ピコ通信/第130号
発行日2009年6月23日
発行化学物質問題市民研究会
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

10月1日から標準病名マスターに
化学物質過敏症が登録
その意義を考える



 6月12日付毎日新聞に"「化学物質過敏症」に健保 10月から病名登録 70万人救済に道"という記事が掲載されました。
 内容のあらましは、
 "電子カルテシステムや電子化診療報酬請求書(レセプト)で使われる病名リストに、「化学物質過敏症(CS)」が新たに登録されることが11日分かった。10月1日付で厚生労働省と経済産業省の外郭団体・財団法人医療情報システム開発センター(東京都文京区)が改訂を予定している。国が公式にCSの存在を認めるのは初めて。健康保険で扱われる病名はこのリストに連動しており、改訂されれば、自己負担が原則だったCS治療に健保が適用されるため、推定約70万人とされる患者救済の大きな一歩となる"。

というものです。
 このニュースの背景と意味について、解説します。

■病名リストに収載決定の経緯
 これまで、患者団体や支援団体は長い間、化学物質過敏症を病名として正式に認めてほしいと要望し続けてきました。
 本年5月12日、患者団体のシックハウス連絡会(代表 市川信子さん)の呼びかけで厚労省に一緒に行きました。その際、「化学物質過敏症を保険適用病名と指定し認めてほしい」という要望に対して、厚労省は「それでは、標準病名マスターに追加要望を医療情報システム開発センターのウェブサイトから出してほしい」と言いました。これまで、何度も要望してきましたが、そのような方法があることを教えてはくれませんでした。
 それを聞いて、シックハウス連絡会等が要望を書き込んだところ、6月1日に「検討の結果、化学物質過敏症を、次回10/1リリースのバージョン2.81で採択予定になりました」との回答が送られてきました。

■標準病名マスターとは何か
 標準病名マスターとは、"ICD10対応電子カルテ用標準病名マスター"のことで、ICD-10という国際的な疾病分類に応じて日本で作られている病名分類です。
 ICD とは「疾病及び関連保健問題の国際統計分類:International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems」のことであり、ICD-10 はその10回目の修正版です。疾病/死因の国際的な統計を目的としてWHO が定めた分類で22章からなっており、これをもとに各国がそれぞれ展開することになっており、日本では標準病名マスターが当てられています。(詳しくは当会の下記ウェブページ(シックスクールとCS/海外MCS)『WHO ICD-10 1999 第2.2.4 項:広く行きわたった不特定の労働関連疾病』参照のこと)

 "シックハウス症候群"は2002年に標準病名マスターに病名が登録されましたが、病名検索をすると、病名管理番号20084310、ICD10コードT529などと表示されます。 "化学物質過敏症"も、10月1日公表の改定で、このような番号、コードが振り当てられることになります。
 標準病名マスターの改定は年4回行われ、6月1日更新のバージョン2.80では、56病名の追加・4病名削除などの変更があり、病名総数は86,607などとなっています。改定を検討するのは、傷病名マスター作業委員会・標準病名マスター作業班で、2007年度の委員数は17人(厚労省からの依頼を受けて日本医学会が監修)。同マスターのウェブサイトのFAQ欄には、「原則毎月要望のあった病名について収載の可否を検討している。判断の難しいケースでは、各学会に意見を求めている」と記載されています。
http://www2.medis.or.jp/stdcd/byomei/index.html

■国際的にはどうか
 『ICD-10の第2.2.4項:広く行きわたった不特定の労働関連疾病』には、当会ウェブページで紹介した通り、化学物質過敏症に関連する以下の文言が載っています。

 "新たな未確定の労働関連健康問題が生じている。そのような状態は通常、様々な症状と疾病が混ざっている(例えば、シックビルディング症候群、多種化学物質過敏症、電気的アレルギー/sick-building syndrome, multiple chemical sensitivity, electricity allergy)。よく定義された診断基準を設定し、病因を結論付けるための十分な経験と知識を得るまでには時間がかかる。それにも関わらず、そのような新たな問題を特定し、とにかく分類することは、監視とその他の目的のために非常に重要である。ICD-10 の一般原則によれば、観察される最も重大な疾病又症状を一次的診断として、観察される他のすべての疾病又は症状を二次的診断として、コード化するよう試みるべきである"。

 つまり、シックビルディング症候群(日本ではシックハウス症候群)、多種化学物質過敏症(MCS 日本では化学物質過敏症と呼ばれることが多い)、電気的アレルギー(日本では電磁波過敏症)などの新たな疾病が出てきているから、それらについても分類してコードを与えなさい、そのことが重要ですよと言っているのです。
 日本では2002年に、シックハウス症候群が分類されてコードがつけられましたが、化学物質過敏症については我々の度重なる要望にも関わらず、コードが与えられてきませんでした。

 ドイツでは、ICD-10のドイツ版であるICD-10 GM に於いて、MCS は2000年に、コードT78.4(第19章 損傷、中毒およびその他の外因の影響−有害作用、他に分類されないもの−外因のその他及び詳細不明の作用 −アレルギー、詳細不明)に登録されています。しかし、障害ガイドラインの中に身体表現性障害(心身障害)であるとの表現があったために、患者さんたちはこれまで苦しんできましたが、2008年11月に削除されることが決まったとのことです。(当会ウェブサイト/シックスクールとCS/海外MCSを参照のこと) ■保険適用されるようになるか
 毎日新聞の記事見出しでは"「化学物質過敏症」に健保"とあり、これまで健康保険が一部しか利かなくて高額であった化学物質過敏症の診療に、健康保険が利くようになると理解する読者がほとんどだと思います。
 そこで、厚労省に確認したところ、厚労省はこれまで通り「保険は診療行為に対して適用されるもので、病名に対して適用されるものではない。これまでも、マスターに載っていない病名を書いてもよかった」と繰り返しましたが、何かメリットはないのかとの質問に「保険請求の際に、マスターに載っている病名やコードを正式に書ける」と言うにとどまりました。
 厚労省の公式な見解は以上のようなものですが、2002年にシックハウス症候群が収載された後、一部診療に保険が利くようになったとのことですので、実際には保険が利く診療行為が徐々に増えることは期待できそうです。

■病名マスター収載の意義は何か
 保険適用についての効果は未だはっきりしませんが、化学物質過敏症が病名収載されることが及ぼすその他の意義について考えてみたいと思います。
 まず、これまで「いわゆる化学物質過敏症」などと「いわゆる」付きで公的文書等に書かれてきましたが、収載後は正式な病名になるので、「いわゆる」は付かなくなるはずです。
 本年1月に出された「シックハウス症候群に対する相談とマニュアル」(ピコ通信127号、126号参照)でも、「いわゆる化学物質過敏症」と呼んで、その存在そのものに疑問符をつける扱いでした。今後は「シックハウス症候群に対する相談とマニュアル」と同様に、「化学物質過敏症に対する相談とマニュアル」を作成してもらう、これまでは厚労省科研費による研究はおしなべてシックハウス症候群名でしたが、これからは化学物質過敏症名の研究も進めてもらう、シックハウス症候群患者に限られていた公営住宅への避難入居についても求めていく等々、可能性は広がることが考えられます。
 何と言っても、家族や地域社会、職場などで、「気のせい」と言われ続けてきた患者さんたちにとって、正式な病名がある病気なのですから、胸を張って理解や対策を求めることが可能になります。
 ともかく、化学物質過敏症対策前進への足がかりになる、大きな一歩であることは間違いありません。
(安間節子)


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