映画とオペラの字幕に関する一考察

(00/1/25掲載)


 外国語を日常的に話していない(話せない)私たちにとって、外国の映画やオペラを観るときには日本語の字幕は欠かせないものです。ただ、その字幕によって、作品の内容が完全に私たちに伝えられているかどうかという点になってくると、いろいろと疑問をさしはさむ余地が出てきますが。
 こんにち、絶望的な状況にあるのが、映画の場合です。字幕の物理的な制約とかいうものがあるそうで、どうしても実際に話されている言葉のかなりの部分はカットせざるをえないんだそうです。それで、どうしても要約した上に大胆な意訳を施さないことには、画面に収まらなくなってしまうのだそうです。戸田奈津子とかいうバカなおばはんがこの手法を確立したそうで、それをさも自分の手柄のようにあちこちでみせびらかしているものですから、事態はさらに深刻です。
 決して自慢しているわけではありませんが、私のようにいくらかでももとのセリフを聞き取ることができる(やっぱ自慢だ!)人間にとっては、今の映画の字幕はムカツキの原因以外のなにものでもありません。作者が伝えようとした微妙なニュアンスが、ものの見事に無視されてしまっているのですから。
 そのほんの一例。

 きちんと訳すと。
 A:おまえんとこでNT使ってるか。
 B:いや、ウィンドウズだ。
 わかる人にはわかりますよね。「微妙なニュアンス」が。

 これが、戸田女史(じゃなかったかも)の字幕では。
 A:おまえコンピューターわかるか。
 B:いや、わからない。

 つまり、戸田女史を頂点とする日本の映画字幕業界では、「物理的な制約」をかさにきて、やりたい放題のでたらめな情報を観客に提供しているのですよ。大袈裟にいえば、これは文化に対する破廉恥な冒涜です。

 一方オペラの場合はどうでしょうか。普通、オペラのレパートリーはイタリア語やドイツ語、はてはロシア語やチェコ語と、とても英語が少しぐらい聞ける程度の語学力では全く太刀打ちできない環境にあります。だから、字幕に頼る割合は映画の比ではありません。
 幸いなことに、オペラの場合、歌にのせて語られるテキストの量はそんなに多くはありません(「魔笛」の「夜の女王のアリア」だと、「ア〜」だけで10秒もかけてますから。)。だから、原語の情報はほぼ100 %日本語に置き換えられていると考えてまちがいありません。
 ところが、逆にたっぷり字幕を付けられることで、別の問題も発生してしまいました。それは、日本語とヨーロッパ言語の決定的な相違点である文章の構造に起因するもの、平たく言えば「倒置法」ってやつですね。たとえば、男が女に向かって「私はお前の真心が欲しい」と言っているシチュエーションだったとします。原語だと、順序としては「私は欲しい。お前の真心が」となりますよね。で、これが全部いっぺんに字幕になれば、何の問題もないのですが、テキストに対して音楽が長いと、最初の「私は欲しい。」だけが単独で表示されてしまうことになってしまいます。男が女に「私は欲しい。」なんて、なんかや〜らしくありません?それで一呼吸置いて「お前の真心が」とくると、ドッとズッコケて(死語)しまうのですよ。
 この例は、決して受けねらいででっちあげたものではなく、オペラ字幕業界の戸田奈津子、武石英夫氏が日常的に用いている手法なのですね。(一回これに気付くと、武石氏の字幕は完璧に識別できるようになります。)
 しかし、ご安心下さい。腐りきった映画字幕業界とは異なり、オペラ字幕業界にはどんどん豊かな才能とセンスの持ち主が投入される素地が健在なようで、最近は武石氏のような腹がたつものは影をひそめ、逆に、読んでいて本当に楽しくなるような素晴らしい字幕にもお目にかかれるようになってきました。
 私のお気に入りは、池田香代子さんというかた。彼女の作品を「魔笛」と「サロメ」から抜き出して、昔からあった字幕と比較してみました。

使い方

[WINDOW 1]をクリックすると新しいウィンドウが開きますから、適当な大きさにして画面の左側に移動してください。さらに[WINDOW 2]をクリックすると、画面には[WINDOW 2]が表示され、[WINDOW 1]は最小化されてタスクバーに残ります。ここでタスクバーの[WINDOW 1]をクリックすれば、双方が同時に画面に表示されますので、並べてご覧になってみて下さい。

モーツァルト作曲「魔笛」から第1幕2番 パパゲーノのアリア
[WINDOW 1] 池田香代子さんの字幕(9512ミラノ・スカラ座 リッカルド・ムーティ指揮)
[WINDOW 2] 原田茂生さんの字幕(82年ザルツブルク音楽祭 ジェームズ・レヴァイン指揮)

シカネーダーのリズミカルな歌詞の雰囲気が、そのまま日本語に移し変えられていますね。「娘」とか「砂糖」とかの、助詞を抜いた言い方も今風。

R・シュトラウス作曲「サロメ」から サロメの最後のモノローグ〜幕切れまで
[WINDOW 1] 池田香代子さんの字幕(974811 コヴェントガーデン ドホナーニ指揮)
[WINDOW 2] 小林一夫さんの字幕(92530 コヴェントガーデン エドワード・ダウンズ指揮)

「ああ そなたの唇に くちづけをした そなたの唇は 苦いのだねえ」という独特の語尾が、言いようもなく淫靡なたたずまい。