ピコ通信第99号(2006年11月22日発行)掲載記事
日本フィリピン経済連携協定(JPEPA)
日本の廃棄物のフィリピンへの輸出に道を開く

安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年11月23日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/basel/JPEA/pico_99_JPEPA_061122.html


 今年の9月9日、小泉純一郎首相(当時)とフィリピンのアロヨ大統領により署名された日比経済連携協定は、日本からフィリピンへの廃棄物輸出を許すものとしてフィリピンの市民や環境団体が反対しており、当会も11月13日に緊急アピールを発表し、参議院でこの協定を審議する委員会にこの協定から廃棄物を除外するよう要請しました。

◆フィリピンで反対運動が広がる

 この協定は日本政府が進めているASEAN諸国との二国間経済協定のひとつであり、モノ・カネ・ヒトの移動の自由化をはかるために関税の撤廃等を行うものです。日本、フィリピン両国は、この協定批准に国会の承認が必要です。
 この協定によりフィリピンから看護士・介護士を日本に受け入れることはよく知られていますが、この協定が日本の廃棄物や焼却灰をフィリピンへ輸出する道を開く可能性があることはほとんど知られていません。
 フィリピンでは、市民や環境団体などが日本からフィリピンへの廃棄物貿易自由化を許すものであるとして反対運動が広がり、フィリピン国会は審議ができない状態です。

■「フィリピンの表」 に示される廃棄物の例
関税率表
番号
JPEPA で
関税がゼロになる廃棄物
2620.6000 灰と残渣(鉄鋼メーカからのもの以外)で、ヒ素、水銀、タリウム、又はそれらの混合物を含み、ヒ素又はこれらの金属の抽出に用いられた、又は化学的化合物の製造のために用いられた類のもの
2621.1000 一般廃棄物の焼却による灰及び残渣
3006.80
(3006.8010,
3006.8090)
医療廃棄物
38.25 及び
その小見出し
化学又は類似産業の残渣で、他で特定されていない又は含まれていないもの。都市廃棄物、下水汚泥、その他この節章の備考6で規定されるもの
3825.1000 都市廃棄物
3825.2000 下水汚泥
3825.3010 医療廃棄物−粘着性手当て用品及びその他の物品、ガーゼ包帯、手術手袋
3825.3090 その他の医療廃棄物
3825.4100
3825.4900
有機溶剤−ハロゲン化合物、その他の廃棄物
3825.6100
2825.6900
他の化学物質又は類似産業からの他の廃棄物−有機成分、その他を含む
3825.5000 金属浸漬溶液、油圧作動油、制動油、不凍液、中古衣類、その他中古物品
6309.00 中古衣類及びその他中古の物品
6310.00 中古又は新品の衣類、スクラップの麻ひも、縄類、ロープ、ケーブル、及び、麻ひも、縄類、ロープ、ケーブル、及び紡織用繊維の中古の物品
◆廃棄物の関税がゼロ

 この協定書に付属する関税削減品目を示す「フィリピンの表」中で、焼却灰、残渣、医療廃棄物、都市廃棄物、下水汚泥、化学品廃棄物、中古衣類、中古品、などが関税ゼロ品目として挙げられています。そのためにフィリピンの市民や環境団体は有害廃棄物が日本からフィリピンに輸出されることを非常に懸念しています。日本は1999年にフィリピンへ医療廃棄物を違法輸出して国際的な非難を浴びた末に引き取った過去があります。
 フィリピンと日本はともにバーゼル条約(*1)を批准しており、またフィリピンの国内環境法は、有害廃棄物の輸入を禁止しており、廃棄物の国内での焼却も禁止しています。

◆日比当局の巧妙な論理と廃棄物隠し

 フィリピン当局は廃棄物がJPEPAに含まれていることについて、「関税削減プログラムに廃棄物を含めることは現実と関連のあることでなく、単に事務的なことであり、国内法やバーゼル条約を無効にするものではない」としています。

 一方、現地日本大使館は「バーゼル条約に基づく法的枠組みを確立しており、厳格な輸出入管理を実施しているので、相手国の承認なしにどのような有害廃棄物も輸出しない」と述べています。
 日本からフィリピンへ輸出される物品には「フィリピンの表」が適用されますが、この表(英文)の日本語訳は外務省のJPEPAの日本語テキストでは”省略”されています。そのため、日本ではJPEPAに廃棄物が含まれていることをほとんどの人は気付かず、国民の目から廃棄物輸出を巧妙に隠しています。
 すでに行われた衆議員の審議でも廃棄物については一言も触れられていません。議会の審議が、廃棄物がリストされている「フィリピンの表」の日本語テキストなしで、十分な情報提供を受けずに行われていることは重大な問題です。

◆フィリピンの市民や環境団体の懸念

 フィリピンの環境団体は、「条約と国内法に矛盾がある場合、司法は最も新しく最も具体的な協定の方が、古くて一般的な協定に勝ると裁定する。JPEPAは、貿易の制限又は禁止という考え方と明らかに矛盾して貿易を促進するために明確にされた非常に特定な廃棄物を含む最も新しい協定である」とし、「日本は、フィリピンにおける将来の廃棄物の輸入規制と禁止の取組を覆すことになり得る前例を作り上げるために、非常に大きな経済的権力を行使してフィリピンに強要している」と懸念しています。
 フィリピンからの医療介護者の受け入れと交換条件に、日本政府が廃棄物をJPEPAに入れさせたことはフィリピンのイグナシオ環境副長官の以下の発言で明らかです。「我々は我々の立場に固執して、我々の医療介護労働者やその他の労働者及び生産者に有益である日本との協定を結ばないのか?」

◆日本政府の廃棄物貿易自由化政策

 単に事務的なことであり、廃棄物貿易をしないなら、廃棄物をリストから外すべきなのです。ここに資源国際循環の名の下に廃棄物をアジア諸国に輸出できるようにする下地作りのための日本政府の巧妙な戦略が隠されています。
 日本政府の廃棄物貿易自由化政策は、国内での廃棄物処理はコストがかかり、また最終処分場が逼迫しているので、資源の国際循環という名目で、廃棄物処理をアジア地域内を含む途上国で行うという戦略です。この戦略は、「3R(*2)イニシアティブの物品・原料の国際的な流通に対する障壁の低減」と「アジア域内二国間経済協定の関税削減リストに廃棄物を含める」という2本柱からなるとバーゼル・アクション・ネットワークの報告書は分析しています。

◆緊急アピール

 バーゼル条約でも、わが国の廃棄物処理法でも、廃棄物の「国内処理の原則」を明確に規定しています。わが国で発生する廃棄物の処理を途上国に押し付けることで、自国の廃棄物問題の軽減をはかり、その結果、途上国の人々の健康と環境を脅かすということは環境正義の観点から許されません。
 そこで当会は日本政府に対して、以下のことを求める緊急アピールを11月14日に発表し、JPEPAを審議する参議院外交防衛委員会の全委員に送付しました。(アピール文の全文は当会のウェブサイトをご覧ください。)

 緊急アピール/化学物質問題市民研究会2006年11月13日
 日本フィリピン経済連携協定(JPEPA)の関税削減リストから全ての廃棄物を削除すべき

抜粋
  1. 日本フィリピン経済連携協定(JPEPA)の関税削減リストから廃棄物を削除する。
  2. 今後締約されるアジア地域内を含む途上国の二国間経済協定に廃棄物を含めない。
  3. 廃棄物及び中古品の処理には厳格に「国内処理の原則」を適用し、開発途上国での処理に依存するような政策をやめる。
  4. 廃棄物の発生削減を最優先として、国内循環を基本にした3R政策を推進する。
  5. 3Rイニシアティブから「物品・原料の国際的な流通に対する障壁の低減」を削除する。
  6. バーゼル禁止修正条項(*3)を批准し、リサイクル目的を含めて有害廃棄物の途上国への輸出を禁止する。
 京都を活動拠点とする「フィリピンのこどもたちの未来のための運動(CFFC)」も衆参両院の委員会に対して、本件を慎重に審議するよう求める「要請書」を出しています。
フィリピンは、日本のゴミ捨て場ではありません! 「日本−フィリピン経済連携協定」の慎重審議を求める要請書

◆「国内処理原則」のための3R国内推進

 当会は、それが合法であろうと違法であろうと、現実に途上国に廃棄物が輸出されることを問題にしています。しかし、「国内処理原則」や「廃棄物の輸出禁止」は「環境正義」の問題であり、国民の理解が得にくいのも事実です。
 目の前に廃棄物処分場ができるとなれば、反対運動はすぐにおきますが、廃棄物を途上国に輸出することについては、目の前のゴミが片付くので、「環境正義」以外に反対する理由がないのです。
 逆に言えば、「国内処理原則」、「廃棄物の輸出禁止」を求めることは、国内の廃棄物処理場/処分場が増えることを意味します。しかし、自分達で出した廃棄物は他人に押し付けずに自分達で処理するのは当然です。そのためには、廃棄物発生を抑制し、廃棄物を再使用し、廃棄物を再生利用する「国内3R」とともに、人の健康と環境に有害影響を及ぼさない廃棄物の処理/処分技術を早急に確立する必要があります。(文責:安間 武)



(*1)バーゼル条約(1989年)
 有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関する条約で、廃棄物の国内処理を原則とするが、輸出する場合には相手国の同意を必要とする。日本を含み168カ国が署名しているが、アメリカ、ハイチ、アフガニスタンの3か国だけが批准していない。

(*2):3R
・廃棄物の発生抑制(リデュースReduce)
・再使用(リユースReuse)
・再生利用(リサイクルRecycle)

(*3)バーゼル禁止修正条項(1995年)
 リサイクル目的であってもOECD/EU/リヒテンシュタインからそれら以外の国に有害廃棄物を輸出することを禁止するバーゼル条約の修正条項。条約改定にはバーゼル条約加盟国(168か国)の4分の3が批准する必要があるが、現在の批准国は EU諸国、中国など62 か国であり、アメリカはもちろん、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージランド、韓国などが強硬に反対しており、フィリピンも批准していない。


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