小林一夫版

(サロメ)
お前は わたしが
その唇に くちづけするのを
許してくれなかった
ヨカナーン!
だから 今になって やっと
くちづけができる
熟れた果実に
かみつくように
わたしはこの歯で
お前にも かみついてやる
今こそ お前の唇に
くちづけするわ
ヨカナーン
わたしは お前に くちづけしたかった
そう言ったでしょう?
お前も覚えているはず
これから お前に
くちづけする
でもどうして わたしを見ないの ヨカナーン?
お前の恐ろしい目−
怒りと侮辱に燃えた目が
今は閉じられている
なぜ 目をつむっているの?
目を開け そのまぶたを開いて
ヨカナーン!
なぜ わたしを見ないの?
わたしを見たくないのは
わたしが怖いから?
そしてお前の舌は
なにも話さない ヨカナーン
わたしに毒を 浴びせかけた
赤い マムシのような お前の舌が
動かないのは 不思議
あの「赤いマムシ」が
動かないのは なぜ?
お前が悪口を浴びせた
このサロメは
ヘロディアスの娘で
ユダヤの国の王女
そして今
わたしは生きているけれど
お前は死んでいる
そして お前の首は
わたしのもの
お前の首を わたしは意のままに 
犬や鳥に投げ与えてもいい
犬が食べ残したら
空の鳥が ついばめばいい
ヨカナーン
ヨカナーン
お前は美しかった
お前の体は銀の足を持った
象牙の柱
銀の ユリの
輝きをした鳩の
群れ遊ぶ庭のようだった
世界中で お前の体ほど
白いものは 何もなかった
世界中で お前の髪ほど
黒いものは 何もなかった
世界中で お前の唇ほど
赤いものは 何もなかった
お前の声は 香炉そのものだった
お前を眺めた時
わたしが聞いたのは
謎を秘めた音楽だった
お前はなぜ わたしを
見てくれなかったの
ヨカナーン?
お前は自分の神を
見ようとした者に
目隠しをした
お前は お前の神を見たのね
ヨカナーン
でもわたしを
このわたしを
決して見ようとはしなかった
わたしを見ていたら
お前は 私を愛したはず
お前は 私の美しさに 焦がれ
お前の体に飢えている
ワインもリンゴも わたしの渇きを
癒してはくれない
わたしは どうすればいいの?
高波も 海も湖も
わたしの この胸に うごめく
血潮を静めてはくれない
なぜ わたしを 見てくれなかったの?
見てくれていたら
わたしを愛していたのに・・・
きっと わたしを 愛してくれていたのに・・・
恋の神秘は
死の神秘よりも
はるかに大きいわ

(ヘロデ)
お前の娘は怪物だ
いいか 怪物だぞ

(ヘロディアス)
娘は当然のことをしたまで
わたしは ここに残るわ

(ヘロデ)
勝手を言う女だ
来い!わしは ここに居たくない
来いと言ったら来い
必ず恐ろしいことが起こる
我々は王宮に身を隠そう
ヘロディアス わしは震えが来た
アナセー イサカル オジアス
たいまつを消せ
月と星空を 覆ってくれ
恐ろしいことが起こる

(サロメ)
わたしは お前の唇に くちづけした
ヨカナーン!
わたしは お前の唇に くちづけした
お前の唇は 苦い味がした
あれは血の味だったの?
違う
あれは きっと 恋の味だったのだわ
だって 恋は 苦い味がすると言うから・・・
そんな事は どうでもいい
どうでもいいわ
わたしは お前の唇に
くちづけした
ヨカナーン!
わたしは お前の唇に やっと
くちづけできた

(ヘロデ)
この女を殺せ!