△ 「ニンフ」本景1


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午後の公園のSE。
明転。
男B(吉田伸介)、ベンチに腰をかけている。
そこへ、先ほどの女(「ふゆか」)がやってくる。
「ふゆか」の腹は、大きくなっている。

「ふゆか」 「ごめんね、遅くなって」舞台写真
伸介 「ふゆか(振り向いて、驚愕する)……どうしたんだ、その腹」
「ふゆか」 「見ればわかるでしょ。妊娠してるの」
伸介 「いつから……いま、何ヶ月?」
「ふゆか」 「9ヶ月になるかな。もうすぐ生まれるよ」
伸介 「……知らなかった……何もいわずにいなくなったから……」
「ふゆか」 「半年ぶり、かな」
伸介 「そう、ちょうど半年。ひでぇよ、いきなり電話してきて『もう会わないよ、元気でね』ガチャン。俺がどんなに悩み、心配し、落ち込んだことか……」
「ふゆか」 「いってくれればよかったのに」
伸介 「俺はお前の電話番号、知らないの!だいたい、電話できるかよ、仮にも人妻に……」
「ふゆか」 「あたし、気にしないよ」
伸介 「お前が気にしなくても、他が気にするだろう」
「ふゆか」 「他、って?」
伸介 「まず、旦那だろ、姑に小姑、親戚一同、近所の人、会社の同僚……」
「ふゆか」 「(指折り数えて)終わり?」
伸介 「……世間だよ。世間てものは、そういうのとにかくもう気にするものなの」
「ふゆか」 「他人のことなのに?」
伸介 「他人のことだから、よけい面白がるのさ。人間って、そんなものだろう」
「ふゆか」 「そうか!人間って、そういうものなんだ!」
伸介 「……」
「ふゆか」 「成る程ねぇ。だから周りの人、不思議そうな目であたしのこと、見てたんだわ。成る程……」

「ふゆか」一人でなにやら納得している。
その姿を見て、笑い出す伸介。

「ふゆか」 「どうしたの?」
伸介 「ふゆかと、また会えたんだって、今ようやく実感できたんだよ、俺……」
「ふゆか」 「ジッカン」
伸介 「妙にズレているんだよな、お前の感覚って。だから話が、こう終わるはずが」
「ふゆか」 「終わるはずが?」
伸介 「(軌跡を描いてみせ)なぜか着地せず、飛んでっちゃうんだよ、まったく違う方向へ」
「ふゆか」 「そう」
伸介 「何度、とまどったことか……。でも、今の会話で俺、安心しちゃった。ああ、こいつはふゆかだ、って」
「ふゆか」 「疑っていたの、偽物じゃないかって?」
伸介 「そういう意味じゃなくて…。正直ギョッとしたんだよ。さっきお前を見た時」
「ふゆか」 「お腹が、大きかったから?」
伸介 「(首肯して)だって半年ぶりに、つき合っていた女と会ったら、こ〜んなでかい腹、してるんだぜ。誰だって吃驚すると思うよ」
「ふゆか」 「ウン。したした」
伸介 「は?」
「ふゆか」 「(意に介さず)伸さん、夕食の買い物につきあってよ」
伸介 「大丈夫なの、歩いても」
「ふゆか」 「ここまでどうやって来たと思うの」
伸介 「お前のことだからな、空でも飛んできたんじゃないのか」
「ふゆか」 「あたり。伸さん、勘が鋭いね」
伸介 「ばか冗談だよ。飛べるかそんなでけえ腹して」
「ふゆか」 「いやそれが意外に安定するんだ。あたしも吃驚したんだけど」
伸介 「マジに取るなよ、人間が飛べるわけないだろう」
「ふゆか」 「あたし、人間じゃないもん」舞台写真
伸介 「じゃあ何だよ」
「ふゆか」 「ニンフ」
伸介 「ニンフ?ああ、ニンフじゃなくて、妊婦、ね」
「ふゆか」 「ううん。ニンフ。ニンフニンフニンフ……」
伸介 「フじゃないの、プ。ニンプニンプニンプ……」

二人、言い合いつづける。
「ふゆか」フッと止める。伸介を見つめて。

「ふゆか」 「伸さん」
伸介 「ん?」
「ふゆか」 「この子、伸さんの子よ」

音楽、大きくはいる。
暗転。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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