池田香代子版

(サロメ)
ああ 唇にくちづけを
させてくれなかった ヨカナーン!
さあ 今こそくちづけをするよ
歯で噛むよ
熟れた果物を 噛むように
さあ 今こそくちづけをするよ
ヨカナーン
私は そう言ったもの
そうよ 言ったわよ ああ!
さあ くちづけをするよ
でも なぜ私を見ないの?
ヨカナーン
そなたの目は 怒りと軽蔑に満ちて
恐ろしかったね
今は閉じているのはなぜ?
目を開けなさい ヨカナーン
なぜ 私を見ないの?
私が怖いの? ヨカナーン
それで私を見ないの?
そなたの舌は 語らない ヨカナーン
マムシのように 毒を吐きかけたのに
どうしたのよ?
赤いマムシは なぜ もう動かないのよ?
そなたは私に ひどいことを言ったわね
サロメに ヘロディアスの娘に
ユダヤの姫に向かって!
いい気味ね 私は生きている
でも そなたは死んでいる
そして そなたの首は 私の物よ!
思いのままに してやろう
犬や鳥に くれてやろうか
まずは 犬が食い散らし
それから 鳥がついばむわ
ああ ヨカナーン ヨカナーン!
そなたは 美しかったねえ
そなたの体は 銀の土台の象牙の柱
鳩が群れ 白百合の咲き乱れる園
そなたの肌より 白いものなど
この世には ありはすまい
そなたの髪より 黒いものなど
この世には ありはすまい
そなたの唇より 赤いものなど
この世には ありはすまい
そなたの声は 香炉のようだった
そなたを見つめると
妙なる楽の音が 聞こえてきた
ああ なぜ 
私を 見つめてはくれなかったの?
ヨカナーン!
そなたは 目隠しをしていた
神とかいうものを 見るために
そう そなたは神などを 見ていた
ヨカナーン
そして 私のことは 見なかった
見ていたら 私に恋をしたろうに
そなたの美しさに 渇いている
そなたの体に 飢えている
酒もりんごも この飢えを
静めはしない
どうしよう どうしたらいいの?
ヨカナーン
大河も海も この情欲を消してはくれぬ
おお なぜに私を 見なかった?
私を見ていたら
私に恋をしたろうに
きっと 私に恋をしたろうに
わかった 恋の神秘は。
死の神秘を しのぐのだね

(ヘロデ)
そちの娘は 化け物だ!

(ヘロディアス)
娘は よくぞやりました
ここで 見届けてやります

(ヘロデ)
夫の兄弟と寝た女が 何を言う
行くぞ! ここには いとうない
行くと言うておるに!
おぞましい事が
起こるであろうぞ
館の中に 隠れよう
ヘロディアス わしは震えてきた
マナッサ イッサカル オジス!
松明を消せ 月も星も隠せ!
おぞましい事が起こるであろうぞ

(サロメ)
ああ そなたの唇に くちづけをしたよ
ヨカナーン
ああ そなたの唇に くちづけをしたよ
そなたの唇は 苦いのだねえ
これは血の味?
いや これが恋の味なのだね
恋は苦いのだものね
苦くても 構うものか
構うものか!
そなたの唇に くちづけをしたよ
ヨカナーン
そなたに くちづけをしたよ

(ヘロデ)
あの女を殺せ!