を通して記事に納得してから買ったほうがいい。私はかなり集めたがりのファンだが、それでもちょっと躊躇した。
 以下、記事より的場さんの言葉を引用。

(調教師になることについて)
でもね、そんなのは他人に言われて決めるんじゃなくて、自分で決めるもんさ。俺は他人の話は聞いたけど、決断は自分でした。(p.21)

2001/02/21

 眠い。あまりに眠くて、仕様書のことを考えていたら30分間瞑想してしまった。(「瞑想」の定義は『中曽根康弘語録』に従うものとする←嘘です)

 『妖怪馬鹿』読了。
 妖怪について、妖怪とは何か?その成り立ちがひととおりでないこと、研究をさまざまな面から行っていくことで妖怪の「正体」が見えてくること、妖怪本が新たな妖怪を生み出すことなど、妖怪にまつわる話題をまとめた本。入門書らしい、ひろく浅く興味を惹く内容になっている。
 国文学の文献学的要素の話(pp.279-281)は、そのとおりだったなあと苦笑いした。『倭名類聚抄』の印影本を睨みながらレポート書いたなーと思い出しました。
 比較的近年に出た妖怪辞典物や、水木しげる氏の漫画から生まれた妖怪の話は、興味をひかれた。たとえば、下にあげた妖怪は、家庭用ゲーム機のソフトである「女神転生シリーズ」に登場しており、同ゲームの攻略本(『新・女神転生 デビルサマナー公式ガイドブックファイナル』(JK-VOICE 著 ファミ通編集部責任編集/ASPECT)(以下『DS』と略)、『デビルサマナー ソウルハッカーズのすべて Revision』(CB'sProject 編/ASPECT)(以下『SH』と略))では、由来について特に断わりは書かれていない。しかし、『妖怪馬鹿』によると、これらはどうも、近年に創作されたものらしい。
 (以下、「」内は、本文からの引用である。)

○フォービ
・中岡俊哉氏が『世界の妖術・魔術』(秋田書店)の「世界の魔神」というコラムで紹介している。このコラムは、具体的な地名をあげ、そこに魔神が現れた、という紹介形式を取っていたが、その地名は実在しないものであると、多田氏は本書で指摘している。(『妖怪馬鹿』pp.324-326)
・「フォービはユーゴスラビアで山火事をおこすと恐れられている妖怪。」(『妖怪馬鹿』p.326の脚注)(関連: 2001/02/15の日記
・「ヨーロッパ・旧ユーゴスラビア近隣に棲む火事を起こすとされる妖獣。」(『DS』p.98)
・このゲームをやったことが無いので、フォービがどんな感じなのか私は知らない。若者口調で話しかけてくるそうだ。
○ガシャドクロ<飢者髑髏>
・斉藤守弘氏が『世界のモンスター』(秋田書店)の「世界妖怪・ゆうれい勢ぞろい」というコラムで紹介している。それ以前の出典は不明。(『妖怪馬鹿』pp.340-341)
・「のたれ死にした者たちの髑髏が何百と集まって出来たもので、人間を食べてしまう。」(『妖怪馬鹿』p.341の脚注)
・攻略本では、日本出身の悪魔(当ゲーム内で敵を指す言葉)として紹介されている。
 「野原で野垂れ死にした人々の恨みが集まると生まれる巨大な骸骨。夜になると現れ、人を見つけると襲いかかる。」(『SH』p.78)
・このゲーム、ガシャドクロは、おばちゃん口調だった。「なんか買わへん?」と誘われて、よく変な宝石とか買ってました。(ゲームの話です)
○ジュボッコ<樹木子>
・ごく初期の頃(1960年代後半?)の水木しげる氏の妖怪画だが、その出典は不明。(『妖怪馬鹿』pp.341-347)
・「京極 水木先生がすごい絵、描いちゃってるんです。でっかい木がね、いたいけな女の子を捕まえっちゃってるんです。(略)でも、考えてみればその血を吸うって書いてあるから。ちょっと胡散臭いんだな。」(『妖怪馬鹿』p.345)
・攻略本では、ガシャドクロと同じく、日本出身の悪魔として紹介されている。
 「戦場跡に生える妖樹。多くの死者の血を吸い続け、死者の怨念や魂が宿った樹木を指す。」(『SH』p.77)
・ジュボッコは、じいさん口調だった(正確には老獣)。火に弱いのでよく燃やしてました。(ゲームの話です)

 轆轤(ろくろ)首・抜け首を飛頭蛮とも書くそうだ(『妖怪馬鹿』pp.374-375)。ヒト・ウバンじゃなくて、ヒ・トウ・バンだったのか。この名前の差は、注目する箇所の差なのかなと思った。頭か首か。ちなみに「ガンパレード・マーチ」のヒトウバンは、抜け首の顔の部分が腫上がったようなデザインである。
 たしか、『うしおととら』にも出てきたように思うが……手元に本が無いので確認できない。


2001/02/20

 疲れた時に本を読むと、私の場合は大抵こうなる。

 昨日は、崩れかけた本の山を膝で塞き止めたら、反対側に崩れて、山の真ん中あたりにあったハードカバーが、隣にあったCDの山を直撃した。結果、Best of AlanPersonsProjectのCDケースにひびが入った。
 衝突の瞬間は真夜中でしたが、素晴らしくいい音がしました。

 「SFが読みたい!2001年版」(早川書房)、『Sydney!』(村上春樹 著/文芸春秋)購入。


2001/02/19

 NHK夜10時のニュースを見ていたら「あなたのメールが覗き見される」という小特集をやっていたので見た。フリーメール(Webメール;Web上で見ることが出来るメール)の閲覧用パスワードが盗まれる様子を再現している。

  1. 自分のWebメールアドレスあてにメールがくる
  2. メールの本文に貼られたリンクを何気なくクリックする
  3. すると、ある所にそのメールアドレスの閲覧情報(パスワード含む)が送信される

フリーメールの具体的な名前は、画面が加工されていてよく分からない。で、それに気を取られているうちに、特集は終わってしまった。そのWebメールはパスワードが他者の目から守られていなかった、というところまでは聞いていたのだが。
 見知らぬ相手からの添付ファイルをすぐに開くな(出来ればさっさと削除しましょう)、という教え(?)は割とひろまったようだけれど、リンクを安易にクリックするな、のほうはあまりひろまっていないのかな。いやまあ、リンクに限らずつい押してしまいました、というのは私も結構やるけど。たとえば、「ms_player.exeをダウンロードしますか?」というアレ。余計なお世話だと思っているので普段はダウンロードしたりはしないのだが、疲れてぼーっとしている時にいちどOKを押してしまい、とても焦った。頭で駄目だと分かっていても、手が勝手に動いてしまうのである。

 メモをとりながらゲームをやっていたら、あっという間に真夜中を過ぎてしまった。『妖怪馬鹿』を少し読んで眠る。なかなか読み終えられないなあ。


2001/02/18

 アルファシステム代表へのインタビューに対して、アルファシステム公式掲示板での反応を読むと、未だに学歴に対するコンプレックスって強いのだなあと思う。インタビューに関してはもっと他に突っ込むところがあると思うのだが、何故か学歴の話題に突撃する匿名氏。まあ、インタビュアがどうまとめたのか、というのも興味はある。その力量によって、出来が違うからなあ。このインタビューは面白かったけれど、語られていない部分はどうだったのだろうか。
 このインタビューで言っていることは、こと知識に関しては正しい。というか、ゲーム業界だけではなく、ソフトウェア業界全体にあてはまることだと思う。こういうことを大っぴらに言う人は結構居るが、一般人には見向きもされないだけだ。そして、言われてもわからない人と言われなくてもわかる人の差があまりに大きいので、教える方は苦労するだろうなあ、とは、傍から見た人間の感想(私は幸運なことに、教える側に回ったことはない)。
 任天堂の態度への反感は、『ソフト技術者の反乱』(本所次郎 著/講談社文庫)をほんの少しだけど思い出した。このモデルとなった人物も、独立当時の言われようは(親企業との比較から)散々だったから。まあ、結局、世間の評価はその後の実績次第なので(だからソニーにあれほどのことをしても任天堂的には大丈夫なのだろう)、―この会社の当時とアルファシステムの今が、似ているというわけではないけれど―このような会社には頑張って欲しいと思う。


2001/02/17

 「森首相では次の選挙を戦えない」って、首相はその為だけですか、与党各氏。「首相は選挙の為にあるのではない、政治の為にあるのである」くらい言ってくれないかなあ、もう誰でもいいから。

 『旅に出ても古書めぐり』(L&N・ゴールドストーン 著/浅倉久志 訳/ハヤカワ文庫)、『新訂 クトゥルー神話事典』(東雅夫 編/学研M文庫)購入。


2001/02/16

 的場さん、調教師試験合格おめでとうございます。

 きょうの森首相。なかなか面白い。ついつい読みふける。
 「どうして危機管理ですか。事故でしょ」
 ……。
 森さんそれはネタですか?……と言っている自分が危機管理のことをよく知らないので、検索してみた。

Japan Research Review:アメリカの災害復興から何を学ぶべきか
危機管理(Emergency Management)とは、自然災害のように普段の業務のワクでは対応できない非常事態が発生した場合に、ある組織や個人がどのように社会的責任を果たすかのアクションである。
財団法人消防科学総合センター:危機管理講座(注)広辞苑等にみる危機管理の説明
広辞苑:「事態が破局と収拾との分岐点にあるとき,安定・収拾の方へ対応策を操作すること。経済危機や平和の危機などに際して行われる。」
(広辞苑第4版,岩波書店)
imidas(イミダス):「大規模地震のような自然災害や,大停電,通信網の断絶などの人為的事故のみならず,ハイジャック,テロなどの人災といった不測の事態に対処する政策。天災の場合は事前に準備,訓練することによって,その災害の被害を減少,限定しようとする。」
(イミダス1998,集英社)
自由民主党公式ページ:危機管理に関する提言 はじめに:危機管理とは何か:わが国の危機管理について 平成9年
代表的な危機の分類と種類のひとつに「航空機、船舶、列車事故等多数の被害者が発生した事故」があげられている。

 森首相の頭の中は、キューバ危機あたりで更新がとまっているのかもしれない。誰かはやいとこ更新してあげて下さい。


2001/02/15

 涅槃会。

 『妖怪馬鹿』(京極夏彦・多田克己・村上健司 座談会/新潮OH!文庫)、『かめくん』(北野勇作 著/徳間デュアル文庫)、『名探偵の掟』(東野圭吾 著/講談社文庫)購入。

 『妖怪馬鹿』に収録された、たくさんの京極画。……いいのか?ネタがわからないのも多い。
 ざっと流し読みして、興味を惹かれたのは次の箇所。

(引用者註:同人誌の話)
京極 僕は寛大ですよ。同人の枠内でなら、何をしたっていいでしょ。商業出版にしてしまったら、その途端に犯罪ですが。まあそのかわり、著者は同人誌を作っている人と接触したり、あまつさえ煽動したりするようなことは絶対しちゃいけないと思うんですがね。著者側は見て見ぬふりが肝要。同人側は地下出版であることを忘れないのが礼儀ですよ。
 まあ、それほど寛大な僕ですが、やおいものでも耐えられないものはあるの。メフィストと悪魔君が衆道関係に陥るというもの。
(一同爆笑)
  (本書 p.357)

京極氏がカータンの物まねをしたり、おじゃ魔女どれみと言ったり……いや〜楽しい。
 で、「第六章 そんな妖怪何処にも居らぬ。」(pp.324-325)の「多田 「女神転生」シリーズだったか、ゲームキャラクターにまでなっている。」と指摘されている魔神フォービは、「真・女神転生デビルサマナー」(サターン/ATLUS)に出てきます。(妖獣、LV43、ファイヤーブレスと炎の壁を使う……ってまあ、ゲームやってる人にしか分からない)しかし、「京極 ないんだもん、そんな妖怪。」なのだそうです。その伝承が伝わっているという土地自体が存在しないらしい。引用もとの本を書いた中岡俊哉氏の創作ではないかという話としてあげられている。


2001/02/14

 『BRAIN VALLEY』読了。
 人と動物を隔てるのは「神という概念」である。ならば、その「神」とは何か?脳の研究の為にブレインテックに招致された孝岡は、研究所のある船笠村で奇妙な体験をする。それは宇宙人に誘拐されるというものだった。これは果たして真実の体験なのか。そして、ブレインテック所長である北川の真の目的とは……?
 以下、感想というよりは雑感。
 「ALとAIの組み合わせで作られたデジタル生命」の話は、興味深かった。ごくわずかの条件付けをされたデジタル生命が、仮想空間のなかで複雑な社会とでもいうべきものを営みはじめる。そしてその後に描かれる仮想空間内での社会の変容と進歩。本当にこんなふうなものが見られるのか。……いいなあ。作ってみたいと思う。憧れる。でも、果たしてその結果現れるものを、人間は理解出来るだろうか?いや、理解出来なくてもいいから見たい。しかも、この場合、生体を扱うほどの倫理観を必要としないだろう。電源を切る準備が出来ました……全滅。新しい倫理観が必要になるのでしょうか。デジタル生命に人権を、なんてね。
 神は人間が生み出した最も特異な概念であるとする仮説。そして、そこから発展してたどりついたもうひとつの仮説は、最高に愉快。人は何のために神を必要とするんだろう?何故、それが必要なのだろう?理由などない?それはそうだろう、何故なら……
 すんでのところで、ものがたりはこちら側に留まる。ほんの少しの希望を残して。
 希望など残さずに華々しく散ってみろ、と、破滅のものがたりを読みたい気持ちがごねているような気もするが、それだとアレになってしまうからなあ。人は、自分が自分であることを理解しないうちは、別のものになることが出来ないのかもしれない。というか、作者はそうあって欲しいのかな、と。

 世間的にはバレンタインデーだったらしいですが、もはや今の仕事場的にはすたれた風習のようです。誰も配っていない。すばらしい。まあ食べたければ自分で買うよなあ。


2001/02/13

 『BRAIN VALLEY』上下(瀬名秀明 著/角川文庫)を読みながら、メモ。

 本書に出てくるエピソードのひとつ「百匹目の猿」について、『なぜ人はニセ科学を信じるのか』(マイクル・シャーマー 著/岡田靖史 訳/早川文庫)のpp.37-39に記述がある。

ライアル・ワトソンがこの現象に目をつけ、おもしろいことを書いている。幸島でイモを洗うサルの数がある閾値を超えた時点で、『イモ洗い』という形態は臨界質量を通過する。その閾値を超えると島全体のサルがイモ洗いをおこなうようになるばかりか、他の群れでもイモ洗いが自然発生するようになる。この閾値を、ワトソンは仮に一〇〇匹目とした。このアイデアは後に『一〇〇匹目の猿』という呼び名で広く知られるようになる。
 『BRAIN VALLEY』上(pp.454-455)ブレインテック所長、北川の言葉。
一九五二年に、まず二〇匹の群れから調査が開始され、島にいる一匹ずつがつぶさに観察された。一九六二年には、群れは五九匹にまで数を増し、正確にはそのうちの三六匹がサツマイモを洗っていた。この行動を「突然」身につけるのに実に一〇年もかかっており、実際には「一〇〇匹の猿」は、一九六二の時点では、たった三六匹しかいなかったのだ。さらに、猿たちが何を学んだかを勝手に想像することはできても、群れにいるすべての猿が、洗うという行動を示したわけではないという事実は残る。三六という数は地元でさえ、臨界量ではないわけだ。ほかの島々でも似たような行動が見られたという報告もあるが、それすら一九五三年と一九六七年のあいだになされたものだ。いきなりというわけでもなければ、幸島と結びつける必然性も見あたらない。
 『なぜ人はニセ科学を信じるのか』(pp.38-39)

 人工生命の話は「群体AI」にもつながる(と思う)。確か、かなり前の「ザ・プレイステーション」(雑誌)に「ワールド・ネバーランド」と「がんばれ森川君2号」のプロデューサ氏の対談が載っていて、そこで似たような話が出てきたな。
 本の山を掘り返したら、見つかりました。ただ、私の悪い癖で、号数が不明だ。該当ページしか保存していない。(「緊急特集 PS2で育成ゲームはこう変わる!?」の「異色対談実現 ぼくたちはPS2をこう見る!」宮崎慈彦氏+森川幸人氏)

(AIシステムにのっとった考えで作ると、PSのメモリに乗るのは5人だけです、なんて話になった……という流れから)結局そうやって行き詰まったときに出会ったのが人工生命(※1)の理論なんですね。各自はまったく勝手に生きているんだけど、2人が出会ったときにヘンなことが起こる。それが3人、4人、5人に広まったときにどうなるか。1人の行動はまったく勝手に見えるんだけど、ほかの人の行動によって影響を受ける部分があって、影響を受けるとそれに見合った行動をする。今度はそれがほかの人に影響を与えて……。だからそういう影響しあう部分だけを取り出せばいいんだということになったんです。
 「ザ・プレイステーション」(号数不明)宮崎氏の言葉。文中()内の説明は、引用者による

2001/02/12

 コンピュータウィルス情報があれこれ飛び交っているので、ウィルスデマ情報Japan Computer Security Associationより)についてメモを。「件名がPENPAL GREETINGS!やJOIN THE CREWとなっているメールに注意してください」という内容のメール、これは非常に有名なInternet Hoaxなのだが、いまだにひっかかるひとがいるようだ。(私がはじめてこの手のメールを見たのは今から5〜6年前)ネットでは常に初心者が入ってくる以上、確かに仕方が無いことではあるのだが、親切心がうわすべって、裏づけをとらずに情報を流してしまう人が多いのは困りものだ(何故困るかは、以下の文章で述べる)。
 もちろん、複合技(メールの件名が有名なHoaxで、添付ファイルがウィルス感染実行ファイル他)の可能性もあるので、件名だけで安全かどうか判断することは出来ない。しかし、注意をうながすのに「あらゆる知り合いにこのメールを転送しろ」と呼びかけるのは、迷惑な行為でしかない。自分のメールアドレスを知っている人全員が自分にメールを転送してきたら、メールサーバーがどんな状態になるか考えれば、何故迷惑なのかは分かると思う。

 などと文言を考えながら、今日は殊能将之氏のオフィシャルサイトmercy snow official homepageをずーっと読んでいた。夢日記がとても面白いです。


2001/02/11

 昨日の続き。「ヴァルキリープロファイル」面白いんだけど、もう少し頻繁にセーブさせて下さい。恐怖のCDアイコン(取扱説明書p.7「これが出たら、本体の電源をお切り下さい」)が今にも出てきそうで、遊んでいて気が気じゃないです。せめて一時中断データを作れないものか。開始と同時に消去されるようなのでかまわないので。

 取扱説明書とパッケージの文言を読む。まず、パッケージを。「多彩なアクションで道を切り開く」と書いてあった。しかも「道なき場所では晶石の使い方がポイントに」とも書いてある。(晶石:氷みたいに見えるやつ)見落としていただけでした。次に取扱説明書、と手に取ったら、中からいちまいの紙が落ちてきた。「内容訂正のお知らせ」なんだかとても訂正が多い(9項目)。いちばん下の行には「その他最終仕様の変更によりマニュアルと違っている部分がありますが、詳しくはユーザーサービス係までお問い合わせ下さい。」とある。
 ……。
 アイテム取得の場合のキー操作説明が間違っているのには、苦労させられた。ゲーム内で「↓+○」でアイテムを拾えると説明されたのだが、↓と○を同時に押しても、宝箱や袋を持ち上げるだけ。むっとして宝箱を遠くへ放り投げたら箱が壊れ、「アイテムが壊れました(入手不可)」とメッセージが出た。アイテム自体が壊れなくても、箱を壊して取り出した場合、入手できないのである(アイテムを持ち上げられるだけ)。アイテムとして認識するためには「入れ物からとり出す」行為が必要なのだろう。(アイテムを入れ物のなかから入手する方法:入れ物の前で、↓を押し、それから○を押す。内容訂正の2番目に記述あり)

 買い物に行って、その後は本を読んだり、ごろごろと昼寝をしたり。


2001/02/10

 買ったきり放置していた「ヴァルキリープロファイル」(PS/ENIX)を遊んでみる。RollPlayingGameだそうだが、実は横スクロールアクションゲームと注意書きをつけて欲しかった、くらいにそこそこアクション性が高いように思う。パズル的な要素もあるし。マップの微妙な分かりづらさがなんだか「スターオーシャン」(SFC/ENIX)、と思ったら製作会社が同じ(トライエース)。主人公である女神ヴァルキリーが死んだ人間の魂をスカウトして、ダンジョンで鍛え上げて勇者にして神界へ送って誉められてまたスカウトして、というゲーム。ダンジョンで女神様はひたすら手から冷凍光線を発射して氷をつくって、砕いて持ち上げて積み重ねて砕いて持ち上げて積み重ねて……足場をつくってジャンプしてのぼって(以下略)。
 神々の黄昏の荘厳さというよりは、スーパーマリオな序盤だと思った。面白いんだけど。


2001/02/09

 傷心

 「デザインの現場」2001年2月号(特集 アートディレクターがつくるキャラクターデザイン)購入。新潮文庫のパンダ(大貫卓也)、西部百貨店のクマさん(永倉智彦)など。
 「クリエイターのためのキャラクター著作権講座」(岡邦俊)には「判例ノート」として5例挙げられている。以下見出し部分のみ引用。(pp.40-48)

 思い出したついでに。
 競走馬に関して:「ギャロップレーサー3」(PS/TECMO)で実在の競走馬の名前を使ったことについて、「パブリシティ権利の侵害」であるとして馬主22名が訴訟を起している。名古屋地裁は訴えのうち、G1馬について被告には損害賠償の責任ありと認定している(2000年1月)。ただし、ソフトの販売差し止め請求は棄却された。(MilkyHorse.com【トレセンの話題】●名古屋地裁判決、GI出走馬に肖像権を認める●20000119より)

 日航機ニアミス、907便の交信、訓練生が担当=日航がニアミス事故調査内容訂正(時事通信)とは、どこかで読んだような話。いや、ようなじゃなくて読んだのだが、書名を言うとネタバレになるからなあ。事実が小説の真似をするとはね。


2001/02/08

 「沖縄県知事はナッツ野郎」とのたもうた人が謝罪に出向いて来たが、沖縄県知事はたいそうなご立腹の様子。ニュース映像では、視線を全然合わせていない。目に力がこもりすぎて空ろ。唇をぐっと結んでいるがその端は震えている。何だかぐっとくるものがあるなあ。思わず身を乗り出す。それでも「ナッツ野郎とか言う奴がナッツ野郎」と返さなかったのは大人だ。結局握手なしで、両者退場。正確には県知事が手を差し出さなかったのだが。

 『銀河帝国も弘法も筆の誤り』(田中啓文 著/ハヤカワ文庫)を本屋で手に取ってぱらぱらとめくる。まだ未読本がたくさんあるしなあ。目次だけのぞいてみよう。ひとつめのタイトルは……と。
 「脳光速」
 ……買おう。『黒祠の島』(小野不由美 著/祥伝社NON NOVEL)といっしょに購入。

 本の山を掘り返しているうちに日付が変わる。本が雪崩をおこす。痛い。


2001/02/07

 体調不良でいっかい休み。

 「沖縄の米軍のとあるひとが沖縄県知事(他)をnutsとメールで罵った」ニュースをTVで見る。「沖縄県民の怒りは」など、全く他人事のように報道するマスコミにあんぐりと口があく。要するに、自分のことだと思っていないんだねえ。誰か突っ込めよと見ていたがそのままニュースは終わってしまった。

 活字が頭に入らないため、ごろごろしながら「ベイグラントストーリー」(PS/SQUARE)の序盤を遊ぶ。デュアルショックの振動の使い方がこれくらい巧みなソフトって他にもあるだろうか。城門が落ちてくる場面、頭上から落ちてくる時の空気を震わせるようなかすかな動きと、重たい鉄の門が地面に落ちてわずかに跳ね返った感じが、コントローラを握った手に感じられて、はじめて遊んだ時はぞくりとした。その後も要所要所で振動がうまく使われている。このゲームはデュアルショックコントローラを使うか使わないかで、随分と印象がかわるように思う。


2001/02/06

 二瀬本夜渡神楽について検索していて、熊本に「的ばかい」という祭があることを知った。はだか祭だそうである。

 「ガンパレード・マーチ」(しつこいか)中で「阿蘇特別区」と称された、熊本と宮崎の県境付近のある箇所を「九州のへそ」とも称するとか。まいこさんの日記の平成12年12月19日で、そこを訪れた時の様子が読める。私は家族の中では、一人だけ阿蘇に行ったことが無いのだが、こういう話を読むと興味が湧くなあ。ただし、出不精なので、ただ憧れるだけ。
 二瀬本夜渡神楽は、宮崎県五ケ瀬町の古戸野権現社から伝わったとされ、神社ではなく民家で行われる。JAL機内誌によると、重要無形文化財の指定を断ったという話である。全三十三座。夜神楽33番の説明を読むと、「10.岩潜(いわくぐり):剣の舞、白刀を持ち回転などをする。安産を祈る女子が帯をたすきにしてもらう。」と記述がある。これはゲーム中に唐突に出てきた「安産のお守り」を思い出させる。


2001/02/05

 週末だらだらしていたら肥大した。洋服が軒並みきつい。あああ。

 自分をふつうのひと、と称する人ほど変。たまに意図的にやっていそうなひともいるけど。というか「ふつうじゃないと言ってくれ」と誘ってるひともいるけど。でもふつうというのは何だろう。少なくとも、私のまわりには私とはかなり違う人間しかいない。私にとっては私がふつうなので、彼らはふつうではない。いい意味でも悪い意味でも。……あれ。堂々巡りか。じゃあ、私は変です。

 『獣たちの夜』(押井守 著/富士見書房)購入。


2001/02/04

 『フラッシュフォワード』(ロバート・J・ソウヤー 著/内田昌之 訳/ハヤカワ文庫SF)読了。
 もしも人々がほんの数分だけ自分の未来を見ることが出来たら、現在において彼らは何をするだろう?その未来を確かなものと諦めて受け入れるか、それとも、警告ととらえて回避する方法を考えるか?
 2009年、ある実験がきっかけで、全世界の人が21年後の自分の未来を2分間だけ見た。そして一部の人は2分間を見られなかった(つまり21年後に死んでいたということ)。人々はそれぞれの経験を元に行動を開始する。
 最後の追いかけっこあたりがちょいと『フレームシフト』。わくわくして、それから「こういうリズムで文章を書くとわくわくするのか」と読みかえした。最後は好みからいうと甘いけれど、まあここで神がかってしまうと気持ちが良くないので、安心した。

 で、2030年にも日本テレコムはあるんですかね?ここがいちばん笑ったなー。
 次点は、マイクロソフト社の2000年問題。同社の古いソフトウェアが「日付を保存する時に一九七〇年一月一日からの経過秒数をあらわす三十二ビットの文字列を使っていた。そのため、二〇二七年には保存のための桁数が足りなくなってしまった。」(本書、PP228〜229)それで会社はアレになってしまった、というやつ。


2001/02/03

 節分。でも豆はまかない。太巻きも食べない。鬼がきたら、仕事を手伝ってもらう。バグ取り。書類書き。どちらも大嫌いだ。

 大川御大におかれましては「さんばであみーご 大川バージョン」というのもあるらしい(未確認)。

 本屋で散財。本は重い。


2001/02/02

 「ゲーム批評」vol.37(2001年3月号)購入。「ガンパレード・マーチに「自由」はあったのか?」(文・構成 矢本広/取材協力 仲村明子)が目当て。ひととおりざっと目を通す。AI関連の話が面白い。「最近、"キャラクターの人格の記号化"が進んでいますよね」(芝村起吏氏のインタビューより引用)のくだりも興味深かった。
 ひさしぶりに買った「ゲーム批評」、他のページもぱらぱらとめくってみる。巻末(P130)に書評(『耶馬台国はどこですか?』(鯨 統一郎 著/創元推理文庫))が載っていたが、いまいち意味がわからない。特にここ。

これまでのゲームの作り方は、電子玩具として限られた世界の中で、プログラミング技術優先の作り方が主流であったように感じる。視覚効果のバーチャルリアリティが次世代のエンターテインメントに必要不可欠であるが、言葉のみでリアリティを追求できる手法があることをゲームの作り手は学ぶべきであると考える。
 (強調部分は引用者による)

 プログラミング技術優先の作り方というのは何。技術がかちすぎている、と言いたいのかなあ?だとしたら、プログラミングなど、使い慣れてない(ような)言葉は使わないほうがいい。テキストが大事だと言っているのに、こんなところで読み手をひっかけなくても……他の人はひっかからないのだろうか。ちょっと不安になる。
 ここがひっかかると、文章全体もひっかかってきた。確かにこの本は面白い。けれど、他にもこういう味わいの本はあるのに「謎の解明が視点の変更で最高のエンターテインメントになることを体言している数少ない作品だ。」と書かれると、書評子はこの手の本をあまり読まない人なのかなー。ううん。
 さらに上行く文章。

「大川さんが好き」「セガが好き」という言葉にはそれぞれ嘘偽りない美しい響きがある。
 (ゲームソフト批評「ファンタシースターオンライン」(PP 90〜91)吉田龍司(強調部分は引用者による))

 いくらなんでもこれは……冗談だ、きっと。(そう思わないと心臓に悪い)あ、でも、セガには大川功会長以外に、セガファンに慕われる別の大川さんが存在するのかもしれない。私はセガファンではないので知らないけれど。「あの人も悪い人じゃないんだよ」と昔あるひとが話してくれたが、それでもなあ。悪い人じゃなくても「好き」と言うにはなあ。ところで「シーマン 大川功バージョン」はちょっとやってみたい。でもいちまんえんは高すぎです。PS2に移植しないかなー。
 あら、がっぷ獅子丸氏がこのソフトについて書いている。伏せ字だらけで、とても読みづらい。某所では伏せ字無しだったが、これは社外秘なのか。限定300本、いっぽんいちまんえん。今やDC本体より高い。このようなソフトを社員に買わせたら、遊び方はひとつ、なのではないだろうか。……なんだ育成済みなのか。つまらない。
 などと、とりとめもなく考えが拡散していく。

 『少年たちの密室』(古処誠二 著/講談社ノベルス)読了。
 同級生の葬式の日。大地震が起きた時、彼らはマンションの地下駐車場にいた。倒壊した建物によって、そこは密室となってしまう。同級生の死に関わっていると思われる二人。同級生の親友。親友の恋人。同級生の恋人。同じ組だというだけの生徒。そして、彼らの担任。葬式に出席するために集まった7人は、きしむ雰囲気のなかで、当ての無い助けを待つことになった。そしてその夜、ひとりが死んだ……それは事故なのか、それとも誰かが殺したのか。
 密室のなかで、少年たち(それぞれに動機を持っている)が事件の真相を推理していく。ことなかれ主義のように描かれていた担任教師の変貌は、見る側(主人公)の心の変化か、それとも別の何かが?その描写に惹きつけられる。犯人探しよりもそちらが気になった。


2001/02/01

 1月22日の日記に書いたMelissaに関する続報セキュリティホールmemoの2001年1月26日より)。Mac+Outlool 2001が、まだそんなに使われてないとは言っても、新しいものを使うのは初心者が多いからなあ。ネット経験が浅いうちは、情報あつめろと言われても戸惑うことが多い。多少大袈裟でも報道する側に騒いでもらいたい気はする。

 河合塾のメーリングリスト事件(セキュリティホールmemoの2001年1月29日)は朝のワイドショー(テレビ朝日の「やじうまワイド」)ではじめて見た。そこでの紹介はどちらかというと「そういう事をした奴はなんて悪いんだ」。だが、これを読むと、また印象が変わる。もちろんやったほうは悪いけれど、情報を管理していなかった河合塾側にも責任はあるだろう。
 ここで話題になっている、最近大流行(?)のHybrisウィルス(ワーム)。去年、このワームについての記事を読んだ時、随分と凝った奴だと思っていたが、こんなに流行るとは。「機能がすごいことは、拡散のスピードが速いということではない」と書いてあったので、この流行りかたはちょっと意外。

 読みたくなる書評。早速買おう、まずは本屋が開いているうちに帰ろうと努力……して挫折。

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