EU 環境委員スタブロス・ディマスのスピーチ
REACH とリスボン戦略

欧州議会 カンガルー・グループとの議論 2005年6月21日

情報源:Stavros Dimas, Member of the European Commission, Responsible for Environment
REACH and the Lisbon Strategy
Debate with EP Kangaroo Group, Brussels, 21 June 2005


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年6月30日


(訳注:「カンガルー・グループ」:域内貿易に対するあらゆる障壁撤廃を推進している超党派グループ)

 紳士並びに淑女の皆さん、欧州議会議員の皆さん、そして同僚の皆さん

 まずはじめに、私は化学物質政策と競争力に関する、この昼食会の議論に私をお招きいただいたことにお礼申し上げます。そのような名声あるグループに演説することは大変光栄であり、また、REACH が現在、最もデリケートな政治的議論に入りつつあるということで大変時宜にかなったことであります。

 化学物質政策は、全ての領域−社会、経済、そして環境において非常に大きな賭けとなる分野です。もし、我々が産業の短期的な利益だけに目を向けるなら、我々は産業分野だけにとどまらない長期的な経済問題に直面することになるでしょう。人間の健康と環境に対するダメージは莫大な、直接的そして間接的コストをもたらすでしょう。一方、もし、環境至上主義者の要求だけを認めて正当な経済的配慮が無視されるなら、EU化学産業界の競争力は弱まることになるでしょう。

 したがって、私の主要なメッセージは、バランスの取れたアプローチが重要であるということです。もちろん、現実的な仕事は、このバランスをどのあたりで落ち着かせるか決定することです。

 REACH の詳細に入る前に、私は皆さんに二つの事実を思い起こしていただくことで、現在の議論の脈絡を整理したいと思います。

事実−その1:EU化学産業は我々の経済にとって重要である。

 化学物質製造はEUにおける主要な産業分野のひとつです。化学産業は、年間5,000億ユーロ(約65兆円)の生産高をあげています。直接雇用は170万人です。世界の化学物質生産量は、1930年の100万トンから今日の4億トンに増大しています。その製品−化学物質の全てのタイプ−は我々の社会にとって重要なものです。

 この化学革命は、生活の全ての分野に、そして、ほとんど全ての消費者製品に人工物質をもたらしました。化学物質はいまやどこにでもあり、我々の生活は化学物質なしには成り立ちません。

事実−その2:化学物質の管理を間違えると人間の健康と環境に深刻なダメージを与える。

 不適切な管理の例には、化学廃棄物の不法投棄、化学物質汚染、化学物質の取り扱い時の不安全措置などがあります。しかし、真の問題は化学物質そのものから生じるのではなく、環境と健康への影響についての、そして適切な取り扱い方法についての知識の欠如により生じるということを強調することが重要です。

 できるだけ議論を単純にします。我々は複雑な化学物質に非常に大きく依存しているが、その潜在的なリスクや長期的影響についての十分な知識がともなっていません。欧州化学物質局(European Chemicals Bureau)が高生産量の化学物質に関する入手可能な情報を評価した時に、正確なリスク予測を可能とすることができる十分なテストが行われていたのは、わずか14%だけであることがわかりました。他の86%はテストが不完全であるか、データすらありませんでした! そのような状態は全く受け入れることができませんし、特に我々がこの知識の欠如のために高価な代償を払っているということを理解すればなおさらです。

 古典的な事例はアスベストです。アスベストはかつては価値ある用途の広い建材であるとみなされていた物質です。数十年間、建物に広く使われていました。アスベストの危険性が認識されたのは非常に遅すぎて、健康へのリスクが全てはっきりしてからのことでした。現在は、欧州連合で禁止されていますが、しかし、発展途上国だけで毎年アスベストのために10万人の人々が死ぬであろうと見積もられています。建物や汚染場所からアスベストを除去するコストは莫大なものです。バーレイモント(訳注)はほんのひとつの事例に過ぎません。この物質ひとつの保険金支払い問題のために、ロンドンのロイド社が危うく破産するところだったのです。我々の REACH 提案の”コスト”について人々が話す時に、このようなことは頭に入れておくべき重要なことがらです

 (訳注:欧州委員会本部があるベルギー、ブリュッセルのバーレイモント・ビルは1991年にアスベストが鉄骨に耐火用として使用されていることがわかり使用禁止となった。その後、アスベスト除去工事が行われ、アスベストが発見されてから13年後の2004年10月に改装オープンした。)

 また、高度な科学的検査により我々の体内には数百の人工化学物質が蓄積するということが示されるようになりました。これらの全ての化学物質に対する長期的暴露の詳細な影響はまだわかりませんが、その理由のひとつは、我々はそのような多様で高いレベルの化学物質に暴露した最初の世代だからです。

 しかし、既存の知識の欠如が埋められるのを待つまでもなく、多くの警告のサインが出ています。労働者たちはアレルギー、呼吸器系障害、がん、そして生殖障害などを引き起こす化学物質に暴露させられています。ヨーロッパでは、職業上の皮膚障害のために、毎年300万労働日数が失われています。これらの皮膚障害は、しばしば化学物質に直接関連しています。

 もうひとつの例はオゾン層破壊化学物質によって専ら生じるオゾン層ホールです。

 もっと多くの事例があり、基本的な結論は明快です。化学物質を安全に使用することを十分に知っていると確信できないなら、我々は簡単には化学物質に頼ることはできません。

 そのようなことをなくすために REACH が必要なのです。この取り組みがどのように展開してきたかを説明するためにチェスターからヨハネスブルグまで、4つの都市に皆さんをお連れしましょう。

 チェスターは全ての始まりの場所です。ヨーロッパの環境大臣が1998年にそこで会合し、欧州委員会に化学物質の安全性を管理する4つの主要な法律文書の有効性について評価するよう求めました。

 欧州委員会の調査の結果は不安を抱かせるものでした。それは既存の化学物質規制システムは、非効率的で処理が遅く、化学物質についての知識の欠如の主要な問題解決になんら役に立っていないというものでした。その調査は、現代の安全標準に合致できる化学物質は、市場に出される前に届け出られなくてはならない新規化学物質だけであるということを明らかにしました。もうひとつの結論は、すでに市場にある既存化学物質の取り扱いが緩やかなのに比べて、新規化学物質は届出要求が厳しく、製品の革新にとって主要な障害となっているということでした。

 我々の旅の次の都市はリスボンであり、そこに2000年にEU加盟国及び政府の首脳が集まって、2010年までにヨーロッパは世界で最も競争力ある知識ベースの経済力をもつという目標を設定しました。

 時々、欧州委員会は REACH とリスボンとの関連をどのように見ているのかという疑問が提起されます。答えは全く簡単です。高い環境基準と競争力との間には矛盾がないということです。REACH 提案は、新しいより安全な物質を開発し導入しやすくするよう、明示的に設計されています。それはまた、製造者らが日常的に使用している物質について潜在的な問題がほとんど起こらないことを確実にするものであり、このことがアスベストの事例で見たような将来のコストを回避するのに役に立つのです。予防は、我々の化学物質問題を治すことに比べると、より良くより安価なアプローチです。

 リスボンの1年後、2001年にEU首脳はヨーテボリで会合し、EUの持続可能な開発戦略を作成しました。それは、経済、社会、環境の各政策が相互に強化しあう方法で扱われるべきとするものです。それは明示的に環境の次元をリスボン戦略に加えることです。REACH は、EUの化学物質政策の環境的次元を再強化することによって寄与します。

 この旅の最後の都市はヨハネスブルグです。世界の国家及び政府の首脳が2020年までの一世代以内に化学物質の全ての有害な影響を最小にすることを約束したのがここです。これは勇敢な目標です。しかし、欧州委員会は REACH を提案することで言葉を実行に移し、ヨハネスブルグの目標を達成する世界のリーダーシップを示しています。

 4つの主要都市を回るこの旅は、REACH 提案の背景にある異なる要件を説明するのに便利な方法です。
 チェスター 現状のシステムは時代遅れでヨーロッパ産業の競争力を奪い、人間の健康と環境の保護のための現代の要求に合致しない
 リスボン 革新の鼓舞と雇用の推進の必要性
 ヨーテボリ 環境に関する懸念を他の全ての政策に統合する要求
 ヨハネスブルグ  化学物質の安全性は世界の懸念であり、世界規模の行動がとられるべきである

 REACH 提案の構造に話を戻し、簡単に REACH 手続きの各段階、すなわち、化学物質の登録、評価、認可について簡単におさらいしてみようと思います。

 登録は、年間の製造量又は輸入量が1トン以上の物質に求められます。登録書類は、産業側がその物質の特性と正しい用途について知っているという証拠となるものです。安全情報は中央のデータベースを通じて入手可能となり、化学物質が川下ユーザーに売られる時には、関連する安全情報もまた引き渡されなくてはなりません。この仕組みは化学産業界が透明性と責任ある産業分野であるという評価を強化するものです。

 評価は、REACH 手続きの次の段階です。当局は提出された書類のいくつかをさらに詳細に見ることが求められます。この手続きは不必要な動物実験を回避するよう設計されています。実際、加盟国の当局は特に追加の動物テストのための提案を見て、それらが正しい標準に合致しており、すでに実施されているテストと重複していないということを確実なものにします。

 当局はまた、物質の優先リストを作成し、特に、そのリストに挙げられている物質ついいて提出された全ての登録書類を見ることが期待されています。最終的に加盟国はまた、個々の書類について任意の品質チェックを実施しなくてはなりません。

認可は非常に高い懸念のある物質について求められます。例えば、発がん性、変異原性、生殖毒性、生体蓄積性、又は残留性のある物質です。これらの高いリスクある物質は、そのリスクが十分に管理される、又は特定の用途の社会的及び経済的便益が明らかにリスクよりも重みがある場合にのみ、認可されます。これらの物質を最も厳格な管理の対象とすることにより、我々は明確なメッセージを送っているのです。より安全な代替を探し、開発してください!

 認可は、今週金曜日に行われる環境理事会で討議される項目のひとつとなっています。

 REACH 提案はまた、安全ネットを含んでいます。容認できないリスクを及ぼすどのような物質の製造、販売、又は特定の使用に関しても、EUレベルで制限することが可能です。

 4つの都市の歴史的な物語は5番目の都市の話なしには完結しないでしょう。現在、政治的交渉の行われているブリュッセルです。欧州委員会のこの REACH は2003年10月に提案され、現在、欧州議会と閣僚理事会で採択のための法的手続きを行っているところです。欧州委員会は、REACH に関する技術的情報と説明を提供しながら、この両機関に協力しています。

 欧州議会内には、意見を述べる10の委員会があります。環境委員会からだけでも千余の修正提案を受けており、その詳細を検討するのに忙しい状況です。環境委員会以外の全ての委員会は夏以前に修正事項について採決し、主導権を持つ環境委員会は9月中旬に採決するでしょう。その狙いは10月に議会において第一読会を行うことであり、そのことで閣僚理事会は議長国イギリスの下に共通見解(Common Position)としてが合意することができます。

 皆さんは REACH の様々な影響を分析するために、多くの作業が実施されてきたことをご存知です。最近の影響評価には産業界、NGOs、そして様々な関係者が関与し、その結果は欧州委員会自身の影響評価を広く確認するものでした。すなわち:

 製品体系に関する変化は特に予想されませんし、また直接的な生産拠点の移転もありそうにありません。競争力と革新に関する不都合な影響も小さいと予測されます。

 低生産量物質は、REACH 登録要求に従うことで利益が薄くなるという影響を受けやすいでしょう。しかし、川下ユーザーにとって技術的に非常に重要な物質が市場から消えてしまうということを示す証拠はほとんどありません。

 登録会社は登録にかかるコストを顧客に転嫁することが可能であると思われます。このことは、REACH のコストはサプライチェーンの中で薄められるということを意味します。

 REACH には、より良くより容易なリスク管理とう点で、明確な利点が期待できます。

 欧州委員会としては、現在、加盟国及び議会の見解を待っているところです。これらは、実行可能性に関する潜在的な問題を特定して除去することができるなら、非常に重要なことです。そして、我々は特に、中小企業が REACH 要求はむずかしいと感じるかもしれないということを承知しており、我々はこのことに役立つ全ての提案に関心を持っています。

 最終 REACH ができる限り運用しやすく、EU産業界に対する影響が絶対的に最小であることが、誰もの関心ごとです。私は欧州委員会がこの方向に修正がなされるよう積極的な眼で見守っていることを請合うことができます。しかし、同時に、REACH の背景にある基本的な原理はなんら変わることはありません。競争力と実行可能性を改善するためのどのような変更も、人間の健康と環境の保護のレベルを低めるものであってはなりません。

 結論として、REACH が正しく実現されることの重要性と、それは単に環境のためだけではなく、EUの化学産業界の持続可能な発展を可能とするものでなくてはならないということを我々はよく承知しているということに、私は留意したいと思います。

 このことの配慮が、なぜチェスティーでの環境理事会から今日に至るまで7年も要しているのかを説明しています。しかし、私は、この努力が REACH を21世紀に入ったヨーロッパの必要に合致する化学物質政策を生み出すより良い提案とするものであると確信しています。

 ご静聴、ありがとうございました。



化学物質問題市民研究会
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