聖岳 - 赤石岳縦走 (2/2)

8月22日 曇り

3時に起床。本日も4時出発予定。最低でも赤石小屋までは進まなければならないが、できれば椹島まで下りてしまいたかった。しかし雨が少し残っていた。
荷物を階下の囲炉裏端に運んでパッキング。3:30にはスタッフが起きるので、注文しておいた弁当を受け取り、朝食とする。弁当はおにぎりで3種4個。天むすはちゃんとしっぽの方も食べられた。ちょっと多く感じたが無理やり詰め込んだ。

4:15 百間洞山の家発(高度計:2520m, 温度計:22.2℃)

前日同様、真っ暗な中を出発。出発する頃には雨は上がっていたが、空は真っ暗でこの先どうなるかわからない。
道はテント場の中を進む。テント場は意外に小屋から近く、これならさほど不便は感じないかなあと思った。テント場に差し掛かってからちょっと迷ったが、幸いひとつだけ張ってあったテントの人が正しい道を教えてくれた。多謝。
分岐から石ゴロの道を登っていき、森林限界を突破。それでもまだ暗く、前日同様、一個の生き物として根源的な恐怖に怯えながら進む。高山帯で吹きさらしの中なので、前日よりもはるかに怖く思った。ときおり小雨がぱらぱらと降り、恐怖に拍車をかける。

5:17 百間平の入口(2785m, 19.0℃)

聖岳
百間平から聖岳を望む
夜が明けてから間もなく斜面を登りきった。登りきったところですぐにザックを下ろして休憩。すると目の前を生き物が横切った。オコジョだった。生オコジョは初めてだったが、これはなんと可愛らしい生き物なんだろう。誰かが「可愛い生き物を造ろう」と心がけてつくったとしか思えない愛らしさだった。オコジョは噂どおり好奇心が強いようで、一定の距離を保ったまま我々をずっと観察しつづけていた。我々も負けじと観察しつづけてやった。
心配した天気は高曇りで、西の方角には青空も見えた。ただし風は東風で、雲は東から湧いており、おそらく早い時間に崩れるだろうと予想した。前日あれほど愛想の悪かった聖岳が今日は全身をあらわにしていた。昨日一日が雲の中だったおかげで印象が薄く、あそこに登ったとは自分でも信じられなかった。

5:35 百間平通過(2785m, 19.0℃)

赤石岳
百間平から赤石岳を望む
再びザックを背負い歩き出す。道は平坦だ。いったん二重山稜のような地形に入って抜け出すと広々としたハイマツの台地になり、中央には標識も見えた。百間平の中心部だ。そして雲がぱぁっととれて、赤石岳が忽然と姿を現した。この角度からの赤石岳は初めて見たが、岩がちで、なんともアルペンちっくで男前だった。しかしすぐにまた雲に覆われてしまった。
両脇にロープが張られた庭園のような場所を過ぎ、道は尾根の地形になった。馬の背の稜線にさしかかったようだ。ちょっぴり痩せた尾根歩きもあるが、特に難しいところはない。

6:16 岩礫斜面の取り付き(2845m, 19.6℃)

赤石岳
馬の背から赤石岳の岩礫斜面を眺める
登山道
岩礫斜面の取り付き
進むにつれてガスの中の山がぼうっと見えてきた。それはなんだか凄い岩くずの斜面だった。その腹を道が右上に向かっているのが分かる。
馬の背稜線を詰めると壊れて棒だけになった標識があって、道は右に曲がる。いよいよ岩礫大斜面に取り付くのだ。先ほど見たとおりのトラバース道で斜度は大したことはない。が、岩がごつごつしていて歩きにくい。

6:32 あと30分の標識

聖岳
左から、聖岳・兎岳・中盛丸山・大沢岳、右手前が百間平
キツい段差もなくトラバース道は終了し、肩のような地形に乗り上げた。ここに「山頂まで30分」の標識が。
標識のちょっと手前で、聖岳からの百間平までの縦走路がいっぺんに見えた。
この標識からはジグザグのザレた直登となった。ここは斜度がかなりキツく、足先をまっすぐ前に向けられないほどの急坂が頻繁に登場する。

7:25 赤石岳登頂(3120m, 20.1℃)

山頂小屋
赤石岳山頂避難小屋
一歩一歩ゆっくり歩き、登りきってようやく山頂小屋が見えるところまでくる。それが、先ほどの標識からちょうど30分だった。小屋が見えてからが遠く、たっぷり10分もかかってようやく登頂を果たした。
例によって真っ白の山頂だったが、時折雲がとれて中盛丸山までは見えたりした。奥聖も見えたが、なぜか前聖だけは頑固に姿を見せなかった。2年前には確かにあった、南ア独特の串団子の山頂標識がなくなっていた。
予定より早く着いたので、ミルクティーを飲んだりしてのんびりと過ごした。

8:11 下山開始(3135m, 21.2℃)

小赤石岳
小赤石岳を眺める爽快な縦走路を行く
椹島まで下りる覚悟を決め、靴下を2枚に増強して出発。立ち上がってザックを背負うと、東の雲がとれて富士山が見えたりもした。北は小赤石までしか見えなかったが、朝のスカっとした稜線歩きに気分が高揚してきた。ようやく夏の南アルプスに来たような気がしてきた。なのにもう下山してしまうなんて・・・
椹島までの一気下りは2年前に経験があるので何となく気楽に思えた。あとは天気がもってくれれば、というところだ。

9:04 水場(2835m, 25.4℃)

登山道
南ア的な花畑を振り返る
分岐からザレた道を下る。斜面は花がきれいだ。ジャコウソウ、オンタデ、フウロソウ、ウスユキソウ、クルマユリ、トリカブトなどなど。南アルプスちっくな道を歩けて気分はサイコーだ。今ごろになって晴れ間がのぞき、夏山気分が高まる。しかしこれは下山路なのだ・・・
あえぎながら登ってくる人たちとすれ違う。およそ5パーティくらいか。朝、赤石小屋を出た人たちだろう。水場を過ぎるとぱったりと対向者は途絶えた。これより富士見平まで登りとなり、桟道やロープの悪路を行く。

10:20 富士見平(2775m, 23.5℃)

富士見平
またしても雲の中の富士見平
冬道の入口からほぼ10分で富士見平着。ここは3度目だが、前2回に続いてまたもや雲の中だった。小屋は近いので、ザックを背負ったまま岩に腰掛けちょっとだけ休んですぐに出発した。
歩き始めてすぐ、学生とおぼしき10人ほどのパーティと遭遇。1時間ぶりに人と会った。富士見平は近いかと聞くので、すぐそこだと教えてやったら拍子抜けしたようだった。彼らは、登ってはきたものの、耐え切れずにすぐ手前の森の中で休んでいたのだった。

10:51 赤石小屋着(2600m, 23.5℃)

ここで大休止。あたりには誰もいなかった。2年前の下りよりも40分も早い時間の到着に安堵する。水は、テルモスのお湯も含めて残り2L。下りだけなので、ここでは補給しないことにする。

11:17 赤石小屋発(2615m, 25.5℃)

軽食をとっていると雨がぽつぽつと降ってきた。ヤバいかなと思ったがすぐに上がる。これから先は樹林帯だし、少々の雨だったら気にならないだろう。大きく崩れる前に出発だ。
ずいぶん長い間歩いたような気がしたが、ここからまだまだ1400mも下りなければならない。足の親指が痛くなることは必至。なるべく足先に体重をかけないように、足裏全体に負荷がかかるように意識して歩く。

12:45 標識(2165m, 25.3℃)

標識
そっけない標識だがこんな山中だと心強い
ようやく標識に到着。小屋を出てからここまではポイントらしいポイントがなく、自分のペースを計るのは高度計のみ。しかもそれとてすぐに狂う相対高度計という心細さ。しかしこれで目処がついた。前回下ったときはここから2時間で椹島に下りている(標識には椹島まで1時間30分とあるが)。今回もそれくらいと見ればいいだろう。というわけで、ザックを降ろして大休止。

13:00 標識発(2170m, 26.5℃)


13:20 林道出合(1990m, 26.4℃)

林道出合は赤石小屋と椹島の中間地点ということだ。ここを過ぎて久々に人とすれ違う。
高度計の標高がなかなか下がらないので焦っていたら、不意に尾根の突端に出た。なんのことはない、単に狂っていただけだった。相対高度計なので本来こまめに調整すべきなのだろうが、この道はなにしろポイントが少なすぎる。突端にはロープが張ってあり、左に曲がるよう誘導される。ここで尾根を離れ斜面のジグザグ下降になるのだ。

14:56 赤石岳登山口(1340m, 27.8℃)

登山口
赤石岳登山口の鉄階段
尾根を離れてからがまたキツい。段差もなくフラットで歩きやすいと言えば歩きやすいのだが、なにしろひたすら同じ下りが続くのだ。長時間歩いてきたせいで足が弱っているため、途中で平らになったりするなどちょっとした変化でもあると助かるのだが、情け容赦なく下りは続くのだ。
鉄階段を下りて舗装路に降りたつと、ようやく椹島に帰ってきたのだと思った。途中、追い抜かれることもなく、またすれ違いはソロ男性ばかり4人と恐ろしく静かな登山道であった。
しかしまだ終わりではない。椹島まであと数分下る。

15:02 椹島ロッジ着(1300m, 28.2℃)

そうこうしていると、雨がぽつぽつと降ってきた。休まずにそのまま林の中の歩道に入る。林を下っているとサーッという雨の音が。今度は本降りになりそうな気配だ。
平地に降り立ち、祠を抜け、かつてメインで使われていた建物群の間を抜けていると雨粒が大きくなってきた。ロッジの受付をする前に、レストハウスでアイスコーヒーでも飲んでのんびりしようと思っていたが、なんと14時から16時は営業休止時間。しかたなくロッジの受付棟に入り、ザックを降ろして空いていたベンチに座ると雨は急に激しくなり、バケツをひっくり返したような土砂降りになった。建物に入ってからほんの数分だった。いやはや実にラッキーだった。
2年前は下山直後は普通に歩けないくらい足がガクガクになったのだが、靴下を増強した効果か、はたまた休憩を多めにとったためか、今回はそんなことはなかった。

椹島にて

椹島ロッジの食事ははっきり言ってあまり美味しいものではない(山奥の百間洞はハイクオリティなのに・・・)。そこで素泊まりにして、食事はレストハウスでとることにした。ロッジの夕食はひとり1,700円で、レストハウスの食事メニューは1品が800円。山行前で大量の飯をがっつり食いたいならご飯お替わり自由のロッジの方がいいのだろうが、もう明日は家に帰るだけなのでこれで充分だ。
雨が止む気配はなく、16時頃、風呂に入っていると雷まで鳴り出した。建物が震えるほどだったので、近くに落ちたのかもしれない。早く下りてきてよかったとつくづく思ったのだった。
汗を流してさっぱりしてから傘をさしてレストハウスへ。自分はカレー、相棒は温玉そばと、つまみにウィンナーをとった。カレーはレトルトみたいなのが出てくるのだろうと思っていたらちゃんと煮込んであるもので、好感が持てた。自分としてはもうちょっと辛くても良かったが、これくらいが一般的な辛さなのかもしれない。
生ビールを2杯と自家製果実酒1杯を飲み干してからワインに移行。CDなのだろうか、低く流れるボサノバ・ギターが心地よい。ウィンナーでちびちびやってから、ボトルを持って部屋に帰り、山で食べずに余ったものをつまみに2次会を開催。キツかった兎岳や中盛丸山の登りを振り返りながら飲んでいると、あっという間に夜は更けていったのだった。

8月23日 曇りときどき晴れ

白樺
椹島の朝
雨は朝には止んでいた。7時からレストハウスでトースト、スクランブルエッグ、ウィンナーとコーヒーのモーニングセットを食べた。値段はロッジの朝食と同じ700円。気分は断然こちらの方がいい。
朝の光が差し込んで明るいウッディなレストハウスで、ラジカセから流れる軽やかなギター音楽を聴きながら、南アルプス写真集やヤマケイを読みつつバスが出るのを待つ時間は、充足したとても幸せなひと時だった。自分が山歩きが好きなのは、ピークを踏破するということよりも、テント場で空を眺めたりしてまったりしたり、ひとつの山行を終えて過ごすこうした時間のためなのだろうなあと思った。
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