Pambazuka News 2010年10月6日
広大な大陸と微小な技術:
ナノ技術とアフリカ


情報源:Pambazuka News 2010-10-06
Big continent and tiny technology: Nanotechnology and Africa
By Kathy Jo Wetter
http://pambazuka.org:80/en/category/features/67525

訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2010年12月19日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/101006_Pambazuka_Nano_Africa.html


 ナノ技術がアフリカの社会・健康問題を解決することができるのは自明のことだと主張されているものの、ナノ技術の開発が厳しい非難を浴びるのは当然である、と Kathy Jo Wetter は述べている。ナノ技術とその関連リスクとはいかなるものか議論されている中で彼女が強調するのは、ナノ技術により「生物及び無生物」を独占管理する機会が新たに生み出されるけれども、世界中の政府規制はナノ技術独自のリスクに対処するには全く不十分なままであるということだ。 (写真クリックで拡大

 NANO Magazineの2010年8月号には、開発途上国にプラスの影響を与えると期待されているナノスケールの研究が紹介されており、エネルギー生成、病気予防、浄水に焦点を当てた記事が掲載されている。この記事は、今やおなじみとなったパターンを反映している。すなわち、まず(不衛生な水が原因で毎日6000人もの死者が出ているといった)現在の問題の恐るべき規模が提示され、続いてこうした問題を解決してくれるであろうナノ技術研究(水から汚染物質を除去する帯電ナノスケール粒子など)が報告される。読者はこうした事実をつなぎあわせて、論理的かつ必然的な結論に至ることが期待される。ナノに「ノー」と言う人などいるだろうか、ということになるのである。

 実際、19カ国からなる東南部アフリカ市場共同体(COMESA)は最近のサミット閉幕時に、「ナノ科学・技術が医療など様々な重要分野に適用されるのであれば」、その推進及び利用を促すことによって「科学・技術が開発のために役立つことになる」と述べていた[1]。専門家たちが「南」の緊急課題を解決する手段としてナノ技術の推進を誓ったのは、もちろんこれが初めてではない。既に2005年に、国連のミレニアム・プロジェクトの科学・技術・革新に関するタスクフォースは、ナノ技術を貧困に対処し、ミレニアム開発目標を達成するための重要な手段として位置づけていた。

 しかし2010年初め、ナノ技術関連問題に対する意識向上を目指す地域ワークショップがコートジボアールで開催され、製造ナノ物質のリスクを最小にするためにその輸入及び使用を許可もしくは拒否する権利を各国が保有すべきである、と参加者たちは主張した[2]訳注1)。彼らはまた、特に開発途上国や経済移行国ではナノ技術の利点だけでなく、予防措置の重要な役割や倫理的・社会的リスクにも注意を向けるよう強く求めた。さらに、開発途上国の問題を解決する上でナノ技術が中心的な役割を担うとする定説に疑問を呈し、場合によっては「ナノにノーと言う」ことが理にかなうのではないかと言うアフリカの専門家グループまで出てきた。

ナノ技術とそのリスクとは、いかなるものか?

 ナノ技術とは、原子・分子レベルで物質を操作するために利用される一連の技術である。ナノ技術が働きかけるのは原子・分子レベルのみであり、「ナノ」とは物体ではなく大きさを意味する。1ナノメートル(nm)は10億分の1メートル、すなわち隣り合わせに並んだ10個の水素原子と同じ大きさである。幅が約2.5nm のDNA分子(それゆえナノスケール物質と呼ばれる)に比べると、直径約5000nmの赤血球はとてつもなく大きいということになる。ナノスケールのものはいかなるものであっても肉眼では見ることができず、最も強力な顕微鏡を通してしか見ることができない。また、ナノスケールで物質を意図的に変化させることが可能になったのは、ここ4半世紀のことに過ぎない。

 ナノ技術の可能性を理解する上で重要なことは、ナノスケールでは物質の特性が劇的に変化する可能性があるということである。こうした変化は「量子効果」と呼ばれている。同じ物質であっても、サイズを(少なくとも1次元をおよそ300nm以下に)縮小するだけで、電気伝導性、高い生物学的利用能、弾性、高い強度や反応性といった新たな特徴を示す場合がある。こうした特性は、まさに同じ物質であってもサイズが大きいときには現れないこともある。例えば、グラファイト状の炭素(鉛筆の「芯」など)は柔らかく可鍛性があるが、ナノスケールの形状では鋼よりも強度が高く、6倍も軽い。また、ナノスケールの銅は室温では弾性があり、折れることなく元の長さの50倍にまで伸びる。

 研究者たちは新たな物質を作り出したり、既存物質を変化させたりするために、ナノスケールにおいて特性が変化することを利用している。世界中の各国政府は既に、ナノ科学技術研究に500億米ドル以上もの投資を行っており、ある市場分析会社は、民間セクターが今年度だけでなんと410億ドルもの投資を行うであろうと予測している。現在、各企業が製造している人工ナノ粒子は、織物、塗料、化粧品、食品に至るまで数多くの商品に利用されている。

 現在ではナノスケールでの操作が可能になり、生物と無生物双方の基本要素(原子、分子、DNAなど)はナノスケールで存在していることから、技術をいまだかつてないほど集約させることができるようになった。ナノテク及びナノテク・ツールによって実現される技術的集約は、生物学、バイオテクノロジー、合成生物学、物理学、材料科学、化学、認知科学、情報科学、地球工学、電子工学、ロボット工学などの分野に影響を与える可能性がある。ナノスケールでは、生物と無生物の間に質的な違いはない。(ETCグループは技術的集約を表す言葉として"BANG"を用いている。これはビット[Bits]、原子[Atoms]、神経細胞[Neurons]、遺伝子[Genes]の略であり、様々な技術とともに集約される可能性のあるものを指す。)

市場への影響

 ナノ技術を利用して作られた新型物質の最も直接的な影響というのは、産業製造業者が原材料を選ぶ際の選択肢が増えることであり、それゆえ従来の商品市場に大きな混乱がもたらされることになるかもしれない。どのような商品や消費者がどれだけ早期に影響を受けるかということを確実に予測するのは時期尚早であるが、より性能の優れている新規ナノ物質が従来の物質と同じような価格で製造できるのであれば、これが従来の商品に取って代わることになる可能性は高い。新しいプロセスにより製造され、本国近くから供給される安い原材料が、綿及び戦略鉱物‐その多くはアフリカや輸出依存国から供給されている‐などの商品に取って代わることを求める圧力が生まれることは、歴史を見ても明らかである。商品の陳腐化が原因で労働者が解雇されれば、最も貧しく弱い立場にある人々、特に新しい技能や様々な原材料に対する突然の需要に応えるだけの経済的柔軟性を持たない人々が損害を受けることになるであろう。

 (長年にわたって一次輸出産品の価格は低く不安定であり、商品生産者の多くが根強い貧困を経験している中で、現状維持に賛成の議論をする者は少ない。しかし、問題は現状維持ではない。目の前にある緊急課題は、社会の対応準備が整っていない社会的・経済的大混乱をナノ技術がもたらす可能性が高いということである。)

 市場の需要が急激に変化することによって恩恵を受けるのは、変化の到来を予測できる者たちである。その一方で、迫りくる変化に気づかない一次産品生産者や新たな需要に直面しても迅速に対応できない者たちが「落伍者」になるであろう。

南アフリカ

 まさにこうした理由から、南アフリカはこの10年の大半の間、ナノ技術に目をつけ、新規ナノ物質が鉱物市場に与えるかもしれない影響について特に注意を払ってきたのである。2005年、当時南アフリカの科学技術大臣であったモシブディ・マンゲナは、次のように警告した。「ナノ技術研究及び革新への投資が増大すれば、従来の材料のほとんどは、より安く機能が豊富で、より強い材料に取って代わられることになるであろう。わが国の経済は依然として天然資源に大きく依存しているからこそ、天然資源を余らせないようにすることが重要なのである」[3]。南アフリカ政府は同年、国家ナノテクノロジー戦略を開始し、科学技術省を通じて研究開発に資金提供を行っている。2009-10年の同省の予算は全体で6億米ドルに迫る勢いであった。南アフリカはまた、インド、ブラジル、南アによる対話フォーラム(IBSA)のナノテク共同研究開発プログラムにおいて重要な役割を担っている。ナノ技術はインド率いる科学協力分野のひとつであり、インド、ブラジル、南アは共同研究資金として300万米ドルを提供している。

健康及び環境への影響

 広範な分野の産業、特に医薬品産業にとって、生物学的プロセスと同様にナノ物質の移動度、小さいサイズ、特殊な性質は非常に魅力的であるが、こうした性質こそがヒトの健康や環境に悪影響を及ぼす可能性があるということが分かった。ヒトの細胞は一般的にナノ物質よりも大きい‐直径約10-20ミクロン(1万-2万ナノメートル)‐ため、ナノスケール物質及びデバイスがほとんどの細胞に簡単に侵入することが可能であり、何の免疫反応も引き起こさないこともあり得る。ナノ粒子の毒性については不確実性が高いけれども、幅広い商業用途のために製造されたナノ粒子(亜鉛、酸化亜鉛、銀、二酸化チタンなど)には毒性があるかもしれないということを示す研究が現在、多数発表されている。ナノ粒子の中には胎盤を通過し、胎芽の発達に重大なリスクをもたらす可能性のあるものもある。また、常日頃ナノ粒子への職業的暴露を経験している労働者は、最も危険にさらされていると言えるであろう。

 かつて2002年にETCグループは、新しいナノ製品の安全性を証明することができなければ、労働者や消費者を守るためにその製品の商品化を一時停止すべきであると訴えた(訳注2)。2007年、世界中の市民社会団体、公益団体、環境団体、労働団体からなる広範な連合は、予防原則に基づく「ナノ技術とナノ物質の監視のための原則」を発表した[4]訳注3)。現状では、ナノスケール物質特有のリスクに対処する政府規制は不定期の報告要求のみで、それ以外はまだ何も存在せず、ナノテク製品の商品化は妨げられることなく続いている。

 現在、何人の労働者が製造ナノ物質に暴露しているのか誰にも分からないが、ナノ技術に従事する労働者数は5年以内に世界中で1000万人に達するであろうと予測されている。(世界中の食品産業従事者、農場労働者、ホテル従業員を団結させている)国際労働組合のIUFは、暴露や健康への影響に関する不確実性を考慮して、食品や農業におけるナノ技術の商業利用を一時停止すべきだと訴えている。コートジボアール会議では、製造ナノ物質に関する職業安全衛生計画・対策の策定に労働者が関与すべきであると参加者たちが良識ある勧告を行い、各国はナノ粒子・物質の製造、使用、輸送、廃棄に関する安全な慣行を確保するための法規定を策定し実施するよう促された。

誰が管理するのか?

 ナノ技術は、生物及び無生物双方を広く独占的に管理する新しい機会をもたらす。結局のところ、ナノスケールの特許は生命を成り立たせている基本構成要素の独占を招くことになりかねない。バイオ技術の特許はバイオ製品及びプロセスに対する権利を主張するものであるけれども、ナノ技術の特許は化学元素とこれを組み込んだ化合物及びデバイスに対して実際に権利を主張するものになるであろう。ナノスケール技術においては、生命の特許だけでなく自然界の全てのものの特許が問題になっており、それゆえバイオパイラシーへの新たな道が開かれるのだ( Oduor Ong'wen's contribution in this special issue 参照)。ナノ技術の管理及び所有は、全ての政府にとって死活問題である。なぜなら、たった1つのナノスケール革新が数多くの産業部門で多種多様に応用されるようになる可能性もあるからである。

 ナノ技術がアフリカに利益をもたらすと考える者の多くは、技術移転や知的所有権の現実を無視している。知的所有権は「北」が推進し、「北」と「南」双方の支配的な経済グループの利益を増進させるものである。2006年の調査では、世界中で取得された全特許のうち、南アフリカが占めるのはたった0.4%であるのに対して、米国と欧州は合わせて81.8%にものぼると報告されている[5]

 この30年の間(1976-2006)にナノ技術の分野では1万2000以上もの特許が認可されたが、これらを取得したのは世界のナノ技術特許のほとんどを取得している3つの官庁、すなわち米国特許標章庁(USPTO)、欧州特許庁、日本国特許庁であった[6]。2010年3月現在では、6000近くのナノ技術特許をUSPTOが取得し、さらに5184もの特許申請が順番待ちしている状況である。(主にOECD諸国の)多国籍企業、大学、ナノテク新興企業がナノテク・ツール、物質、プロセス‐つまり、のちの革新の基礎となる影響力の強い発明‐の「基礎特許」を獲得しているため、米国や欧州では既にナノ技術の「特許の錯綜」が懸念をもたらしている。

 一方、アフリカ諸国政府は知的財産法を強化して特許権者の権利を認めるよう迫られている。6月、米国政府は伝えられるところによると、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)のためのキャンペーンに何百万ドルもの金を使い、カンパラで地域ワークショップを3日間開催した。そこで東アフリカ共同体は、「公衆安全」のために実施手続きと地域標準の策定を先導するよう迫られたのである[7]

 「南」の研究者たちは、特許で守られた「ナノテク革命」に関与しても、特許料による厳しい制約を受ける上、利用するためには特許権使用料やライセンス料を支払わなければならないということ気がつくであろう。だからといって、特許による妨げのないナノ技術が「南」の最も差し迫った要求に対する解決策を提供してくれるわけではない。それどころか、技術的な応急処置によって公平及び公正がもたらされることなどあり得ないのである。

 しかし結局のところ、アフリカがどれほど直接的にナノ技術に関与し、どのように知的所有権を扱うかにかかわりなく、ナノ技術はアフリカ経済に多大な影響を与えることになるであろう。一次産品依存のアフリカ途上国は、ナノ技術がもたらす技術変革の方向性や影響についての理解を深め、収束技術が自分たちの将来にどのような影響を及ぼす可能性があるかの判断に関与することが極めて重要である。新たな技術の導入を監視及び評価するためには、革新的なアプローチが必要だ。技術の変化に対応するために、早期警戒・早期傾聴戦略を策定しなければならない。コートジボアールの地域ワークショップの参加者が提案した勧告は、力強いスタートになった。ETCグループは幅広く包括的な「新技術評価のための国際協定」(ICENT)を国連で策定することを要請したのである。



* Kathy Jo Wetter has worked in ETC Group's Carrboro, NC office as a researcher and as the Assistant to the Research Director.
* Please send comments to editor@pambazuka.org or comment online at Pambazuka News.

NOTES
[1] Anon. ‘Africa: Nineteen countries pledge to promote science,’ University World News, Issue 139, 12 September 2010, http://www.universityworldnews.com/article.php?story=20100911201707964, with link to Summit Communique.

[2] Resolution on nanotechnologies and manufactured nanomaterials by participants in the African regional meeting on implementation of the Strategic Approach to International Chemicals Management, Abidjan, Cote D’Ivoire, 25 ? 29 January 2010. The event was one in a series of regional awareness raising workshops, and was organized by the UN Institute for Training and Research (UNITAR) and the OECD.

訳注1
[3] Opening Address by Mr. Mosibudi Mangena, Minister of Science and Technology at a Project Autek Progress Report Function, Cape Town International Convention Centre, 8 February 2005.

訳注2
[4] The Principles are available online at http://www.nanoaction.org/nanoaction/page.cfm?id=223

訳注3
[5] Sikoyo, G., Nyukuri, E., Wakhungu, J. (2006) Intellectual Property Protection in Africa: Status of Laws, Research and Policy Analysis in Ghana, Kenya, Nigeria, South Africa and Uganda. Ecopolicy Series. ACTS Press

[6] Hsinchun, C. et al., ‘Trends in nanotechnology patents,’ Nature Nanotechnology, Vol. 3, March 2008, pp. 123-125.

[7] Wambi Michael, ‘U.S. Intensifies Anti-Counterfeit Drive in East Africa,’ Inter Press Service, 19 July 2010: http://ipsnews.net/news.asp?idnews=52228



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