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中医薬学の初歩

引用文献の紹介と謝辞

 

 本講座の開講のために教材を作成するに当たり,多数の書籍を参考にさせて頂きました.

特に,「中医学の基礎知識」で用いる教材につきましては,「中医学基礎」(上海中医学院編,

訳者 神戸中医学研究会 ,発行所 燎原書店 19797月第三版)を引用させて頂きました.深く感謝いたします.「中医学基礎」が,30年ほど前に漢方薬が見直され始めました当時,日本にいて漢方について学ぶ者には“新しい漢方の考え方・方法”を指し示してくれたことを思い起こします.

 「薬食(薬膳)入門」で用いる教材につきましては,「新註校訂 國譯本草綱目」(株式会社 春陽堂書店 昭和54年),「漢薬の臨床応用」(医歯薬出版株式会社 昭和54年),「家庭でつくれる薬膳」(発行所 株式会社 主婦と生活社 平成元年),「家庭で楽しむ薬膳料理」(発行所 株式会社 大陸書房 1988年)および「中医食療方」(発行所 東洋学術出版社 2005年)より引用させて頂きました.ここに感謝の意を表します.

 その他のおもな参考書籍は次のとおりです.「まんが漢方入門」(医道の日本社),「まんが易経入門」(医道の日本社),「まんが黄帝内経」(医道の日本社),「まんが中国古代の養生法」(医道の日本社),「中医処方解説」(医歯薬出版株式会社),「経穴マップ」(医歯薬出版株式会社),「カラーアトラス取穴法」(医歯薬出版株式会社),「角川新字源改訂版」(中国文化史年表より引用)およびその他書籍を参考にさせて頂きました.ありがとうございました.

 

 

2006727

勝見 和久

 

上編 中医学の基礎知識

はじめに

1.中医薬学の成り立ち

 はるかにふるい時代から,中国の人々が生産労働を行いまた自然の災害,毒蛇,猛獣との闘いの中で,すでに疾病の予防や治療に関する活動が始まっていた.

・食用となる植物を探し求めるうちに,ある植物は食べた後に反応が現われて食用にならないことが分かり,次第に薬用になると考えるようになった.→草薬

・石器を応用し生産工具にすると同時に,砭石や骨針を用いて瘡瘍を刺して放血をおこなった.→針刺療法

・火に当たったり,按摩したりすると温暖で快適になり痛みが止まった.→艾灸推拿療法

 

@      原始群の時代には,原始人類が最初に食物を探し求め飢えをみたした中で,飢えて食物を選択できなかった状況にあって,自然に何か有毒な物質を誤って食べ,そのため嘔吐,下痢,意識不明,甚だしいときには死亡などの事態が起こった.数えきれない試行錯誤を経て,人々はしだいにある物質は人体に有益で,ある物質は人体に有害であり,またある物質は治療に役立つということを発見した.このようにしていくらかの薬物に関する知識を積み重ねた.

A      原始社会(先史時代)の後期には,すでに非常に多くの薬物を発見し,ある程度は薬物についての知識を積み重ねていた.“神農は‥‥‥百草の滋味,水泉の甘苦を嘗め,民に避くるところ就くところを知らしむ”.

B      奴隷社会の時期には,非常に大きな進歩があった.殷墟から出土した甲骨文には,すでに疾病の名称の記載がある.頭病,耳病,眼病,鼻病,牙病などである.これらは当時の人々の疾病に対する認識が,すでに一定の水準を具えていたと見ることができるが,なお巫術が盛んであったため,医薬の活動は迷信によって覆われていた.

C      西周時代には,中華民族の世界観や方法論の基礎となる「易経」が誕生する.

五経」すなわち「易経」,「書経」,「詩経」,「礼記」,「春秋」の内の一つの経典.

D      春秋(戦国)時代には,当時の医師は専業となり,内科,外科,婦科,小児科五官科および獣医に分科し,医学にも針灸,本草,脉理の三種の分類があった.

E      「黄帝内経(「素門」九巻,「霊枢」九巻):編纂は戦国時代より開始され前漢になって完成されたと考えられている。現存する医学文献の中で最古の書籍であり,人体の解剖,生理,病理,診断,治療原則と方法などの面を比較的全般に渉って明確に記述し,中医学の理論体系の基礎をきづいたものである.人と自然との関係については,人は自然界の生物のひとつで,自然界のすべての変化が人体に影響すると考えている.このため,病の発生は,季節や気候と非常に大きな関係があり,地方の環境ともまた一定の関係をもっているとしている.

疾病が発生する機序としては,疾病の発生条件として一定の発病因子,すなわち邪気が必要であるが,発病の基本となるのは内因で,“邪の凑まる所は,その気必ず虚す”,“風雨寒熱,虚を得ざれば,邪独り人を傷ること能わず”と考えており,疾病の予防と治療については,“未病を治す”,“病を治するには必ず本を求む”と強調している. 

理論面では易学の陰陽五行学説によって解釈したものが大多数である.陰陽五行学説は古代の一種の自然観で,素朴な唯物論と自然発生的な弁証法の思想をそなえており,当時では鬼神の迷信思想に反対するもので,一定程度に医学を向上発展させる原動力となった.しかしこの種の理論はまた非常に不完全なもので,観念論と形而上学の影響をうけやすく,天人合一論の影響をうけていた.

F      「神農本草経:後漢の末年に成書となり,神農氏の著作として名を冠せられたと考えられている.この書は漢代以前の薬物に関する知識を総括したもので,収録されている薬物は全部で365種あり,植物薬は252種,動物薬は67種,鉱物薬は46種である。中国に現存する医学文献中で最古の薬物学書である.

薬物を上,中,下の三品にわけ解説している.本書に記載されている以外にも,華陀は当時すでに薬物麻酔を用いて外科手術を行っていた.また長沙の馬王堆から炮製加工された薬物が発見されている.

G      「傷寒論」・「金匱要略:もともとは一冊の書で,「傷寒雑病論といい,後漢末期に張機(仲景)の著したものである.当時の疾病治療の豊富な経験と医学理論の知識をあつめ,臨床実践と結び合わせて,傷寒と雑病という二大類の疾病について論じ,弁症施治の原則を確定した.

H      「本草網目:明代に李時珍が成書とする.李時珍は先人達がなしとげた基礎をうけつぎ,実践を重んじ,自ら山に登って薬をとり,農民,漁民,樵民,薬農,鈴医(民間の医者)に教えを請い,幾多の薬用植物の生育状態を調査し,多くの薬用植物の根,茎,葉,花,果実の形態を詳細に観察記録し,動物類の薬物については解剖や追跡観察を行い,鉱物類の薬物については相互比較と楝製を行うことによって,大量の薬物の状態をはっきりさせたのである.同時に薬物の播種,採集,炮製および治療効果についてもくりかえして実践と研究を行い,八百余種の書籍を参考に,27年の長きお費やして完成した.薬物1892種を収録した.これは中国医薬学に対して傑出した貢献をはたした.また植物学の分類の科学的基礎をきづいた.

 

中医学の四部の経典著作

黄帝内経

神農本草経

傷寒論

金匱要略          

 

 

中国文化史年表

先史時代

 

神話として,三皇(不羲,神農,女媧),五代(黄帝その他),夏王朝

 

前約1700〜前約1100

殷墟,1899年発掘甲骨文

 

西周

前約1100〜前約770

武王,「易経」「書経」「詩経」

 

春秋時代

770〜前403

孔子「春秋」

 

戦国時代

403〜前222

「戦国策」,諸氏百家

 

221〜前207

始皇帝

 

前漢

206〜後8

黄帝内経」馬王堆

シルクロード,司馬遷「史記」

 

823

 

 

後漢

25220

神農本草経」,「傷寒雑病論

洛陽

 

三国時代

220280

明代の小説「三国志演義」の舞台

邪馬台国,卑弥呼238

魏に使者

265419

 

 

南北朝時代

420589

雲岡石窟

 

581617

科挙

604聖徳太子十七条,607小野妹子遣隋使

618907

僧玄奘

鑑真,李白

645大化の改新,712「古事記」

717遣唐使,730「日本書紀」

五代

907960

 

 

9601279

 

1004ころ「枕草子」「源氏物語」

12791367

ジンギスカン

元寇,1338足利幕府

13681661

本草綱目

1392朝鮮建国

1506中宗,長今

1603徳川幕府,1639鎖国令

16621911

1666ニュートン

1910朝鮮日本の植民地

1689松尾芭蕉「奥の細道」

1858日本開国1868明治維新

中華民国

1912

 

 

中華人民共和国

1949

 

 

 

 

2.中医学理論の主要内容

 中医学の基本理論は陰陽五行,気血津液,経絡,臓腑,病因などの理論を含み,人体の組織構造,生理機能と病理変化,疾病を引き起こす原因と発病の機序を解明している.これらの基本理論は四診,八綱,気血,臓腑,病邪,外感熱病などの弁症方法,治則と治法,および方剤と薬物などの面をつらぬいている.

中医学理論の主要内容

陰陽五行

八綱弁症

気血津液

気血弁症

経絡

病邪弁症

臓腑

外感熱病弁症

病因

治則と治法

四診

 

 

 

3.中医学理論の基本的な特徴

(1)全体観 

@ 人体について 人体内部は一つの統一体であり,この全体は分けることもでき,陰と陽の対立した二つの面に分けられると考えている.

 

 

人体の部位

人体の内臓

人体の構成物質

 

各種の生理活動は,人体内部の対立と統一の矛盾運動

 矛盾運動‥陰陽消長 気血生化

 矛盾運動の破壊‥疾病の根本原因

 

A 人と自然界との関係 人体と自然環境は対立しそして統一したものである.

人類は自然界で生活し,自然の条件は人類が生存する条件↓

自然条件の異常な変化

生理的調整機能の範囲を超える

疾病の発生

 

(2)弁症施治

弁症→施治

弁症施治の順序

四診による資料の収集

八綱,臓腑,病因などの理論で弁症分析し,出し

治療原則を定め,相応した法を

 

:実際は病機を指し,疾病の過程における邪正の闘争および陰陽の失調をあらわすものである.

肝胆湿熱蘊結

病邪

湿熱

病変部位

肝胆

病変の性質

湿熱の蘊結

邪正闘争の形勢

邪気が盛で正気はまだ虚さず,実症

治療法則

肝胆の清熱利湿

現代医学の観点

伝染性肝炎,胆のう炎,胆石

症候

黄疸,脇痛,発熱,口苦,便秘,尿赤,舌苔黄

 

弁症施治を運用するのに病名診断も必要で,病名診断と同時に,同一の疾病でも個体差,季節,環境,発展段階,治療経過のちがいりより,いろいろな症があらわれることに注意するひつようがあり,その病機が異なれば,違った治法を用いなければならない.反対に,異なる病でも,人体が同じ反応を引き起こし,同様の症をあらわせば,その病機は同じで,治法もまた基本的に同じである.

 

 

中医学基本理論

第1章 陰陽五行学説

 陰陽学説と五行学説は中国古代の自然観であり,素朴な唯物論と自然発生的な弁証法をそなえている.当時の自然科学,たとえば天文,暦算,地理,農業,医学などは,すべてこの影響を受けており,これを応用して自然界の現象を解釈している.

 

第1節 陰陽学説

 陰陽学説の起源は,中国古代人が観察した各種の対立的な自然現象(天地,日月,昼夜,寒暑,男女,上下,内外,動静など)を抽象することによって得られた概念である.

 

 

1.陰陽学説の基本観点

 

○ すべて事物は陰あるいは陽の属性をもったものとして分けえる.

〇 どの一つの事物の内部にも,みな陰と陽の二つの側面を包含している.

〇 陰と陽の間には,相互依存,相互制約および相互転化の関係がある.

 

事物の陰陽属性の分類例

分類

空間

時間

季節

性別

温度

重量

明るさ

事物の運動状態

春,夏

明るい

上昇 外向 明らかな運動

秋,冬

暗い

下降 内向 相対的な静止

 

陰陽学説を中医学に応用するうえでの五つの基本的観点   

@ 陰陽は事物の二つの属性である.

A 陰陽可分

B 陰陽互根

C 陰陽制約

D 陰陽転化

   

 @ 陰陽は事物の二つの属性である.

人体の部位,組織構造,生理活動などの陰陽属性の分類例

分類

人体部位

組織構造

機能活動状態

表 背 上部

皮毛 六腑 気 衛

興奮 亢進

裏 腹 下部

筋骨 五臓 血 営

抑制 衰退

 

病症,脉象などの陰陽属性の分類例

分類

病症

脉象

表症 実症 熱症

数 浮 滑 実 洪大

裏症 虚症 寒症

遅 沈 渋 虚 細小

 

A 陰陽可分:どんな事物でも陰陽の二種類の属性に分けることができ,事物の内部もまた対立的な二つの側面に分けることができる.

 陰陽可分の観点は,人体の組織構造,生理機能,病理変化および弁症施治などの多くの面を叙述するのに広く応用されている.

 

B 陰陽互根:陰陽の間の相互依存,相互資生を説明するものである.

 陰陽互根の観点は,比較的広く生理,病理,および治療などの面に応用されている.

 

気血の間の相互関係

気能生血:血は,気が水穀の精微を運化して生成する.

気能行血:血液の循環は,気の温運にたよる.

気能摂血:血は,気の固摂作用により脉外に溢出しない.

気為血之師:気には生血,行血,摂血の作用がある.

気舎于血:気は血の充分な営養の供給に頼っている.

血為気之母:気は血の充分な営養の供給に頼っている.

 

気血の相互関係の例

血虚を治療するとき→気血双補

大出血のとき→先ずその気を益す

気虚を治療するとき→養血の剤の配合

 

陰陽の相互関係の例

陽損及陰:陽虚の病症で陽虚が一定の程度になると,同時に陰虚が出現する.

陰損及陽:陰虚の病症で陰虚が一定の程度になると,同時に陽虚が出現する.

 

C 陰陽制約:人体の陰陽は相互に制約しあっている.陰陽制約の観点は,生理,病理,病邪と人体の関係および治療の指導などの面で広く応用されている.

 

相互関係が失われた場合

 

陰あるいは陽の一方が偏衰すると,かならず別の一方が相対的に亢盛となり

陰あるいは陽の一方が偏勝(盛)すると,かならず別の一方の虚衰を生ず.

相互制約の関係が失われる.

疾病の発生

 

陰陽制約の例と応用

生理的には

肝陰は肝陽を制約して,上亢させない.

 

病理的には

肝陰不足→肝陽を制約できない→肝陽上亢

 

病邪と人体の関係では

陽邪が人体に進入すると→陽の偏勝を形成→体内の陰液を損傷→熱症が出現

陰邪が人体に進入すると→陰の偏勝を形成→体内の陽気を損傷→寒症が出現

 

治療の指導の面では

 寒能制熱:熱邪による疾病には涼性,寒性の薬物を常用.陰薬で陽邪を制約

 熱可勝寒:寒邪による疾病には温性,熱性の薬物を常用.陽薬で陰邪を制約

 

 滋陰降火,育陰潜陽:陰液が虚して陽気を制約できない陽亢,虚熱には,陰の不足を補う.

 助陽,益火,補気:陽気が虚して陰液を制約できない陰寒内盛には,陽の不足を補う.

 

陰陽消長:正常な状況では,人体の陰と陽の関係は,静止不変の絶対平衡状態ではないということを指すものである.

陽消陰長,陰消陽長

偏勝偏衰:正常な相対平衡が破壊され,自ら調整できない状態.陰陽失調

 

D 陰陽転化:主に疾病症候の変化,すなわち陰症と陽症の間の転化をあらわす.

陰症が陽症に転化

寒症→熱症 虚症→実証

陽症が陰症に転化

熱症→寒症 実症→虚症

 

実症→虚症→実症に転化した例

 急性黄疸型の伝染性肝炎:黄疸,発熱,悪心,嘔吐,脇痛,胸悶,食欲不振,舌苔厚膩などの症状‥‥肝胆湿熱実証

 遷延して慢性肝炎となり肝硬変にまでなると:神疲乏力,頭目眩暈,胸脇

隠痛,飲食無味,舌質暗紅などの症状‥‥虚証

 病状が一歩発展し,水湿停滞,腹水,胸腹張満などの症状‥‥実症(虚体)

 

陰陽転化の条件

 人体の抗病能力の強弱

 病邪の性質の違い

 治療方法の差異

 

陰陽転化の条件の

1 喘息患者(寒象)→外邪感染→熱象

例2 急性腎盂腎炎(下焦湿熱の実症)→治療の不徹底,細菌の薬物抵抗性,

反復発作→腎陰不足,陰虚火旺(虚熱症)→腎陽虚衰(虚寒症)

 

 

2.陰陽学説の中医学での具体的な応用

 

(1)人体の組織構造の解釈

上部 体表 背面

六腑 胆,胃,大腸,小腸,膀胱,三

下部 体内 腹面

五臓 肝,心,脾,肺,腎

 

心陽 腎陽

陽経(背面と四肢外側を行る)

心陰 腎陰

陰経(腹面と四肢内側を行る)

 

(2)人体の生理機能の解釈

 

基本運動

 陽

升 出

 陰

降 入

 

清陽

上竅より出で 腠理に発し 四肢に実ち

体内の軽清の気

濁陰

下竅より出ず 五臓に走る 六腑に帰す

体内の比較的重濁の気

(3)人体の病理変化の解釈

陰陽失調による病理変化の解釈

陰邪

陰偏勝

寒盛症

陰勝則寒

陽邪

陽偏勝

実熱症

陽勝則熱

陽気

陽虚

虚寒症

陽虚則寒

陰液

陰虚

虚熱症

陰虚則熱

 

(4)疾病の診断の総綱

八綱弁症による分析

表症

熱症

実症

裏症

寒症

虚症

 

(5)治法と用薬の根拠

陰陽の偏勝偏衰が疾病の原因だから,治療原則は陰陽を調節することが原則.

薬物の性能と作用の分類

 

 

薬味

気味

作用

寒涼,滋潤

鹹苦酸渋

濃厚

収斂

温熱,燥烈

辛甘

淡白

升発

 

弁症施治の手順

 

 

 

 

 

 

偏勝

実症→瀉す

陰偏勝

寒盛

辛温散寒の陽薬

陽薬

陽偏勝

熱盛

苦寒泄熱の陰薬

陰薬

偏衰

虚症→補す

陰偏衰

陰虚内熱

涼性滋潤の陰薬

陰血津液を濡養

陽偏衰

虚寒

温性熱性の陽薬

陽気を温補

 

 

 

第2節 五行学説

 五行学説の主要な観点は,宇宙の一切の事物が,すべて木,火,土,金,水の種の物質の運(運動)と変化によって構成されえていると考えるところにある.

 人体の生理,病理,診断,治療,および薬物などに関する理論は,この影響を受けている.

 

1.五行学説の基本観点

(1)五行の特性とその帰類

五種の物質に対する認識

木曰曲直

生長,升発

火曰炎上

炎熱,向上

土爰稼穡

種植収穫,生化万物

金曰従革

粛殺,変革

水曰潤下

滋潤,向下,寒冷

 

 

五行帰類の例

五行

季節

気候

方位

生物

五色

五味

臓 腑

五官

組織

情志

肝 胆

心 小腸

長夏

湿

脾 胃

西

肺 大腸

皮毛

腎 膀胱

恐れ

 

(2)五行の相生,相克,相乗,相侮

自然界の一切の事物の運動と変化には相互資生,相互制約の関係が存在する.

相生:相互資生 五行相生の順序 木→火→土→金→水→木

相克:相互制約 五行相克の順序 木→土→水→火→金→木

 

五臓の間の関係を解釈する.

五臓相生:肝→心→脾→肺→腎→肝

五臓相克:肝→脾→腎→心→肺→肝

 

相乗,相侮は,常態に反した状況下での相克現象であり,これを用いて病理現象を解釈している.

相乗:五行中のどれか一行の本身が不足(衰弱)すると,元来それを克している一行が虚に乗じて侵襲(乗)し,それをさらに不足させることを指す.

相侮反侮反克):五行中のどれか一行の本身が強盛となりすぎ(太過),元来それを克していた一行が,それを制約できなくなるだけでなく,反ってそれによって克制されることを指す.

 

2.五行学説の中医学での具体的な応用

 

(1)五行の特性にもとづいて臓腑の生理的特徴を解釈する.

中医学のはじまりでは,人体の内蔵機能を,比類推演の方法を用いて,自然界の季節,気候と関連づけ,ついで五行に分別帰属させた.

五臓の五行への帰属

五臓

生理的特徴

季節,気候の特徴

五行

条達を喜び,升と動を主る

春季の草木が萌芽し生発する

血脉を主る 気血を推動 温養

夏季の炎熱 万物の生長

水穀の精微の運化 気血生化の源

長夏の潮湿 万物の茂盛

清粛を喜び,降を主る

秋季の清粛 万物の収斂

精を蔵し,水液を主る

冬季の水寒凍氷 万物の収蔵

 

五臓の生理的認識は,中医学の発展過程の中で,五行の特性の範囲を超えている.

 肝:肝陰,肝血による濡養の作用

 心:心の陰血による滋養と寧静の作用

 脾胃:升発と通降の作用 

 肺:宣散の作用

 腎:腎陽の温煦と推動の作用

 

(2)五行の生克乗侮から臓腑の間の生理,病理関係と疾病の予後を解釈する.

五行の各々一つの行にある四つの面

 生我(我を生ず),我生(我生ず),克我(我を克す),我克(我克す)

 

五臓の五行生克の関係

 水能涵木:腎水は肝を滋養 → 水不涵木:腎水が養肝できないこと

 金能制木:肺気の粛降が肝陽の升動を制約 → 木火刑金:肝が火旺し返って肺を犯す

 木克土:肝病の多くは脾に伝わる

 木火同気:肝火と心火は常に影響し合う

 

疾病の予後

 相生伝:順 病は比較的軽い.

 相克伝:逆 病は比較的重い.

 

(3)五行生克の関係から治療原則を定める

益火生土法,培土生金法,金水相生法,滋水涵木法,培土制水法

治療原則

実際の方法

益火生土法

温補腎陽して脾腎陽虚を治す

培土生金法

健脾して肺虚を治す

金水相生法

滋腎陰を主,養肺陰を補助とし,肺腎陰虚を治す

滋水涵木法

滋腎陰して肝陽を抑制

培土制水法

健脾,益気にて水腫を治す

 

中医学で用いられる理論について

 古代の弁証法は自然発生的で素朴な性質を帯びており,理論は不完全なものである.そしてこれはまた観念論および形而上学の影響も受けている.今後,中医学理論は臨床実践と科学研究を通じてのみさらなる発展ができる.

 陰陽学説の欠点

 (1)概念の混淆

 (2)観点が十分でない

五行学説の欠点

 (1)抽象的概念で具体的事物の代わりをする(これは科学的な抽象ではない)

 (2)概念の混淆

 (3)一面性

 

 

第2章 気,血,津液

 

気,血,津液:人体を構成する基本物質で,臓腑,経絡,組織,器官が生理活動を行う基礎である・

 

運動している精微物質

推動,温煦(温暖,あたためる)

基本的には血液

濡養,滋潤

津液

体内の一切の正常な水液

濡養,滋潤

狭義の精

生殖の精

広義の精

広くすべての精微の物質 精気 腎との関係が最も密接

 

 

第1節 気

 

1.気の形成およびその生理機能

 

 古代のひとは,気が人体を構成する基本的な物質であるとみなし,気の運動変化によって人の生命活動を解釈するようになった.人体の気には,多種多様な表現形式があるが,そのうちで最も基本的な気は,元気(原気,真気)である.

 元気 ←(腎中の精気)+(脾胃が吸収し運化してできた水穀の気)+(肺が吸入した空気)             

元気は活動力が非常に強い精微物質であり,全身をめぐっている.

 気機:気の運動のことで,主として,升,降,出,入の四種の形式で表現される.

  臓腑,経絡などの組織は,元気が升降出入する場所である.

元気は流れめぐって全身の各所に分布し,臓腑,経絡などの種々の組織の生理活動としてあらわれるため,各種の異なった呼び名がある

元気の各種の呼び名

臓腑の気

臓腑に分布して臓腑の気となる.心気,肺気,脾気,胃気,肝気,腎気

経絡の気

経絡をめぐって経気となる.得気

営気

血と共に脉中をめぐる気.血液を化生し,全身を栄養する 営は水穀の精気

衛気

脉外をめぐる気.臓腑を温煦し,皮膚からの外邪の侵入を防御する 水穀の悍気

宗気

胸中に積もった気.気海膻中 気海から上は息道(気道)に行き,下は気街(丹田)に注ぐ.気道に行き呼吸を司る.気功 心脉を貫通し,心臓の拍動を推動し調節する.

 

気の五つの機能

推動作用

人体の生長,発育,生理活動,新陳代謝

温煦作用

人の体温や,各臓腑,器官などの一切の組織が生理活動を行うエネルギー

防御作用

気は肌表を護衛し,外邪の侵入を防御する. 外邪に相対して言うならば,正気である.

気化作用

血と津液の化生,津液の輸布および汗液,尿液への転化.気化

固摂作用

血液を脉外に溢出させない.汗液,尿液などの分泌液を分泌しすぎない.

 

その他の気に関係ある名称

 水穀の気(穀気):食物中から摂取した精華

 邪気:病を発生する物質

 水気:体内にある正常でない水液

 

2.気の病理変化

(1)気虚

 気虚の症状

気虚

元気の不足により引き起こされた病理変化

素因

慢性病,老年,先天の不足,栄養不良,労倦過度

全身症状

虚弱無力

肺気虚

呼吸気短,語声低微

脾胃気虚

食欲不振,消化不良

腎気虚

遺尿,滑精

衛気虚

自汗,悪寒,感冒にかかりやすい

 

(2)気滞

 気機の流通の失調

気滞

気機の流通の障害により起こされた病理変化

原因

感情の抑うつ,飲食の失調,外邪の感受,外傷

主な症状

初病在気 局部の疼痛と張悶  

特徴

張痛は重くなったり軽くなったりし,部位は一定せず,精神情志の素因とも関連する

胸脇

胸脇の張痛

 

胃腸

脘腹の張痛

 

肝の経絡

乳房張痛,少腹の墜張

 

その他

排便時の裏急後重

 

 

 気機の升降の失調

気逆

肺気あるいは胃気が下降しない

気陥

脾胃の病症 脾気が升らなくて,下陥する

咳逆上氣

頭目が眩暈

悪心,嘔吐,噯気,呃

脘腹の虚張,虚満

 

 

久瀉滑脱,脱肛,子宮下垂などの升挙無力の症状

 

 

第2節 血

1.血の形成およびその生理機能

形成

脾胃が運化した水穀の精気は,営気と肺の作用により紅色の血に変化する.

心主血

血は,心の推動によって全身をめぐる.

肝蔵血

血は,肝の貯蔵により調節される.

脾統血

血は,脾の統摂により,脉外に溢出しない.

機能

全身を営養する.

営血

営養作用と営気により形成されること,営気と共に脉中をめぐるために 慣用語

 

2.血と気の関係

血と気は相互依存し密接な関係にある

気は血の帥

気は血を生血し,行血し,摂血する.

血は気の母

血の充分な営養があって,気は作用を発揮できる.

 

3.血の病理変化

(1)血虚:血の不足か,人体の一部分に血液の濡養する機能が減退したためにあらわれた病理変化.

主な原因

失血過多,生血不足

失血過多

新血がまだ補充できていない.

生血不足

脾胃の消化吸収機能の減退,障害.瘀血が去らないために,新血が生じない.

症状

頭暈,動悸,面色不華,萎黄,唇舌淡白,脉細,不眠,目花,筋痙攣,皮膚乾燥,頭髪枯憔

 

(2)血お:血流のとどこおりか,局部に瘀血が停滞したためにあらわれた病理変化.

主な原因

外傷打撲や内出血の後で,脉管から離れた血が瘀血となる.

気滞,気虚

血液の運行をとどこおらせる.

血寒

血液を凝滞させる.

血熱

血液を煎熬させる.

症状

局部の腫脹と疼痛,痛みは針を刺すようで,痛む場所は固定し移動しない.

あるいは体内に腫塊を生じ,面目黧黒,唇舌青紫,出血は紫黒で塊をなし,

あるいは反復する.瘀血乗心すれば妄言,譫語しする.

 

(3)血熱:熱毒が血分に侵入することによりあらわれる病理変化.

主な原因

熱毒の血分への侵入.

血熱妄行

鮮紅色の出血,あるいは皮膚に斑疹がでる.

心神を内擾

心煩不安,舌絳,脉数,甚だしければ譫狂,昏迷する.

 

 

 

第3節 津 液

 

1.津液の形成およびその生理機能

津液

体内のすべての正常な水液の総称.体液.汗液,唾液,胃液,腸液,尿液など.

生理機能

臓腑,肌肉,皮膚,毛髪,粘膜,孔竅を滋潤し,関節,脳髄,骨格を濡養する.

比較的清稀な水液.多くは肌表と粘膜に散布.汗液と尿液は津液が化成したもの.

比較的濃稠な水液.内臓,脳髄,骨格,関節を濡養し,肌膚を潤沢にする.

 

津液の生成,吸収,および転輸

胃の受納

 

脾の運化機能

 

肺の宣散と粛降

津液を全身に散布して肌膚,皮毛を潤沢にし,汗液と尿液を化成する.水の上源

腎の気化機能

尿液を生成して排泄し,体内の水液を正常に代謝する.水臓

 

三焦の気化

三焦

体内の津液の升降と出入の通路.肺,脾,胃,腎は上,中,下の三焦に隷属.

三焦の気化

津液の生成,輸布,排泄の代謝過程の統称.

 

 

2.津液と気,血の関係

 

臓腑の気機失調

化源の不足,異常な積聚(水気),陽気虚脱での大汗,腎気虚衰での小便清長.津液損傷による元気の散逸,水気積聚による臓腑の気化機能失調

津液と血の関係

大出血による口渇,皮膚の乾燥,尿量減少などの津液不足.

津液耗傷による血液の化源の不足での津枯血燥.

 

3.津液の病理変化

(1)傷津と脱液

津液の病理変化

津液の損傷

傷津脱液傷陰

異常な水液の積聚

水腫痰飲

 

 

 

原因

傷津

軽い

熱邪による高熱,久熱,大汗,多尿,吐瀉,久病による陰液消耗,発汗,利尿,瀉下.温燥の薬物を誤用または過量使用.

脱液

重い

 

傷津

一時的な津液の消耗過多による滋潤作用の減退. 口渇,咽喉,唇,舌,鼻,皮膚などの乾燥,大便乾燥,小便短少,舌苔乾糙

脱液(傷陰)

全身の陰液が高度に虧損.回復は緩慢.久病,外感熱病の後期. 全身状態が非常に悪い.傷津の症状以外に,舌色紅絳乾燥,舌体痩癟,舌苔光剥,口は乾くが水を飲まない

 

(2)水腫と痰飲

水腫と痰飲は,主に肺,脾,腎の気化機能が失調して,津液の輸布あるいは排泄障害りより形成された異常な水液の積聚である.

水腫

肺失宣粛と脾失健運により津液の流通が影響され,水液が停滞したもの.

腎の気化機能の失調により,升清降濁ができず,尿の生成,排泄機能が減退し,水腫となる.

痰飲

水液が体内のある一局部に積聚したために生じたものである.発生原因は水腫と同じ.

水液は凝聚して痰になり,咳嗽,痰多白沫などの症状.脾は生痰の源,肺は貯痰の器

 

肺,脾,腎の気化機能の失調は,常に影響しあう.

脾失健運し津液を転輸できない

肺気による水道の通調に影響し

呼吸困難,咳嗽,喀痰

腎による津液の蒸化にも影響し

下肢の浮腫,尿量少

肺失宣粛し水道を通調できない

脾による津液の輸布に影響し

湿が聚まって痰を生じる

腎の気化機能にも影響し

水気が上に向かって痰を生じる

腎陽が衰微し

水気が化さないと

肺気の宣粛に影響し

喘咳痰多

脾の運化機能にも影響し

小便不利,水腫,腹満

 

 

 

第3章 経絡

 経絡は全身のあらゆるところに分布し,人体の気,血,津液が運行する主要な通路であり,人体の各部の間を相互に連絡する経路である.

 経絡学説は中医学の重要な基本理論である.これは古代の人体解剖(戦国時代の死体解剖)を起源としており,および患者が鍼灸治療を受けたときの感覚をその起源としている.経絡学説はこれらの感覚の整理,帰納を経て次第に発展してきた.特に針刺麻酔は大きな成果である.

 

経絡の分類

経脉

経絡中の主幹で,大部分は深部を循行し,一定の循行経路

正経

十二条(十二経脉)

奇経

八条(奇経八脉)

絡脉

経脉の分枝

別絡

十五条

浮絡

 

孫絡

 

 

経別

十二経から別れ出た経脉で,経脉の間および経脉とその他の器官との間の連携を強化する.

経筋

四肢百骸と連絡があり,筋肉,腱,筋膜などの組織に相当.

十二経別

 

十二経筋

全身の経筋を十二の部分に分け,十二経脉に分属させたもの.

十二皮部

全身の皮膚を十二の部分に分け,十二経脉に分属させたもの.

 

経絡の意義

生理的意義

内外上下の連係,気,血,津液の運行および反応と伝導などの作用.

病理的意義

外邪が人体を侵犯すば,経絡を通って表から裏に入り,内臓に伝入する.

臓腑の病変は,経絡を通じて人体のその他の部分にも影響をおよぼす.

臓腑の病変は,経絡を通じてある部位に圧痛,結節,隆起,陥凹,充血などの反応

弁症施治での

意義

分部論経

病変部位からその所属経絡を分析.

分経弁症

各経絡の生理,病理的特徴から臨床症候を分析.

循経取穴

分経用薬

各経絡の生理,病理的特徴によって治療を進めること.

 

第1節 十二経脉

1.十二経脉の分布規則

部位

陰経(四肢内側,上肢では屈側)

陽経(四肢外側,上肢では伸側

手経(上肢)

前縁

手太陰肺経

手陽明大腸経

中央

手厥陰心包経

10

手少陽三焦経

後縁

手少陰心経

手太陽小腸経

足経(下肢)

前縁

足太陰脾経

足陽明胃経

中央

12

足厥陰肝経

11

足少陽胆経

後縁

足少陰腎経

足太陽膀胱経

 

 

 

               第4章 臓腑

臓象学説:中医学の臓腑に関する理論.人体の各内臓の解剖,生理,病理および弁症施治の原則などを含み,中医基本理論の重要な構成部分である.

(1)統一体観

@相補相成・相反相成

運化

脾気

納穀

胃気

 

相補相成

相反相成

 

A内臓と組織,器官との相互関係

  組織:毛髪,皮膚,肌肉,血脈,筋骨など

  器官:眼,耳,鼻,口,舌,前陰,後陰など

鼻に開竅し,精を皮毛に運ぶ.

舌に開竅し,血脈を担当する.

耳,二陰に開竅し,骨を担当する.

B精神情志活動との相互関係

 

(2)臓腑には区別があり,臓が主である

五臓

心,肺,脾,肝,腎

精気の化生と貯蔵

六腑

胆,胃,大腸,小腸,膀胱,三焦

水穀の腐熟と糟粕の伝化

奇恒の腑

胆,脳,髄,骨,脉,女子胞(子宮)

 

 

(3)その他

@臓腑の表裏関係

心包絡

小腸

大腸

膀胱

三焦

 

A中医学の臓象学説での臓腑は,形態学上は現代の人体解剖学と基本的には一致し,同名の実在する内臓を指すが,その生理機能と病理現象の解釈については,非常に大きなちがいがある.

 

第1節 心(心包)

 

1.心の生理と病理

(1)心主血脈:心は身の血脈を主る.

(2)心蔵神:心は人の精神意識と思惟活動を主る.

  

生理

神志明晰,思考敏捷,精力充実

病理

 

心煩,驚悸,少寝,多夢などの精神不寧の症状

重症

昏睡,昏迷などの精神意識活動の顕著な減退

甚だしい

喪失,痴呆,譫妄,狂躁などの精神異常症状

 

(3)心気心血心陰心陽

心気と心血

全身の気血の構成部分で,心臓の生理活動の基本物質である.

心気旺盛で心血充盈

心臓拍動のリズムは均等,脉像は緩和で有力,面色紅潤光沢

心気不足又は,心血虧損

面色不華,心悸および脉象に遅,数,結代

心気不足

血行瘀滞,面色青紫(チアノーゼ),四肢が冷たい

心血虧損

濡養作用の減退,心気の拠り所を失い,眩暈,元気がない,息切れ,多汗

心陰と心陽

心臓の生理活動の対立と統一という二つの側面を指す.

心陽

拍動に力があり,気血運行がのびやか,精神活動を興奮させる.

心陰

拍動が均等で穏やか,精神活動を安静にする.

心の気血不足→心の陰陽の偏衰,気血不足の虚象→虚寒,虚熱の症状

 

(4)心は舌に開竅する・舌は心の苗である:心の病変は,往々にして舌上に反映する.

心陰虚あるいは心火旺

舌尖あるいは舌質が紅で,起刺,舌がしみるように痛み糜爛する

心陽虚あるいは心気,

心血の不足

舌質淡,晦暗

心血瘀滞

舌質紫暗,瘀点

病邪入心

舌がこわばる,言葉がつかえる

胃脾の外候

脾胃の病変は舌質,舌苔にも反映される

 

2.心とその他の臓腑との関係

 

心と小腸は表裏

心火旺→小腸に移熱→口内炎,頻尿,尿が濃い,熱痛

心主血,脾統血

精神活動の失調→心血の過度の消耗,脾の運化に影響

脾失健運あるいは脾不統血→心血不足→心脾両虚→眩暈,動悸,健忘,不眠,顔色が悪い,食欲不振

心腎相交,心腎相通

心腎不交→不眠,多夢,腰がだるい,夢精

 

 

3.心包

心包(心包絡):心臓の外面を包む包膜.

熱入心包:高熱が引き起こす神昏,譫狂などの症状.

痰濁蒙蔽心包:痰濁が引き起こす精神錯乱のこと.

 

                          第2節 肺

1.肺の生理と病理

(1)肺主気

肺主気

呼吸機能,真気の生成

気体交換の場所

自然界の清気を吸入し,体内の濁気を呼出する

肺気の機能

宣散,粛降

病理

肺気不宣,肺失粛降→咳嗽,呼吸促進,呼吸困難,胸脇張満

真気の生成

自然界の空気+食物中の穀気+腎中の精気→人体の真気

肺気の不足

呼吸機能の減退,真気の生成に影響→全身的な気虚(体倦無力,気短,自汗)

 

(2)通調水道

人体の水液代謝の調節

脾,肺,腎,腸,膀胱など

生理

通調水道

肺が水液調節に際しもっている作用

宣散

水液を全身に行きわたらせ,特に皮膚に達して,汗孔から排泄.

粛降

水液を膀胱に運びおろして排出すること

病理

肺失宣散

腠理が閉塞して無汗

肺失粛降

水腫,小便不利あるいは尿量減少

 

(3)肺主皮毛

皮毛

一身の表であり,皮膚,汗腺,うぶ毛など

機能

汗液の分泌,皮膚の潤沢,外邪を防御

衛気

皮膚の機能は,皮毛に流布する衛気の作用によるが,肺の宣発の力にもとづく.

病理

外邪は体表から進入するので,多くはまず肺の病症があらわれる.肺気失調により,皮膚はやつれかさかさし,多汗あるいは無汗となり,外邪が侵入しやすくなる.

 

(4)肺は鼻に開竅する

鼻は肺の竅である

肺は呼吸を主り,鼻は呼吸の通道であるため,鼻は肺の竅であるという.

鼻の嗅覚作用

肺気が和し,呼吸が利していて正常となる.

病理

肺熱で肺気上逆したときは多くは鼻翼煽動.

治療

鼻塞流涕,臭覚異常にも辛散宣肺の法を多用する.鼻ポリープ,慢性鼻炎に耳部の肺穴に刺鍼.

 

 

2.肺とその他の臓腑との関係

(1)肺と大腸は表裏をなす

肺と大腸は表裏

肺気の通調水道と大腸の大腸主津の間には,水液代謝の面で一定の連係がある.

治療

肺部に痰熱壅盛があれば,通腸瀉下の法.ある種の便秘にも宣肺,粛肺の薬物

 

(2)肺主気心主血

肺と心の生理上の連係は非常に密接である.

病理

肺気の壅塞→心の機能に影響→血脉運行不利,瘀滞

動悸,胸が苦しい

唇舌のチアノーゼ

心気の不足→血脉運行不利→肺気の宣粛に影響

咳嗽,呼吸困難

 

(3)肺は貯痰の器であり,脾は生痰の源である

肺と脾の関係は,主に津液を輸布する面での連係である.

病理

脾失健運→水液凝聚→湿,痰,水腫→肺に上逆→呼吸困難,咳嗽など

治療

痰飲の咳嗽には健脾燥湿法と粛肺化痰の法を同用する.

 

(4)肺は気の主であり,腎は気の本である

腎主納気腎不納気(腎の精気が不足し,肺気を摂納できない.吸気不足)→息切れ,呼吸困難

 

 

3節 脾,胃および腸

脾,胃,小腸,大腸が消化系統中の主な臓腑で,特に脾と胃が主である.(中医学での“脾”は現代医学とは異なっている.

脾と胃

経脉が絡属し,表裏

運化,升を主る

受納,降を主る

生化の源後天の本

 

気血津液の生化は,すべて脾胃の水穀精微を

運化する機能に頼っている.

 

小腸

心に絡す

清濁の泌別

大腸

肺に絡す

糟粕の伝化

 

消化器系統の疾患の大多数は脾胃によって論治する.

水湿,痰飲,気不摂血なども脾によって論治することが多い..

 

 

1.脾,胃,腸の生理と病理

(1)脾は水穀の運化および精微の輸布を主る

腐熟

水穀の運化

精微の輸布

食物の初歩的な消化

さらに消化吸収

栄養物質を肺をへて全身に運ぶ

 

脾の消化,水穀精微の吸収機能に影響

腹張,泄瀉,栄養障害

脾の水穀精微の輸布に影響

湿,痰,飲を生じ,浮腫を形成.脾虚生湿,脾虚生痰

 

(2)脾統血

脾統血

血を生じ,血液を統摂して脉管外に溢れさせないようにする機能.

脾不統血(気不摂血)

脾失健運による出血.気虚による便血,心脾両虚による崩漏.

 

(3)脾は肌肉,四肢を主り,口に開竅する

脾失健運

肌肉は痩せ細り,四肢は無力となり,痿弱で用をなさなくなる.

脾は口に開竅する

食欲の変化,味がうすい,口が甜い,口がねばるなどの味覚異常として反映される.

 

(4)胃は受納および水穀の腐熟を主る

受納,水穀の腐熟

飲食物を受け入れ,初歩的な消化を行う.胃は通降を順とする.

胃気不和

脘腹張満,納呆,胃痛

胃気上逆

悪心,嘔吐,噯気,呃逆

 

(5)小腸は清濁の分別を主り,大腸は糟粕の伝化を主る

小腸の病変

清濁が分かれない状態.腹痛,下痢,尿量減少

大腸の病変

大便の乾燥,秘結.腸虚滑脱.

 

 

4節 肝と胆

 

肝と胆

経脉が絡属し,表裏

肝主疎泄

気機の調節,精神情志活動,胆汁の分泌と排泄.

肝臓血

血液を貯蔵し血量を調節する.

肝主筋

全身の筋肉関節などの運動を維持する.

肝の経脉 

足厥陰肝経脉の経路上の部位の病変は,多くは肝によって論治する.

現代医学との違い

胆汁を分泌し排泄する機能のみが基本的に同じ.

 

1.肝と胆の生理と病理

(1)肝主疎泄

@ 気機の調暢

人体の気血,経絡,臓腑,器官の活動は,主に気機の作用である.気機が調暢であるかいなかは,肝の疎泄機能が正常であるか異常であるかの一つのあらわれである.

 

疎泄機能が正常

気機調暢で,気血調和,経絡通利,臓腑器官の活動も正常.

疎泄機能が異常

気機失調し,種々の病変があらわれる.

肝気が肝自身,肝経に鬱結すると

胸脇張痛,乳房張痛,少腹張痛.

肝気が横逆し胃を犯すと

胃脘攻痛,悪心,嘔吐,噯気してすっきりしない.

肝気が脾を犯すと

胸脇および腹部の張痛,腸鳴,腹瀉.

さらに発展すると

血液運行に影響し,気滞血瘀し,癥積,痞塊.

気鬱化火により

耗血,動血し肝の蔵血機能に影響する.

 

A 胆汁の分泌と排泄

肝失疎泄→胆汁の分泌と排泄に異常→黄疸,口が苦い,黄水の嘔吐および脇肋張痛,腹中張気,飲食減少.

B 情志活動の変化

 七情(喜,怒,憂,思,悲,恐,驚)は病因の一種となり,肝の疎泄機能への影響が多い.

 

(2)肝臓血

肝の蔵血量の不足

生理活動に必要な血量を,全身各所に分布できない.

目(目花,目乾渋,夜盲),筋(筋肉がひきつって屈伸しにくくなる),婦女(月経血量減少,無月経)

蔵血機能の減退による出血傾向

月経過多,不正性器出血,その他の出血.肝不蔵血.

 

(3)肝気,肝陽,肝血,肝陰

肝気,肝陽:主として疎泄機能

肝気,肝陽および肝血,肝陰は相互依存,相互制約する.

肝陰,肝血は肝の陽気を濡養すると同時に,肝陽の升動を制約する.

肝陰,肝血は肝気の疎泄により全身を濡養できる.

肝の特性:条達を好み,升動しやすい.

肝気,肝陽は常に有余し(肝気鬱結,肝陽上亢),肝陰,肝血は常に不足する.

 

(4)肝は筋を主り,その華は爪にある

肝主筋

肝血が充盈して筋を濡養でき,正常な運動を維持できる.

肝血不足

手足の拘攣,肢体のしびれ,屈伸困難.

肝風内動

手足震顫,抽搐,角弓反張.

爪は筋の余

肝血が充盈ならば爪は紅潤.肝血不足ならば,爪の色は淡く,もろくて薄い.

 

(5)肝は目に開竅する

肝と眼の関係

非常に密接である.肝血の濡養が必要.目は肝の外竅.

肝の陰血不足

夜盲,眼目乾渋,霧視

肝火上炎

目赤腫痛

肝陽上亢

目眩

肝風内動

共同偏視,上方凝視

目と五臓六腑

五臓六腑の精気はみな目に注ぐ.心(心火旺),腎(腎陰虚)は比較的密接.

 

 

5節 腎と膀胱(附 命門)

 

腰部に位置し,左右に一つずつある.

開竅,栄,表裏

耳と二陰に開竅.栄えは髪にある.経脉は膀胱に絡し,表裏をなす.

主な機能

精気を蔵すること.

腎の精気

人体の生長発育,生殖,および他の臓腑の正常な生理活動を維持する物質的な基礎.

腎の生理機能

さらに水液を主り,骨を主り,髄を生じるなどの機能がある.先天の本

泌尿,生殖,内分泌および脳の一部分の機能も包括し,現代医学の腎臓と完全には一致しない.

膀胱の機能

貯尿と排尿で,現代医学と同じ.

 

1.腎と膀胱の生理と病理

(1)腎は精気を蔵し,生長,発育および生殖を主る

@ 腎の蔵する精気は,父母の生殖の精(先天の精)に由来するもので,胚胎を発育する原始物質である.

A 出生後は飲食物中の精華(後天の精)によって絶えず培育されることが必要で,それにより充盛して行く.

B 幼年から腎精が徐々に充実し,思春期になると腎の精気が充盈しはじめ,男子は精子を産生し,女子は周期的に排卵を開始し月経があらわれ,性機能も次第に成熟する.

C 老年になるにつれて,腎の精気は次第に衰え,性機能と生殖能力はそれにつれて減退消失し,身体もだんだんと老衰する.

 

(2)腎主骨生髄

骨の生長,発育,修復はみな腎臓の精気の滋養と推動に頼っている.

腎の精気の不足

小児の泉門の閉鎖遅延,骨の発育が悪い,無力

下肢が痿弱で行動できない.腰背の屈伸ができない.

補腎の薬物

骨折の癒合を速める.

歯為骨之余

小児の歯牙の生長が遅い.成人の歯がゆるくなり,早く抜ける.腎気不足.

脳髄

腎の精気が不足すると,髄海は空虚になり,眩暈,思惟遅鈍,記憶力減退など.

 

(3)腎主水液

腎主水液:主として腎が蒸化,津液輸布の調節,廃液の排泄によって,体内の水液代謝を正常に維持する働きのこと.

水液代謝:体内の水液→胃が受納し→脾が転運し→肺が通調し,全身に輸布し→廃液は膀胱に→排泄

腎の陽気不足→気化機能に影響→水液代謝の調節が障害→尿量減少,尿閉→水腫

腎陽虚→水液を固摂できない→尿量過多,夜間の多尿など

 

膀胱の生理機能:尿液の貯留と排泄で,腎の気化機能と密接な連係がある.

貯留

腎気の固摂作用に属す

腎の開,合作用

排泄

腎気の通利作用に属す

病症

尿閉と尿の余瀝,あるいは頻尿,尿意急迫,排尿痛,あるいは尿量過多,遺尿

失禁など.

 

(4)腎は耳および“二陰”に開竅し,その華は髪にあり

腎の精気不足

耳鳴り,聴力減退,老人の難聴

二陰

前陰(外生殖器)と後陰(肛門),腎の外竅

腎虚の病症

尿量減少,尿閉,小便清長,小便失禁,および久瀉,大便失禁など.

陽萎,早漏,滑精など.

頭髪

潤沢と枯槁,生長と脱落. “髪は血の余である”

 

 

                   2.腎陰,腎陽は各臓の陰陽の恨本である

(1)腎陰の影響

腎陰

人体の諸臓腑を滋養し,潤沢にする作用.

腎陰虚

内熱

肝が腎陰の滋養を失うと

肝陽上亢,肝風内動

心が腎陰の上承を失うと

心火上炎,心腎不交

肺が腎陰の滋養を失うと

乾咳,潮熱,升火,咽燥など. 肺腎陰虚

 

(2)腎陽の影響

腎陽

人体の諸臓腑の生理活動を推動し,温煦する作用.

腎陽虚

水液代謝と生殖機能だけでなく,他の臓腑の生理活動の衰退を引き起こす.

心が腎陽の推動を失うと

動悸,脉遅,出汗,気短,四肢冷など. 心腎陽虚

肺が腎陽の摂納を失うと

息切れしやすいなど. 腎不納気

脾が腎陽の温煦を失うと

五更泄瀉,完穀不化

 

(3)他の臓の陰虚あるいは陽虚も,腎陰や腎陽に影響をおよぼす.

肝陰虚,肝陽亢,心陰虚,心火旺が永く続くと

腎陰に障害をおよぼす. 下及腎陰

肺陰虚

腎陰に影響をおよぼす.

脾陽虚の泄瀉が永く続くと

腎陽に障害をおよぼす. 脾腎陽虚

 

腎陰,腎陽は全身諸臓の陰陽の根本である.

腎陽

真陽,元陽

腎陰

真陰,元陰

 

3.腎陰と腎陽の関係

 

腎陰と腎陽は,実際には腎臓の精気の機能活動の対立統一の両面で,相互依存,相互制約しており,生理的には相互に通じ合い,片方が欠けてはならない.

腎陰虚,腎陽虚は,腎の精気不足による.

 

陰損及陽 陽損及陰

 

 

 

【附】脳,子宮,三焦

1.脳

 中医学では人の精神,意識,思惟活動といった機能は心に属し,肝,腎とも関係があると考えているが,脳の機能についても一定の認識をもっている.

 

臓象学説から分析した脳についての生理,病理および弁症施治.

心蔵神

基本的には脳の精神活動と思惟の機能

熱入心包,痰迷心竅

中枢神経系統の症状

心の陰陽失調と気血失調の一部

脳の機能活動の変化に属すもの

養血安心,開竅,化痰,養心陰,温心陽などの薬物

中枢神経系統に対し一定の作用

肝主疎泄,肝主筋の生理活動の一部

脳の機能に属す

肝気鬱結,肝陽上亢の一部

神経系統と関係ある

肝風内動

基本的には中枢神経系の症状

疎肝,平肝,潜陽,熄風などの薬物

中枢神経系に対して一定の作用

腎と脳の関係は密接

腎は精を蔵し,骨髄を生じ,脳は髄の海である

補腎の薬物は大脳の機能を改善する.

 

2.子 宮

子宮:胞宮,女子胞ともいう.六つの奇恒の腑のうちの一つ.月経を発生し胎児が発育する器官.

月経の来朝と胎児の発育に関係する素因

腎の精気の作用

女子の生殖器官は,腎の精気の充実が必要.それによってはじめて発育成熟し,来潮し,胎児が発育する準備条件がととのう.

衝,任二脉の作用

任脉:全身の陰経を調節している.陰脉之海

衝脉:腎経と併行し,十二経の気血を調節している.衝は血の海

心,肝,脾三臓の作用

心主血,肝蔵血,脾統血は,全身の血液を調節する.

肝不蔵血,脾不統血

月経過多,周期短縮,月経期間の延長.血崩,経漏 肝脾蔵統失司

脾虚で血液の生化が不足

月経量の減少,周期の延長,甚だしければ無月経

心脾両虚

精神情志が失調し心血不足

情志が抑鬱して肝の疎泄に影響

肝気の鬱結により月経不順など

 

 

3.三 焦

三焦:上焦,中焦,下焦を合わせて言う.六腑の一つ.手少陽経は多くの臓腑と連携し,手厥陰心包経とは絡,属し,表裏をなす.

 

(1)三焦は人体の部位を指す

上焦

胸部,頭部および心と肺を包括.

中焦

臍以上の腹部および脾と胃を包括.

下焦

臍以下の腹部,陰部および肝と腎を包括.

 

(2)三焦は水液の通路である

三焦の機能

主に津液の気化と水道の疎通

三焦の気化

肺,脾,腎,胃,大腸,小腸,膀胱などの内臓が水液代謝を調節する機能.

上焦

肺の衛気を宣発し,津液を布散する機能.

中焦

脾胃の水穀の精微を運化する機能.

下焦

小腸が液を主り,大腸が津を主り,腎と膀胱が水液を調節して尿液を排泄する気化機能.

 

(3)三焦は弁症の概念である

三焦弁症:外感熱病の弁症方法の一つ.

上焦病

外邪襲肺,邪在衛分,外邪逆伝心包など

外感熱病の初期

中焦病

熱結腸胃,脾胃湿熱など

外感熱病の中期

下焦病

腎陰耗損,肝血不足,陰虚動風など

外感熱病の後期

 

 

5章 疾病と病因

 中医学での発病に対する観点

@ 人体は正常な状態では,体内の陰陽,気血,臓腑,経絡は,相互依存,相互制約によって相対的な平衡状態にある.

A 同時に,人体の生理活動は外界の環境とも緊密に連係しており,相対的な平衡状態にある.

B もしこの相対的な平衡状態が破壊されて自ら調節して回復することができないときには,疾病を発生する内在的な原因となる.

C ただし,人体の正常な生理状態が破壊されて疾病が発生するには,なお必ず一定の条件を備える必要がある.これが病因である.

病因を

三因に帰納

 

外因

外感六淫,癘気

内因

内傷七情

不内外因

飲食失調,労倦,房室不節,外傷,寄生虫など

その他の病因:瘀血,痰などの病理的な産物など.

1節 病 因

1.六淫と癘気

 

外邪(外来の邪)

六淫

風,寒,暑,湿,燥,火

癘気

戻気ともいう.

 

外感六淫の学説:古代人は長期にわたる観察の中で,自然界の運動変化は,すべて直接あるいは間接に人体に影響して,体内の陰陽,気血,経絡,臓腑に一定の変化を引き起こすということを認識するようになった.

 そのため,人体は外界の気候の影響を受けて,自然環境に適応するために生理的に調節を行っている.ただし,外界環境の変化が急激すぎて,正常の範囲を超えてしまった場合に,人体の自然調節機能が低下しているときには,発病原因となって疾病を発生することがある.

六気(風,寒,暑,湿,燥,火)→六淫

 

外感疾病

六淫が引き起こす疾病.

季節性

夏季は暑病が多い.冬季は寒病が多い.

個体差

生活環境,精神素因,抵抗力,体質素因など.

六種に帰属

風邪,寒邪,暑邪,湿邪,邪,

 

癘気

明代の医学家,呉又可がとなえた一種の病因学説.

温疫

世間に広く流行している疾病.

温疫の病因

六淫以外の,天地の間に別にある癘気(戻気)が病を発生すると考えた.
伝染経路は口鼻を通じてであると指摘した.

 

雑気

温疫が流行していない期間でも,自然界には若干の“雑気”(発病性の物質)が存在する.
外感疾病は,この種の“雑気”が人体に侵入して発病する.

六淫によるものよりもさらに病を発生することが多い.

一病一気

感受した“雑気”が異なれば,その病も異なる.

 

弁症求因審因論治:中医学の臨床では,各種の外邪の特性および疾病の特徴にもとづいて,各種の外感疾病の臨床症候を分析し,どの種の病邪による疾病かを明らかに弁別し,祛風,散寒,化湿,清熱,潤燥,瀉火などの治療方法をそれぞれ採用する.

 近年の臨床実践によれば,ほとんどすべての細菌,ウイルスなどの感染は,みな外感六淫の範囲に属し,病邪弁症施治などの方法を運用して一般に非常に良い治療効果をあげている.

 

内風内寒内湿内燥内火:外感疾病ではないのに風,寒,湿,燥,火に類似した症候があらわれる疾病.外感六淫の邪と区別する.

 

 

(1)風邪(外風)

特徴

自然界の“風”の現象に似ている.

症状

発病が急で,変化が速い.

抽搐,振戦,揺頭,眩暈,遊走性の疼痛および掻痒.

人体の上部および肌表.頭,肺,皮膚.

 

内風

体内の陽気の升動が過度になっても,自然界の“風”に類似した症状があらわれる.

肝風

肝陽,肝火が風に化すと,眩暈,震顫,抽搐などの症状があらわれる.

熱極

動風

熱が極まって風を生じ,高熱,抽搐,頸項部の強直などの症状があらわれる.

外風と内風とのくべつに注意.

 

(2)寒邪(外寒)

特徴

自然界の寒冷,結氷,凝結などの現象と似ている.

症状

全身あるいは局部の寒冷徴候.怕冷,喜熱,四肢不温,少腹冷痛など.

排泄物が澄徹,清冷.みずばな,うすい痰,水様の嘔吐,尿量過多,水様の下痢など.

気滞血瘀を引き起こして,かなりはげしい疼痛を生じやすい.寒勝則痛

寒邪が経絡に侵入すると,よく筋の引きつり,収縮を起こす.寒主吸引

内寒:人体自身の陽気が衰退したために,正常な温煦作用が失われて,“寒内より生ず”となったもの.外寒と内寒は相互に連係し,影響しあう.

 

(3)火邪

特徴

熱で,すなわち熱邪である.

症状

全身あるいは局部の顕著な熱象.高熱,悪熱,喜冷,面紅,目赤,尿赤,舌紅,苔黄,脉数など.瘡瘍の紅,腫,熱,痛.

排泄物の性状が粘稠で,排泄時に灼熱感があり,かつ病勢は急激である.濃い鼻汁,黄色でねばい痰,酸水の嘔吐,混濁尿,膿血便,急性下痢,悪臭のある大便,肛門の灼熱感など.

火邪は津液を消耗しやすい.舌乾少津,口渇冷飲,大便が硬いなの.

火邪は脉絡を傷灼し,出血や発疹を生じる.

火,熱は神明を擾乱し,意識不明,狂躁などの.

 

実火

大多数は温熱の邪による.風,寒,湿,燥の邪を感受したのち火(熱)に転化することもあり,多くの外感熱病の熱盛期に見られる.

虚火

主に陰虚内熱により生じる.陰虚症状があり,火熱の症状が実火に比べておだやかで,多くは内熱,心煩,舌光紅で乾燥,一般に高熱はない.口渇してもひどくはなく,脉は数で無力.

 

外火

外感熱病中の火盛熱症状の大多数.

内火

体内の陰陽失調,五志過極による熱象.内熱.内火(内熱)には虚と実とがある.

 

(4)湿邪

特徴

自然界の潮湿,水湿が停滞して瘀積するなどの現象と似ている.多くはしめぽい季節に起こる.湿っぽい所に住んだり,水中で作業したり,汗に濡れたものを着ていたりしても,季節とは関係なく湿病を引き起こす.

症状

湿の性は粘膩で,除去しにくく,経過は比較的長く,急には治りにくい.

湿は停滞する.体表を犯すと,全身倦怠,四肢が重い,頭重感など.

経絡,関節を犯すと,一定部位に固定した関節部の疼痛,運動しにくいなど.

湿邪は脾を犯しやすい.食欲不振,消化不良,胸悶,悪心,腹張,泥状便,尿量が少ない,舌苔厚膩,脉象濡緩など.

全身あるいは局部に水湿が瘀積あるいは停滞する.水腫,脚気,白帯,湿疹および化膿創の分泌液が多いなど.

 

外湿

外感湿邪が引き起こしたもの.

内湿

脾虚のために津液が運化できずに生じたもの.

外湿,内湿は相互に連係がある.

 

(5)暑邪

特徴

特定の季節性

直接暑邪を感受する.中暑

暑い季節に発生する外感病に属するもの.古代には暑病と統称.日本脳炎のようなもので,暑温という.

暑い季節の特徴

気候が炎熱であり,比較的湿っぽいこと.

症候

暑熱

高熱,口渇,心煩,無汗あるいは大汗出,脉洪大.高熱のため,気と津液を耗傷しやすいため,乏力,呼吸短促,舌苔乾燥など.

暑湿

身熱起伏,四肢倦怠,食欲不振,胸悶,悪心嘔吐,下痢または便秘,尿が濃い,脉濡,舌苔厚膩など.

 

(6)

特徴

自然界の乾燥現象に似ている.

外燥

 

外来の燥邪を感受して生じる.気候が乾燥している季節や地域に見られる.

鼻腔乾燥あるいは鼻衄,口乾,唇が燥いてひびわれる,咽喉が乾燥して不快感や痛みがあり,乾咳がでて少痰あるいは無痰,皮膚乾燥してざらざらし,舌乾少津など.

内燥

体内の津液,陰液が消耗したことによりあらわれる燥象.

傷津,傷陰,津枯血燥といわれる.

 

 

 

内傷七情

七情

人間の精神情志活動.喜,怒,憂,思,悲,恐,驚の七種.

内傷

精神的刺激が,生理活動で調節しうる範囲を超えてしまうと,体内の陰陽,気血,臓腑の機能失調が引き起こされて疾病が発生する.

心神の内傷

驚悸,怔忡,健忘,不眠など.

臓躁症

精神恍惚,悲しんでよく泣く,頻繁に欠伸する.

癲狂症

急激な心火の亢盛を引き起こし,狂躁不安,精神錯乱など.

肝気が鬱結

精神抑鬱,怒りっぽい,脇痛,噯気,咽中の梗塞感,乳房の腫塊,少腹張痛,月経不順など.

心脾を損傷

精神不安定症状,腹痛,悪心,あるいは腹鳴,下痢,胸のつかえ,食欲不振,無月経あるいは不正性器出血.

内傷七情の疾病に対しては,精神素因と疾病の間の関係を正確に認識しなければならない.

 

3.飲食の失調

病因

生冷あるいは不潔な食べ物.

暴飲暴食あるいは美食がすぎる.

飲酒の嗜好あるいは辛くて刺激的な熱性の食べ物を好む.

症候

直接脾胃を損傷して,消化機能障害を引き起こし,食積,胃痛,泄瀉など.

生熱,生痰,生湿して,臓腑の病理的な変化をつくりだす一つの重要な原因となる.

よく外感六淫の邪と合併して発病する.

 

4.房室および労倦の損傷

房室の損傷

性生活の不節制,早婚,多産を包括.

腎精を消耗し,腰痠,遺精,精神疲労と乏力,眩暈などの腎虚の症状.

出産過多は,衝任を損傷して,月経不順,無月経,帯下など.

労倦

脾を傷つけ,元気の虚弱を引き起こす.疲乏無力,元気がない,面黄肌痩,気血虚弱など.

 

 

5.外傷,寄生虫およびその他の素因

(1)外傷

外傷:打撲損傷,創傷,火傷,毒蛇の咬傷などを包括.

 

(2)寄生虫

住血吸虫病:水毒,蠱張

腸内寄生虫病:蛔虫,鈎虫,蟯虫,条虫など.

 

(3)

体内の病理的な産物であり,気道に分泌される痰液だけを指すのではない.

肺に壅滞すると

咳逆痰多.

胃に留まると

悪心嘔吐.

経絡に留まると

痰核を形成.

心竅に内迷すると

神志の失調あるいは意識不明.

 

(4)瘀血

瘀血

全身の血液運行の滞り,局部的な血液の停滞,経脉から離れた血を指す.

影響

関連した臓腑,組織,器官の脉絡に血行不全や血流停滞を来たす.

症候

局部の疼痛,腫塊,瘀斑

全身的に,面色暗晦,唇舌青紫,舌辺の瘀斑,脉細あるいは渋.

 

 

2節 発病の機序

 

発病の機序

邪が病を発生するには,人体の正気が変化することが必要で,それにより病が発生する. 

正(正気)

陰陽消長,気血生化,営衛の運行などの生理活動は,みな病邪に抵抗し防御する.

邪(病邪)

正気に対して言う.外感六淫および痰飲,食積,瘀血などを指す.

正能御邪

人体の正気が強盛であるか,邪の力が比較的弱ければ,発病しない.

正不敵邪

人体の正気がかなり弱いか,邪の力がかなり強ければ,発病する.

人体の正気の抗病能力を強調しているが,病因という条件を排除していない.

人体は統一体である.全身的な病変と局部的な病変.

 

 

3節 疾病が発展する過程での二種の矛盾

さまざまな臨床症状

邪正闘争と陰陽消長の失調の表現である.

邪正闘争

人体の抗病力と外来の病因との間の関係.

外感疾病で比較的顕著.

陰陽消長の失調

人体内部の矛盾する二側面の関係.

内傷雑病で比較的顕著.

 

 

1.邪正闘争

 

邪正相搏

中医学での外感疾病における邪正闘争.

邪正相搏の臨床表現

外感疾病の過程にあらわれる悪寒,発熱,寒戦,汗出などの症状.

疾病の転帰

実質的には,邪正双方の力関係と邪正闘争の発展の形勢によって決定される.

 

(1)正勝邪退

正勝邪退:病邪の人体に対する作用が消失するか終止し,人体の臓腑,経絡の病的変化が基本的に修復され,気血の消耗も基本的に補償されたことを包括している.

(2)邪盛正衰

亡陽亡陰:外感熱病の過程で現れる症候で,正気が病邪に敵しえないことで,疾病が重篤なことを示すもの.

邪正相持:疾病が急性から慢性に転じる.

邪去正傷:後遺症を残す.

 

邪正闘争が主要矛盾である疾病に対しては,攻方を主とすべきで,病邪を除去し消滅させる基本的な治療原則である.

祛邪存正,扶正達邪

祛邪の法:解表,清熱,瀉下,消痰,化湿,利水,祛痰など.

 

扶正,先補後攻

 

2.陰陽失調

 

陰陽失調:体内の各種の生理的な矛盾運動(陰陽消長,気血生化,臓腑の連係など)が破壊されるに至ったことの総称であり,すべての疾病が発病する内在的な根拠である.各種の発病素因は,必ず体内の陰陽失調を経て,はじめて疾病を形成する.

質の異なった矛盾は,質の異なる方法をもちいることによってしか解決できない.

 邪正闘争の矛盾→祛邪扶正の方法

 陰陽失調の矛盾→陰陽を調節する方法

 

陰陽偏勝

外感疾病に多い

邪正闘争の矛盾に属す

祛邪扶正

陰陽偏衰

内傷疾病に多い

陰陽失調の矛盾に属す

補法(補陽,補陰,養血,益気)

邪正闘争と陰陽失調とは相互に転化する場合がある.