HOME > 過去の日記 > 2005年9月後半


2005年9月19日

柴田元幸,沼野充義『200X年 文学の旅』(作品社)

雑誌「新潮」に、 2000年1月から2003年11月まで 「「交互連載」という形」(本書あとがきより)で掲載されたものに加えて、 ふたつの座談会(の一部)が収められている。

パーヴェル・クルサノフ(1961年生まれ)の小説 『天使に噛まれて』の紹介が面白い。

主人公のイワン・ニェキターエフは、 中国の匪賊の娘とロシア人将校の間に生まれた混血児 (姓の「ニェキターエフ」は象徴的なことに、「中国ではない」の意味)。 陸軍幼年学校に学んだ後、 実戦で天才的な能力を発揮して敵には悪魔のように恐れられるようになった。 そしてある時、不思議な老人にお前こそ皇帝になるべき人間だと告げられ、 天使がロシア皇帝の喉仏に噛みついているという奇怪な幻影を見る。

(p.64)

紹介されている内容も魅力的なのだが、 この本が話題になった背景についての、沼野氏の考察(p.65)が興味深かった。

読んでいて心に残ったのは、アイギ、グバイドゥーリナ両氏との座談会について、 沼野氏が連載で取り上げた箇所。(座談会の一部は本書に収録されている)

アイギの言葉の中で印象的だったのは、 「政治的テーマにどうして触れないのか」という質問に対する、 「そんなことは詩よりもはるかに低いものだから」という答えと、 「旧ソ連時代には詩人として公認されず生活も大変ではなかったのか」 という問いに対する、 「何人かのいい友達がいた。生きていくにはそれで充分過ぎるくらいだ」 という答えだった。

(p.153)

最初の質問の答えに少しばかりむっとしたのが、 つづく質問に対する答えを読んだ後では、感じ方がまるで変わるのに驚く。 これは、取り上げ方の上手さだろう。
読み終えるのが惜しいくらい、読んでいる間が楽しい本だった。


2005年9月26日

小川一水『老ヴォールの惑星』(ハヤカワ文庫)

4篇をおさめた中篇集。面白かった。

表題作「老ヴォールの惑星」がとてもいい。
「ギャルナフカの迷宮」は、ル・グインのある作品と、 KING'S FIELDシリーズ(PS、PS2で出ているRPG)を思い出した。 後者は、スタート直後に背後を振り向くと、 戻れなくなっているところが似ているな、と。
「幸せになる箱庭」は、 <伏字開始> 7つの鍵にボート造りなんて、まるでゲームに出てくるクエストみたいで、 気づかないのは、ゲームをやったことがない人なんだろうなあとか。 </伏字終了> そしてこれは、 <伏字開始> MMORPGに嵌りきった </伏字終了> 人にとっては理想の運営ではないだろうか、とも思った。
「漂った男」は、最後の一文が熱い。