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〔086〕 むなしい法改正−なぜ中国人は「上訪」を選択するのか (2 / 3)
【2006/07/24】

  中国の中央行政機関となる国務院に、関係省庁や委員会により管理・指導される国家局があり、この中に国家信訪局が設置されている。

 中国政府は国家信訪局を、英語ではDirector of the State Letters and Complaints Bureauと訳しているが、中国風に言えば、人民大衆からの信書や来訪によって寄せられる告発や苦情を処理する専門機関が国家信訪局ということになる。

 検閲機関として徹底した秘密主義を貫き、関係者から嫌われる中央宣伝部とは異なり、北京市西城区に建つ国家信訪局には機関名も堂々と掲げられる。

 この国家信訪局を頂点として、河北省やチベット自治区、上海市など各省、自治区、直轄市の他、公安部や農業部、中共中央組織部、最高人民検察院など、省庁や共産党組織、司法機関内にも信訪局が設けられている。1951年の国務院通達で設置が義務づけられた機関だ。

 2005年5月、中国政府は「国務院信訪条例」を施行した。「人民日報」日本語版では、この条例を「民衆の投書・陳情条例」と訳す。1995年公布の同条例を改正したものである。

 温家宝首相は条例公布に先立つ政府活動報告で、「人民内部の矛盾を正しく処理し、大衆の利益を損なう行為に対しては法律により是正する。『民衆の投書・陳情条例』を実行し、民衆からの投書・陳情受理を強化し改善する」と述べた。

 これまでのシステムではじゅうぶんに民意をくみ上げられず、放置すれば騒乱や暴動が全国的に広がり、社会の不安定要因が増すという危機感の表れだと書いた中国紙もある。

 しかし、信訪局の動きを間近に見る機会の多い北京市職員はこう語る。

 「条例を改正した結果、制度として確立されたと受け取られがちだが、実際には何も変わらないに等しい。そもそも信訪局には採決権がなく、ただの受け付け機関として存在しているのが現状だ」

 温家宝首相が言う上訴受理強化をあえて否定するかのように、改正された条例では、上訴に対する具体的な規制が複数明記され、訴えを起こそうとする者は法律を遵守し、国家や社会に損害を与えてはならず、社会秩序を守らなければならないとする。

 複数で訴える場合は5人以内の代表による提出と限定し、集団の訴えを退ける。その内容においては客観的真実であることを証明できる資料の提出も求める。事実と異なった場合には、法的責任を問われるとしている。

 さらに、国家機関の包囲、交通遮断、侮辱、殴打、扇動、脅迫など具体的事例を挙げて、このような行為におよんだ場合には刑事責任を問うことも明記している。上訴しようとする人々に対する権利保護より、義務の履行を求める色合いが濃い。

 かつて「人民日報」が、これに関連するニュースを伝えたことがある。

 地方から上訴するために北京にやって来た複数の人間が、天安門広場で訴えを表明しようとした。しかし警戒中の警察が、直ちに当事者を逮捕。警察側の発表では、少数の陳情者が個人的な目的のために、他の陳情者を扇動した不法な集会活動であり、こうした行為は「信訪条例」に違反していると指摘した。

 これに似たケースを目撃したという北京人は、「上訴しようとする大半が農村など地方出身者で、天安門広場でアピールすれば大きな効果が得られると考えて行動を起こそうとする。しかし地方出身者は天安門広場での、警戒の厳重さを熟知していない。天安門広場でアピールしようとしても、実際には目的を達成する前に警察官に押さえ込まれるだけ。ここに地方出身者の悲劇がある」と言う。

 公権力による規制について、北京の記者は「やむにやまれず上訴しようとする者が大半であり、これを取り締まろうとするのは庶民の窮状を認識していないからだ」と、厳しく批判する。

 上訴阻止を目的とするさまざまな妨害を受けながらも、信訪局へ寄せられる件数は増加傾向にある。明確な件数は公表されていないが、政府報道からもその実態を浮かび上がる。現在、誰もが見える記事では、少し古いが2003年9月17日付け「人民日報日本語版」にこのように掲載されている。

 「国家信訪局研究室の朱穎氏によると、住宅取り壊し・立ち退き問題に関するクレームはここ数年来漸増傾向にあり、今年は8月末までに1万1641通の投書があった。投書件数は昨年同期と比べ50%の増加。陳情に訪れた人数は延べ5360人で、同47%増となった」

 2004年上半期には、土地に関する上訪だけでも、2003年の総件数を超えたという報道もある。しかし、公にされる数字は実態を正しく表していないという声は多い。

 信訪局を取材したことがある北京の記者は、訴える内容は農村での土地の強制収容、役人の不正行為、違法な税の取り立てなど、中国が抱えるさまざまな問題を浮上させているとして、こう指摘する。

 「さまざまなデータから推測するに、上訴件数はすでに年間1000万件をとっくに超えている。しかも、中央の国家信訪局への訴えが増加し、地方レベルの信訪局への上訴は減少傾向にある。これは、地方でまともな対応をしてもらえないことに失望した人々が、北京の国家信訪局にわずかな望みを託して上訴している証だ」

 「国務院信訪条例」は、法律に従い中国国民が上訴する権利を保障する。そして処理の効率を早め、関係部門の責任を強化すると記す。しかし、実態はこの通りには行われていないという声が多数を占める。

 先の北京の記者はこう述べた。
 「役人たちは、訴えを聞いてもらえるだけでもありがたいと思えという横柄な態度で接している。上訴の実態は、ほとんどが徒労に終わっているのが現状だ」 (この項、続く)


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