国際化学物質事務局(ChemSec) 報告書
小売業はより厳格なREACHを求める
化学物質への信頼を立て直す機会
Boots/Marks & Spencer(小売業)

情報源:The International Chemical Secretariat
http://www.chemsec.org/
Retailers for tougher REACH
An opportunity to re-build confidence in chemicals
by Boots/Marks & Spencer
http://www.chemsec.org/documents/What%20we%20need%20from%20REACH.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

掲載日:2005年3月11日
更新日:2005年8月31日

Boots/Marks 及び Spencer(小売業)

 ブーツ/マークス及びスペンサーは、イギリスの小売業の中で最も大きく古い2つの企業である。この2つの企業は小売業として270年の経験を持ち、イギリスの目抜き通りで顧客から最も信頼の置かれている名前である。

 我々2社は、過去5年間で雇用が26万人増えて300万人以上に成長したイギリス全体の小売業分野に対し、非常に大きな貢献をしている。300万人という雇用者数はイギリスの労働者の10人に1人に当たる。イギリス小売業の2003年の売上は約2,358億英ポンド(約47兆1,600億円)であり、イギリスの消費者購入総額の3分の1は小売業系列を通る。

なぜイギリスの小売業は新たな化学物質政策に関心があるのか?

 化学物質は事実上、小売業分野で売られるどの製品にも存在し、したがって、非常に重要である。化学物質はより良い製品をより良い価格で提供することに貢献してきた。しかし、我々は、化学物質管理のための強固で総合的な規制システムがないために、化学物質が消費者をますます悩ますこととなり、現在の大きな社会的不満をもたらしていることを懸念する。

 イギリスで過去数十年間我々が見てきたように、消費者恐慌(狂牛病、口蹄疫、遺伝子組み換え食品、等)は非常に予防的対応を求めており、リスクよりも危険性が支配的なテーマとなった。複雑で動きが速く革新的な世界のサプライチェーンの状況を考えると、消費者製品中の化学物質への信頼がさらに失われるならば、我々は化学物質の使用に対しもっと予防的なアプローチをとらざるを得なくなることを懸念している。

そこで REACH!
なぜ小売業はREACHを必要とするのか


 したがって、我々は当初からREACHの支持者である。信頼できる規制システムがなければ、小売業者とその供給者は化学物質の使用のために”自己規制”をしなくてはならなくなる。化学物質毎にある多くの異なる用途に対し、多数の小売業者たちが独自の矛盾する可能性のある見解を持つよりも、一貫した方法でひとつの化学物質を規制する方がはるかに効率的で効果的であると我々は信じる。

 しかし、規制当局と化学産業が我々のために、この問題に対応してくれるであろうとかつて期待したような状況には決して戻らないということは明らかである。小売業者がよりよい化学物質管理のためにひとつの役割を果たさなくてはならない。この記事の目的は、どのようにすればこのことが最も効率的で効果的に実現できるかを模索することにある。

この議論は次の3つの分野に分けることができる。
  1. 小売業者から見たREACHの問題点
  2. 取り組む必要のある課題
  3. 逸することのできない機会
1. 小売業者から見た現在のREACH提案の問題点

成形品(消費者製品)

 小売業者は、成形品はなんらかの方法で規制の対象とされなくてはならないという点には同意するが、しかしREACH(第6条)が成形品中の化学物質の問題を適切に取り扱っているかどうかは疑問である。いつから有効となり、いつから現状の年間の意図的排出の閾値1トンに基づかなくなるのかを決定することは実際的には不可能である。意図的排出を決定するための承認された方法がなく、また成形品の定義は混乱しており明確さに欠けることも明らかである。

 小売業者は欧州化学品局によって作成される明確で簡潔な手引きにより成形品の論点を見直したい。我々はこれは現在の提案の構造の下では実現できないと考えており、欧州連合(EU)に対し、成形品がどのように管理されているかをもっとよく見るよう促したい。もしEUに慎重さが欠けると、REACHの大前提(化学物質の信頼性を取り戻すこと)が、成形品中の化学物質についての混乱と不確かさによって損なわれるかもしれない。我々は、消費者製品中の化学物質を最も効率的に管理する方法を見つけるために産業界代表、NGOs、そして規制当局からなる別のグループを設立するよう提案する。

 成形品(消費者製品)をいかに規制するかについての混乱に加えて、REACHはEUへの輸入品を対象とすることができないように見える。小売業界が販売する商品のうち非常に多くの量がEU域外から輸入されている。REACHは輸入に目を向けていないので、理論的には小売業者がEUでは禁止されている、あるいは制限されている化学物質を含んだ成形品を消費者に売ることが可能となる。化学物質に対する消費者の信頼は低下し、一方、EUの化学産業界は世界の他の競争相手に比べて規制のための大きなコストを負担しなくてはならない。

【訳注】
 輸入品にREACHが適用されないというの間違い。輸入業者が登録手続きを行わなくてはならないので、域内製品と全く同一に扱われる。日米の化学産業界がREACHに反対する理由もここにある。ただし成形品中の化学物質については、それが意図的に環境に放出されるようになっていなければ(例えば、インクカートリッジ内のインク)規制の対象とはならないので、EU域内で規制される化学物質を含んでいたとしてもそれが意図的に環境に放出されないようになっていれば、理論的には許されることになる。その製品の使用上の機能として、意図して排出するようには設計されていないが、排出が起きるものについては(例えば、耐火壁から放散されるホルムアルデヒド)、その物質は欧州化学品機構に報告され、同機構が登録が必要かどうかを決定する。
 詳細は当研究会訳の下記EU発行のQ&Aを参照のこと:
  新化学物質政策 REACH Q&A
   http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/eu/03_10_eu_reach_qa.html
  EU 新化学物質政策 REACH Q&A パートU
   http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/eu/04_11_eu_reach_qa_2.html

安全性以外の理由で市場から消える物質がある

 REACH登録のコスト負担との兼ね合いで市場に出しても採算が合わないという理由で消えていく可能性がある物質があるということは、小売業界にとって深刻な懸念である。多くの化学物質及びプロセス供給者たちが事業を合理化するために利益幅の薄い化学物質を排除し、したがって、多くの特殊化学物質は登録のためにかかる費用が占める割合が大きくなるので、支えられず消えていくかもしれない−ということは現実の懸念である。これは、安全性の理由のためではなく、供給者は登録のための費用を正当化できないという理由のために、物質が市場から消えていくことになる。

【訳注】
 欧州委員会が合意した枠組みの中で産業界が委託したREACHのビジネス影響に関するKPMG 調査の結果について、EU高官協議団が検討した結果をEUが プレスリリース 2005年4月27日で発表した。それによれば、川下ユーザーが、彼らにとって技術的に非常に重要な物質が供給されなくなる、という事態が生じるという証拠はほとんどない。
  EU プレスリリース 2005年4月27日 産業界によるREACH 影響評価についてのEU高官協議
   http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/eu/05_04_eu_press_assess_new_impact_studies.html

2. 我々が取組むべき課題

代替

 代替は、REACHにおける最も重要で複雑な領域である。懐疑的な社会と潜在的に警戒心を持つ消費者の信頼を得るためには、REACHは非常に高い懸念のある化学物質に対して”厳格”であるように見える必要がある。我々は、認可された物質の全ては代替の対象となるという自動的な法的要求があると聞かされている。そのようなアプローチは、たとえそれが苦痛を伴うものであったとしても、すべてに対して確実性を提供する。それはまた、化学産業に対し、環境的にも、社会的にも、経済的にもより良い新たな化学物質を求めさせることになるので、革新の文化を作り出すことに著しく貢献することになるはずである。そのような文化がなければ、十分な防御の備えなしに、ヨーロッパの化学産業は世界中いたるところの製造者からの苛烈な競争に直面することになるであろう。
 我々は、過去のある場合には、代替が”一難去ってまた一難”となったことがあることは承知している。そのような過去からの教訓は、将来、そのようなことが起こるのを最小にすることに役に立つ。

 それにもかかわらず、我々は代替は市場原理によって最もうまく達成されるであろうと信じている。第一に、認可プロセスは厳格で厳密であるようにすることである。製造者が今後も製造を続けるという強い意志を持っている時にのみ、ハードルを越える価値がある。第二に、もっと重要なことは、認可された物質に関する情報は、消費者を含む全ての川下ユーザーが自由に容易に入手できなくてはならないということである。このことは、たとえ非常に微量であっても安全データシート(SDS)にその存在を表示しなければならないことを含む。我々は、高優先物質に関しては、閾値以下の濃度の場合には安全データシート(SDS)で報告されないという問題を経験している。

 REACHの下では、小売業者は、市場に出す認可物質を含むどのような成形品に関しても、その成形品がどこで製造されたかに関係なく、その成形品に関する情報を提供するよう要求されるべきであると考える。このことは、全ての認可物質に対する自動的な代替要求が生じるアプローチよりも、市場が代替を切望するように導く結果をもたらすであろう。我々はまた、欧州化学品局に対し、消費者が購入する成形品に含まれる認可化学物質の存在について、いかに効果的で効率的に情報を消費者に与えられるかということを理解するために、小売業者などの川下ユーザーと共同して取り組むことを望む。

 我々は、それぞれの認可に対し猶予期限を設定することにより、さらなる安全確保が認可プロセスに確立されると考える。ある場合には、この期限は多年に及び、その期限後に認可の検証が行われる。我々はまた、欧州化学品局は、最初の検証時に企業の自主的な代替の取組みが機能していなかった場合には、法的強制力をもって代替させる権限を持つべきであると考える。

既存データの有効利用とデータの共有

 化学物質を評価するために用いることができる多くの既存のデータがあることは間違いない。ここでの課題はこの情報を公開し、サプライチェーン全体を通じて利用できるようにすることである。これによりテストが重複して行われることを避けることができ、サプライチェーンの全ての関係者が同一のデータに基づいて作業を行うことができる。

 規制当局はデータ受け入れるにあたり、より強い役割を果たさなければならない。すなわち、絶対的ではないが全てのテストのうちの多くが同じ内容のデータである場合には当局はこれを受け入れることにより、適切な制限を実施することができる。

 小売業者は、消費者製品の使用と廃棄に関連する潜在的な曝露シナリオに関し、化学産業と規制当局にもっと多くの情報を提供することで支援することができる。

REACH手続きに関する専門性の必要

 REACH提案を実行するためには、現在小売業者が持っていない特定の専門性が必要である。我々がREACHの手続きの詳細にもっと関与する必要性は認めるが、我々はこれらの高度な技術的問題にどうすればもっとよく関与することができるかについて化学産業界からの指針を必要とする。いかに化学物質に関する知識をサプライチェーンの川上及び川下で共有することができるかをよりよく理解するために、我々自身がその双方の会員でもあるイギリス小売業協会(BRC)/イギリス化学工業会(CIA)サプライチェン統括本部(SCLG)と現在、共同で実施している作業を我々はさらに推進したい。

3. 逸することのできない機会

信頼される規制の枠組み

 我々は、信頼の重要性が増大している市場でビジネスを行っている。REACHは、化学物質の、それらの製造者の、そしてその使用者の信頼を取り戻すための大いなる機会であると信じている。

 我々は、化学物質の認可のための信頼される規制の枠組みに取り組むことが、化学物質の信頼を取り戻す上で特に重要であると考えている。

よりよいサプライチェーンの連携

 REACHは全ての人々の利益のために、化学産業と消費者市場との連携を改善することができると我々は考えている。改善された知識は、新たな問題に対するより大きな信頼性、より速い対応、より良い選択を、革新のためのもっと多くの機会を、そして市場の動向に関するより多くの知識をもたらすであろう。

消費者へのより良い情報
 化学物質管理は複雑な問題であるが、我々は、消費者は購入する製品中にどのような化学物質が存在するのかについてもっとよく知る権利を持つと考える。我々は、欧州化学品局は規制担当官やその他とともに消費者に対し有用で容認できるやり方で情報を提供する最適の方法を見つけ出すべきであると考える。

結論
 REACHは、欧州連合(EU)に対し、化学物質に対する信頼を取り戻す絶好の機会を与えるものである。、我々はブーツ/マークスとスペンサーの代表として、REACHの中で述べられている原則の多くは、我々の会社が多年にわたりすでに実施している原則であると信じる。
  • 信頼されるやり方で革新すること
  • 消費者の知る権利を確保すること
  • 持続可能な諸原則を推進すること
 我々は、REACHが、EU市場に信頼の遺産を残し、世界経済に挑戦する中でEU化学産業の革新と差別化の強い文化を支えることを希望する。


化学物質問題市民研究会
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