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2009年1月19日

大森望・日下三蔵 編『虚構機関 年間日本SF傑作選』(創元SF文庫)

日本SFのアンソロジー。2007年に発表された作品から編者が選んだ16編がおさめられている。
読んだことのあるものは無し。年末から年始にかけて、少しずつ読んだ。

  • 「グラスハートが割れないように」(小川一水) 擬似科学についての話。最後にほっとした。
  • 「七パーセントのテンムー」(山本弘) 語り手の疑心暗鬼のほうが怖い。
  • 「羊山羊」(田中哲弥) 乾いている。嫌悪感はあまり無いが、大笑いは出来なかった。
  • 「靄の中」(北國浩二) 最後の捻りが良くわからなくて読み直した。そういう勘違いをする人は居そうだなと思ったので。
  • 「パリンセプト あるいは重ね書きされた八つの物語」(円上塔) 分からなかった。分からなかったが、「砂鯨」と「祖母祖父祖母祖父をなす四つの断章」が結びついた時は面白かった。
  • 「声に出して読みたい名前」(中原昌也) この作品には「著者の言葉」が無い。意図的なものではないのだろうが、本文がそのまま放り投げられたようで怖い。
  • 「ダース考 着ぐるみフォビア」(岸本佐知子) 着ぐるみの孤独に笑った。(「なかのひと」にとっては笑い事ではないが)
  • 「忠告」(恩田陸) ショートショート。さっさと本題に入らないから、というわけではないのだろうが。
  • 「開封」(堀晃) どちらがどちらなのか混乱した。*と**は違うのだろうか。
  • 「それは確かです」(かんべむさし) 年末に読んだ野田氏の本のエピソードを思い出した。
  • 「バースディ・ケーキ」(萩尾望都) バケットを貪り食うところが可愛い。
  • 「いくさ 公転 星座から見た地球」(福永信) ABCDの話。なんとなく楽しい。冒頭の武器を選ぶところで笑ってしまった。
  • 「うつろなテレポーター」(八杉将司) 複製される不安の無さに違和感は感じなかったのだが……。
  • 「自己相似荘」(平谷美樹) 理屈っぽい幽霊。
  • 「大使の孤独」(林譲治) 密室もの。
  • 「The Indiffrence Engine」(伊藤計劃) ラストの不思議な幸福感は、虐殺器官を読んだ時の感じと似ている。

面白かったのは「いくさ 公転 星座から見た地球」「うつろなテレポーター」。


2009年1月12日

菊田裕樹 加納薫「LOVE RELAXATION

早速聴いていたら、ぎゃーなんか焦げ臭い! 作りかけのカレーの水がほとんど無かった。ちょっと焦げた。 焦げ香ばしいカレーを食べつつ、続けて聴いた。

「九月は三十日あった」がいい。「夜の翼」、「恋人たち」、「柔らかい月」もいいな。

以下は、収録曲と、タイトルの元となった(と思われる)SF小説の題名。

  1. さくら色Feeling(君に伝えたなら)
  2. 野うさぎを追って:アイザック・アシモフ『われはロボット』所収
  3. 風の十二方位:アーシュラ・K・ル=グイン『風の十二方位』所収(元はA・E・ハウスマンの詩「シュロップシャーの若者」)
  4. 空にふれた少女:マイク・レズニック『キリンヤガ』所収
  5. 九月は三十日あった:ロバート・F・ヤング『ジョナサンと宇宙クジラ』所収
  6. 猫のゆりかご:カート・ヴォネガット・ジュニア 長編
  7. 夜の翼:ロバート・シルヴァーバーグ 長編
  8. 恋人たち:フィリップ・ホセ・ファーマー 長編
  9. 柔らかい月:イタロ・カルヴィーノ 長編
  10. 闇の左手:アーシュラ・K・ル=グイン 長編
  11. この愛と呼ばれるものはなにか:アイザック・アシモフ『サリーはわが恋人』所収
  12. 草の日々、藁の日々:R・A・ラファティ『どろぼう熊の惑星』所収
  13. 眠る犬:ナンシー・クレス『遥かなる地平1』(アンソロジー)所収
  14. 天の光はすべて星:フレドリック・ブラウン 長編
  15. 残像:ジョン・ヴァーリィ『残像』所収
  16. さくらの花散る頃
  17. 静かなる水のほとり:ロバート・ シェクリイ『人間の手がまだ触れない』所収
  18. 子供たちの午後:R・A・ラファティ『子供たちの午後』所収
存在しながら見えないものを見えるようにすること

ネットで「キャノンを切られた男性はハローワークに行け」という文を見た。 困っているようには見えないとのこと。

社名、発音はキャノンですが表記はキヤノンが正しい。あんまり知られていないのかな。 ( Wikipedia「キヤノン」を参照)

キヤノンの「請負労働者切り」の詭弁こそ問題だ(「保坂展人のどこどこ日記」2008年12月23日)に関連することだろう。

1月5日まで、ハローワークはお休み。企業もほぼ休業状態。
さて「かれにとっては困っているように見えなかった」その人はいつ、 キヤノンの工場前に立っていたのだろう?

正月以外はTVをほとんど見ないので、そのあたりはさっぱり分からない。 この件に関しては、TVを見ていても知りたいことは分からないように思えるけれど。

この派遣村が荒川かどっかの人気の無い河川敷で行なって、 マスコミだとか世間の衆目を集める事もなく、 ひっそりと終わったとする。

んで、そんな事は意味あるのか、と。

年末年始の(ウスイ スウプの日記の2009年1月9日)

魚が泣いても誰にも見えない

アフリカの諺

ロルフ・ユッセラー/下村由一 訳『戦争サービス業』(日本経済新聞社) p.238

「逃げ場」が「逃げ場」では無いということはどういうことか。逃げるだけでは駄目だということである。

どうして逃げないの? (「過ぎ去ろうとしない過去」2008年4月8日)
自業自得とか自己責任とかについて、続けて読むと味わい深い記事

「何で毎年やってるホームレス向けの炊き出しが“派遣村”なんて呼ばれてるの?」 についての真相が知りたいです。

てかさー、「突然、契約解除されて行くところも部屋を借りる金もない」 ってどこまで崖っぷちな生活してるのさ。

不安定な雇用とセットの住居にいて暢気すぎるだろと。

派遣村とか (「Johansson の日記」の2009年1月12日)

収入自体が不安定で少なけりゃ貯金だって高が知れてるし、 収入が安定してても不測の事態が連発すればあっという間に貯金なんて溶けねえか?

派遣という業種、派遣という雇用形態がなぜ生まれそしてここまで社会問題化するようになったのか

そして比較的政治的な関心が薄い人の間で、政治ブロガーの間では支持を失いつつある「自己責任狂」が根強く信奉されているという事実を知らしめられました。

政治に関心の薄い層に残る自己責任狂(「Munchener Brucke」2009年1月9日)

「派遣村」にジミンのおっさんが出かけて、 「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まってきているのか」と呆言し、 公的に叩かれているけれど、ネットのある部分ではとても擁護されているとかにゃんとか。

派遣村叩きに見られる呪術思考(追記アリ(「地下生活者の手遊び」2009年1月9日)

ここでまたもやみののトンデモ発言。

「一部には、ハローワークの方の話を聞きますと、 けっこう職の求人がたくさん来てると。 だけどやはり、これがいいあれがいいってなると、なかなか決まらないって面もある」

潰れるような会社を選んだのも、労基法無視の労働環境も、 製造業派遣になったのもぜーんぶ「職業選択」の結果、 だれかの強制でなったわけじゃないでしょ。だから自己責任。
じゃあ次はもっといい選択をしよう、としたら「えり好みするな」?

まあ、すべての人が自分の希望する職業につけるわけもなく、 体は一つしかないから二つの仕事を同時には出来ない。
ベーシックインカムでもあるならともかく、大半の人間は働いて給料もらわないと餓死してしまう。
選択の自由というけれど、『自分の手元の選択肢』から「一つを選ぶ」権利がある (これも怪しいかも)だけで 「どれも選ばない」という選択肢はないんですよね。 たとえ自分の選択肢が『毒入りパン』と『腐ったパン』しかなくても。
それでも非難する人は「腐ったパンなら死なないかもしれないのに」とか言うんだろうな。

給与は派遣社員以下 (「非国民通信」2009年1月11日)


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