【第二章 疼痛管理の基本】


 

【2.1】「よりよい疼痛管理のために」


 

【2.1.1】「疼痛管理で医療者が陥りやすい誤り」


 
【2.1.1】
 除痛が得られない原因のうち、医療者の責任としてトワイクロスは以下のことをあげている。

1,癌には痛みは当然で、手に負えないものであると思っているから医療者は患者の痛みを無視する。
2,医療者は患者の疼痛の程度を理解しない。「元気な顔」の裏にある本当の姿を知り得ない。
3,医療者は鎮痛のためには余りにも弱すぎる鎮痛薬を処方している。
4,医療者は疼痛を訴えるときにのみ(頓用で)鎮痛薬を処方している。
5,術後の研究から得られた標準量が癌性疼痛管理に適切でないという認識が医療者にない。
6,医療者は処方した鎮痛薬の至適投与について患者に十分な指示を与えることが出来ない。
7,医療者は関連した鎮痛薬の各々の力価についての知識を持っていないので、一つのものから他のものへ処方変えするときに減量も増量もできない。
8,麻薬が必要なときになっても、医療者は嗜癖になることを恐れる。
9,医療者は本当に末期になるまでとっておく薬としてモルヒネをみなし、効果のない薬を不十分量処方している。
10,医療者は患者の痛みの経過観察に必要な痛みの評価表を持ち合わせていない。
11,麻薬が部分的にしか効果がない時に鎮痛に相乗効果を示す他の薬剤に知識がない。
12,鎮痛に薬以外の処置を必要とするときにでもその手段を用いない。
13,医療者は患者や家族の精神的な支えをしていない。
,在宅癌治療(1991),1,,6

 
【2.1.1】
 また、癌の痛みの治療における一般的な誤りを以下にあげる。

・癌による痛みとその他の原因による痛みを混同すること
・いくつもある痛みを1つ1つ把握せず、また別々に治療しないこと
・とくに、筋の攣縮による痛みに対して、薬以外の治療法を用いないこと
・少数だがオピオイド鎮痛薬に反応しない痛みがあることやモルヒネと他の薬との併用が必要な痛みがあることを理解していないこと
・薬を予定通り投与しないことや、患者や家族への指導を怠ること
・最適な投与量や投与方式に到達しないうちに薬を切り替えること
・不適当な鎮痛薬の併用、たとえば2つの弱オピオイド鎮痛薬の配合剤や強オピオイドと弱オピオイドの配合薬を使用すること
・ソセゴンがコデイン類よりも効力が大きいと信じていること
・ソセゴン、レペタンなどはコデインやモルヒネと併用すべきでないことを知らないこと
・モルヒネの処方をためらうこと
・レペタンからモルヒネに切り替えるとき同効量より少ない量にすること
・増量する代わりに投与間隔を短縮してしまうこと
・経口投与が可能なときに無用な注射をする事
・わずらわしい副作用、ことに便秘の監視を怠ること
・心理社会面や治療環境に配慮しないこと
・患者の言うことに耳を傾けないこと
,末期癌患者の診療マニュアル第2版(1991),,,13

 
【2.1.1】
 (痛みに対する誤った考え方)

誤「鎮痛薬は体に毒である」
       ↓
正「痛みを我慢させることも身体に有害である」


誤「痛みは原因疾患の一症状に過ぎない」
       ↓
正「原因疾患が軽微又は全くなくとも痛みは生じる」


誤「原因疾患の見あたらないときには「あなたの痛みは気のせいでしょう」「痛くないのに痛いと言っている」と説明する」
       ↓
正「痛みは気分の一種であるので、原因を突き止められなくても患者が痛いと感じたら痛いのである」


誤「痛みは生体の警報および防御反応を示すものである」
       ↓
正「警報や防御反応を示す例はさほど多くなく、症状の程度、進行度と相関しない」



誤「痛みは診断に必要なので簡単に鎮痛しない」
       ↓
正「直ちに鎮痛すべきである。診断は痛み以外からもできるし、患者の協力が必要である」


誤「鎮痛は対処療法であり、根治にならない」
       ↓
正「ほとんどの治療は対処療法であり、鎮痛により完治するものもある」


誤「痛みを止めることに専念すべきでない」
       ↓
正「患者にとって一番つらいのは痛みである」
,緩和医療学(1997),,,35

#1
【2.1.1】
 (「疼痛の訴えなし」「痛み自制内」でいいのか?)
 癌疼痛緩和には、「痛みの評価」が非常に重要になってくる。「痛みの評価」とは「どのような痛み」が「どの程度」「いつ」「どこに」現れ、さらにそれによって「生活がどのように障害されているか」を総合的に判断する必要がある。また、患者さんの中には、医療者に遠慮したり、鎮痛薬の副作用を恐れて疼痛を訴えない場合もある。
   「痛みの評価」はもっと積極的に行い、「疼痛の訴えなし」「痛み自制内」などの表現は安易に使用しないほうが良い。

【2.1.1】
 麻薬を使用するにあたり、法的規制を上回る院内自主規制は不要である。
,医療用麻薬の利用と管理97’/98’,,,62

#1
【2.1.1】
 (痛み治療と医の倫理)
 万一、正しい方法で使用した鎮痛薬が死を早めたのではないかと感じることがあったとしても、それは過量投与により意図的に命を絶つこと(安楽死)と同じことが起こったのではない。尊厳を保った日々の生活を維持していくのに必要な治療手段にさえ耐えられないほど患者の状態が悪化していたことを意味するだけである。患者の命を縮めるかも知れないと恐れることを理由にして、鎮痛薬の投与を控えてしまうことは倫理的に正当化されない。
,がんの痛みの鎮痛薬治療マニュアル(1994),,,1

#2
【2.1.1】
(末期の癌であるからと言って症状緩和をあきらめない)
 末期がん患者に向き合うことになる医師に必要なことは、末期のがんであるから、ある程度の苦痛はやむをえないと簡単にあきらめずに、症状緩和のための最新の治療や考え方を学び求める姿勢である。病気が治癒できなかったとしても、人は最後までその人らしく在りたいのである。しかし苦痛症状が放置されれば、それは患者の人格まで崩壊させることがある。たとえ病気が治らないとしても、だれでも苦痛のなかではなく、尊厳と安らぎのなかで最後の時を過ごしたいと願う。その願いにこたえるための症状緩和であることを忘れてはならない。
,薬の知識(2003),54,6,2

 
 

【2.1.2】「癌患者の痛みの訴えを信じること」


 
【2.1.2】
 痛みの強さや治療による痛みの消長について患者が感じていることに耳を傾けることが重要である。患者は痛みについての情報を医療側に伝える役割があり、このために患者も治療チームの一員であると考えられる。患者の訴えが医療側が考えているものと大きな差があるときは、その理由はなにかを検討すべきで、安易に「大げさな訴えの患者」と独断的に判断すべきではない。処方内容をどう改訂したかを患者に知らせ、その結果の除痛状態を翌日必ず患者に聞くことを心がける。
,癌患者と対症療法(1995),6,1,53

 
【2.1.2】
 痛みは患者の心理因子が大きく作用する。しかし、注意すべきことは、心理影響による痛みと曲解することは最も大きな過失となり得ることである。そうではなく「痛む」と言っている患者のことばをありのまま受け入れることが基本である。
 痛みは本来、心身両面の体験であって、「患者本人が痛いと言っているもの」と定義するのが最もよいということを、忘れてはならない。具体的にはまず「痛い」という訴えを十分に聴き、その上で診察し、痛みと関連づける所見が見あたらない場合は、とりあえずの除痛薬を投与しつつ様子を見ることを患者に伝え、他の因子を探すべきである。不安や寂しさゆえの痛みの訴えの増強は、このような対応の経過と共に焦点が絞られてくることが少なくない。

,がんの症状マネジメント(1997),,,4

#1
【2.1.2】
 看護師は痛みと痛みによって被っている不利益について患者がありのまま表現できるような環境を整えるという大切な役割がある。このことに気付き、患者の痛みをあるがままに受け入れようと行動している看護師は、残念ながら今でもそれほど多くない。看護師だけではなく、医療チームのメンバーの多くは、痛みという症状を客観的に把握でき、測定できるかのような行動を無意識のうちにとっている。そのため患者の痛みをあるがままに受け入れる配慮に欠け、患者の本当の痛みを知るに至らないことが多い。
 たとえば、患者が痛みを訴えたときに痛みを訴えない他の患者と比較され、看護師から大げさな患者あるいはわがままな患者であると受け取られることを恐れ、患者が体験している痛みを正直に伝えないことがある。また、多忙なゆえに看護師は往々にして訴えの少ない患者を好む傾向にある。このことに患者が気づくと、患者は医師や看護師に「良い患者」と思われたいがために痛みを過小に表現していることも日常みられることである。
,オピオイドのすべて(1999),,,150

#1
【2.1.2】
 (「笑い」は慢性の癌性疼痛に効果的)
 「どのように疼痛に対処していますか」ということを53人の癌患者に質問したのです。鎮痛薬を用いてはいるが、そのほかに「自分自身で疼痛にどう対処しているか」という質問です。その結果、「笑い」が慢性の癌性疼痛に効果的なものであるという答えが返ってまいりました。患者が笑ったり誰かに話しかけたりする、という様子を見て、疼痛を訴えていないのではないか、というように考えてしまうかもしれません。しかしそれは患者が一所懸命疼痛を我慢しようとしている行為である、ということも考えられるわけです。
 したがって、覚えておかなければならないことは、患者が「痛い」と訴えた場合にも、なかなか信じ難いような状況があるということです。それは患者が、痛みがあることを感じさせるような行動を必ずしもとらないからです。また痛みが何週間も続くと、患者自身が痛みを表に出すことを止めてしまうことがあるのです。その際にやはりナースとしては疼痛の存在を認識し、理解できなければなりません。疼痛を表現する訴えがないからといって、疼痛がないというわけではないのです。
,ホスピスケアのデザインPART2 疼痛と告知(1993),,,10

 
 

【2.1.3】「患者の痛みを精神的なものとして片付けてないか」



【2.1.3】
 「痛みが精神的なもの」という表現は、了解不能な場合に慣例的に用いられるが「精神的な痛み」とは全く別のものである。感情的なことで傷つき心が痛むことは誰でも理解できるはずである。なかなか良くならない痛みに対して、何か見落としはないか、何か軽減できる方法はないかを、繰り返し問い続けることが、よりよい鎮痛に結びつく唯一の方法である。
,がんの症状マネジメント(1997),,,22

      参照→【2.1.12】「精神的痛み」

 
【2.1.3】
 痛みは、感情や気分などの精神的な因子と切り離して考えることは出来ない。痛みは患者の気分を悪くするであろうし、イライラや不安を引き起こす。気分が悪ければ、痛みが気になり、強く感じるものである。また、気分が良ければ、より弱く感じることが多い。これは痛みの特性である。
,がんの症状マネジメント(1997),,,22

#1
【2.1.3】
 疼痛と何らかの精神症状が共存している場合、双方の評価が難しくなる。抑鬱や不安などの心理的問題が、癌患者の疼痛体験を増強する要因であることを示唆した報告も散見されるが、疼痛を有する癌患者の精神症状を評価する際には、まず最初に精神症状はコントロール不良の痛みに起因するとみなす必要があることが繰り返し強調されている。癌患者が痛みを訴える場合、原因となる器質的障害が十分に除外されるまで器質的原因が存在すると考えねばならず、また、純粋に心理的要因による疼痛は癌患者にはまれである。疼痛からの解放で精神症状が消失することも多い。
,オピオイドのすべて(1999),,,145

 
 

【2.1.4】「痛みにプラセボを用いるのは医療者の無知」


 
【2.1.4】
 痛みを精神的なものと判断した場合、プラセボを使う手法がしばしば見られる。痛みの判定にプラセボを使うことは、医療側の無知であり、絶対になくされるべき行為である。プラセボの投与により約30%のヒトに鎮痛効果が見られる。これは治療への期待と、医師または病院への信頼関係などによって生じる。プラセボに反応したか否かによって、痛みの原因や質を決定することは出来ない。ましてや精神的な痛みなどと言うことは論外である。
,がんの症状マネジメント(1997),,,24


【2.1.4】
 患者の痛みが本当か否かを判定するためにプラセボを用いてはならない。特に慢性疼痛治療チームは、プラセボを絶対使用しない方針を徹底しなければならない。痛みの原因は複雑で客観評価はできないため、いろいろな鎮痛薬を投与しても痛みが取れず、困り果てた医師は患者の痛みの訴えを心因性ではないかと疑問を抱き、プラセボの投与を考えることを散見してきた。しかしながら、筆者の治療経験では、大半は医師の薬剤の選択が不適切または不十分であったことが原因で、患者の異常心因反応が痛みの原因であったことはない。
,ターミナルケア(1996),6,1,78

#2
【2.1.4】
 プラセボを使ったことが明らかになり、患者との信頼が大きく崩れた場合には”負のプラセボ効果”として鎮痛薬が効きにくくなることが起こりうる。
,緩和ケア(2000),,,25

 
 

【2.1.5】「診断に患者の痛みを利用しない」


 
【2.1.5】
 癌治療効果の判定のために、モルヒネを減量あるいは中止し、痛みが出現するかどうかによって効果を判定することは、明らかに不適切である。癌治療の効果判定は、患者の苦痛を伴わない方法によっても十分可能なはずである。
,緩和医療学(1997),,,49

 
【2.1.5】
 鎮痛薬の使用によって痛みが緩和すると、患者にとり検査がはるかに受けやすくなる。痛みが緩和しても診断しにくくなることはないので、痛みの原因が確定するまで鎮痛薬を使わないという方針は決してとるべきではない。
,がんの痛みからの解放 第2版(1996),,,12

 
 

【2.1.6】「早期除痛により難治性疼痛の生成を防止することが出来る」


#1
 癌患者の痛みの大半が持続性であるが、長期間、痛みを放置することは患者自身にとって不利益なばかりでなく、難治性の頑固な痛みへと変化する。難治性疼痛の生成に関する仮説には、痛みの悪循環説、中枢性パターン生成理論、中枢神経系の可塑性などがあるが、いずれも難治性疼痛の生成防止には鎮痛薬などによる早期除痛が重要としている。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,45

 

【2.1.7】「痛みを止めないと癌の治療にも耐えられなくなる」


 
 適切な痛みの治療がどうしても必要なのは、これがQOLのためばかりでなく、病気そのものと闘うエネルギーのためでもある。痛みの治療が十分でないと、患者は癌と闘い、抗癌治療を受けるためのエネルギーが出にくくなる。これは不十分な痛みの緩和が結果として癌治療の土台を危うくするという意味である。極めて重要な点は、痛みは不必要なものであり、物事を悪化させているだけであるということ。痛みの治療は火急の問題とすべきであって、後回しにしてはいけない。痛みの治療は癌そのものの治療と同じぐらい大切である。痛みが癌に影響を与えるからである。この二つを分けて考えるべきでない。
,がんの痛み治療のすべて(1996),,,66

 
 

【2.1.8】「癌性疼痛の適切な診断のために」


#1
【2.1.8】
 「WHO方式癌疼痛治療法」は、以下の癌患者の痛み診断手順を示した。

 癌患者の痛みの診断手順
(1)患者の痛みの訴えを信じること
(2)痛みについて話し合いから始めること
(3)痛みの強さを把握すること
(4)痛みの経過を詳しく問診すること
(5)患者の心理状態を把握すること
(6)理学的な診察をていねいに行うこと
(7)必要な検査を指示し、自ら検査結果を判定すること
(8)薬以外の治療法についても考えること
(9)鎮痛効果を監視すること

この手順を無視すると、しばしば誤診に陥ったり、疼痛管理が不適切になると警告している。

,がん患者の訴える痛みの治療(2001),,,23

 
【2.1.8】
 癌患者の痛みであるからといって、癌による痛みと判断してはならない。癌自体の痛み以外に、癌に関係のない痛み、特に衰弱や治療に関連した痛みもある。便秘と衰弱に関連した痛みを、腹部転移によるものと即断してはならないし、また腰痛を腰椎への転移と即断し、それが単なる骨関節症であり、体位の工夫とマッサージで寛解した例などはしばしば見られる。もちろんその反対もあり得るため、十分留意する。
,がんの症状マネジメント(1997),,,4

 
 

【2.1.9】「在宅疼痛治療について」


 
【2.1.9】
 癌患者は家族に囲まれ、普通の家で、一日のリズム、一週間のリズムの中に暮らす方が痛みの程度も軽い。できることなら、在宅治療の方が効果は高い。
,臨床と薬物治療(1990),,58,24

 
【2.1.9】
 在宅癌治療の場合では、モルヒネとステロイドの使い方が地域にまだ広まっていない。ステロイドで食欲不振がせっかくよくなってもホスピスから帰ると、地域の医師がステロイドを危険視して服用を止めさせてしまうことがある。
,癌患者と対症療法(1995),6,1,14

 
【2.1.9】
 癌患者を自宅で治療する場合、常に配慮するべきはいわゆる癌性緊急症である。それまで順調に治療を行っていた患者が1〜2日の間に急変することは稀でない。予想される症状や簡単な処置方法、緊急連絡法についてあらかじめ患者と家族によく説明しておく必要がある。
 癌性緊急症としては、呼吸困難、疼痛の増強、意識障害.錯乱、尿閉、骨折、出血、上肢の麻痺.脱力、半身麻痺などがあげられる。

,臨床と薬物治療(1992),,74,57

 
【2.1.9】
 終末期癌患者の場合、安定した除痛が得られている場合でも、夜間、次第に痛みが増強しパニックになることがある。原因としては服用忘れや吸収障害などの服薬条件によるものと、体動による骨折や癌の進行に伴うものが考えられる。在宅治療において、このような場合は以下のように対処するよう指導する。
1.モルヒネ経口薬の1.5〜2倍量を服用。
2.消炎鎮痛薬、特に坐薬を併用する。
3.睡眠剤、精神安定剤の2倍量を服用。
4.硬膜外チューブが入っているときはそれを利用する。
以上で激痛が止まらなければ連絡してもらう。

,終末期医療(1991),,0,167

 
 

【2.1.10】「緩和ケアチーム」


#2
【2.1.10】
(主治医へのアプローチ)
 緩和ケアチーム(PCT)が薬剤の最新情報を得ても、医師が指示を変えなければ、実際の薬剤は変わっていかない。しかし、そこで主治医を責め、なんとかその指示を覆したとしても、その主治医からは次の依頼は来ないであろう。目の前の患者に申しわけないと謝りながら、今後、その主治医から依頼されるであろう多くの苦痛を有する患者とのパイプを切らないようにする忍耐も必要である。
 「PCTの看護師に指摘され、なるほどと思っても、素直にイエスと言えない」、こんな、主治医側の本音が聞こえてくる。私も決してすべての主治医とうまくいったとはいえないが、10年間続けていくうちに、こちらのストレスは減っていった。医師との関わりでいくつかの要点を挙げる。


1)医師の良心を信じる:
 モルヒネを増量してくれない医師、鎮痛補助薬を処方してくれない医師を前にして、感情的になり医師が鬼のように見えていないだろうか。医師は誰も患者を苦しめようとは思っていない。何か楽になることがあれば、それを敢えてしない医師はいないであろう。でも、その方法を知らない、時間に追われ、面倒な処方ができない医師がそこにいる、本当は何か手を差し出したいという医師がいると信じることである。人間の良い面を引き出すのも、悪い面を引き出すのもこちらの思い次第である。

2)医師の感情に焦点を当てる:
 がんの診断と治療はできるが、治らない患者にはどう接していいか、わからない、治療ができず、無力感や敗北感に苛まれている医師がそこにいる。そういった医師の感情にも焦点を当てて関わることが大切である。PCTは患者、家族の感情面には焦点を当てるが、医師も入間であり、PCTの大切な対象であることを自覚することが肝要である。

3)他人は変わらないが、自分は変えることができる:
 カウンセリングの基礎でいわれるフレーズである。他者に対して、硬直状態で相手に変われと強要しても関係性は変わらない。
 こちらがアプローチや相手への思いを変革していくことで関係性は好転していくという行動バターンの変革である。主治医を責めても、事態は好転しないばかりか、反対に悪化してしまうであろう。

4)TPOを考える:
 忙しく走り回る医師を見つけると、ここぞとばかりに一気に質問攻めにしていないだろうか。耳の痛い内容は、やはり時間が取れるタイミングを見計らって伝えるべきだろう。

5)客観的なデータを示す:
 薬剤を勧めるとしても、雑誌や成書に紹介された論文や情報を提供するべきである。

6)結果、成果を共有する:
 そして、結果が良い方向にいった時に、主治医の行動の変化にフィードパックしていくことも重要である。医師も方法がわかれば、次に同様の患者に出会えば、PCTにいわれるまでもなく、処方をするものである。
,ターミナルケア(2003),13,4,276
 
#2
【2.1.10】
(薬剤の処方)
 薬剤の処方は、基本的には主治医にやってもらう。アドバイスはカルテの記載により、お願いする。ただし、たとえば外科の患者が急に激痛を訴えて外科医がすべて手術中といった場合は、緊急避難的にPCT医師が処方することもありうる。また、PCTのアドパイスとして保険適応外の薬剤の推奨も多くある。たとえば、モルヒネが効きにくい痛みへのケタラールやキシロカイン、腸閉塞へのサンドスタチン、呼吸困難感へのラシックスの吸入などが挙げられる。レセプト病名をつけたり(あまり望ましくないが)、症状詳記を書いてもらいながら、薬剤の拡大をしていく必要がある。
,ターミナルケア(2003),13,4,277

#2
【2.1.10】
(マニュアル、オーダリングシステム)
 WHO方式を中心に多くのマニュアル本が出版されているが、それぞれの病院に合ったオリジナルのマニュアルが有用である。たとえば、採用されている薬剤に限りがあったり、神経ブロック療法が出来るのか、放射線療法が出来るのかなども除痛方法に影響してくる。また、マニュアル作成に薬剤師を含め、各専門家に執筆してもらうことにより、院内のコミュニケーションにもなる。
 また、薬剤の処方システムがコンピューター管理になっていれば、セットメニューを入力しておくことが可能である。どの端末からでもアクセスできるセット登録をしておくと、アドパイスもしやすく、処方ミスもなくなる。
 例:「MSコンチン20処方」というセットをクリックすると、MSコンチン20 mg 分2とノバミンの処方、レスキューの塩酸モルヒネ水溶液の処方、下剤の処方が一括で出てくる。もし、電子カルテで看護記録も入っていれば、疼痛時の看護指示まで一緒に展開することができる。
,ターミナルケア(2003),13,4,277

 
 

【2.1.11】「疼痛管理とコミュニケーション」

 
 
【2.1.11】
 疼痛のコントロールは重要であるが単独では成功せず、患者に対する心理的援助としてのコミュニケーションが必須である。

 (末期の疼痛を持つ患者とのコミニュケーションの実際)

(1)定期的な訪問をする
 患者は主治医を待っている。「先生がきてくれない」と訴える患者は多い

(2)座って話す
 末期の症状について立ったまま話す事は困難である。座ることによってその患者のために十分な時間がとってあることを示す。

(3)患者の話を傾聴する
 疲れきっている患者にとっては、一言一言が重要な発言である。言葉だけでなく、体全体から出るサインにも気を配る。
 a,患者から発言があるときは、患者の話の流れに従って会話を進め、その流れを変えたり、中断すべきでない。それは、患者自身が拒否されたと感じるからである。
 b,患者から発言がないときは、患者が抱いている最も重大な問題点を中心に話を切り出す。しかし、触れてはならない箇所に触れないように注意する。
 c,一般的には次の質問をしながら会話を進める。
  1.睡眠、2.気分、3.疼痛、4.食事、5.排便、排尿、など

(4)説明をする
 疼痛やその他の症状がなぜ起こっているかを患者に理解しやすい言葉で説明する必要がある。あるときには生理学的、病理学的説明も効果があるものである。理由のわからない疼痛や不快な症状は現実以上に激しく感じるものである。しかし、説明をする際に希望を失わせるような言葉は避けなければならない。希望はいつでも患者のエネルギーの源だからである。
 だからといって偽りを言うべきではない。偽りを避け真実を伝える必要がある。患者と医療者との関係は信頼の上に成り立っている。この信頼関係は誠実さによって強められ、偽りによって破壊される。そして患者は心理的負担を和らげる必要があるので、真実を受け入れるのに長い時間を要する。知りたくない患者は質問しない。患者が致命的と考えたくないといったり、態度で示しているときには真実を告げるのを患者の心理状態が整うまで先に延ばすべきである。目標は真実を告げることではなく、苦痛を少なくすることであるから、苦痛を増すようなら真実を告げない方がよいのである。

(5)診察
 できるだけ身体に触れて全身を診察する必要がある。そのことにより、主治医は私をすべて理解してくれている、と患者は安心し主治医に対する信頼を増す。

(6)スキンシップ
 分かれの際の握手は患者がたいへん喜び患者と医療者との感情が通い合う良い機会となる。

,がんの「いたみ」克服の知恵(1998),,29


【2.1.11】
 不確実な情報によって、患者の苦悩は増し、事態に対処できるという意識が損なわれる。なにが起こっているかを患者に教えることで、患者は事態を違った考え方で捉えることができ、無力感を感じることが少なくなる。薬剤に関する教育を受けた患者は、受けていない患者に比べて薬剤の服用に関してコンプライアンスがよく、麻薬性鎮痛薬の使用についての不安が少なく、痛みのレベルが低いという研究がある。起こる可能性のある副作用について患者に教えても、副作用の発生は増加しないし、それ以外の悪影響も起こらないという研究もある。
,癌性疼痛治療のガイドライン(米公式)(1998),,,77

 
【2.1.11】
 コントロールの難しい癌性疼痛を持つ患者に「もうこれ以上することがない」「できることはすべてやった」などとは決して言ってはいけない。他の方法がきっとある。出来ることをすべてするつもりであることを伝えると患者は安心する。また多くの症状を一度に消失させようと試みないで、その時点での問題点を少しずつ解決して行くように計画する。
,末期癌患者の診療マニュアル第2版(1991),,4

#2
【2.1.11】
 たとえば、痛みがとりきれていない場合、患者は医師には「大丈夫です」と言い、看護師には「痛い」と訴えることがある。それは、痛み治療に取り組んでいる医師に遠慮してしまったり、「痛い」と訴えてしまうと医師がすぐに鎮痛薬の増量を提案したりするからである。多くの患者はできるだけ薬剤を使いたくないと考えているので、薬の増量までは望まないが、ただ痛みは残っているということだけを知っていてもらいたいと望む場合もある。
 このようなとき、医師と看護師との連携が不十分であれば、看護師が医師に「患者さんが痛がっています」と報告した場合、医師は「そんなはずはない」とこたえることになり、お互いに不信感が生じることもある。しかし、日常的にケースカンファレンスなどをもち、患者の微妙な訴えの差異をお互いに理解し合えていれば、より患者のニーズに沿った症状コン卜ロールが可能になるだろう。
,薬の知識(2003),54,6,3

#2
【2.1.11】
(症状の評価のしかた、症状の認識)
 継続してみている患者であっても、身体のどこにどのような症状があるのかについては、特に注意を払うべきである。しばしば、毎日みている患者に対して「痛みはどうですか」と、患者の問題点を痛みという先入観で決めてしまいがちである。患者が症状の変化を常にうまく説明できるわけではない。「先生が痛みのことしか聞かなかったから」という言葉は比較的よく聞かれる。
 しかし、進行がん患者では症状の変化は著しく、早期に緩和可能な症状を見逃してしまい、結果的に患者の苦痛が増してしまうことがある。初診時ばかりでなく、定期的に新たな症状の出現についての質問を投げかけることを習慣にするベきである。
,緩和ケア(2000),,,21

#2
【2.1.11】
(対応が難しい患者)
 医療者も、すべての患者に対して同じように前向きに対応できるわけではない。対応が難しい患者もいる。その際の問題点のほとんどが対応側にあり、多少の関連はあるにせよ問題が患者側にはないことを心に留めておくことが大切である。
 「ブラウンさんは難しい人」と言うべきではなく、「私にとってはブラウンさんをお世話するのが難しいようだ」と言った方がよい。
(マネジメント)
 ・自分が難しいと感じていることを認め、チームの同僚にも知ってもらう
 ・難しい患者と思える理由として可能なものを検討する。
,トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント(2003),,,222

 
 

【2.1.12】「精神的痛み」

 
#2
【2.1.12】
 身体的痛みとともに患者は必ず精神的痛みをもつ。その主な症状は不安、いらだち、孤独感、恐れ、鬱状態、怒りなどである。精神的な痛みのケアの基本は、十分な時間をとって、患者の言葉に耳を傾けることである。
,がん患者と対症療法(2002),13,2,7

#2
【2.1.12】
(精神的痛みへの対応)
「患者のそばに座り込むこと」
 交わりを大事にしなければならない末期患者に対して、座り込むということは非常に大切である。立ったまま話をすることは、こちらに時間の保証がないことを言外に患者に伝えることになる。ベツドサイドに座ることによって、一定の時間、患者の話を聞く態勢がこちらにあることを知らせることができる。
 座ることのもう1つの意味は、目の高さの微妙な心理的影響である。立って話をすると声は上から下へ、視線も上から下へ向かうことになり、患者は見下げられているような感じをもつ。座り込むことによって医療者と患者の視線が平行になり、そこに平等意識が生まれる。

「感情に焦点を当てること」
 患者と医師とがかわす会話には、会話の内容とともにその裏に存在する感情がある。良いコミュニケーションは、感情に焦点を当て、その感情がわかるということを患者に伝えることによって成立する。「今日はいかがですか?」とのスタッフの問いかけに、患者が「昨夜眠れませんでしてね」と応えたとする。それに対しスタッフ側が、「それでは睡眠剤を増やしましょう」と応じたとする。これは内容と内容の会話であって、感情に対する手当てがなされていない。患者は「眠れなかった」という内容と同時に「つらかった」という感情を受け取ってほしいという気持ちをもっている。それ故に、医療者は、「それはつらかったですね。では少し睡眠剤を増やしましょうか?」と患者の両方の訴えに応答する必要がある。「それはつらかったですね」という一言がケアの質を高めるのである。

「安易な励ましを避ける」
 患者を安易に励ますことは、コミュニケーションを遮断することになりかねない。

「理解的態度」
 理解的態度とは、患者の言葉を”こちら側はこのように理解するのですが、この理解で正しいでしょうか”と、もう一度患者に返すような態度である。具体的には安易に励ましたり、症状を解釈したりすることを避け、患者の言葉をできるだけ忠実に、しかもあまり不自然でなく、患者に返すような態度である。
,がん患者と対症療法(2002),13,2,8

 
 

【2.1.13】「社会的痛み」

 
 
#2
【2.1.13】
 社会的痛みがその患者をもっとも悩ませる場合もある。たとえば、腰痛を訴えながら、遺産の問題で死を迎える直前まで悩んだ患者があったが、この患者の場合、身体的痛みよりも、社会的痛みの方が患者を苦しめた。そのほか、仕事上の問題や家族内の人間関係が患者を悩ませる場合がある。
 このような場合ソーシャルワーカーの働きが、重要となる。
,がん患者と対症療法(2002),13,2,7

 
 

【2.1.14】「スピリチュアルペイン」

 
 
#2
【2.1.14】
(スピリチュアルペインの定義)
 スピリチュアルという用語の定義をめぐって日本には、多くの解釈があるが、 1990年に出されたWHO専門家委員会の報告書によれば、『スピリチュアルとは、人間として生きることに関連した体験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって”生きていること”がもつスピリチュアルな側面には宗数的な因子が含まれているが、スピリチュアルは”宗教的”と同じ意味ではない。スピリチュアルな因子は身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の“生”の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い。特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認等と関連していることが多い』としている。
 スピリチュアルペインは、自己、他者、超越者との関係性における痛みや、過去(辛い経験、罪責感)、現在(孤独感、怒り)、未来(恐怖、絶望感)のように時制における存在としての痛みとしてとらえることもできる。
 P. Kayeは患者が表現するスピリチュアルペインとして、以下の10項目の感情をあげている。患者の表出するこれらの言葉を注意深く、心にとめる必要がある。

 スピリチュアルペインの感情表現
  1)不公平感(unfairness)   「なぜ私が?」
  2)無価値感(unworthiness)  「家族や他人の負担になりたくない」
  3)絶望感(hopelessness)   「そんなことをしても意味がない」
  4)罪責感(guilt)       「ばちが当たった」
  5)孤独感(isolation)     「誰も私のことを本当にわかってくれない」
  6)脆弱感(Vulnerability)   「私はだめな人間である」
  7)遺棄感(abandonment)    「神様も救ってくれない」
  8)刑罰感(punishment)    「正しく人生を送ってきたのに」
  9)困惑感(confusion)     「もし神がいるならば、なぜ苦しみが存在するのか」
 10)無意味感(meaninglessness) 「私の人生は無駄だった」
,モダンフィジシャン(2003),23,3,314

#2
【2.1.14】
(スピリチュアルペインヘの対応)
   1.「共感的態度」
 患者がスピリチュアルペインを表出することを容易にするために、まず医療者は患者と信頼関係を築くことが必要である。そのために、共感的に聴く姿勢が大切である。患者の語る言葉を批判しないばかりか、患者のあり方、生き方、考え方をそのまま受け入れる態度と穏やかな表情とをもって、患者の心が自然に開かれることを援助する。
 そして患者が「どうして私は癌になったのだろう」とスピリチュアルペインを言葉にして表出してきた時、患者と一緒に悩み、考え、時には返す言葉がなくても、関わり続けることに意味がある。批判されない聴き方や対応をされる時、人は自分を語ることを始めるのである。

 2.「死後の世界のイメ−ジを語り合う」
 日本人の多くは、家の宗教はあっても自分の心のよりどころとしての宗教は持っていない。しかし末期状態となり、近づきつつある死を体で感じておられる患者から「あの世はあるのですか」と問われたり「あの世」に対するイメージを求めて問われることがある。
 50代の男性患者から「あなたにとって、あの世とはどんな所ですか」と問われた時、筆者はこう答えた。「私にとって天国は光輝くところです。燃えつくような輝きではなく、親しみのある暖かい、なつかしい気持ちになる輝きです。幼い頃、遊び疲れて家路に向かう途中、暗やみを小走りで走り、やがて家の集落からもれる光でほっとした経験があります。ですから私は自分が死んだら、光の方角へ歩むつもりです」するとその患者も、光といえば思い出があると言い出され、あの世へのイメージができたと喜ばれた。患者の人生観、宗教観、死生観によって、自分のイメージを分かち合って下さることもある。
 「あなたにとってあの世とはどんな所ですか」と問われて、「死んでみないとわからない」と答えた医療者がいた。患者はその返答にがっかりした。答えることに戸感ったら、「○○さん、興味深いご質問ですね。ところで○○さんご自身は、あの世はどんな所と思われていますか」と問い返してでも、この話題から逃げないでほしい。患者にとって切実なこの話題を一緒に考えめぐらすこと自体に意味がある。教えたり、説得させたりする必要はない。

 3.「希望の共有」
 人間は希望がなければ生きられない。しかし患者は体調に合わせて、時には希望のランクを下げながら希望をつないで生きることになる。医療者は患者の希望を支える援助を提供しなければならないが、旅立ちが近くなってきた時、患者と最後に共有できる希望とはなんであろうか。
 希望のランクを下げながら希望をつないで、最後に患者と目に見えない世界へ希望をつなぐことを共有してきた。「いろいろお世話になりました」と過去形でご挨拶して下さる患者に「よく頑張ってこられましたね」と語りかけ、続いて「また天国でお会いしましょう」と声をかけてきたことに対し、抵抗を示した患者は今までなかった。死は一時の別離であって永遠の別れであってほしくないという願いは最後の希望であり、それを患者と共有することは、患者の希望を支える援助という意味だけではなく、医療者自身がターミナルケアの現場で、自分自身を支える大切な希望でもある。医療者自身、患者を見送るにあたって、自分自身の最後の希望の切り札をどこに置くのかを考えてみる必要がある。そして死について、日々、考えめぐらすセンスを養っておくことが大切である。

 4.「ユーモアからくる慰め」
 どうすることも出来ない状況の中で、深刻な場面だからこそ心通う会話が必要である。ユーモアは心と心の温かい交流である。どんな理屈でも、人の心が解放されないときや、行き詰まりを感じる危機状態の時、ユーモアは不思議な力となって人の心に愛と安らぎを運ぶのである。
 コミュニケーションが自由にとれる、最後の時期を迎えていた60代の女性患者に、「天国でまたお会いしましょうね」と声をかけると「天国のどこで?」と問われた。「メインゲートで」と答えると「わかりました」とにっこり微笑まれた。80代の男性患者は、「狭き門で会おう。狭い門をこじ開けて、中へ入ろうとしているのが私だから、見つけてください」とにんまり微笑みながら言われ、私達はお互いに視線を交わして約束をした。
 ユーモアのセンスを養うためには、三つの能力が必要である。視点の転換、想像力と表現力である。医療者は、患者の語るユーモアに対応するセンスを養っておかなければならない。

 5.「愛を感じさせる言動」
 人は愛されていると感じることができた時、自分の価値を確信することができる。そして自分らしく生き、自分らしく死ぬことに勇気が持てるのである。
 「私が死ぬのを、この病棟の皆さんはお待ちなんでしょうか」と問うてきた80代の男性患者がいた。何を求めておられる質問であろうかと悩みながら、こう答えた。「 Aさんがもしこの病棟からいらっしやらなくなったら、私達はどんなに淋しく思うことでしょう。みんな Aさんのことが大好きですよ。私も大好きです。 Aさんはこの病棟で、みんなから愛されていますよ」その方は、優しい穏やかな表情になって「そう言ってもらうと嬉しいな」と言われた。実は愛されているのを感じさせてほしいと要求する問いかけだったのだ。
 患者から催促されてから提供するのでは遅い。自分の生の意味や存在の価値を求めている患者に、その人を生かす言葉、愛を感じさせる言葉かけをすることが必要である。
,モダンフィジシャン(2003),23,3,314

#2
【2.1.14】
(スピリチュアルペインの見つけ方)
「兆候」
 患者が、背中が痛いと訴えるような形で、「私のスピリチュアルペインはこれこれです」と言うことはまずない。多くの場合、患者は自分のモヤモヤした気持ちが実はスピリチュアルペインであることに気づいていないし、むしろスピリチュアルペインという概念さえ持っていない。それでいて、「このままでは死んでも死にきれない」とか「何か未解決の問題があるようだが、それが具体的に何であるのか見えてこない」といった漠然とした思いであるのが普通である。
 医療を担当する側(医師・看護師・カウンセラー・チャプレン等)が注意深く観察して、スピリチュアルペインに気づき、ヒントを与えることによって、患者のスピリチュアルペインが一気に解決することもある。身体的な苦痛などの訴えばかりに気を取られていると、患者が無意識に必死に訴えていることに気づかないままでいることも少なくない。だから、訴え方が少し変だなと思い始めたら、それはスピリチュアルペインの徴候かも知れないと思って注意深く傾聴することが大切である。
 患者がスピリチュアルペインを訴える時の特徴的なパターンを若干例示すると次のようなものがある。
 1.私はどうしてこんな病気(がん)になったのですか(医学的な原因を質問しているのではない)
 2.私(親)が悪いことをして(罪を犯して)、罰が当たったからですか(必ずしも宗教的な罪とは限らない)
 3.死ぬことにはどんな意味があるのでしょうか
 4.生きていること(生まれたこと)にはどんな意味があるのでしょうか(存在の意味)
 5.死んだらどうなるのでしょうか(死後の世界への疑問)
 6.私の人生とは何だったのでしょうか(人生の総括)
 7.これから生きている間に(死ぬまでに)何をすればいいのでしょうか(人としての最重要課題は何か)
 8.私には長年争っている子ども(兄弟・友人)がいるが、生きているうちに仲直りしたい(人との和解)
 9.悔い改めて、若い時に行っていた教会にもう一度行きたい(神との和解)
10.私は若い時に罪を犯したが、そんな自分がどうしても許せない(自分との和解)
11.私が死んでも残るものは(永遠に続く価値〈観〉は)これこれです(不滅なものへの確信)
12.死んだら命は終わりですか(永遠の命への渇望)
13.信仰をもてば救われますか
 これらの訴えは必ずしもストレートな表現で話されるわけではない。

「他種の訴え方をする」
 スピリチュアルペインは患者がそれと気づいていないことが多いので、訴え方も回りくどいような表現であったり、一見別種の苦痛の如き訴えであったりするので、患者のサインを見落とさないような注意深さが求められる。Yさんの例は、この意味では典型的な症例であったと思われる。
 Yさんは直腸がんの末期で直腸膀胱瘻を伴っていた。連日の患者の訴えは「どうして尿の中に便が出たり、熱が出たり、痛くなったりするのか」ということであった。カンファランスで話された看護師の受け止め方は、「症状の説明が不充分なのだから、改めてしっかり検査をして、充分に説明したほうがよいのではないか」ということであった。聞いていた筆者は、主治医ではなかったが、いささか俯に落ちないところがあったので、「一度会って話を聴いてみましょう」と言って納めた。
 翌日、充分に時間をかけて面接した結果は、病状についての医学的理解は主治医からの説明で充分に納得しているようであった。したがって、Yさんの「どうして」は医学的因果関係について説明を求めているものではないことは確かであった。本当に知りたかったのは、死に至る病気になったのは運命のためなのか、罪のためなのかといった意味での「どうして」であった。筆者はこれに対して、「すべてのがんには終わりの時が必ずくる。終わりの形は様々で、予想もできない辛い病状のこともある。今あなたは終わりの時を戦っているので、もがき苦しむか、静かに受け入れるかはあなた自身が決めることです。私にはもうそれ以上のことはできません」。その後はこちらから結論を誘導するようなことは一切言わないで、充分に時間をかけて患者が自分で自分の答えを見出すように、ひたすら相槌を打ちながら傾聴を続けた。患者は気持ちが落ち着いてきたように見えたので面接を打ち切った。
 翌日からは同じにような質問を繰り返すことはなくなり、身体的な病状は依然として重かったが、スビリチュアルには安定していた。死の受容があったことは誰の目にも明らかであった。

「傾聴により発見される」
 前項で例に挙げたYさんのように、単純な聞き方で患者が心の中の秘密を吐露してくれることは、絶無とは言わないまでも非常に少ない。多くは時間をかけた静かな雰囲気の中での傾聴によって、患者自身のそれまで気づかなかったスピリチュアルペインに気づき、これを直接・間接的表現で表出するのである。
 傾聴がなければスピリチュアルペインに対するスピリチュアルケアはあり得ないと言えばやや大袈裟に過ぎるが、それほどまでに傾聴は大切なことである。
,ターミナルケア・ガイド(2003),,,260

      参照→【7.35】「スピリチュアルペインは鎮静の適応にならない」
 
 

【2.2】「モルヒネによる疼痛管理における基本的事項」


 

【2.2.1】「モルヒネ服用時の患者指導」


#2
【2.2.1】
(初回処方時の服薬指導)
(1)痛みを緩和する重要性を理解してもらう。
 痛み止めを服用する意義を理解してもらうことが1st stepである。
 処万された薬が「痛み止め」と知ると「がんを治す薬ではない」と落胆する患者さんもいる。がんの治療のため病院を訪れている患者さんの中には、「痛み」が体力の低下を招き、治療効果を妨げていることに気付いていないケースが多い。
 「何のために痛み止めを服用するのか」を患者さんの状態に合わせて説明することが大切である。

(2)モルヒネに対する不安や疑問を解消する
 患者さんが痛み止めを服用する意義を理解したとしても、麻薬に対して不安や疑問を抱いていればモルヒネの服用に躊躇する。安心してモルヒネを服用できるように不安や疑問を解消することが2nd stepである。
 「痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬)は、あまり飲まない方がよいと思ったので、痛みを我慢した」と答える患者さんは意外と多い。これは「医師から“痛いときに1日3回まで”と説明されたので、痛いときでも1日に3回までしか飲めないから、極力痛みを我慢した」というのが、主な理由である。医師は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を処方する際、副作用を考慮しで"1日3回まで"と患者さんに説明するが、患者さんは痛みに苦しんでいる最中に説明を聞くため、説明を十分に理解できないケースが多い。 NSAIDsであっても十分な理解が得られないことを考慮すれば、モルヒネが処方された場合には十分な理解が得られるまで繰り返し説明することが必要である。

(3)モルヒネの作用と副作用を理解してもらう
 服用後の副作用をコントロールできなければ、長期間にわたってモルヒネを服用できない。副作用ならびにその予防法を説明することが3rd stepである。
 
(4)痛みの程度と副作用の発現状況を正確に把握し、医師に伝達することの必要性を理解してもらう。
 患者さんごとの異なる痛みに対するモルヒネの至適投与量を決定するには、患者さんが痛みと副作用の程度を把握し、それを医師に伝達することが疼痛治療では必須であることを理解してもらうことが4th stepである。
 
(5)定時服用の意義を理解してもらう
 薬の効果が弱くなる前に次の薬を服用し、血漿中濃度を保つことで、1日中痛みのない生活を送ることが出来ることを説明することが5th stepである。
 
(6)説明を終えて
 最後に必ず「ほかに何か疑問な点や聞いてみたい点などありますか?」と問いかける。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,32

      参照→【2.1.11】「疼痛管理とコミュニケーション」
 
 

【2.2.2】「製剤・投与経路によるモルヒネの効果の違い」


 
【2.2.2】
 鎮痛薬投与の第一選択は経口投与である。しかし、病態によってはそれが不可能なことも少なくない。病態に最も適切な投与経路を選択する必要がある。
 基本的には、
  1.経口 
  2.経直腸
  3.経静脈.皮下
  4.硬膜外
    の順に考える。

 モルヒネ製剤を服用すると、すぐに薬が吸収されるのではなく、剤型によってモルヒネの吸収速度・量が異なる。
 モルヒネ水を内服すると、大体10分くらいで吸収を開始し、30分くらいで最高血中濃度に達する。
 MSコンチン錠は内服してから、大体1時間くらいから1時間半くらいたってから吸収が開始されて、約3時間後に最高血中濃度に達する。
 アンペック坐剤は、肛門から入れて大体30分後くらいから吸収が開始されて、約1.5時間後に最高血中濃度に達する。
 このことをよく理解し、また患者に説明をしておかないと、例えば疼痛がひどくなったときにMSコンチンを増量しても1時間以上効果が出ないため、患者の信頼を失うことにもなる。

,Cancer Pain Symposium in Tokyo(1994) より

#1
【2.2.2】
 MSコンチン、カディアンの血中濃度が最高に達するまでの時間(Tmax)は、前者(30 mg内服時)では2.7時間、後者(60 mg内服時)では7.3時間である。
,わかるできるがんの症状マネジメント2(2001),,,23

#2
【2.2.2】
【モルヒネ製剤の薬物動態比較一覧】

効果開始 最大効果 効果消失
速効性製剤 10分 30分 4〜6時間
MSコンチン 1時間 2〜3時間 12時間
アンペック坐剤 30分 1.5時間 8時間
カディアン 1時間 8時間 24時間
,オピオイドの基礎と臨床(2000),,,25

#2
【2.2.2】
【モルヒネ製剤の特徴(1)】
投与経路 商品名・剤形 投与回数 効果発現時間 効果判定時間 作用時間
経口 オプソ(5、10mg):水溶液
塩酸モルヒネ末
(1〜5,000 mg)
塩酸モルヒネ錠10mg
4〜6回 10分以内 1時間3〜5時間
MSコンチン錠
(10, 30, 60 mg)
モルペス細粒2%
(10 mg), 6% (30 mg)
MSツワイスロンカプセル
(10, 30, 60 mg)
2(3回) 70分 2〜4時間8〜12時間
カディアン
カプセル
(20, 30, 60 mg)
スティック
(30, 60, 120 mg)
1回 1〜2時間 4〜6時間24時間
直腸内
投与
アンペック
(10, 20. 30 mg)
3回 20分 30分〜1時間6〜10時間
持続注射
(静注)
1%塩酸モルヒネ注
(10mg/mL,50mg/5mL)
4%塩酸モルヒネ注
(200mg/5mL)
持続 ただちに 10〜30分持続
持続注射
(皮下注)
1%塩酸モルヒネ注
(10mg/mL,50mg/5mL)
4%塩酸モルヒネ注
(200mg/5mL)
持続 数分 15〜30分持続
硬膜外
投与
塩酸モルヒネ注
(10mg/mL)
持続 30分 1〜3時間持続

【モルヒネ製剤の特徴(2)】
投与経路 商品名・剤形 変換比 長 所 短 所
経口 オプソ(5、10mg):水溶液
塩酸モルヒネ末
(1〜5,000 mg)
塩酸モルヒネ錠10mg
1 速効性(レスキューとして使用)
量の調節が簡便
1日の調整に使用すると,投与回数が頻回となる
MSコンチン錠
(10, 30, 60 mg)
モルペス細粒2%
(10 mg), 6% (30 mg)
MSツワイスロンカプセル
(10, 30, 60 mg)
1 1日2回の服用でよい
モルペス:経管栄養チューブから投与可能.
MSツワイスロン:脱カプセルで内容の顆粒のみ経□可
痛い時にすぐには効かない
1日量の調整に2〜3日かかる
カディアン
カプセル
(20, 30, 60 mg)
スティック
(30, 60, 120 mg)
1 1日1回の服用でよい
スティックは胃カテーテルから注入可
こぼした時,顆粒なので処理が面倒
カプセルは飲みづらい場合あり
直腸内
投与
アンペック
(10, 20. 30 mg)
1/2〜2/3 経□不可でも使用可能
速効性
経肛門は嫌う患者が多い.
便と一緒に出てしまう可能性あり
持続注射
(静注)
1%塩酸モルヒネ注
(10mg/mL,50mg/5mL)
4%塩酸モルヒネ注
(200mg/5mL)
1/3〜1/2 調節性がよい.
副作用が少ない
(経口に比し)
器械が必要.
静脈ルートが必要
持続注射
(皮下注)
1%塩酸モルヒネ注
(10mg/mL,50mg/5mL)
4%塩酸モルヒネ注
(200mg/5mL)
1/3〜1/2 調節性がよい.
副作用が少ない
(経口に比し)
器械が必要.
皮下硬結,発赤が起こる場合がある
硬膜外
投与
塩酸モルヒネ注
(10mg/mL)
1/20〜1/10 少量で著効 硬膜外カテーテル挿入が必要
,臨床緩和ケア(2004),,,107

#1
【2.2.2】
【モルヒネの製剤および投与経路による効果比較一覧】

経口モルヒネの効力を"1"としたときの効力比
モルヒネ散 1
モルヒネ水
モルヒネ速効錠
MSコンチン
モルペス
カディアン
アンペック坐剤 2
モルヒネ持続静注 3
モルヒネ持続皮下注
モルヒネ硬膜外 15〜20
モルヒネくも膜下 100

#2
【2.2.2】
 
【オピオイド受容体の種類とその作用】
受容体μ κδ
μ1μ2 κ1κ3δ1 δ2
生理作用 鎮痛(脊髄より上位レベル)、多幸感、縮瞳、徐脈、低体温、尿閉、悪心・嘔吐、掻痒 鎮痛(脊髄レベル)、鎮静、呼吸抑制、身体依存、便秘、鎮咳 鎮痛(脊髄レベル) 鎮痛(脊髄より上位レベル)鎮痛(脊髄レベル) 鎮痛(脊髄より上位レベル)
縮瞳、鎮静、身体違和感、呼吸抑制、利尿、鎮咳 呼吸抑制、身体依存、便秘、尿閉
,ペインクリニックで用いる薬100+α(2002),,,3


   

【2.2.3】「モルヒネの血中濃度と薬理作用の発現」




                                                   
        モ |       呼吸抑制作用                    
        ル |   ----------------      
        ヒ |        (毒性発現域)                 
        ネ |                                       
        血 |     催眠作用                    
        中 |---------------------------------      
        濃 |                                       
        度 |                                       
           |        (鎮痛有効域)                 
           |                                       
           | 鎮痛作用.便秘作用.催吐作用         
           |---------------------------------      
           |                                       
           |          (無効域)                   
           +----------------------------------     
        0                                         

 
 

【2.2.4】「モルヒネの大量投与とその是非」


 
【2.2.4】
 癌性疼痛に経口モルヒネ60mg以下で痛みがコントロールできる患者は約半分、180mg以下で75%、240mg以下で約80%の患者の痛みがコントロールできる。なかには5400mg/日のモルヒネの経口投与で痛みが何とかおさまった患者もいる。この患者は5400mgを2ヶ月飲みながら自宅で生活し、週に2回ほど会社に通った。もちろん意識は完全に鮮明であった。
,ターミナルケアとコミュニケーション(1992),,27

#1
【2.2.4】
 (モルヒネ大量投与例)
 持続静注で1400mg/日を約2ヵ月間にわたって投与し、意識状態も通常に保たれたまま疼痛をコントロールし得た例がある。また、一時的に2000mg/日に達しながらも意識清明で車いすにて面会室への移動が可能であった例や、4050mg/日まで増量した例も報告されている。その他にも、胃癌患者に160mg/日より漸増し、6400mg/日まで増量した例や、下咽頭癌の局所再発患者で頚部への腫瘍の浸潤による激しい疼痛のために、MSコンチン錠40mg/日より開始し、持続点滴静注で7200mg/日まで増量して良好なコントロールを得た例も報告されている。さらに、詳細な記載はないが、わが国において12000mg/日まで増量した例もある。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,217

 
【2.2.4】
 難治性疼痛にモルヒネの大量投与がされていたことが少し前まであったが、最近では淀川キリスト教病院ホスピスにおいては、1日1000mgのモルヒネ投与を必要とする患者は非常に希となっている。
 これは鎮痛補助剤の使用に関する様々な知識が出てきたためであり、数種類の鎮痛補助剤をうまく使えばモルヒネの量をもう少し抑えても痛みをうまくコントロールされると思われる。

,癌患者と対症療法(1996),7,,14

      参照→【3.1.6】「モルヒネ増量のターニングポイント」

 
 

【2.3】「特別な状態を有する患者に対するモルヒネ投与の注意」


 

【2.3.1】「腎障害患者に対するモルヒネ投与の注意」


#1
【2.3.1】
 モルヒネは痛みの程度により投与量を設定する薬物であり、高齢者や腎機能あるいは肝機能障害のある患者においても初回投与量は同様である。重要なポイントは反復投与後、蓄積による副作用発現を見逃さないことである。
 腎機能あるいは肝機能の程度と痛みの程度から初回に5mg程度を投与する。ただし、高齢者や腎・肝機能障害の患者における投与初期には速効性製剤を利用するのが望ましいと考えている。これを定時投与する場合、その後の除痛効果と副作用発現から、モルヒネが蓄積傾向にあるか否かを判断しなければならない。蓄積傾向にあれば副作用として傾眠傾向が出現する。ゆすっても覚醒せず、つねるなどの刺激が必要な場合には半昏睡の状態であり減量しなければならない。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,223

#1
【2.3.1】
 慢性腎不全の患者では、モルヒネ代謝物が蓄積し、意識障害などの副作用が出現しやすく、鎮痛補助薬も通常通りには使用できない。このため、癌性疼痛によって透析治療が円滑に行えなくなった場合は、神経ブロック療法の適応となる。特に、早急に疼痛管理が必要となった時は、硬膜外およびくも膜下鎮痛法が、第一選択となる。
,オピオイド治療(2000),,,56

#2
【2.3.1】
 腎不全がある患者の場合には、薬理学的活性を持つモルヒネの中間代謝産物の蓄積が起こるので、他の患者の場合よりも定時的投与における1回量を少なくし、投与間隔を長くするとよい(例えば、5〜10 mg を6時間ごと
,トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント(2003),,,422

#1
【2.3.1】
 腎機能低下が原因で生物学的生理活性をもつモルヒネ代謝産物(M-6-G)が蓄積し、急激な意識低下などの副作用が出現することがあるため、腎機能はできれば開始前から評価を行う必要がある。また、継続して腎機能低下がないかを確認していくことも大切である。明らかな機能低下が認められる場合にはフェンタニル(デュロテップ)、ブプレノルフィンなど腎機能に影響されない薬剤の使用を検討する。
,わかるできるがんの症状マネジメント2(2001),,,50

      参照→【5.3】「デュロテップパッチ」

#1
【2.3.1】
 透析患者にもモルヒネは使用できる薬剤である。しかし、透析患者では、腎機能が低下しているため、血清モルヒネ濃度が高値でなくとも、肝での代謝産物の一つで麻酔作用のあるモルヒネ−6-グルクロナイド(M6G)が蓄積することで、20mg/日のMSコンチンでも昏睡例が少数であるが報告されている。
 代謝産物であるM6GとM3Gは、モルヒネに比べ、透析により除去されにくいとされている。したがって、微調節が可能なモルヒネ末の使用も考慮すべきである。
,麻酔科診療プラクティス 4癌性疼痛管理(2001),,,36

#2
【2.3.1】
(透析患者へのモルヒネ投与)
 排泄されるべき代謝産物を排泄するために透析が定期的に行われる腎障害の患者さんでは、透析によって代謝産物が排泄されて過剰な蓄積が避けられているわけですので、モルヒネを必要とする痛みをもつ、透析を受けているがん患者にも適応にしたがったモルヒネ投与が可能です。
 透析患者では、どの投与経路でモルヒネを開始するときも開始量をやや少なめとします。たとえば経口投与開始1日量として30mgです。経口投与の場合、長時間作用の徐放製剤での開始は避け、速放製剤での投与開始量による鎮痛効果と副作用を監視しながら、痛みが消えるのに適切な個別的な量へと増減調整していく方針も同じです。次回透析の予定直前にはモルヒネの代謝産物が最も蓄積していることになるので、このときの主な副作用症状である眠気の有無に着目し、眠気の程度に応じたモルヒネの減量を考えます。
,Q&Aがん疼痛緩和対策のアドバイス 第2版(2002),,,69

      参照→【5.1.3】(腎機能障害に対するオピオイドローテーション)
 
 

【2.3.2】「肝機能障害患者に対するモルヒネ投与の注意」


#1
【2.3.2】
 肝障害患者ヘモルヒネを投与する場合には、消失半減期が延長するため、患者の状態に注意して投与するよう指示されているが、投与法に関する具体的な指標は記載されていない。
 肝機能が低下している場合、血漿中からのモルヒネ消失率が低下し、経口投与では生物学的利用能が上昇する。すなわち、血漿中モルヒネ濃度が保たれるため、少量で強い効果が現れることになる。また、モルヒネの代謝が低下し、半減期が延長するため、効果持続時間が延長するとともに、反復投与により蓄積し、副作用が出現しやすくなる可能性がある。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,138

 
【2.3.2】
 重症の肝不全ではモルヒネの代謝の影響があるが中等度の肝不全では影響がみられない。
,末期癌患者の診療マニュアル第2版(1991),,197

 
【2.3.2】
 肝機能障害によってモルヒネの副作用が助長される可能性がある。症状は、嘔気、眠気、混乱、かゆみがある。
 また、高アンモニア血症の状態で肝性昏睡に移行しつつあるときは、高率に混乱が出現する。痛みを感じていなければモルヒネを減量するが、痛みがある場合はセレネースの併用や時にはドルミカムによる鎮静も必要になる。
,ターミナルケア(1995),7,1,6

#2
【2.3.2】
(肝機能障害患者に対するモルヒネの使用)
 一般に肝障害が強い患者にはモルヒネを使うべきでないと考えられているようですが、国際的には「モルヒネには肝毒性がないので肝機能障害はモルヒネの禁忌ではない。しかし薬の代謝速度が遅くなっているため薬の効果が強く現れうるので、通常より少なめの量で開始すべきである」とされています。終末期において肝機能障害が高度の患者に強い痛みが起こった場合にも痛みの治療は必要で、治療手段としてモルヒネが必要となる場合が少なくありません。

  肝機能障害が高度のときにモルヒネを投与すると患者にとっては、せん妄を起こす原因が2つになり、それだけせん妄が起こる確率が高くなることになります。こうした場合の対応法について次のように考えてはいかがでしょうか。痛みは対応を欠かせない症状ですから必ず対応すべきです。モルヒネが必要なら、モルヒネを通常より少ない量で開始します。たとえば、1日量として30mgないしそれ以下で開始します。この量による患者の反応を観察します。痛みはどれだけ軽減したか、精神状態に変化がないかなどです。さらに増量が必要としたら、通常より少ない割合で、2〜3日ごとに増量することを考えます。
 モルヒネ投与を開始して痛みは緩和したが、精神症状が現れたとしたら、精神症状を発生させている2つの原因、すなわち肝機能障害とモルヒネの双方について考えてみます。肝機能障害のほうは補正が不可能な状態となっているわけですが、モルヒネ投与については補正が可能であり、せん妄そのものの薬による治療も可能です。

「モルヒネの投与量の調整」
 精神症状が出た患者にモルヒネを中止すると患者は痛みに苦しむことになりますので、中止できる場合はほとんどありません。そこで減量を考慮します。投与量をおおむね半減するとよいでしょう。減量後に精神症状が落ち着いたら、再びモルヒネの増量を検討し、可能ならモルヒネを増量します。

「せん妄に対する治療」
 せん妄の薬による治療における第1選択薬は、抗精神病薬ハロペリドールです。せん妄は急性の発症を示し、症状が日々変動するという特徴がありますので、ハロペリドールによる治療を急いで開始すべきでしょう。肝機能が著しく低下している場合のハロペリドールの使用についての確立した指針は見当たりませんが、1〜2mgほどの経口投与(0.75mg錠が人手できる)か皮下注射を行い、その効果をみて必要があればせん妄が緩和するまでハロペリドールの投与をくり返します。モルヒネを主原因にしたせん妄は、こうした治療で改善しやすいといわれています。なかなか改善しないとすれば、モルヒネ以外にもせん妄の原因が存在しているのではないかと探索する必要があります。
,Q&Aがん疼痛緩和対策のアドバイス 第2版(2002),,,52

      参照→【5.1.3】(肝機能障害に対するオピオイドローテーション)
 
 

【2.3.3】「甲状腺機能障害患者に対するモルヒネ投与の注意」


 
 モルヒネは甲状腺機能低下状態では代謝が低下して中毒を生じやすい。
,臨床と薬物治療(1994),13,7,13

 
 

【2.3.4】「妊婦に対するモルヒネ投与の注意」


#1
 薬物の催奇形性に関しては、各薬剤の危険度とともに服用時期を考慮することが最も重要である。服用時期については、形態的異常の発現率の高い絶対過敏期と、胎児毒性が問題となる絶対過敏期以降の2つの時期に分けて検討する必要がある。
 疼痛目的で絶対過敏期にモルヒネを使用した症例は検索できなかったが、麻薬中毒患者の場合は先天的奇形による死亡、鼠径ヘルニア、1年間にもわたる両眼の水平眼振などの報告がなされている。
 一方、形態的異常の発現率が低いとされる絶対過敏期以降の妊婦に対して疼痛目的で使用する場合は、モルヒネを躊躇することなく使用することで疼痛コントロールを行い、分娩時期をできるだけ正常な時期にまで延長させることが1つの方法であると思われる。ただし、高用量のモルヒネが必要である場合は、胎児毒性を増大させる危険性があるため、最小用量で期待する鎮痛効果が得られる硬膜外投与やくも膜下投与に投与方法を変更することが望ましいと考えられる。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,287

 
 

【2.3.5】「高齢者に対するモルヒネ投与の注意」


#1
 高齢患者の安全なモルヒネ初回投与量は、通常成人投与量の50%ぐらいから始める。高齢者の薬剤に対する反応をオピオイド系鎮痛薬でみていくが、初回はかなり低投与量から始めることが多い。それから増量する場合も、ふつう成人よりはゆっくり増やすようにする。とくに高齢患者は薬剤の作用時間が長くなるため、投与間隔を普通よりも長くしてもよい場合が高齢患者には多い。このことに関する研究がいろいろ行われているが、高齢者は代謝速度がゆっくりしているため投与回数の方が、1回の投与量よりも大きな影響を与えるということが分かる。すなわちあまり頻繁に投与しすぎないように注意をすることの方が、1回の投与量が多すぎるということより大切だと思われる。モルヒネ水薬の場合、効果持続時間が、ふつうは4時間と言われているが、75歳では6時間に延びる。
,ホスピスケアのデザインPART2 疼痛と告知(1993),,,98

 
 

【2.3.6】「小児患者における鎮痛薬物療法」


 
【2.3.6】
 小児においては、疼痛原因以外に代謝の面からも、鎮痛薬の必要量の個人差が大きい。1歳以下の乳幼児では血液脳関門が未発達であることから、鎮痛薬、特にモルヒネの呼吸抑制のような副作用が多く発現するとされているが、それ以上の年齢では体重あたりの必要投与量がむしろ成人より多いこともある。
,今月の治療(1996),4,4,28

#2
【2.3.6】
(小児癌患者における鎮痛)
 鎮痛薬による治療法は成人の場合と同様にWHO3段階除痛ラダーによりますが、注意点がいくつかあります。
 1.非オピオイド鎮痛薬の第1選択薬はアセトアミノフェン10〜15mg/kgの4〜6時間ごとの経口投与です。成人の第1選択薬であるアスピリンと比べて、鎮痛効果が非常に大きく、血小板と消化管(特に胃)に対する作用がなく、アスピリンがもつReye症候群との関連もないため、新生児にも問題なく使えます。代替薬は、イブプロフェン、ナプロキセンなどの非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)であり、小児の軽度の痛みや血小板の減少を伴っていない骨転移痛などに用います。
 2.弱オピオイド鎮痛薬の代表薬はコデイン、強オピオイド鎮痛薬の標準薬はモルヒネ、その代替薬はフェンタニルです。
 3.幼小児に対するオピオイド鎮痛薬の投与では、用量について次の点に気をつけます。
 新生児では、脳血液関門、換気機能が未熟なため、容易に危険域に達してしまいますが、6ヵ月以上の年齢の幼小児では成人と同じクリアランスと鎮痛効果を示しますので、成人の場合と同じような適応のもとにモルヒネを使うことができます。生後6ヵ月以上の幼小児に対するモルヒネの投与開始量は体重当たりでみると成人の場合と同じですが、6ヵ月未満の幼児における投与開始量は6ヵ月以上の幼小児の1/4〜1/3量とします(以下の表参照)。
 4.最も重篤な副作用は無呼吸(遅発注呼吸抑制)であり、放置すると致死的となりうるので、その発生を厳重に監視する必要があります。
【幼小児におけるオピオイド鎮痛薬の経口投与開始量】
体重50kg未満 体重50kg以上 生理学的半減期
(時間)
コデイン 0.5〜1mg/kg
3〜4時間ごと
30mg
3〜4時間ごと
2.5〜3
速放性モルヒネ 0.15〜0.3mg/kg
4時間ごと
5〜10mg
4時間ごと
2.3〜3
徐放性モルヒネ

(12時間)
0.6mg/kg
8時間ごと
30〜60mg
12時間ごと

0.9mg/kg
12時間ごと


,がん患者と対症療法(2003),14,1,86
      
 

【2.4】「モルヒネに関する疑問」


 

【2.4.1】「モルヒネを早期に使うと、後で選択薬に困るか」


 
 この懸念は不要である。多くの癌患者が長期にわたり増量無しにモルヒネの経口投与を受け続けている。もし効果が減じたら、少量の増量で対応できる。モルヒネには有効限界がないので、増量すれば再び同じ効果が得られる。したがって耐性の発生は、臨床的な問題にならなくてすむ。
 また、長期反復投与を安全に中止することも可能である。

,臨床と薬物治療(1990),,58,28

 
 

【2.4.2】「モルヒネを使用していると、その鎮痛効果は落ちるか」


 
 非ステロイド系鎮痛薬は癌の場合、進行するに従って効果は落ちる。ソセゴン等も末期になると効果が落ちるが、モルヒネはどの病期でも一定の鎮痛効果をもたらす。
,臨床と薬物治療(1990),,58,20

 
 癌性疼痛の場合、非ステロイド鎮痛薬では常用量の2〜3倍の増量が限度であり、それ以上増量しても効果はない。しかし、モルヒネの量をひかえたい場合の併用には効果がある。
,臨床と薬物治療(1990),,58,76

 
 

【2.4.3】「モルヒネの投与期間が長くなると投与量も増加するか」


 
 モルヒネの投与期間と投与量との関係において一定の関係は見られない。つまり、モルヒネの投与期間が長くなるほど耐性が出来て投与量が増えるということはない。
,がん疼痛緩和とモルヒネの適正使用(1995),,,71

 
 

【2.4.4】「モルヒネにより薬物依存症になるのではないか」


 
【2.4.4】
 基本原則を守った投与を行う限り、薬物依存症が発生することは皆無に等しい
 身体的依存において、経口的長期反復投与が突然中止されたとき、退薬症状を呈することがありうるが、漸減しながら中止する方法を利用すれば退薬症状が現れることはない。
 精神的依存においては、癌患者の痛みに対する長期投与に対する発生はまれである。しかし、投与法に適切さを欠けば問題化する事は、心得ておかなければならない。


 
【2.4.4】
 モルヒネを使用中の患者でも、モルヒネに対する誤解や偏見を最初から表現する人はいいが、なかには黙っている人もいる。納得してモルヒネを飲んでいると思っても、痛みが増強したときモルヒネの増量に抵抗して痛みを我慢している人もいる。モルヒネの増量を、病状の悪化と感じているわけである。このような偏見をなくすことも重要である。
,医療麻薬の利用と管理’95(1995),,,16

#1
【2.4.4】
 WHOによるaddictionの定義
・(精神的依存):
 薬の特定の薬理作用を体験するために、薬を摂取することに強い欲求を持った状態、あるいは欲求のために薬を探し求め、入手しては使用し、効果を体験することを特徴とした状態である。この状態を起こす薬の特性を精神的依存性と呼ぶ。
・(身体的依存):
 反復投与によって薬が長い間にわたり作用し続けることにより、生体が薬の存在に適応して身体機能を営むようになった結果、突然の投与中止や拮抗薬の投与などにより薬の効果が急に弱まったり消失したりすると、機能のバランスかくずれて退薬症候(禁断症状)が出現する状態である。この状態を起こす薬の特性を身体的依存性と呼ぶ。
・(耐性):
 反復投与を続けるうちに薬の効果が弱まり、効果を維持するのに増量が必要となる現象である。また、このような現象を起こす薬の特性も耐性と呼ぶ。

 精神的依存、身体的依存、耐性の3者は、それぞれ異なった状態であり、それぞれが独立して発生することも、合併して発生することもある。このように定義が変化していくなか、現在の定義が正しく記載されている出版物は少ない。依存性に対する正しい理解と、正確な用語の浸透が急務である。
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,55

(注:精神的依存とは、薬物を使用したことによって快楽を得てしまい、その快楽を味わうために薬物を欲しがることです。
 これに対し身体的依存とは薬物を使っていることが体にとって自然な状態となり、薬物を急に中止すると体調を崩してしまうもので、例えるなら便秘薬を長期間服用している人が急に薬をやめたとき便通がなくなってしまうような状態を言います。
 モルヒネの場合、快楽を得る精神的依存は医療用に使う限り、ほとんど報告がありません。しかし、身体的依存は、長期間モルヒネを使用している患者のほとんどで発生しますが、一般的に特に問題にはなりません。なぜなら癌疼痛にモルヒネを使う場合は、一定の血中濃度を常に維持する形で使われるため、薬が切れることによる体の変調は来さないからです。また、モルヒネが必要でなくなった場合、徐々に減らしていけば身体的依存は問題なく解消します。)

 

【2.4.5】「モルヒネにより気分高揚が起こり、患者がそれを楽しむようになるか」


 
【2.4.5】
 痛みが長期に持続している患者は、しばしば鬱状態となっている。
 痛みが消失すると、患者の表情は明るくなり、日常生活が活発さを取り戻すことが多い。これは薬の直接作用による気分高揚ではなく、痛みが消失して精神状態がもとの状態に近づいたのである。
 痛みが再発すると、患者が薬を要求することがあるが、時刻を決めた規則正しい投与では薬を要求することはない。

,臨床と薬物治療(1990),,58,38

 
【2.4.5】
 モルヒネを鎮痛目的に使用している限りは依存症(注:この場合は精神的依存)にはならない。モルヒネの鎮痛以外の酩酊感、多幸感を求めたとき、それによる精神的依存が起こると考えられている。
,医療麻薬の利用と管理’95(1995),,,12

 
 

【2.4.6】「モルヒネの耐性はすべての作用にみられるか」


 
 モルヒネの耐性は鎮痛、鎮静、呼吸抑制などの抑制作用に対してはみられるが、縮瞳、便秘、痙攣などの興奮性の作用に対しては形成されない。
 一般に耐性は、投与量および投与回数が多く、投与期間が長いほど強度になるとされている。鎮痛作用に対する耐性は他の麻薬性鎮痛薬の効果との間に交差耐性が見られるほか、アルコールやバルビツレートとも一部交差する。
,癌性疼痛のコントロール(1993),,,61

 
 

【2.4.7】「モルヒネを使用すると患者の命が短くなるか」


 
 モルヒネを使用すると患者の命が短くなると考えている医療従事者がまだいる。しかし、モルヒネを原則に従って適切に使用する限り、決して命を縮めることはない。むしろ、痛みがコントロールされ、不眠や全身状態が改善され、延命効果すらあると思われる多くの症例を経験している。
,がんの症状マネジメント(1997),,,41

 
 

【2.4.8】「痛くなったら、そのつどモルヒネを処方するのか」


 
【2.4.8】
 定期的なモルヒネの投与なしに、いわゆる「頓用」だけを処方する、「痛くなったら使う」式の治療は誤りである。
 また、痛みが十分軽減していないのに、いつまでも同じ量のまま「もう少し様子を見てから」という姿勢も誤りである。患者に我慢を強いることなく、出来るだけ速やかな鎮痛を追求すべきである。
,緩和医療学(1997),,,49

 
【2.4.8】
 「なるべくなら薬は飲みたくないので、痛みを我慢できないときだけにしたい」と考える患者も少なくない。また定時服用の意義に理解が得られず、ノンコンプライアンスの患者もいる。説明しても定時服用してもらえない場合にはMSコンチンではなく痛いときに服用できる速効性製剤に変更することも考慮する。薬を強要するのではなく、患者に薬を合わせる柔軟な対応も必要である。
,モルヒネによるがん疼痛緩和(1997),,,37
,「モルヒネによるがん疼痛緩和」改訂版(2001),,,36

 
 

【2.4.9】「癌疼痛の患者にモルヒネを筋注で投与してよいか」


#1
 モルヒネの筋肉内投与は痛みを伴うこと、注射部位からのモルヒネの吸収が筋肉内の血流状態に左右されること、さらに最大効果発現までに30分以上を要することから、癌疼痛治療にモルヒネの筋注は適さない。
,Evidence-Based Medicineに則ったがん疼痛治療ガイドライン(2000),,,59

 

【2.4.10】「モルヒネの2倍量投与は危険ではないか」


 
【2.4.10】
 モルヒネにより疼痛がコントロールされている患者においてはモルヒネの2倍量投与は多くの患者にとって危険なことではない。
,末期癌患者の診療マニュアル第2版(1991),,,208

#2
【2.4.10】
 強オピオイド鎮痛薬の治療必要量と致死量との比率(治療可能比)は、通常考えられているよりも大きい。例えば、就寝時に常用1回量の2倍のモルヒネを服用している患者が、2倍量を服用していない患者に比べ、夜間に死ぬ場合が増えることはない。
,トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント(2003),,,42

 
 

【2.4.11】「ブロンプトンカクテルを使用してよいか」


 
 ブロンプトンカクテル(モルヒネ+コカイン)はモルヒネ単独の水溶液に優る効果がないばかりか、増量時に不必要な成分も増量され眠気や他の副作用を増加させるので使用しない。

 
 

【2.4.12】「モルヒネ内服中の患者が手術を受ける時、どうすればよいか」


 
 モルヒネ内服中の患者が手術を受けるときは、内服量の1/3の量のモルヒネを点滴で投与すると、退薬症状は出現しないし、麻酔の覚醒も遅延しない。
,緩和医療学(1997),,,64

 
 

【2.4.13】「モルヒネを投与すると呼吸抑制がおこる?」



 痛みはオピオイドに拮抗するように作用する。つまり、モルヒネの鎮静作用や呼吸抑制を弱める。痛みの強さに対するモルヒネの投与量が適切であれば、呼吸抑制はほとんど問題とならない。すなわち、痛みがコントロールされていない時は、安心してモルヒネの投与を増量できる。
,ターミナル・ケアの症状緩和マニュアル(1998),,,37

 
 

【2.4.14】「浮腫、腹水、胸水があるとモルヒネの血中濃度は下がる?」

 
#2
 浮腫、胸水、腹水などのサードスペースの出現や除去による一過性の分布容積の変動による生体内全体の薬物動態への影響は小さく、血中濃度低下の度合いはほとんど無視できるのではないかと考えられる。
 しかし、実際には相反する臨床報告が存在し、現状では薬物動態学的にみてサードスペースの出現がモルヒネの鎮痛効果の発現に与える影響はあるともないとも断言できない。
,ターミナルケア(2004),14,6,478
 
 
 
 
 
 

【第三章 鎮痛療法の実際(マニュアル)】へ