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〔082〕 台湾を教え導いたと自負するわりには、知的水準が低すぎるのでは
【2006/02/16】

 外相に就任して以来、発言を報道される機会が増え、硬直した政治姿勢がより鮮明になる麻生太郎氏。日本が植民地支配下の台湾に対し義務教育に力を入れたという発言を、日本のサイトで知った台湾人教師から怒りにみちたメールが送られてきた。

 *「台湾はものすごく教育水準が上がって識字率などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるがゆえに、今の時代に追いつけている」

 *「これは台湾の偉い方から教えてもらった話で、年配者は全員知っていた。われわれの先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直その時思った」

 *「最初にやったのは義務教育。(台湾の家族が)子どもを学校に出したら1日の日当を払う大英断を下した」

 麻生氏のこの発言に、先の台湾人教師は次のように反発する。
 「こういうのを手前味噌というのではないか。台湾人を教え導くという傲慢さから、日本人はいまも抜け出せないでいる。台湾人の主体性をなぜ顧みようとしないのか。同僚の多くも彼の発言を知って仰天した」

 自国の歴史に真摯に向き合えば、おのずと答えははっきりする。靖国神社参拝問題でも、小泉首相に負けない強硬論を言い張る麻生氏は、支配される側が強いられた境遇に思いをはせようとしない。他民族が何をもって痛みとするのか。無神経・無責任・無自覚から来る保守主義が露骨に浮かび上がっている。

 台湾人教師は台湾の作家・呉濁流氏(1900年〜1976年)の名をあげ、「麻生氏は台湾人の思いに心を向けられないのだろうか」と悔しがった。彼が呉氏の名をあげたのは、麻生氏が植民地時代の台湾の教育に言及したからであり、呉氏の著作が日本で翻訳出版されていることを知っていたからだ。

 呉氏は、著書「夜明け前の台湾〜植民地からの告発」に収められた「無花果」で、こう書いている。

 「五十年間強制的に日本人の下に置かれていたが、それでも台湾人は屈することなく、つねに精神的に対抗していた。学校でも、運動場でも、各職場でも日本人に負けないようにつねに競争していた。日本人はあくまでも優越感を持って台湾人よりも優秀であるとうぬぼれ、台湾人は自ら漢民族で日本人よりも文化が高いと無意識のうちに精神上の競争をしていた。言いかえれば、日本人と台湾人が五十年間、台湾で道徳の競争をしていたと言えよう」

 作家になる以前、訓導であった呉氏は、「内台融和」といった口当たりのよいスローガンとはうらはらに、皇民化教育が徹底され、教育現場でさえ台湾人への差別が露骨に行われていたことを指弾する。長く教育の現場に身を置いた呉氏の指摘を、麻生氏はどう受けとめるであろうか。さらに呉氏が強いられた境遇を知れば、麻生氏は日本の植民地政策を評価できるだろうか。

 呉氏は日本の植民地支配が始まって5年目の1900年に新竹県で生まれる。日本に支配された台湾にあっては、台湾人の出世も限られているとして、呉氏の父親は子供の教育に消極的だったという。

 しかし呉氏は1920年に師範学校を卒業し、故郷の分校に勤務する。だが、台湾における日本政府の教育制度を批判したとして、1922年から1937年までの15年間、へんぴな山間部の学校へ左遷させられる。

 1939年には、日本の教育は野蛮であると再度批判し、またもや山間部の学校へ配置転換され、翌1940年に日本人視学官から殴られたことに抗議し、教員生活を辞した硬骨漢である。

 そして「夜明け前の台湾〜植民地からの告発」を書き上げ、日本の植民地支配に抵抗する台湾人の姿を描き出した。日本の統治が台湾人の毎日の暮らしにいかに介入していたかが、この本で具体的に描かれている。

 台湾で子供時代を過ごしたある日本人は、当時の印象深い体験をこう話してくれたことがある。

 台湾の農村で、あぜ道を歩いているときのこと。老いた台湾人農夫が向こうからやってきた。すれ違うには、あぜ道は狭すぎる。立ち止まろうかと考えていたとき、台湾人農夫があぜ道から田に下りて通り過ぎた。このとき、日本人少年は、自分が支配者の側の人間であるということを自覚した。

 何度も繰り返される日本の政治家の発言に説得力はすでにないとはいえ、麻生氏の物言いにはたびたび引っかかりを感じる。外相としての発言の重みや自覚についてだ。そして、そのたびに彼の家のことが思い出される。他民族の苦痛など理解不可能な、先祖がえりをしているのか。

 自分で切符を買い、自分でホテルを予約し、自分で食堂に行き、その間に筆談でもいいから台湾人と触れあって台湾を巡ってみるがいい。もちろん麻生氏は、小泉氏が好んで言うところの「心の問題」を含め、こうした旅には踏み出せないだろうが。

 ならば、「夜明け前の台湾〜植民地からの告発」を読んでみるがいい。日本では30年以上も前に出版され今は入手できないが、図書館にはある。

 憤りを押さえきれないという台湾人教師は、皮肉たっぷりにこう結んでいた。
 「事実を直視できず、歴史認識も浅い。他者に対して思いを及ぼさせられない。狭いまなざししか持てない、寂しい外相ですね。台湾を教え導いたと自負するわりには、知的水準が低すぎるのでは」


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