IPEN 2011年9月
ドラフト水銀条約テキストに対するIPENの初期見解 (pdf 版) 情報源:International POPs Elimination Network (IPEN), September 2011 IPEN Initial Views on Draft Mercury Treaty Text, September 2011 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) Translated by Takeshi Yasuma (Citizens Against Chemicals Pollution (CACP)) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2011年9月8日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/INC3/ IPEN_Initial_Views_on_Draft_Mercury_Treaty_Text_September_2011_jp.html INC2に続きIPENは、ドラフト水銀条約テキスト中で目を向けられる必要のあるいくつかの 主要な懸念を概説する文書を準備した。このメモは、検討のためのいくつかの追加的な要素とともに、これらのIPENの懸念をUNEP(DTIE)/Hg/INC.3/3 中で述べられる新たなドラフ ト水銀条約テキストと比較するものである。 IPENの懸念 #1:全ての媒体への放出 不明確と思われるひとつの重要な問題は、将来の水銀協定書が主に大気排出の規制に焦点を合わせる条約なのか、又はストックホルム条約の先例に従い、全ての媒体、すなわち大気、水、陸地への放出を規制するものなのか、ということである。水銀が環境中に放出されると、食物連鎖中で生物蓄積し、生物濃縮する。水銀条約の目的は水銀から人の健康と環境を守ることなので、人と環境への有害な影響を阻止するために、全ての媒体への放出が規制されなくてはならない。 IPENは、将来の協定書は人間活動に由来する全ての水銀放出源に目を向ける全媒体水銀規制条約であることが非常に重要であると信じる。水銀が陸地又は水中に放出されると、その多くは大気中にいたる。水銀が大気中に放出されると、その後、陸地と水系に堆積する。大気放出の規制だけに焦点を当てる条約は非常に限定的であり、政府と市民社会がこれらの交渉会合で求める人の健康と環境の保護を達成しないであろう。さらに、大気だけに焦点を合わせれば、他の環境的媒体への放出に転じる結果をもたらすかもしれない。それは、これらの放出を陸地、水系及び製品中に転嫁することにより、水銀の大気排出を削減するよう運転管理者を助長することになるであろう。このことは、世界条約が実際には地域の水銀汚染と曝露を悪化させることになる。水俣病を引き起こしたような水系への水銀放出を規制する強い措置を含まずに、この条約を水俣条約と命名することは皮肉なことであろう。同様な観点で、人の健康への重要な水銀曝露源のひとつは食物摂取である。いくつかの脆弱な集団にとって、このことは水銀で汚染されているかもしれない魚の摂取に依存することを意味するかもしれない。 INC2において、多くの政府は、全ての媒体への水銀放出を規制する条約を支持することを表明し、ひとつの政府はこの目的を達成するために第10条と第11条を統合させることを提案した。この提案は、IPENによって支持されるものであり、水銀の大気放出を規制する措置を水銀の水及び陸地への放出を規制する措置と一緒にして統合することになるであろう。水銀放出への複数媒体アプローチは、国の状況の包括的な評価を容易にする。UNEPの水銀ツールキットのような手順は、国家実施計画を策定するに当り、各国に利用され完全なものに仕上げられることができる。しかし、いくつかの他の政府は、水と陸地への水銀放出に目を向けた措置を組み入れるために、第10条の範囲を拡大することなく第11条を削除することに賛成のように見える。IPENは、大気への水銀排出規制と、水と陸地への水銀放出規制との統合に失敗することによる将来の条約に及ぼす潜在的な悪影響を十分に検討するよう、政府代表に働きかける。そのような条約は、重要な水銀汚染への対処に適切に対応することに失敗し、大気からの放出を他の環境媒体に転嫁することにより、現在の環境中への水銀放出を助長することになるであろう。 ドラフト条約テキストは、この問題をどのように扱っているか ドラフト条約テキストは、二つのオプションを持っている。1) 個別の条項である第10条(大気排出)と第11条(水と陸地への放出)を保持する、又は、2) 第10条と第11条、及び、Annex F とAnnex G を統合して、単独の第11条.alt 及びAnnex G.alt とする。IPEN は、統合して第11条.alt とするオプション2を支持する。しかし、現在のドラフト・テキストは、この重要な問題に適切に対応していない。
IPENの懸念 #2:BAT/BEPガイドラインの開発 BAT/BEPガイドラインが開発される仕方は重要である。IPENは、詳細なBATガイドラインの準備は専門家グループによって行なわれ、最終的に締約国会議(COP)によって採択される必要があるということに賛成である。しかし、"利用可能な最良の技術" という用語が、水銀放出の規制に適用される時に、何を意味するのかについて国際的に受け入れられている定義は現在、存在しない。したがって、INCプロセスは、水銀放出の規制のためのBATの一般的な定義に関し、またこの法的協定書のBATガイドラインが組み入れることになる目的、基本方針、及び政策の枠組みに関し、合意に達しなければならない。この合意は、それが法的協定書の義務を実施するために必要な構造と要素を提供するのだから、第10条、又はそのannexesに反映されるべきである。もしこれがなされないなら、最終的な法的協定書に署名する政府担当官は、この条約のBATの義務の種類と特性について、非常に異なる見解範囲を持つことになるであろう。そうなると、BATガイドラインを起草することを任務とする専門家グループは、ほとんど確実に無力化され、水銀放出からの人の健康と環境の保護を達成する有用な成果を生成することは不可能となるであろう。 ドラフト条約テキストは、この問題をどのように扱っているか ドラフト条約テキストは第10条にBATの定義を提供しておらず、その代わりに、最初の締約国会議にBAT及び/又はBEPの採択又は策定の責任を課している。したがって、テキストはBATを定義するために修正される必要があるであろう。それはまた、そのBATガイドラインが組み入れるべき目的、基本方針、及び政策の枠組みの明確な記述を含むよう修正される必要がある。これらの修正を提案するテキストは、INCにおけるコンタクト・グループで作成されるべきであり、それは、専門家グループが準備するBATガイドラインが水銀の排出と放出の実際の削減を達成するために適切であることを確実にすることに役立たせるために、専門家グループに明確な指針を提供するために十分でなくてはならない。コンタクト・グループは実際のBAT/BEPガイドラインを策定するわけではないが(それは専門家グループの役割)、その代わり、その目的と基本方針を含んで、BATが何を意味するのかの定義に焦点を当てることに留意すべきである。ガイドラインは条約実施を成功させるために確かに重要であり、これらのガイドラインの起草を任される専門家グループは、その作業に成功するための機会を与えられるべきであり、間違いなく失敗する定義のない仕事に責任を負わされるべきではない。 IPENの懸念 #3:ASGM 及び大規模採鉱 IPENは、二番目に大きな水銀大気排出源であると推定されており、この分野における労働者と周囲の地域社会への影響が著しいASGMに対応するために、強制的な義務が必要であるとする代表者等の一般的な認識を見て満足している。IPENは、削減または廃絶の目標を達成し、締約国がこれらの条項を実施するための財政的及び技術的な援助へのアクセスを容易にするために、大いなる削減と廃絶の目標及び行動計画を開発するための要件を概説するSGM分野からの水銀排出に関する条項を支持する。開発途上国と移行経済国にとって、これらの義務は、適切で十分な技術的及び財政的援助の利用可能性と密接に関連するはずである。その領土内にASGMを持つ各締約国は、ASGMにおける水銀の使用と水銀放出を廃絶することを目指す包括的な行動計画を開発し、実施し、報告し、定期的に更新することを求められるべきである。これらの計画は下記を含むべきである。
ドラフト条約テキストは、この問題をどのように扱っているか ドラフト条約テキストの第9条は、二つのオプションを持っている。ひとつは、"措置を取る"であり、もうひとつ(1 bis 代案2)は、国家行動計画を求めるものである。IPENは、財政メカニズムからの基金に適格な国家行動計画の開発を求めることを望む。このオプションは、ASGM分野からの水銀削減の目標、方針とプログラム、及びその目的を達成するための時間枠に関して、締約国の計画の目的と役割を概説する系統的で明確なプロセスを可能にするであろう。
IPENの懸念 #4:廃棄物 IPENは、水銀条約は水銀含有廃棄物の管理に対応する特有の条項を持つべきであり、この重要な問題に関するその責任を単純にバーゼル条約に委任すべきではないと信じる。我々は、将来の水銀条約は、人の健康と環境の保護をその目的の中心に据えるであろうと期待している。これはバーゼル条約の特有の目的ではない。また、バーゼル条約は、水銀廃棄物の国内での処理、収集、輸送、及び代替管理に関連する問題に完全には対応していない。一方、水銀条約とバーゼル条約との間に権限の重複が存在するので、その重複する権限についての懸念に目が向けられるべきであり、水銀条約の下における廃棄物に関するガイドラインの策定は、バーゼル条約との協議の中でなされるべきである。 ドラフト条約テキストは、この問題をどのように扱っているか ドラフト・テキストの第13条は、二つのオプションを含んでおり、IPENは、上述した理由により第2節 代案2の義務的バージョンに賛成である。下記の勧告がINC3において参加諸国により検討されるべきである。
IPENの懸念 #5:汚染サイト INC2において、各国政府は汚染サイトに目を向ける条約の条項を支持することを示した。しかし、そのような条項は自主的なのか又は義務的なのかに関して、異なる見解が述べられた。この議論の複雑な要素は次のようなものである。水銀汚染されたサイトの修復にかかわる極端に高いコスト;開発途上国と移行経済国にとって、そのようなサイトを修復するために必要な資源を見つけることの困難さ;及び、全ての水銀汚染サイトを修復するための包括的なプログラムのコストは、どのような考えうる財政的メカニズムの能力をも圧倒するであろうという資金提供国及びその他の組織の懸念。 IPENが支持するひとつの前進は、各サイト及び影響を受ける集団への健康影響の完全な特性化と評価を含んで、領域内にある水銀汚染サイト(水銀化合物を含む)の包括的な目録を作成するための計画を準備し、実施し、報告することを締約国に義務付けるという条約の条項である。 可能な場合には責任ある当事者が特定され、どのような場合にも水銀汚染源が特定されるべきである。もし汚染が継続しているなら、それは止められるべきである。 即座の及び長期の潜在的な健康影響が特定され、強調されるべきであり、脆弱な集団を考慮に入れつつ、完全な情報が潜在的に影響を受ける地域社会に提供されるべきである。 その計画はまた、リオ原則10:情報へのアクセス、リオ原則13:汚染とその他の損害の被害者のための補償、及びリオ原則16:汚染者負担の原則を実施するためのメカニズムを含むべきである。 補償とサイト修復の一義的な責任は責任ある当事者が当然負うべきであるが、条約はまた、責任ある当事者を特定することができない又は必要なレベルの資源が不足しているという最も問題のあるサイトに目を向けた国際的な協力を促進するための条項を含むべきである。 サイト修復のために水銀を含む汚染物質を除去して他の場所に移動する又はした時に、それらの汚染物質が後に再び水銀の汚染源となることを防止するために、それらは環境的に適切な方法で、収集、輸送、及び処分されるべきである。 水銀に関する法的に拘束力のある協定書は、現在進行中の健康と環境への水銀曝露を低減し防止するという現在行なわれている難しい取り組みの汚染サイトへの寄与を無視すべきではない。 水銀の法的協定書の目的が水銀曝露からの人の健康と環境の保護に焦点を合わせることであるなら、水銀汚染サイトから公衆を守るために、締約国に課せられる特定の義務が必要であり、この協定書の必須の要素となるべきである。公衆を汚染サイトから守るためにその締約国に課すどのような義務をも含まずに、世界水銀規制条約を水俣条約と命名することは皮肉なことである。 ドラフト条約テキストは、この問題をどのように扱っているか
IPENの懸念 #6:財政的メカニズムと条約遵守との関係 INC2における代表者等と同様に、IPENは、締約国の遵守義務の履行に伴う基金へのアクセスに関連する長所が条約の財政的メカニズムの中にあると考えている。しかし、このアプローチは、もし非常に重要な条約の条項が自主的なものであるなら、おそらく間違いなく、そのような条項の実施は、条約の財政的メカニズムの支援を得る資格にならないであろう。 ドラフト・エレメント・ペーパーは、多くの重要な条項を自主的なものとして提案した。それらの中には特に、国家行動計画の策定と実施、ASGMと汚染サイトに対応する措置、及び、ほとんどの国にとっての火力発電所、金属精錬所、廃棄物焼却炉、セメント工場からの水銀排出規制がある。これら及び同様な領域でIPENは、(これらの計画が関連条項で詳細に述べられている事項に対応すべく詳細に)計画を策定し、実施し、報告し、更新することについて強制力のある義務を支持する。このアプローチは、非常に重要な条約条項を遵守体制の下にもたらし、財政的メカニズムからの支援に対して道を開くことになる。 しかし、その特定メカニズムもかかわらず、IPENは、条約の財政メカニズムは、後発開発途上国(LDCs)及び、島嶼開発途上国((SIDs)には特権的なアクセスを提供すべきであると信じる。これは、他にもあるが、特に協調融資(co-finance)要件の緩和、資金提供のための提案書作成支援、プロジェクト適格性での広い自由範囲を含んでもよい。 ドラフト条約テキストはこの問題をどのように扱っているか
IPENの懸念 #7:条約の命名 世界水銀条約を"水俣条約"と命名するという提案は非常に重要である。IPENは、この世界水銀規制条約を"水俣条約"と命名することは、水俣の悲劇を人の健康と環境を水銀汚染からから守るという世界の取り組みに直接的に結びつけることになると信じる。従って、もし条約に水俣の名前が付けられるなら、被害者と彼等の正当な要求は尊重されなくてはならず、水俣の悲劇から学んだことは条約に適用されなくてはならない。 水俣病が初めて診断されてから50年以上が経過したが、被害者らの団体はこの悲劇への対応へのもっともな不満を持ち続けている。彼等は、全ての被害者が認められ補償されることを望んでいる。彼等は、影響を受けた地域に住む人々の包括的な健康調査を望んでいるが、まだ実施されていない。彼等は、汚染者負担原則が完全にそして適切に実施されることを望んでいる。彼等は、水俣湾から浚渫された膨大な量の高度に水銀汚染されたヘドロにより(長期的な耐久性と耐震性とを考慮せずに)暫定的に建設された潜在的に危険な現在の埋立地が、早急に見直されることを望んでいる。彼等はまた、最終的な解決として、それが環境的に適切な方法で必要に応じて改善され、定期的に監視されることを望んでいる。最後に、水俣の被害者団体は、住民が安全に暮らせることを可能にする健康福祉の制度が確立されることを望んでいる。 IPENは、条約が水俣条約と名づけられる前に、現状の悲劇が日本政府とチッソによって適切に対応されなくてはならないと主張する水俣被害者の団体に連帯する。このことは、懸案問題の真の解決に向けて公の約束と具体的な措置が2013年の外交会議の前に実施されるべきことを意味する。 INC2において、日本の水俣市長、宮本勝彬(かつあき)氏は、"人と環境への配慮が水銀交渉の中で高く優先付けられるべき"と訴えた。このことは、被害者と正義を求める彼等の要求を完全に敬うことに他ならないと、我々は信じる。 水銀条約を"水俣条約"と命名するとの日本政府の提案に対する水俣被害者団体及び支援者団体の声明 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/INC2_NGO/Minamata_Statement_110123_jp.pdf "水俣を敬う" 水俣被害者団体を支援する国際連帯声明 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/INC2_NGO/IPEN_Honoring_Minamata_Statement_jp.pdf ドラフト条約テキストはこの問題をどのように扱っているか ドラフト条約テキストはこの問題を扱っていない。 |