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野口晴哉先生語録

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心の問題は不可解か 

野口晴哉 「潜在意識教育 人間の行動原理としての〈気〉」
『月刊全生』昭和44年2月号 より

   

 世の中の知識はいろいろ増えたのに、心の問題というのは、まだまだ判らないことが沢山あります。誰かを好きになったといっても、なぜ好きになったのだろうかと考えると判らない。彼女の鼻が高いから好きなんだと言っても、本当にそうかとなると怪しい。そういう理由は大抵、後からつけたものに過ぎないからで、その最初にあるものは、潜在意識の裡にあるテレパシーという働きによって直接心に感じて好きになったというのが本当で、それ以外の何らかの理由で好きになったというのでは、いずれ好きでなくなってしまう。

 だからいつまでも続く〈好き〉というのは、テレパシー的な働きで一目で全部を知り合うようになったというものであり、そういうものが長続きする恋愛の元になるのです。いや本来、恋愛とはそういうものを指すのではないでしょうか。理解を重ねたり懐勘定を合わせたりして、それで好きになったというのは恋愛以外のものです。愛情があって、それから理解を深めることはできますが、いくら理解を積み重ねても愛情を造り出すことはできません。

 我々が普段、あれが好きだとか嫌いだとか言っている、そんな簡単な事でも、なぜそうなのかということを考えると判らないことが多い。コンピューターを十台並べても、好きとか嫌いとかの基は判らない。あの人の顔付が妙だという、そういう〈妙な〉感じでも、コンピューターでは判らない。それなのに我々には「あの顔付では懐勘定が合わないということだな」とか、「困ってるんだな」とか、何かソワソワしているとか、何かイライラしてるというようなことがすぐ感じられる。けれどもなぜそれを感じるのかということも判らない。いろいろな理由をつけてはみるが、どうも適わない。そうですね、そんな理由で解釈がつくのならコンピューターにかければ当然答えが出てくるはずなのに、どんな優秀なコンピューターを作ってもやはり疑問は残る。そんなコンピューターでもできないことを、人間は不断にやっているのですが、それでいてそのことには気付いていないのです。

 親と子の間でもそうですが、赤ん坊のお腹が空いた頃に乳が張ってくるとか、何か胸騒ぎがするので外に出てみると自動車の通りに出ていたとかいうことがある。こういうことは日頃経験することですが、これをラポール現象といいます。心と心が直接伝わりあう働きで、潜在意識現象の一つです。ちょうどテレビやラジオと同じような人間の波動が、直接ある特定の人に伝わってゆくことを言います。けれどもこういうことは普段の心の研究では掴まえられないので省いている。しかし掴まえられなくて省略されている心の方が、人間を動かす上で大きな影響力を持っているのです。人間の心の問題を心理学的に研究していっても、いつも最終的には判らないのは、そういう見落すことのできない最も重要なことを置き去りにしているからです。〈人間はなぜ恋愛するのだろうか〉〈なぜ好きと嫌いがあるのだろうか〉〈親と子が、頭では仲良くすることが正しいと知っているのに実行できないのはなぜか〉……等々、いろいろと理由は述べられても、心理学的に釈明できるものはない。