Yale Environment 360/2010年5月3日
マラリアとの戦い グリーンな武器に転換 ソニア・シャー 情報源:Yale Environment 360 , May 3, 2010 Turning to Greener Weapons In the Battle Against Malaria By Sonia Shah http://www.e360.yale.edu:80/content/feature.msp?id=2270 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) 掲載日:2010年5月6日 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_10/10_05/100503_Greener_Weapons_Malaria.html DDTのような殺虫剤は途上国の世界ではマラリア根絶の戦いのために長らく使われてきた。しかし、この病気の原虫は化学的な猛攻に対してだんだん抵抗するようになってきており、いくつかの国では、マラリア蚊の発生を助長する環境的要因をなくすことによりその撲滅を達成しつつある。 ソニア シャー(sonia shah) 半世紀以上の間、マラリアに対する戦いは、合成化学の驚異から生まれた武器である強力な抗マラリア剤と効果的な蚊殺し農薬によって維持されてきた。しかし近年、化学戦争の財政的及び生態学的な失敗にうんざりして、中国からタンザニア、そしてメキシコにいたるマラリアに悩む地域社会は、化学より生態という教訓から導き出されたひとつの新しい戦い方を編み出している。蚊や原虫を徹底的に破壊するというより、これらの新たな方法では、人の住居と、マラリア蚊がふ化する地域の水環境−水溜りから灌漑用水まで−の排水系をしっかり改良する必要がある。 最も顕著な例はメキシコであり、それは農薬を使用しない方法であり、マラリア抑制のためにたっぷりDDTを使用するという以前の方法を完全にやめたが、マラリアの発症は減少しているという事例である。 他の多くの国々と同様に、メキシコは数十年間、様々な方法の中で例えば、吸血蚊がとまる屋内の壁にDDTを吹き付けるというように、マラリアと戦うために殺虫剤に依存していた。1957年から1999年の間にメキシコの蚊を抑えるために7万トンのDDTを必要とした。
同様に、中国の四川省では、灌漑用水の水の流れを改善することを含む新たな化学物質を使用しない手法によりマラリアの発症を抑えることができ、1993にはマラリアの死亡率は1万人に4人であったが2004年には1万人に1人以下となった。同省の他のいくつかの地域では2001年から2004年の間、マラリア発症は全く報告されていない。マラリア対策に化学物質を使用しないで同様な成果をタンザニアのダルエスサラム(Dar es Salaam)でも達成した。 現在、年間3億人の人々がマラリアに感染して100万人近くが死んでおり、その罹患率はいくつかの国々では減少しているものの、他の多くの諸国では大流行している。 この新たなグリーンな対策方法は、マラリアの伝染に必要な地域の環境を正確に把握する洞察に関わっている。しばしば貧困の病であるとみなされているが、マラリアは環境の病である。それはある程度、マラリア原虫とそれを媒介する蚊の両方はともに、暖かく湿気のある環境でよく栄えるからである。 しかし、それはまた、その全てがハマダラカ属であるマラリアを媒介する蚊はふ化した場所から一般的には遠くに行かず、またそれぞれの種は特定の水環境に卵を産みつける傾向があるからである。ある種の蚊は日陰で流水を好み、他の種は日当たりがよい水溜りが必要である。ある種の蚊は塩気のある水でも耐えることができ、一方他の種はきれいな水でなくてはならない。このことは、もし地域の蚊の発生場所が減れば、人々が蚊に刺されることが少なくなり、したがってマラリアが減るということを意味する。 マラリアの伝染はまた、蚊の生涯に非常に依存している、マラリア原虫は7-12日間の発達期が終わるまで蚊の体内で感染性はなくなる。このことは、蚊の寿命を縮めること−捕食者から身を隠すのによい場所を減らす、あるいは過度に乾燥した環境にすることもまた効果的にマラリアを抑制することができることを意味する。 メキシコのオアハカでは、マラリア学者は地域のマラリア媒介動物であるハマダラカが、小川沿いの藻で詰まった水溜りでふ化し、まれにはその生まれた場所から2キロメートルも離れたところまで飛ぶことを発見した。そこで1999年の初めに彼らは、居住地の近くの川や小川から緑の藻とごみを除去するためのボランティアを集めた。
中国の四川省では、ハマダラカは、伝統的に一年中水を張った水田のよどみ水を好む。水の節減にもなる”乾/湿”灌漑法が1994年に導入され、水田を定期的に乾燥させることが要求された。”中国人は見事にこのことを実行した”とプリンストン大学のマラリア学者バートン・シンガーは述べている。その結果は、ハマダラカが駆除され、マラリアが4倍減少し、おまけに収穫が増大した。 タンザニアのダルエスサラムでは、ハマダラカはごみの詰まった排水路に卵を産み付けるので、地域の人々らが排水路をきれいにし、微生物殺虫剤としてバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)(訳注:Btともよばれる。土壌中に生活している昆虫病原菌の一種)を排水路に導入した。”これはとにかく最も実施しやすい方法であり、最も基本的で変哲もない環境管理である”とタンザニアのイフラカ健康研究所のゲリ・キリーンは述べている。 蚊の生息を破壊する又は最小にすることができない地域において役に立つその他のやり方は、彼らの住居の軒をできる限りふさぐことである。もっと金をかけた投資には水たまりができないよう道路の路面を平らにすること、そして、排水のよどみ水を住居の近くからなくすよう給水系と排水系を整備することである。これらのきめの細かい、しかし明らかにローテクな対策は、化学物質による対策が行なわれる以前の時代を思い起こさせる。当時、マラリア対策をする人々は、他に選択肢がほとんどないので、このように地域の環境を工夫することによってマラリアに対する効果をあげている。1930年代、ザンビアの銅鉱山で、マラリア学者は、植物の繁茂を除去し、地域の水路の障害物を片付け、水溜りを排水することにより、著しくマラリアを減少させた。パナマでは、1990年代初期の運河建設期に、マラリア対策者らは、運河建設を可能にした多種マラリア対策戦略の一部として、湿地を排水し、水溜りの表面をぼうふらを窒息させる油の薄い膜で覆った。同様な対策がアメリカ南部でマラリア根絶に役に立った。 環境管理型の手法は第二次世界大戦後、DDTとクロロキン(マラリア特効薬)をはじめとする合成化学殺虫剤と薬の発展とともにすたれた。強力で高い効果を持つ現代的な殺虫剤と抗マラリア剤は、地域の状況とはお構いなしに、使われるどこでもマラリア媒体蚊と原虫を安価で迅速に殺した。それらは遠く離れた場所でも最小のインフラで実施することができる。
そして、今日、指向される化学物質も変化している。戦後のDDTとクロロキンに変わって化学物質の選択は現在、主にピレスロイド系殺虫剤、その殺虫剤をしみこませた蚊帳(農薬蚊帳)、そしてヨモギ系の植物から抽出されるとし化学物質は強調されない抗マラリア剤アルテミシニンである。 現在のマラリアとの戦いは、アフリカのサハラ以南であり、諸機関を横断するロールバック・マラリア・パートナーシップによれば、各国政府及びNGOsからの資金が1998年から2008年の間に10倍増大し、殺虫剤をしみ込ませた農薬蚊帳が7億3,000万帳、殺虫剤を散布された住居が年間1億7,200万軒、マラリア患者のための2億2,800万の薬剤治療、そして妊婦のための2,500万の予防薬投与がアフリカのマラリア流行地帯で行なわれた。今日、11カ国がマラリア撲滅のための公式キャンペーンを実施しており、化学物質ベースのマラリア撲滅キャンペーンでマラリアの減少が、赤道ギニア、ザンジバル、サントメ・プリンシペ、ルワンダ、エチオピアで報告されている。 化学的手法は劇的な効果と汎用的な適用が可能かもしれないが、それらは長期的に持続可能な環境管理手法をもたらすことはできない。マラリア対策のための化学的手法はどれも数年以上持続しない。殺虫剤をしみ込ませた農薬蚊帳は3〜4年毎に取り替えるか、再処理をしなくてはならない。薬剤は継続的に投与されなくてはならない。家屋の内部の壁は6〜12カ月毎に殺虫剤で再散布しなくてはならない。
同様に、農薬蚊帳に共通して使用されているピレスロイド系殺虫剤に耐性を持つマラリア媒介蚊の出現が1993年に初めて報告され、それ以来、アフリカのサハラ以南一帯に出現している。2005年にカメルーンでの研究が農薬蚊帳を使用している多くの子どもたちが、殺虫剤処理のない普通蚊帳を使用している子どもたちと同じくらいマラリアに罹患したことを示した。 DDTは、未だにマラリア対策として屋内散布キャンペーンで使用されているが、この化学物質と関連する殺虫剤に対する耐性は拡大している。 ”我々の熱烈なプログラムは、生物学的な耐性の沼に再びはまり込もうとしている”とマラリア学者ウイリアム・ジョビンは4月に科学ウェブサイト「MalariaWorld」で警告している。 最後に、マラリアに対する化学戦争は激しくなっているので、その毒性がますます懸念される。マラリア蚊対策の農薬散布キャンペーンで使用されるDDTとその他の殺虫剤の量は農業用の使用に比べれば少ないが、環境活動家や農民はマラリア対策としてDDTの利用可能性が増大することが、農場に影響を与える結果になることを心配している。農薬蚊帳の廃棄の問題についてもまた大いに懸念がある。 メキシコ、中国、タンザニアにおける環境的管理プログラムは全て、まさにそのような懸念の後に立ちあげられたものである。例えば、メキシコのプログラムは、アメリカとカナダがDDTの使用を廃止するための1996年合意の後に実施された。中国、四川省の灌漑プログラムは、農薬蚊帳配布の1986−1993年プログラムを遂行するためのコストが管理できなくなった後に実施された。タンザニアのダルエスサラムでは、地域のマラリア媒介蚊が屋外で刺すことにより、拡大した農薬蚊帳に適応した。 長期的な持続可能性、地域社会参加を得る能力、そして全体として低コストという環境的管理技術の便益はマラリアに関する戦いの他の前線に有利に作用するかも知れない。例えば、エクアドルとニカラグアからの保健当局はメキシコのプログラムについて学ぶためにメキシコに押しかけている。 多くの専門家らは、これらの技術は、現在はまだ少数の国に限られているが、もっと拡大することを望んでいるが、化学的手法を完全に置き換えるのではなく、殺虫剤と薬剤の使用を減らすであろう補完的代替として考えている。 ”現在の手法は劇的な低減にはよいが、弾力性と長期的持続性には疑問がある”と世界保健機関の上席科学者ロバート・ボスは述べている。彼は、”我々は永続する管理手法を得るために、新たなモデルを提案する必要がある”。 著者について ソニア・シャー(Sonia Shah)は、著述家であり、科学ジャーナリストであり、その著作はThe Nation, New Scientist, The Washington Post、その他多くに掲載されている。彼女の3番目の本、『熱:マラリアは5万年間、どのようにヒトを支配したか』が2010年中に出版されるであろう。Yale Environment 360 に寄稿した最近の記事で、彼女は新たな病原体の拡大と環境中に放出されている医薬品の脅威について書いている。 訳注マラリア対策としての殺虫剤使用に関する情報
|