サウス・センター向け ETCグループ(カナダ)報告 2005年11月
ナノスケール技術の一次産品市場への潜在的な影響
一次産品に依存する諸国のかかわり

(エグゼクティブ・サマリー紹介)

情報源:The Potential Impacts of Nano-Scale Technologies on Commodity Markets:
The Implications for Commodity Dependent Developing Countries
for South Center by ETC Group November 2005
http://www.etcgroup.org/upload/publication/45/01/southcentre.commodities.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年2月1日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/etc/ETC_South_Center.html

サウス・センターについて
 1995年8月、サウス・センター(South Centre)は、発展途上国の恒久的な政府間組織として設立された。”南”の利害共有、南−南間協力、及び国際的なフォーラムへの開発途上国による足並みのそろった参加という目的を追求して、サウス・センターは完全な知的独立性を保っている。”南”諸国に関連する情報、戦略的分析、及び、国際的な経済、社会、及び政治に関する勧告を作成し、発表し、配布している。

 サウス・センターは、”南”の諸国政府からの支援と協力を得ており、定期的に非同盟運動と77のグループと折衝しながら働いている。同センターの調査と意見表明書は、”南”の政府、研究所、及び”南”の人々が持つ技術的及び知的能力により作成される。”南”の、そして時には”北”の異なる分野からの専門家を招聘しての作業部会及び広範な協議を通じて、”南”の共通の問題が研究され、経験と知識が共有される。


エグゼクティブ・サマリー
 発展途上国の大部分では一次産品の生産は経済の基幹である。一次産品への依存と貧困は密接に絡み合っている。一次産品は”南”のいなかの貧しい人々の主要な収入源である。開発途上国の141か国のうち95か国が、少なくとも輸出の50%を一次産品に依存しており、46か国が全輸出高の半分以上を3品又はそれ以下の一次産品に依存している[1]。一次産品への依存によって及ぼされる困難は極めて多面で複雑である。一次産品依存の特徴は、主に価格の低下と移ろいやすさ、通商を歪める交付金、不公平な貿易障壁、及び市場の高度な集中化に起因する高い経済的脆弱性である。

 歴史的に、科学と技術の進歩はまた、一次産品の生産と貿易に深遠な影響を与えてきた。急速な技術的変化は、”建設的な破壊”のプロセスであると言及する経済専門家もいるが、大きな混乱と秩序の崩壊を招くことがある。一般的に、技術要因による一次産品の生産と原材料の需要の変化は急速で予測できない。新技術の開発者は需要と供給における突然の変化に前もって十分に準備ができるが、一次産品の生産者は差し迫った変化に気が付かず、急激な市場変化に直面しても適切に対応することができない。科学史の学者や経済専門家は、主要な新技術の導入を比較的予測可能な上昇と下降の”波”として描写する。

 今日、ナノスケール科学とナノ技術における急速な進歩は、一次産品依存の開発途上国にさらなる困難をもたらす。ナノ技術は、そのサイズが10億分の1メートルで測定される原子と分子の世界を操作する技術と言うことができる。ナノ技術の世界経済に及ぼす影響は息を呑むような大きなものである。その比類のない広範さと規模のために、”波”ではなくて、”技術のツナミ(tsunami)” と比喩される。ナノ技術の導入は、非常に速いスピードでやってきて、しかもそれは水面下にあり、実際に影響が出るまで正体がわからないのでツナミに例えられるのである。ナノテクの波が海岸に押し寄せると、それは急速で途方もなく避けることもできない潜在的に破壊的な変化をもたらす。ナノ技術は、ひとつではなく全ての主要な産業分野(例えば、医薬、食品と農業、電子及びコンピュータ、材料及び製造)における現在の最新技術を部分的に又は完全に変えることを意味する”基幹技術”である。今後数年間で、ナノスケールに関連する技術は、全産業分野を通じて新たな材料の設計と製造に革命を起こすであろう。産業分析のラックス・リサーチ社(Lux Research, Inc.,)の2004年の報告書は、ほとんどの産業で市場でのシェア、サプライチェーン、及び雇用を変えるであろうナノテクの可能性に焦点を当てている。

 世界的には、産業界と政府は2004年にはナノテクの研究開発に100億ドル(約1兆1千億円)以上を投資している。欧州連合、日本、そしてアメリカが、ナノテクへの投資レベルで拮抗している。少なくとも60か国が国家ナノテク研究プログラムを立ち上げたが、その約半分はヨーロッパである。米国家科学財団は、ナノテク市場は2011年又は2012年までに1兆ドル(約110兆円)を超えるであろうと予測している[2]。産業界消息筋は、ナノ技術を導入した商業製品は、2014年までに2.6兆ドル(約280兆円)(総生産の15%)に達すると予測しており、これはバイオテクの10倍であり、情報通信産業と同等である[3]。2000年にはIBMはナノ技術の取組に資金を投入していた唯一の主要企業であった。今日、実質的に全てのフォーチュン500企業(訳注:ビジネス誌 FORTUNE Global 500 のリスト企業)がナノテクの研究開発に投資している。

 ナノテク研究開発への投資はOECD諸国で加速しており、ナノテクを取り入れた700を超える製品が既に市場に出ている。しかし、製品は規制や監視を受けずに市場に出されている。人工ナノ粒子がそのサイズと特異な特性のために人間の健康と環境にリスクを及ぼす可能性があると警告する科学的研究と政府の報告書が最近、増大しているということに注意を払うことが重要である。

 開発に関わる多くの専門家は、ナノスケール技術は”南”の最も差し迫った必要性に対応するものであると主張する。国連のミレニアム・プロジェクトの”科学・技術・革新に関するタスクフォース”は、ナノ技術を貧困に目を向けミレニアム開発目標を達成するための重要なツールとしてナノ技術を位置づけている[4]。特に、エネルギーと水問題に対応したナノテク研究はしばしば、ナノテクの環境的持続可能性と人の開発に対する潜在的な貢献を示すものとして引用されている。研究者らは汚染された水を浄化するためにナノ・フィルターと人工ナノ粒子の両方を開発している。ナノスケール技術はまた、再生可能なエネルギー源として、高価ではなく、柔軟性があり、効率的な太陽電池を開発するために採用されている。

 OECD諸国の政府、産業界、及び科学者はナノスケール技術が”南”の諸国に貢献するということを素早く指摘している。しかし今日までに、開発途上国の経済と人の開発に及ぼすナノテクの潜在的な破壊的影響についてはほとんど注意が払われていない。南アフリカの科学技術大臣モシブディ・マンゲナは2005年2月に次のように警告している。”ナノ技術研究開発への増大する投資にとともに、在来の材料のほとんどは、より安く、機能が豊富でより強い材料によって置き換えられるかもしれない。我々の経済はまだ天然資源に非常に大きく依存しているのだから、我々の天然資源が余分なものにならないようにすることが重要である。”

 この報告書は、一次産品依存諸国における二つの分野、農業と鉱業、に関するナノ技術の潜在的な影響を検証する。ゴム、布、プラチナ、及び銅に関する事例研究は、ナノテクの新たな研究開発と製品によって、いかに”南”の世界の経済と労働者が影響を受けるかの初期の事例となるであろう。ほとんどの場合、どのような、そしてどのように早く、一次産品又は労働者が影響を受けるのか−を確信を持って予測するには早すぎる。しかし、もし新たなナノ人工材料が在来の材料より優れており、競争力のある価格で製造することができるなら在来の一次産品は取って替えられるであろう。ゴム、綿花、及び戦略的鉱物のような一次産品を、より身近な新たなプロセスにより提供又は製造されるより安い原材料によって取って替えようとする圧力があることは歴史が示すとおりである。ナノテクの新規設計材料は一次産品の市場をひっくり返し、貿易をかく乱し、雇用をなくすことがあり得る。一次産品の陳腐化によりもたらされる労働者の配置換えは、貧しく最も脆弱な人々、特に、新たな技能又は異なる原材料に対する突然の要求に対応する経済的柔軟性を持っていない開発途上国の労働者を窮地に陥れる。

 しかし、ナノスケール技術はまた、開発途上国が在来の一次産品を革新し付加価値をつける可能性を提供できるということに留意することも重要である。さらにナノ技術の推進者らは、廃棄物を最小化し原材料をリサイクルする可能性を提供するボトムアップに関連した革命的な製造プロセスによる将来の環境的便益を指摘している。”南”の人々へのナノテクの潜在的な影響は一概に”良い”又は”悪い”とは決め付けることはできない。しかし、一次産品依存の開発途上国は最も貧困で最も脆弱で、最も激しく社会経済的混乱に直面しやすいということは明らかである[6]
 現在、ナノテク革新と知的所有権の確保は、”北”(特にアメリカ、日本、ヨーロッパ)で活発に実施されており、支配的な経済グループの権益を促進している。世界的な巨大多国籍企業及び主導的大学研究所ナノテク推進部門は積極的にナノテクの新しい材料、デバイス、及び製造プロセスに関する知的所有権を獲得しようとしている。単一のナノスケール革新は多くの産業分野に広がる様々な応用に関連するので、ナノ技術の管理と所有権は全ての政府にとって重要な問題である。ウォールストリート・ジャーナルが指摘しているように、最初に特許をとった会社が潜在的に産業全体に使用料を課すことになる[7]。知的所有権(IP)は、誰がナノテクの1兆ドル(約110兆円)市場を制覇するか−制覇した者はナノスケール技術へのアクセス権を入手し価格を決めることができる−を決定する重要な役割を果たすであろう。スタンフォード大学法学部教授マーク・レムリーによれば、”・・・特許は、同じ開発段階のナノテク以外の現代科学に対してより、ナノテクに対してより大きな影を落とすであろう[8]。”

 主要な輸出一次産品の永久的に安い価格と、”南”で一次産品を生産する多くの労働者が経験する永続的な貧困を直視して、この状態を何とかしようと主張する人々は、現在までのところ、ほとんどいない。即座のそして最も緊急な問題はナノ技術が、準備のできていない社会に対し巨大な社会経済的混乱をもたらしそうであるということである。

 一次産品依存の開発途上国はナノ技術が引き起こす技術的な変質の方向性と影響をよく理解し、この新たに出現している技術がどのように彼らの将来に影響を及ぼすかを決定することに関与しなくてはならない。技術の変化のスピードについていくために、新技術の導入の監視と評価を行うために革新的なアプローチが必要である。この報告書は、一次産品依存の開発途上国が急速に出現しているナノスケール科学と技術によってもたらされる困難と機会に立ち向かうことを支援するために、結論として多くの特定政策を勧告している。早期警告・早期傾聴の戦略が、技術変化についていくためにとられなくてはならない。


脚注
1 Common Fund for Commodities, 釘asic Facts, May 2005, p. 4.

2 The United States National Science Foundation has predicted the market for nanoproducts would exceed US$1 trillion by 2015. In 2004, the NSF revised its forecast, estimating the US$1 trillion mark would come and go in 2011. See, for example, www.memsnet.org/news/1032299214-3

3 For the number of nano-companies, Ann M. Thayer, "Nanotech Investing" Chemical & Engineering News, Vol. 83, No. 18, May 2, 2005, p. 17 and Lux Research, Inc. For IBM's early role in nano-investing: Bruce Lieberman, "Nanotech: Rapidly advancing science is forecast to transform society, "San Diego Union Tribune, March 14, 2005. Market predictions for nanotech are from Anonymous, Lux Research, "Revenue from nanotechnology-enabled products to equal IT and telecom by 2014, exceed biotech by 10 times," October 25, 2004.

4 Calestous Juma and Lee Yee-Cheong, "Innovation: applying knowledge in development," UN Millennium Project Task Force on Science, Technology, and Innovation, 2005, pp. 69 ff., available on the Internet: http://bcsia.ksg.harvard.edu/BCSIA_content/documents/TF-Advance2.pdf.

5 Opening Address By The Minister Of Science And Technology, Mr. Mosibudi Mangena, Minister Of Science And Technology at a Project Autek Progress Report Function, Cape Town International Convention Centre, 8th February 2005.

6 While there is disagreement on the causal relationship between poverty and commodity dependence, there is agreement that the most commodity dependent countries are the poorest. See for example, Nancy Birdsall and Amar Hamoudi, "Commodity Dependence, Trade and Growth: When 'openness' is not enough," Center for Global Development, Working Paper Number 7, May, 2002, p. 17.

7 Ibid.

8 Mark A. Lemley, William H. Neukom Professor of Law, Stanford University, "Patenting Nanotechnology," unpublished manuscript sent to ETC Group by the author, March, 2005, p. 20.



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