トップページ > ページシアター > 背中のイジン > シーン15|初演版 【公演データ】
照明が変わると銀座の街中。周人、周作、花音、満、典子が出てくる。
花音 「こんな時に、どうして財布もスマホも忘れて来るかなぁ?」
周人 「ガチでごめん!帰ったら速攻で返すから!」
満 「どうですか?百年後の東京は?」
周作 「いやもう、これ程までに変わるとは。地下鉄、新幹線、ジェット機に高層ビルジング。そしてあのスカイツリー!私の時代にも浅草には凌雲閣(りょううんかく)という眺望塔がありましたが…」
満 「浅草十二階ですね?」
周作 「そうです。あの十二階からの眺めも良かったですが。スカイツリーは、言うなれば神様から見た景色ですね。」
周人 「東京中見渡せるもんな。」
周作 「でも浅草寺はあまり変わっていなくてホッとしましたけど。」
花音 「昔からあんな感じなんだ。」
周作 「いやぁ、この銀座も随分と変わりましたね〜。なんとなく雰囲気は残っていますが。」
典子 「で、周作さんが来たかった場所ってこの辺?」
周作 「えぇ。でもいつからここは車が通らなくなったんです?」
花音 「これは「歩行者天国」って言って、今の時間だけ車道を歩行者に開放しているんです。」
周作 「なるほどぉ。それにしても僕の時代よりずっと賑やかだ。モボモガも変わりましたね。中には目のやり場に困るようなお嬢さん達も…」
典子 「周作さんには刺激が強すぎるか。」
周作 「しかし、どうやら僕には幽霊も見えるらしいので、どれが人間でどれが幽霊やら。」
満 「私が教えましょうか?」
周作 「あの方は?」
満 「人間です。」
周作 「あのウニの様な頭の方は?」
満 「人間です。」
周作 「あの金髪の美しい女性は?」
満 「人間です。ちなみに男性です。」
周作 「え〜っ?!男性?!…で、ではあの、肩にたくさん赤ん坊を乗せている方は?」
満 「あれは水子です。(合掌)」
周作 「水子…(合掌)」
花音 「ねえ周作さん。この辺って周作さんの思い出の場所なんですか?」
典子 「ハナさんとデートしたとか。」
周作 「確かによく待ち合わせをした場所でもありました。」
典子 「お〜っ、いいね〜っ。」
周作 「でも、それだけではないんです。」
周人 「何々?」
周作 「実は僕ね、ちょうど…この辺で死んだんです。」
花音 「え?」
みんな動きが止まる。
周作 「昔ここには路面電車が走っていましてね。それにはねられたんです。」
周人 「…そうか、電車の事故で死んだってのは知ってたけど…」
典子 「でもさ、急にアメリカから帰って来なかったら事故にも遭わなかったんじゃない?」
周作 「ええ。実は僕の留学中に、ハナとの離縁の話が勝手に進んでいたので急いで帰国を。」
満 「勝手にって、なぜ?」
周作 「ハナの父親が人を殺めてしまったのです。」
花音 「え…?」
周作 「悪徳高利貸しに騙され、財産を失い、その腹いせに高利貸しの家に火をつけてしまったんです。」
典子 「でもそれって離縁までしなきゃなんない事なの?」
周作 「丁度その頃、私の研究が世界的に認められ、日本初のノーベル賞の期待も高まり、国からも恩賜賞(おんししょう)の話が出ていまして。」
周人 「恩賜賞?」
満 「今の国民栄誉賞にあたる賞です。」
周作 「瀬名の一族達は、ハナの父親の一件で恩賜賞が取り消される事を懸念してハナとの離縁を…ですが到底納得はできず、私は密かにハナに手紙を出しました。 「すぐに帰国する。あの場所で会いましょう。」と。」
周人 「それがここってわけか。」
周作 「日本に到着し、港からまっすぐここへ来てハナを待っていました。その時、急に通りの向こうで馬車馬が暴れ出したんです。」
典子 「あ、その話知ってる…」
周作 「みんながそちらに目を取られたその刹那、目の前にいた少年が一銭玉を落とし道に飛び出しました。そこに路面電車が…僕は咄嗟に飛び出して少年を突き飛ばしたのですが…。そこで…ドーンと…」
花音 「そうだったんですね…」
周作 「ま、詰まる所僕は一銭玉のおかげて死んでしまったという次第です。ナンマンダブナンマンダブ…あ、自分で拝んでしまいました。しかも冥福してますね、僕。ハハハ。」
典子 「あれ?でもなんか知ってる話とちょっと違う。」
周人 「そうそう、その少年の話は聞いた事ない。」
周作 「え?」
典子 「確か、暴れ馬に気を取られて、電車に気づかなかったって…」
周人 「周作さんの不注意の事故みたいになってるよ。歴史上。」
満 「みんな馬に気を取られて、少年を目撃してなかったんでしょうかね。」
花音 「なんか美談が不注意にされるってひどくないですか?」
周作 「いや、良かったですよ。」
花音 「え?」
周作 「誰かがそれを見ていたら、僕の死はきっとその少年のせいにされていた。」
典子 「まぁ、確実にそうなったよね。」
周作 「せっかく命をかけて助けた子が皆に責められるなんて、死んでも死に切れません。死にましたけど。」
周人 「そして生き返ったし。」
周作 「あ、ホントだ。」
みんななごやかに笑う。
花音 「周作さん、次は新橋の方なんていかがです?私、おしゃれな喫茶店知ってますよ。」
周作 「おお、いいですね。行きましょう。」
満 「あ、その前にちょっとトイレに。」
典子 「じゃ、私も〜っ。」
満、典子ハケる。
周人 「俺なんか飲み物買って来るよ。何がいい?」
周作 「じゃあカルピスを。」
周人 「カル…」
花音 「じゃあ私も。」
周人 「お、おう。カルピス上等!カラダにピース!!」
周人、ハケる。
周作 「僕の時代では、カルピスは高級飲み物でしてね。「初恋の味」なんて言われてました。」
花音 「へぇ、そんな昔からあるんだ。」
周作 「先日テレビのコマーシャルで見ましてね。もう懐かしくて。ハナも大好きでした。」
花音 「あの…ハナさんって、そんなに私に?」
周作 「ええ、瓜二つです。ですからこうしていると妙な気持ちになります。あれから百年、二人とも歳をとらずにここに居続けているような…。ですが…やはり何か寂しい。僕にはあの時代がつい昨日のようで…言わば…「未来に置き去りにされてしまった」とでも言うような…」
花音 「未来に置き去り…か…。ん?あ!いけない!」
周作 「どうされました?」
花音 「周人、財布もスマホも忘れてたんだ!ごめん周作さん、ちょっとここで待ってて!」
周作 「はい。」
花音、走り去る。そこへ母と小学生の娘が通りかかり、周作とすれ違った後に、娘がハンドタオルを
落とす。周作がそれを拾い声をかける。
周作 「失礼。お嬢ちゃん、落とし物ですよ。」
母親 「あ、すみません。ありがとうございます。」
娘 「ありがとう。」
周作 「どういたしまして。」
母、会釈をし、娘は手を振り去る周作も手を振る。
周作 「いつの世も子供は可愛いものです。」
そこへ潤とレイが通りかかる。潤はフラフラ歩いている。
レイ 「潤君大丈夫?」
潤 「大丈夫大丈夫。僕は君さえいれば…ゲホッ、ゲホッ…」
潤、周作にぶつかる。
潤 「あ〜すいません…」
レイ 「すいません。」
周作 「いえいえ。」
潤、レイ、ハケる。周作、それを見守りながら
周作 「いやぁ、色んな人がいますねぇ。ファッションも色々です。」
そこへ鎧武者がやってくる。
周作 「おお、これはあれですね、コスプレってやつですね。歩行者天国というのは実に面白いですねぇ。」
いきなり武者が刀を抜く。
周作 「え?」
武者が周作に斬りかかる。
周作 「うわっ!ちょっと!何ですかあなたは?!」
武者、更に斬りかかる。周作、とにかくかわしながら逃げる。
周作 「よしなさい!なんでこんな事を!」
そこへ周人と花音が戻って来る。手にはカルピスのペットボトル。
花音 「もー、忘れ物してる事も忘れるなんてひど過ぎ。」
周人 「わりーわりー。」
二人、逃げまわる周作に気づくが武者は見えない。
周人 「ん?何やってんだあれ?」
花音 「大正時代のダンス?」
周作 「周人君!助けて下さい!」
周人 「はあ?」
周作 「殺されてしまいます!」
周人 「すまん。必死なのはわかるけど、正直何やってんのかわからん。」
周作 「そうか!この人、霊ですね。そうだ、悪霊退散のポーズ教わってました。確かこう!」
周作、スペシウム光線のポーズ。
周人 「あ、今度はわかった。ウルトラマンだ。」
武者、斬りかかって来る。
周作 「おかしいです効きませんよ!あれ?こうでしたっけ?(エメリウム光線のポーズ)」
周人 「今度はセブンだ。」
武者、何をしても斬りかかって来る。
周作 「うわ!これも違う!ではこうか?!(メタリュウム光線)」
周人 「エースだ!」
周作 「こうか?!(ストリウム光線)」
周人 「タロウだ!よく勉強してるなあ。」
周作 「ダメだ!助けて下さい!」
満と典子が帰って来る。
満 「お待たせしました。」
典子 「何やってんのあれ?」
周人 「なんか、ウルトラマンメドレーみたいな?」
満 「ああっ!やばい!」
満、武者に近づき悪霊退散のポーズ。武者、それを見て咄嗟に逃げる。
周作 「…何なんですか、あれは?」
満 「危なかった。かなり強い霊です。」
周人 「霊?」
花音 「全然見えなかったけど。」
周作 「なぜ僕を?」
満 「わかりません。とにかく今のはかなりやばそうです。これは一度帰った方がいい。」
典子 「え〜っもう?」
満のスマホが鳴る。
満 「あ、ちょっと失礼…(電話に出る)しつこいぞ美香子。例の件ならもう…」
電話の音声
美香子 『お兄ちゃん助けて!』
月子 『お兄ちゃまぁ!』
満 「おい、どうした?」
美香子 『騙されていたの!今、貝塚が…』
満 「何?」
美香子・月子 『きゃーっ!』
電話が切れる。
満 「おい、どうした?おい…」
典子 「どうかしたの?」
満 「ごめん、ちょっと急用が…先に帰ってて下さい。」
満、走り去る。
典子 「みっちゃ〜ん!…もお〜っ。」
花音 「何だろう?あんなに血相変えて…」
周人 「あ、いけねっ!」
花音 「何?」
周人 「今日5時からバイトだった!」
花音 「ちょっとホントに大丈夫?」
周人 「ん〜…なんか朝から少し調子悪いんだよな…」
典子 「とにかくいったん戻ろ。」
4人ハケる。周作は悪霊退散のポーズをしながらハケる。
(作:松本じんや/写真:はらでぃ)