ピコ通信/第159号
発行日2011年11月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 2011年10月31日〜11月4日 ナイロビ 水銀に関する第3回政府間交渉会議(INC3)および関連会議 参加報告
  2. 11/5 避難の権利集会 in 東京 自主的避難への賠償を 避難の権利確立を
  3. 放射能汚染がれき焼却のリスクをいかに考えるか 末田一秀 (核のごみキャンペーン関西)
  4. 内部被ばくを学ぼう−矢ケ崎克馬氏 講演会 内部被ばくは外部被ばくよりはるかに影響が大きい
  5. お知らせ・編集後記


2011年10月31日〜11月4日 ナイロビ
水銀に関する第3回政府間交渉会議(INC3)および関連会議
参加報告


■はじめに
 国連環境計画(UNEP)は、世界水銀条約を2013年に採択するための準備として、政府間交渉委員会(INC)会合を5回開催することとし、すでに第1回会合(INC1)は2010年6月にストックホルム、INC2は本年1月に千葉で開催されました。INC3は本年10月31日(月)から11月4日(金)までケニアのナイロビで開催され、当研究会もINC1、INC2に続いて参加したので、概要を報告します。
 なお、当研究会の水銀に関するウェブページで、詳細な参加報告をしているので、そちらもご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/INC3_Report_master.html

■INC3概要
▼会議の目的
 INC1及び1NC2での討議に基づき、事務局が事前に準備した新たな条約ドラフト・テキストを検討し、このテキスト中に含まれている多くのオプションを絞り込み、INC4に向けて事務局がさらなる条約案を作成できるようにすることが目的のひとつです。

▼参加者
 各国政府代表、国際機関、NGO、学界や産業界のオブザーバーなど約130か国・地域から約600名が参加しました。NGOは、26か国から約50人が参加しました。

▼様々な会議
 INC3本会議を中心に、様々な会議がINC3期間中に開催されました。

◆テクニカル・ブリーフィング
 本会議に先立つ30日(日)に、「テクニカル・ブリーフィング」が開催され、水銀に関わる「石油とガス・プロセス」、「塩ビモノマー製造」、「廃棄物、保管、汚染サイト」、「水銀の健康問題とワクチン防腐剤チメロサール問題」が紹介されました。

◆地域会合
 INC3開催期間中の毎日、本会議開始前の約1時間、「地域会合(注1)」が開かれ、それぞれの地域会合で情報交換が行なわれました。当研究会は、「アジア・太平洋地域会合」を傍聴しました。
注1)地域会合:アフリカ、アラブ、アジア・太平洋、中央・東ヨーロッパ、ラテンアメリカ・カリブ海諸国、西ヨーロッパ・その他

◆コンタクト・グループ会合
 本会議の進行に合わせて、条約の重要条項を専門的に討議するコンタクト・グループ(注2)が立ち上げられ、昼食時及び本会議終了後の夜、精力的に討議が行なわれました。当研究会は「製品・プロセス」及び「保管・廃棄物・汚染サイト」に参加しました。
注2)コンタクト・グループ:[1]人力小規模金採鉱(ASGM)、[2]水銀添加製品及び製造プロセス、[3]大気への排出・水及び土壌への放出、[4]保管、廃棄物及び汚染サイト、[5]資金及び技術・実施支援、[6]普及啓発、研究及びモニタリング、情報の伝達の6分野、及び、法律専門家グループ(リーガル・グループ)

◆NGO準備会合
 NGOsは、これらの会議に先立つ10月29日(金)に、NGO準備会合を開催し、NGOの二つの大きな連合体であるIPEN(国際POPs廃絶ネットワーク)とZMWG(ゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループ)がそれぞれの戦略について討議し情報交換を行ないました。当研究会はパワーポイントによる「Update on Minamata Issues(水俣問題アップデート)」を発表し、水俣病の補償問題の動向、本年6月に水俣で環境省が開催した市民向け説明会、IPENの水俣支援キャンペーン、水俣湾の水銀汚染ヘドロ埋め立ての問題と八幡プールの問題などについて紹介しました。

◆NGO連絡会議
 毎朝約1時間(8時〜9時)、本会議及び地域会合開催前にNGO連絡会議を行ないました。

◆ハードだが情報量の多い会議
 このように様々な会議が朝8時から夜11時近くまで行なわれ、非常にハードなスケジュールでしたが、多くの有用な情報があり、それらについては前述の当研究会のウェブページにまとめました。

■INC 3本会議での議論の概要
▼条約ドラフト・テキスト
 事務局がINC3 での討議に向けて本年7月に発表した条約ドラフト・テキストは、INC1及びINC2で議論され、各国から提出された多くの内容が織り込まれ、様々なオプションが入り組んだ複雑で難解な構成でした。
 NGOは、このドラフト・テキストを事前に精査し、IPEN及びZMWGはそれぞれコメントと勧告を述べた見解書を本年9月に発表して、INC3に臨みました。当研究会は条約の論点の理解を深めるために、このドラフト・テキストIPEN の見解書、及び、ZMWG の見解書を事前に日本語訳して、ウェブに発表しました。

▼ドラフト・テキスの主要な管理条項
 水銀供給;水銀の国際貿易;製品とプロセス;人力小規模金採鉱;大気排出と水と陸地への放出;保管;廃棄物;汚染サイト;財源と技術的及び実施支援;意識向上;研究と監視、情報伝達などが主な管理条項です。

▼主要な論点
 このように、広い範囲を扱うドラフト・テキストの全ての条項について、多岐に渡る意見が出されました。その詳細は当研究会のウェブで紹介しているので、そちらをご覧いただくとして、本稿では一例として、いくつかの条項の論点の一部を間単に示し、また汚染サイトに関する議論を別に、少し詳しく報告します。

◆水銀供給と貿易
・一次採鉱からの水銀輸出は禁止か? 条件付で許可するか? (NGOは禁止を支持)
・中国は水銀貿易の廃絶に反対

◆製品とプロセス
・リストされていなければ、すべて禁止か?リストされていなければ、許されるか?(NGOはリストされていなければ全て禁止するネガティブ・リスト・アプローチを支持)
・水銀含有量で規制すべきか?
・ワクチン中の水銀は規制すべきか?

◆大気排出と土壌及び水への放出
・排出と放出は二つの個別の条項にすべきか? 又はひとつの条項に統合すべきか? (NGOは統合を支持)
・著しい総水銀量による規制"は人口の多い国に不利と、インド、中国などが主張
・中国は、段階的な自主的削減を主張
・石油及びガス・プロセスは排出源として含めるか? 否か? (多くの途上産油国は含めないを支持、NGOは含めるを支持)

◆ASGM(人力小規模金採鉱)
・財政援助と連動する自主的な水銀規制か? 義務的な規制か? (NGOは、国家行動計画に基づく義務的な規制を主張)

◆廃棄物
・水銀廃棄物管理はバーゼル条約に任せるのか? 水銀条約で管理するのか?(NGOは、水銀条約での管理を主張)

■第14条 汚染サイト
 当研究会は、水俣の悲劇に関連する水銀汚染による被害者の補償と汚染サイトの修復の問題を水銀条約に織り込むようINC1以来主張しており、今回のINC3においても国際NGOと共に、この問題に取り組みました。

▼ドラフト・テキスト
 事務局提案のドラフト・テキスト「第14条 汚染サイト」の概要は下記の様なものでした。
  • サイトを修復するよう"努力"しなくてはならない(shall endeavor to)という自主的な要求、又は、サイト修復をしなくてはならない(shall)という義務的な要求のどちらかの選択を提案している。
  • [利用可能な最良の技術及び最良の環境的慣行] 又は[汚染サイト管理の原則] に関する ガイダンスを開発しなくてはならないとしている。
  • ドラフト・テキストには、水銀汚染被害者及び汚染サイトへの責任と賠償に関する記述がない。
▼当研究会の発言
 当研究会の安間 武は、本会議2日目の11月1日、NGOとして第14条に関する次のような内容の発言(intervention)を行ないました。
  • 汚染サイトの目録作成と汚染状況を明らかにすることを義務付けること。
  • 汚染サイトの修復コストと被害者への適切な補償を支払うことを義務付けること。
  • リオ原則10:情報へのアクセス;リオ原則13:汚染の被害者とその他の環境ダメージのための補償;リオ原則16:汚染者負担原則−を含むこと。
  • 水銀汚染物質が汚染サイトの修復のために除去されるときには、それらが引き続き汚染源となることを防ぐために、環境的に適切な方法で収集され、運ばれ、処理され、管理されること。
  • 汚染サイト修復の結果として生成される廃棄物の安全な管理のために、ガイダンスが開発され、第13条(廃棄物)に従う修復廃棄物の安全な管理がなされること。
  • 150万立方メートルの汚染スラッジが"仮
▼コンタクト・グループの討議の結果
本会議での討議の後、カナダとナイジェリアを共同議長とする保管、廃棄物、汚染サイトに関するコンタクト・グループ(注3)が立ち上げられ、11月1日(火)、2日(水)、3日(木)の夜を中心に会合が開催されました。
(注3)コンタクト・グループ:オーストラリア、カナダ、ジャマイカ、日本、メキシコ、ナイジェリア、ノルウェー、アメリカ

 当研究会は、このコンタクト・グループの会合を全て傍聴し、3日(木)には第14条に義務的な補償と修復を求める発言をしました。しかし、このコンタクト・グループの討議の結果は下記に概要を示すように、当初のドラフト・テキストからさらに大きく後退したもので、大変失望させられました。
  • 汚染サイトの修復については、汚染サイトを特定し評価するための適切な"戦略"を開発するよう"努力"しなくてはならないという、修復を戦略という言葉に置き換え、かつ努力という自主的要求へ後退した。
  • 汚染サイトの修復については、特に人の健康と環境に著しいリスクが存在する汚染サイトを管理し、実行可能で経済的に実現可能ならそれらを修復するという非常に弱い選択肢が追加され、後退した。
  • 汚染サイト管理に関するガイダンスが採択されなくてはならない(shall adopt)という義務的な要求だけではなく、開発してもよい(may develop)という自主的な要求が選択肢として追加され、後退した。
  • 水銀汚染被害者及び汚染サイトへの責任と賠償/汚染者負担の原則の適用に関する要求が含まれていない。
▼第14条 汚染サイトに関する結論
 汚染サイトの条項は非常に弱いものに後退しており、これは、日本を含んで資金提供(ドナー)国のコストを考慮した立場を反映したためと思われます。汚染者負担原則も被害者に対する責任と補償に対する記述もありません。次のINC4(2012年6月ウルガイ)で、国際NGOとともに、この条項を強くすることを改めて強く主張する必要があります。

 このままでは水俣の被害者に対する責任と補償、水俣病の全貌を解明するための調査、水銀汚染ヘドロの埋立地及び八幡残渣プール(ピコ通信第155号2011年7月号参照)の義務的な修復は水銀条約の下ではカバーされなくなります。すなわち、水俣の補償問題はほぼ解決し、水俣の汚染はよく管理されていると主張する日本政府の思惑通り、これらを条約の下に実施する義務がなくなります。したがって、たとえ水銀条約の要求がなくなっても、これら水俣の未解決の問題を必ず解決するよう国、県、チッソに強く求めていく必要があります。(安間 武)



放射能汚染がれき焼却のリスクをいかに考えるか
末田一秀 (核のごみキャンペーン関西)

 東日本大震災では、地震と津波により多量の震災がれきが発生しています。被災3県の震災がれきの量は、ふだん市町村が収集している量の10数年分に相当し、被災地域が広いこともあって仮置き場への搬入もようやく6割を超えたところです。また、仮置き場でも火災が起きたり、場合によっては悪臭の問題があったりと問題が生じています。復興のためには、早期に撤去し、処理処分しなければなりません。環境省は、地元自治体だけでは処理できないので、広域処理を推進しようとしています。ところが、大きな壁が立ちはだかっています。福島原発から放出された放射能の問題です。

■法律による廃棄物の定義の問題
 私たちの身の回りの廃棄物は、廃棄物処理法で、市町村に処理責任がある一般廃棄物と、排出企業に処理責任がある産業廃棄物のどちらかに区分されます。震災がれきは一般廃棄物ですが、廃棄物処理法の廃棄物の定義には「放射性物質及びこれによって汚染されたものを除く」と明記されています。放射性廃棄物は、原子炉等規制法など原子力関連法で規制されているからです。ところが、放射性管理区域でない一般環境が放射能で汚染されるという法が想定していないことが起きてしまいました。このため、郡山でブロック塀を無許可で収集したとして廃棄物処理法違反で捕まった男性が、処分保留で釈放されるようなことが起こりました。ブロック塀が放射性物質で汚染されている可能性が高く、廃棄物処理法違反を問えなかったのです。

 そこで、8月末に成立した放射性物質汚染対処特措法では、廃棄物処理法の定義の放射能汚染物から「事故由来放射性物質で汚染されたものを除く」とする例外規定を設けました。これにより、放射能汚染のある震災がれきも晴れて一般廃棄物となったのです。ただし、例外規定によるこれらの廃棄物は「特定一般廃棄物」「特定産業廃棄物」と名付けられ、放射能に関する追加の処理基準が設けられました。

 一般廃棄物は、前述したとおり市町村に処理責任があり、原則は自区内処理です。ところが、都市化したところでは処分場設置が困難なことなどから事故前から広域処理は行われています。その際、相手先の市町村に対して、処分又は再生の場所、受託者の名称と廃棄物の種類、量、処分・再生方法、処分等の開始日を通知することが廃棄物処理法施行令第4条第9号で義務付けられています。この場合の通知とは、同意を得ることを意味します。受入先自治体と密接に連絡を取り、お互いの一般廃棄物処理計画に齟齬がないよう努める必要があるからです。つまり、環境省が広域処理の方針を打ち出しても、受入先自治体の意向に反して、震災がれきが広域移動して処理されることはないのです。まずは冷静に、放射能の拡散の問題はないのか、被災地域の復興支援のあり方はどうあるべきなのか議論し、検討しなければなりません。

■放射性物質汚染対処特措法の基本方針
 放射性物質汚染対処特措法では、福島県内の避難地域にある高濃度汚染物を「対策地域内廃棄物」、ごみの焼却灰や上下水汚泥で1キロ当たり8000ベクレルを超えるものを「指定廃棄物」として、国が処理することとしています。

 また、同法では基本方針を定めることとされており、その骨子案について10月17日から26日までの短い間でパブコメが行われました。意見募集期間は原則1カ月以上取ることになっていますが、来年1月からの法全面施行に向けて時間がないからと、たった10日間に短縮されたのです。それでも4710通、のべ約15,000件の意見が寄せられました。しかし、そのほとんどは取り入れられず、基本方針は、「市民」を「住民」に改めるなどの修正が行われただけで、11月11日に閣議決定されてしまいました。

 基本方針が示す廃棄物処理の基本的な考え方は、「廃棄物の量が膨大であること等にかんがみ、安全性を確保しつつ、可能な限りにおいて、可燃物と不燃物の分別、焼却等の中間処理等により減容化を図る必要がある。減容化により事故由来放射性物質が濃縮され、法第17条第1項の指定廃棄物に該当することなったものについては、法に基づき、国がその処理を行う。また、安全性を確保しつつ、例えば、コンクリートくずを被災地の復興のための資材として活用する等の廃棄物の再生利用を図ることとする。」というものです。

 さらに、「安全な処理のため、『東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響を受けた廃棄物の処理処分等に関する安全確保の当面の考え方について』(平成23年6月3日原子力安全委員会。以下「当面の考え方について」という)において示された考え方を踏まえ、処理等に伴い周辺住民が追加的に受ける線量が年間1ミリシーベルトを超えないようにするものとする。」としています。

 「当面の考え方について」に関しては、8月25日に社民党服部良一議員にお願いして実現した中央省庁交渉で、プラスアルファされる廃棄物処理に伴う被曝が、なぜ一般人の法令基準いっぱいの1ミリシーベルトなのかと、安全委員会事務局規制調査課に問いただしましたが、安全余裕をみない理由について明確な答えはありませんでした。廃棄物処理に伴う追加的な被曝が法令基準と同じであれば、被曝総量は基準を大きく上回る可能性が高くなります。

 この点について、基本方針のパブコメでも意見を出しましたが、示された見解は「『東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響を受けた廃棄物の処理処分等に関する安全確保の当面の考え方について』において、処理等に伴い周辺住民の受ける線量が1mSv/年を超えないようにすることが示されており、その考え方を踏まえたものとしています。なお、実際の処理に当たっては、周辺住民の被ばく線量が最小限となるよう、処理基準に従って遮へい等の必要な措置を適切に講じてまいります。」というものでした。安全委員会の当面の考え方を踏まえることが間違いとの意見に対して、理由も示さず「その考え方を踏まえたものとしています」と解説されても、何の見解にもなっていません。

■放射能は焼却されるとどうなるか
 さて、震災がれきは、基本方針にあるとおり分別され、焼却することが基本とされています。セシウムは、水銀に次いで沸点の低い金属で、800〜950℃になる焼却炉では大半がガス化します。清掃工場の排ガス処理にはいくつかの方法がありますが、現在一般的なバグフィルターは、布でできた袋でダストを回収する方法で、バグフィルターに入る前に排ガスは200℃以下に減温されます。このため、バグフィルターで回収されるダスト(飛灰)にセシウムは高濃度で濃縮されます。

 環境省は、放射性セシウムは、半分は焼却灰(主灰)に、半分はダスト(飛灰)に移行し、ほとんど排ガスには出ていかないと説明して、6月23日に福島県内の震災がれきをバグフィルター付きの焼却炉で焼却することを認めました。さらに、8月9日には活性炭吹き込み式の電気集塵機による焼却もOKとしています。しかし、「NO!放射能 江東子ども守る会」が、5月21日から3日間、神戸大学の山内知也教授の協力で行った測定で、東部スラッジプラントという下水汚泥の焼却施設の風下で高い値が検出されています。東部スラッジプラントにもバグフィルターは付いており、安易な焼却が、放射能の2次拡散による被曝を招かないか心配になって当たり前です。

 環境省に設けられた学識経験者からなる災害廃棄物安全評価検討会(以下「検討会」)の第3回資料によれば、焼却施設周辺の住民の被曝では、煙突から飛散したセシウムが土壌に吸着し、そのうえで遊ぶ子供が被曝するケースが最も値が大きくなっています。この計算は仮定に基づく机上のものなので、実際の排ガス中のセシウム濃度がどうなのかが問題です。

 直近の11月15日に開かれた第9回検討会には、焼却灰からセシウムが高濃度で検出されている岩手、宮城、山形、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川の42清掃工場での排ガス測定結果が報告され、うち40工場では検出されていません。しかし、検出下限値が示されていないデータや、下限値が1m3あたり20ベクレルというものも含まれています。排ガスの採取の仕方や下限値を適切に設定し、データ数を増やすことで、より信頼できるものにしてほしいものです。

 一方、検出されているのは、いずれも福島県内で、排ガス処理が電気集塵機である伊達地方衛生処理組合と那須川地方衛生センターです。伊達地方衛生処理組合の排ガス1m3あたり2.9ベクレルは震災がれきを1割混焼した時の値で、混焼しないときは1.72ベクレルですから約1ベクレル濃度上昇したことになります。少なくとも、排ガス処理が電気集塵機の焼却炉での震災がれきの焼却はやめるべきではないでしょうか。

■焼却を認めるか否か
 環境省は、災害廃棄物の広域処理の推進に係るガイドラインを8月11日に示し、焼却後の灰が1キログラム当たり8000ベクレル以下なら広域処理可能としています。震災がれき自体の濃度基準はなく、焼却灰への濃縮率を33.3倍とし、さらに一般ごみとの混焼率も考えるよう解説されています。つまり、他のごみで薄めて燃やせばどんな高濃度のがれきでも焼却可能になるのです。

 そこで、山形県は震災がれきを受入れる場合は、200ベクレル/kg以下という独自基準を打ち出しており、大阪府も学識経験者の検討会を設けて独自の基準の検討を行っています。もっとも、環境省の基準も単純に割り戻せば240ベクレル/kgになりますし、私は、がれきの濃度基準はあまり意味がないと思います。濃度の低いものでも、たくさん燃やせばそれだけリスクは高まるからです。

 例えば、現在唯一広域処理を実施している東京都は向こう3年間で約50万トンを受入れるとしています。バグフィルターの集塵効率は、大体99.9%程度、つまり0.1%程度は煙突から出ていく可能性があります。大規模な清掃工場では、バグフィルターとともに排ガス洗浄装置が付いている場合が多く、このようなケースでは99.99%の除去効率があるともされています。仮に排ガスから出ていくものが0.01%だとするとどうなるでしょうか。震災がれきの放射能濃度はばらつきがあり、少ないデータでは評価が難しいのですが、岩手県宮古市の震災がれきの放射能濃度は63ベクレル/kgというデータが検討会に報告されています。(上記表)

 63ベクレル/kg × 50万トン × 0.01% ≒ 3150万ベクレルが排ガスから3年間に出ていくことになります。もちろん少ない値ではありません。大きな値と比べても仕方がないかもしれませんが、ちなみに福島第1原発は、11月上旬で1時間当たり1〜3号機合計で約6000万ベクレルのセシウムを放出していると、東京電力は発表しています。

 悩ましいのは、それでは単純に焼却をやめろと主張できるかどうかです。広域処理に関しては、放射能に対する懸念から反対の声が多いのは当然ですが、それでは福島県内での焼却にも反対の声が一緒に上がっているかといえば、残念ながらそうではありません。また、がれきの場合は当面、仮置き場などにおいておくこともできるかもしれませんが、同じように放射能が検出されている下水汚泥も焼却するなと言いきれない面があります。焼却を止めれば汚泥があふれて下水処理が止まる可能性があると思われるからです。

 放射能にはこれ以下なら安全という値がないことを承知の上で、ここまでだったら仕方がないという我慢量を、押しつけでなく民主主義的に決めることができるのかどうか。まさにリスクコミュニケーションの問題ではないでしょうか。

■データの公開が不可欠
 環境省の検討会は、会議が非公開とされ、終了後も議事概要しか公開されず、議事録は公開されていません。この理由を聞くと、いつの時代の話かと耳を疑う「委員による自由な議論ができないから」との答えが返ってきました。個人情報など法に定める非公開理由に該当する場合を除き、原則公開が徹底されなければなりません。

 さらに驚くべきことに、情報公開請求で第1回から第4回までの議事録が開示されると、第5回からは議事録を作成していないとの理由で「文書不存在」と回答し、録音データの開示請求に対しても「発言内容が過大に、広く訴えられること等により、処理方針に基づく市町村等による災害廃棄物の処理事業の適正な遂行に支障をおよぼすおそれがある」との理由で不開示とする決定がなされたと報告*されています。

 環境省は、10月7日に都道府県に依頼した「東日本大震災により生じた災害廃棄物の受入検討状況調査」でも、「本調査の結果について、個別の地方公共団体名は公表しないこととしています。」としていました。放射能汚染の心配を払拭して、広域処理を進めるには徹底した情報公開による市民の理解が必要だということを、環境省は全く理解していないようです。

*開示されない「災害廃棄物安全評価検討委員会」の会議録音データ(環境行政改革フォーラム事務局長 鷹取敦)http://eritokyo.jp/independent/eforum-col105.htm


内部被ばくを学ぼう−矢ケ崎克馬氏 講演会
内部被ばくは外部被ばくよりはるかに影響が大きい




 11月13日、埼玉県東松山市に於いて、子ども未来・東松山主催で「内部被ばくを学ぼう−矢ケ崎克馬氏講演会」が開かれました。琉球大学名誉教授の矢ケ崎さんは、内部被ばくについて長年研究し、内部被ばくを無視している国や国際機関の対応について警鐘を鳴らしています。講演の概要を紹介します。
(文責 化学物質問題市民研究会)

■内部被ばくを隠すための「科学」

 アメリカは原爆を落とした時に、残虐兵器に見せないために内部被ばくをすぐに隠したのです。今の政府を支える科学は、内部被ばくを隠すために働いている"カッコつき科学"です。どうして内部被ばくを隠したまま被ばくの科学が展開できるのか、ありのままに物事を見ることができないのだから、科学が成り立つはずがありません。
 私は、"市民と科学者による内部被ばく研究会"を近々立ち上げようと考えています。課題は政治支配から脱すること、まっとうな被ばくの科学、いのちを守る被ばくの科学をやっていこうと考えています。変えていくのには市民の力が不可欠です。みなさんと力を合わせて、早くやり遂げないといけないと考えています。

■町田市の健康影響市民調査結果

 今朝私の元に届いた、町田市で市民団体が数週間かけて調査した結果の一例を紹介します。

「5歳の男の子。ほとんど鼻血を出したことがなかったのが、3・11後10回以上鼻血を出し、そのうち3回は30分くらい鮮血のような大量の鼻血を出した。下痢もよくする」など。町田市にこういった子どもの不可解な症例が104件見つかっているということです。今後、もっと見つかって行くだろうと思います。中身は、鼻血、抜け毛、口内炎、充血、生理異常、気管支炎、下痢、咳、皮膚斑点、微熱、食欲不振です。これは、町田市内であって福島県内の事例ではありません。何回か放射能の雲がやってきて雨が降った関東一円が同じような汚染を受けています。大量に汚染された被ばく地だけではなく、今、町田市に現れているような状態が関東一円で起きていると思います。
 原爆体験され一番長く診てこられた肥田舜太郎先生は、"来年3月、4月に子ども達の第一次の症状がたくさん出てくるだろう"と言われています。

■放射線は分子を切断する

 放射能というのは、放射線を出すことができる能力という意味です。放射線の作用としてほぼ100%出てくるのは、電子という原子の中にある小さな粒を弾き飛ばすことです。そのことによって、原子がつながっている生命の基礎である分子を切断してしまう。(図1)

 電子がペアになってひじょうに強い結合力を持つのですが、放射線がこの電子を吹き飛ばしてしまう(電離)ことで、分子が切れてしまう。それが体にとって悪い影響を及ぼすのです。
どんな危険があるかというと、2つのタイプに分けられます。

 一つは、分子が切断されるので生命機能が破壊される危険です。症状は急性症状と呼ばれるものです。脱毛、紫斑、下痢、出血などの症状がまず現れて、被ばく量が多いと死に到ります。
 もう一つ大切なのは、免疫力の低下です。1986年4月26日のチェルノブイリ爆発の約3週間後、放射能の埃(死の灰)がアメリカに舞い降りました。5月いっぱい、放射能の埃がアメリカ全土に降っていたことが分かっています。前年の5月と86年の5月の死者数を比較した研究では、エイズの人は、86年5月には前年の2倍亡くなっています。感染症や肺炎で亡くなる人も増えています。
 赤ちゃんには汚染のないものを食べさせなければいけないが、中老年は汚染したものを食べても大丈夫という意見があります。しかし、それは事態の一部しか見ていません。
 理想的に健康で免疫力も十分な人同士を比べると、歳が若いほど放射線に敏感で影響を受ける。それは細胞分裂が活発な成長過程だからです。一方、年齢が進むほど、ストレス、病気の種を抱えているので、免疫力が低下している年配者のほうが放射線の影響が強いと言えます。ですから、赤ちゃんに与えてはならない放射性物質に汚染された食べものは、おとなも年寄りも食べるのをやめていただきたい。みなさんも、自分自身を防御することをやっていただきたいと思います。

■DNAを異常に再結合してしまう

 二つ目は、細胞が生き延びてしまったために起こる影響です。生物の機能として、切られたものをつなぎ戻す機能があります。しかし、元通りにDNAを再結合することができなくて起こる危険があるのです。後になってがんができるという症状の原因です。(図2)

 外部被ばくの場合は、ガンマ(γ)線といってずいぶん遠くまで飛ぶ放射線ですが、所々分子を切断する。この場合は、周囲が健全なので正常に再結合しやすい。ところが、内部被ばくの場合は、アルファ(α)線とベータ(β)線はギシギシと分子を切断してしまう。再結合しようとすると、結合するところがいっぱい周囲にあるので、つなぎ間違えてしまうのです。

■α線は体内で0.04ミリ飛ぶ間に10万個の分子を切断

 内部被ばくの大きなルートは、一つは空気中に浮かんでいる放射性の埃を呼吸することで吸い込んでしまう。もう一つは、食べもの、水を摂る時に、一緒に摂り込んでしまうことです。
 放射性の埃は1000分の1ミリメートル(1μm ※)以下の粒子で、目には見えません。その中には、約1兆個の原子が詰まっています。これらは放射性の原子なので、肺や胃腸の中でばんばん放射線を出します。体の中から出る放射線によって被ばくするので、内部被ばくと呼びます。
 放射性の埃が体外にあって、体の外から放射線が来る場合を外部被ばくと言います。
 埃からは、アルファ線、ベータ線、ガンマ線という3種類の放射線が出ます。放射性物質毎に種類は異なります。アルファ線とベータ線は飛距離が短く、ガンマ線は長くて、70m、100mも空気中を飛びます。ガンマ線がなぜ飛距離が長いのかというと、ガンマ線は物質との相互作用が弱く、まばらにしか分子切断を行わないのでエネルギーを消耗しないからで、人間の体を突き抜けます。
 それに対して、アルファ線は空気中では45mm、体内では100分の4mmしか飛ばないのですが、この間に約10万個の分子を切断します。ベータ線は、空気中では1mまで、体内では10mmしか飛ばないのですが、この間に約2.5万個の分子を切断します。
 ですから、外部被ばくでは、体に向かってガンマ線が発射された場合にだけ被ばくします。
 内部被ばくのほうが、外部被ばくよりもはるかに被害が大きいのです。今まで、内部被ばくを隠してきた学者たちは「内部被ばくは外部被ばくの3%程度である」と言っていますが、これは嘘と言ってもいいくらいとんでもない事実無視です。
 欧州放射線リスク委員会(ECRR)のように、内部被ばくをきちっと研究対象にしている人たちは、内部被ばくの実効線量は外部被ばくの600倍だとしています。
 たくさんの放射性原子が食べものと一緒に体に入ります。直径10000分の1ミリ(0.1μm)の一つの埃の中には、10億個の原子が入っています。ベータ線は体の中で1センチしか飛ばないのですが、この1センチの中で2万個の分子を切断します。これが体の中を徐々に動いていく。そのプロセスで、セシウム137は2600本/時、ヨウ素131は1000本/秒以上のベータ線を出します。例えば腸管を移動する時、1センチの範囲でたくさんの放射線を出し、集中的に被ばくさせてしまうのです。もし外部被ばくでガンマ線によって同程度の分子切断をしようとすると、ひじょうに大きい放射線量を要します。内部被ばくは、ひじょうに少量で症状が出るのです。
 ヨウ素が1週間、体の中に留まっているとすると、1000万分の1g というわずかな量で被ばく総量は1シーベルトという巨大な被ばくを体の中でしてしまうのです。

■チェルノブイリでは1mSv/年で移住の権利

 公衆に対する限度値1ミリシーベルト/年が決められていますが、これは1万本/秒の放射線が体に吸収される被ばくが1年間続くというものです。1990年制定のウクライナの法定汚染ゾーンについて見ると、移住の権利が認められるのが1.6ミリシーベルト/年からです。このうち、自然放射線量は0.6ミリシーベルト/年です。つまり、チェルノブイリ事故からの放射線量が1ミリシーベルト/年よりも多い所からは逃げなさいという、住民保護をしたのです。
 チェルノブイリ事故の時に、安定ヨウ素剤をタイミングよく与えたポーランドでは甲状腺の病気が出ていません。日本政府は、用意があったのに「パニックになる」といった理由で配られなかった。しかし、我々は政府の考えているようなパニックを起こすだけの存在ではなくて、正確な情報があればきちんと防護をできるはずです。自分たちの命を自ら守っていくシステムを築かなければいけないと思いますが、今、それを発揮しないと、被ばくされっ放しになってしまいます。

■ICRPは原発のために内部被ばくを隠す

 国際放射線防護委員会(ICRP)の規定には、二つ大きな欠陥があります。

 まず、細胞レベルで見ていかなくてはならないのに、臓器ごとに見ていることです。ICRPの被ばく線量の定義には「吸収線量はある一点で規定することができる言い方で定義されているが、・・・ひとつの組織・臓器内の平均線量を意味する」とあります。分子切断の結果、つなぎ間違える確率は細胞レベルでの評価基準を取らないと(一点で規定しないと)決して見つけることはできません。分子切断の実態は、臓器ごとの平均化・単純化を行ってしまった後では、決して評価することはできないのです。この定義では、内部被ばくの切り捨てを宣言していると言えます。

 もう一つは、原子力発電の推進が目的になっているということです。アメリカが内部被ばくを隠したのは、原爆を残虐兵器に見せないためということと、原子力発電から常に漏れ出す放射能の被害を隠すためです。原子力発電を推進するためには、内部被ばくを隠すことが必要だったのです。
 ICRP基準の考え方は1990年の勧告にあるように、「経済的・社会的要因を考慮して、合理的に達成できる限りの被ばく防護」としています。原子力発電を遂行する上で制限を厳しくするとやっていけなくなる、だから、人の健康を守る基準をひとまずやめて、原子力発電を維持していく上で必要な垂れ流しをゆるしてもらう、それが今の日本政府が取っている具体的な内容です。大量の被ばく犠牲者が出るけれども、個人責任として黙ってがまんしてもらう。これが具体的な中身です。

■原爆、チェルノブイリでの被害データ隠しを福島でもする恐れ

 ICRP体制を支えてきた人たちは、科学ではなくて政治をやっているのです。それも正しい政治ではない。彼らが60年間やってきたことは、被害を公式記録に残さないということです。一つは原爆被害者から内部被ばくを隠してしまったこと、これは文字通り犠牲者の切捨てです。さらに、原発の被害者は大量にいるのに、大気汚染の規制値以下だから安全だとしていることです。
 チェルノブイリでも全く同じことをやっています。重松逸造氏にIAEAは報告書を出させています。「これらの人は放射線との因果関係が認められていない」と記録から削除しているのです。それが、「100ミリシーベルト以下はデータがない」という発表となっています。
 今、こういった人たちが福島での長期的健康影響調査をしようとしていますが、その延長線上にあるならば、重松氏と同じように「必死の探索の結果、東電福島原発事故による放射線被害者は皆無であった」という結論が出るでしょう。
 福島の子どもたちの内部被ばくを調べるホールボディカウンター調査の検出限界値は、20ベクレルとひじょうに高くなっています。その結果、ほとんどが不検出となり、それが公式データとなっていってしまいます。現実とは違う公式記録です。これからが、市民と原子力推進力との力比べです。
(安間節子)

※ 1ミリ(mm)=1000分の1m
1μ(マイクロ)m=100万分の1m=1000分の1mm


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る