5月1日 曇のち快晴
今日は尾瀬ヶ原を散歩する。思いっきりまったりするつもりだ。お目当ては、ケイズル沢周辺のハルニレ林と、見晴のブナ原生林、そしてもちろん、だだっぴろい雪原を滑走すること、だ。昼は注文しないので、朝食はしっかり食べる。朝食には小さなケーキまでついていた。
7:42 山ノ鼻発(高度計:1445m, 温度計:11.4℃)
最初の目的地は下ノ大堀川の至仏山ビューポイント。ほぼ夏道どおりに北東に進むことになる。雲が多く、日が差さないので寒い。しかし歩きなので体は温まるはずだ。出だしからパスカングだと疲れると思い、意識的にぺたぺたと歩く。小屋を出てわずか5分ほどで川上川にかかる橋に到達。これは昨日偵察したとおりなので織り込みずみだ。
ほとんど人の見当たらない上田代の雪原を、写真を撮りながらのんびりと進む。8時を過ぎるとときおり日が差すようになってきた。行く手に見える燧はまだ雲の下で暗かったが、振り返ると至仏山はすっかり朝日を浴び、白く輝いていた。
8:30 三叉路(1455m, 17.3℃)
2番目の橋は上ノ大堀川。ここを過ぎると間もなく牛首の三叉路に到着。もうこの頃は燧の上空の雲も小さくなっていた。三叉路の近くでは雪が融けて木道が露出していた。しかし北側を迂回すれば板を脱がずに済みそうだ。色の変わっているところを避け、なるべく白い雪の上を進んでゆく。
次なる橋は下ノ大堀川にかかっている。このあたりで、もう上空の雲はすっかり消え失せ、大快晴となっていた。
9:00 下ノ大堀川ビューポイント
橋を渡った近くに、絵葉書やポスターによく使われる、尾瀬を代表するビューポイントがある。NHK朝ドラ「春よ、来い」のオープニングで、ユーミンの唄とともに流れるあの映像の場所だ。ここは川沿いということもあってか雪解けが早く、すでに木道が出ていた。早速板を脱いで、水芭蕉シーズンともなるとカメラの砲列ができるその木道に乗ってみた。気の早い水芭蕉が数株咲いている。静かな水のたまりには至仏山の姿が映っている。赤シボのせいか雪がちょっと汚ないのが残念ではあるが、この場所を独占できる幸せはそれを補ってあまりある。自分にとって、ここは山岳風景の中でベスト5に入るくらい好きな眺めなのだ。
20分ほど景色を楽しんでいる間に数人が夏道の方を通っていったが、ここに寄る人はいなかった。みんな、もったいないなあ。
9:50 ヨッピの吊り橋(1470m, 23.9℃)
猛烈に暑くなってきた。頭の中ではまだユーミンの唄がこだましている。相棒によると、自分はもうずいぶん日焼けしているという。ビューポイントを後にして、ヨッピの吊り橋に向かう。コンパスでほぼ真北に目標を定めて一直線に進む。三叉路付近とは違ってまだ雪はたっぷり残っているので、迂回することもなく歩くことができた。山ノ鼻 - 見晴間のメインルートから外れたため、周囲から人気がなくなった。踏み跡もまったくないので、数日前に雪が降って以来、このあたりを歩いた人はいないのだろう。静かだと言いたいところだが、スノーモビルの爆音が轟きわたっていた。尾瀬でスノーモビルなんて・・・いくつか起伏を越えると、樹林の間に吊り橋の柱が見えたので、まっしぐらに進む。
橋が近づくと、たもとで休憩しているパーティがあることに気づいた。10数人いる。明らかにガイド風の人が2人いる。ツアーのようだ。こんなところに来る人はいないだろうなあと思っていたので意外だった。橋を渡ってからたもとに腰を下ろし、行動食をとった。ツアーの人たちが去ってしまうと、あたりにはヨッピ川の水音だけが流れ、ようやく静かな尾瀬が戻ってきた。
10:09 カンバの林
踏み跡が林の中へと続いていた。先ほどのツアーの人たちのものだろうか。とすると、この奥にはガイドのとっておきの景色なんかがあったりして。というわけで、この踏み跡をたどることにした。もし道に迷っても、斜面をひたすら下りればヨッピ川に突き当たるので心配はない。ハルニレとカンバの林を登っていく。斜面はごく緩やかで、先日歩いたアヤメ平への道と同じくらいの斜度だった。踏み跡は確信に満ちたようにほぼ一直線に進んでいく。我々はこのトレースを見失わないようにしながら、面白い形の木を間近で眺めたりしつつ、うねうねと進んでいった。
10:27 ケイズル沢の取り付き点
森の奥の方が明るくなってきた。木々の間に景鶴山が見える。すると、開けた沢状の地形に出た。ケイズル沢だ。ここはちょっと異様な光景だった。腰くらいの高さで木が折れて枯れており、荒涼とした雰囲気が漂っている。しかしその間から若木が育ちつつあり、生きている木と死んでしまった木とが混在している。沢は少し奥で急激に傾斜を増し、分厚く雪が積もって見事な雪渓となっている。景鶴山の山頂部は岩が露出していて、沢の雪渓と相まって、アルペン的な風貌である。牧歌的なイメージの強い尾瀬の一部とは思えない景観だ。ずっと追ってきた踏み跡は沢の上部へと続いていた。我々もその跡を追う。高度がぐんぐん上がってゆく。そして振り返ると燧ヶ岳と尾瀬ヶ原が見え、足元には今まで登ってきたファミリーゲレンデ程度の緩斜面が広がっていた。まったく予期していなかったすばらしい風景をしばし楽しむ。
踏み跡はまだ奥へと続いていた。ということは、先ほどのツアーのものではなくて、景鶴山から下山した人のものなのだろうか。まあ、どちらでもいい。我々はここでもう満足だ。ということで滑降開始。ファミリーゲレンデなので、我々の足前でも大丈夫。というより、緩やかすぎて滑りが悪いくらいであった。林の中もあっという間に通り抜けて、ヨッピの吊り橋まではわずか10分ほどで着いてしまった。
11:10 再びヨッピの吊り橋
吊り橋のたもとには40代くらいの男女パーティが休んでいた。これから景鶴山に登るという。ケイズル沢の様子を聞かれたので小さなデブリがあったことを伝えると、東電小屋の方に進んでいった。景鶴山はただひとつの標高2004mの山ということで、今年は人気があるのかもしれない。とは言ってもこの山には登山道はない。さて、吊り橋は冬の間は橋げたが外されていて、骨組だけとなっている。最初ちょっとビビったが、鉄骨は頑丈に組んであるし、身長175cmの自分は両手を広げると橋の両端に手が届いてしまったので、すぐに安心できた。また橋を渡ってからパンなどを食べた。
12:29 見晴着(1500m, 26.8℃)
続いて見晴へと向かう。東電尾瀬橋を経由すると近いが、尾瀬橋は右岸に10mほどの崖があってこの時期は通過できるかどうか不安なので、無難に竜宮を経由することにした。真昼の尾瀬ヶ原は我々のほかに誰も見当たらなかった(ぐるぐる写真)。至仏や燧に登る人は多くても、我々のように原を散歩する人はほとんどいないのだろう。竜宮まで来てようやく数人の人を見た。スキーを脱いで沼尻川にかかる橋を渡ると、燧が大きい。
念願の原スキーではあったが、こうまで暑いともううんざりである。二人とも黙々とただ歩く。見晴の小屋群が見えるが足はなかなか進まない。六兵衛堀の橋を渡ってから20分近くかかってようやく到着した。
着いてすぐに弥四郎清水をがぶ飲み。雪に埋まっていたらどうしようかとも思ったが、掘り出されていてほっとした。弥四郎小屋の前のベンチに座って軽食をとっていると爆音が。なんとスノーモビルは弥四郎小屋のものだったのだ。二人乗りでなにやら荷物を載せて燧の方へと走り去っていった。
13:25 見晴発(1510m, 29.3℃)
ザックをベンチに置いて、燧の山麓のブナ原生林に入る。地図はザックに付けたままなので、迷わないように小屋の見える範囲までとする(その写真集)。巨木を楽しんでから小屋に戻り、ザックを回収して帰路に着いた。午後になり、燧ヶ岳が順光となり、美しい。このころからまた靴擦れの痛みを感じてきた。
見晴からの帰り、六兵衛堀の橋は段差がないのでスキーを履いたまま渡ってみた。実際、クロカンのものらしいトレースもついてた。しかし、2歩ほど踏み出したところでいきなりスキーが滑り出したので物凄く焦った。橋の中央の継ぎ目でわずかに傾斜ができていたのだ。スキーのまま川にダイブなんて、想像しただけで・・・やはり板はキチンと脱いで渡ろう。
14:01 竜宮(1490m, 25.3℃)
見晴からそれほど歩いていないが、竜宮でトイレ休憩。とても暑く、さきほど汲んできた弥四郎の水が美味い。小屋前のベンチに座っていると、学生パーティが大挙して押し寄せてきた。20人くらいいるだろうか。荷物の大きさと歩く方向からして、見晴でのキャンプに違いない。にしても、全員サングラスをしていない。空は超快晴だ。山ノ鼻からさほど遠くないとはいえ、目は大丈夫なのだろうか。竜宮を出ると往来が多くなった。見晴に向かう人が多い。中田代は雪解けが進み、木道の露出が多くなった。この辺りから、「うわっ」という叫び声が聞こえ、声の方を向くと雪を踏み抜いてもがいている人がいる、という光景をときおり目撃するようになった。2車線になっている木道と木道の間が踏み抜きやすいようだ。こういうときは前の人の踏み跡をきっちり踏むのが鉄則だ。木道は地面からずいぶん高いところもあって、踏み抜くと股までもぐってしまい、自力で脱出できない人もいた。我々はスキーなので踏み抜く心配はほとんどない。しかも幸いなことにクロカンらしきトレースがあったので、忠実に従う。
15:01 三叉路(1480m, 24.2℃)
下ノ大堀川を渡って三叉路が近くなると、ついに、ほとんど溶けたぐちょぐちょの雪に囲まれてしまった。追ってきたトレースもその中にフェイドアウトしていた。ちょっと悩んだが、スキーのまま進む。なるべく雪の白いところを選んで進むが、ついに袋小路になってしまった。三方は、雪が茶色を通り越して黒くなっている。しかしそれもほんの3mほどで、その先には再び白い雪が続いている。経験上、茶色まではなんとか渡れることはわかっているのだが。ええい。突っ込んだ。すると恐れていたとおり、自分の周りを取り巻くように雪にひびが入った。きれいな円のひびだった。自分の乗っている板状の氷がじわっと沈んでいくのが見える。池塘の上の薄い氷に乗ってしまったのかもしれない。ヤバい。引き返すには180度回転しなければならないが、そんな余裕はない。とっさにそのまま走るように前方へ。靴が水を切ってしぶきをあげる。踏みしめると氷が沈むのがわかる。しかしそれもほんの数m、なんとか白い雪に到達し、ほっと一安心した。これを見た相棒はかなり先まで引き返し、板を脱ぎ、水没した木道をどうにか拾ってこの難所をクリアした。16:00 山ノ鼻着(1480m, 22.5℃)
三叉路は竜宮と山ノ鼻のちょうど中間地点。ということは、あと45分も歩けば山ノ鼻に帰れるだろう。三叉路を過ぎれば中田代ほど雪がとけているところはもうないし、ゆっくり歩けばよい。しかし靴擦れとシャリバテでもうふらふらだ。結局山ノ鼻まで1時間近くかかった。小屋は、昨日よりは少し客が多かったが、それでも部屋はまた個室で使えた。今日は売店の冷蔵庫にはビール以外の飲み物も入っていた。少しずつ本格営業に向かっているようだ。
見晴あたりから痛みを感じていた靴擦れはたいそうひどくなっており、素足では歩けないほどになっていた。両足の前半分のほぼ全体がひりひりする。しかし風呂につけても大丈夫だったので、すぐに直るだろうと気楽に考えた。
夕食はメイン以外の付け合せやデザートなどは昨日と同じだった。たっぷり食べて、ぐっすり寝た。