「ニンフ」本景1 「ニンフ」本景1トップページ > ページシアター > ニンフ > 本景1｜初演版 【公演データ】
午後の公園のSE。
明転。
男B（吉田伸介）、人待ちの様子。
そこへ、先ほどの女（「ふゆか」）がやってくる。
「ふゆか」の腹は、大きくなっている。
「ふゆか」 「ごめんね、遅くなって」
伸介 「ふゆか（振り向いて、驚愕する）……」
「ふゆか」 「9ヶ月になるかな。もうすぐ生まれるよ」
伸介 「……知らなかった……何もいわずにいなくなったから……」
「ふゆか」 「半年ぶり、かな」
伸介 「そう、ちょうど半年。ひどいですよ、いきなり電話してきて『もう会わないよ、元気でね』ガチャン。おかげで私がどんなに悩み、心配し、落ち込んだことか……」
「ふゆか」 「いってくれればよかったのに」
伸介 「私はお前の電話番号、知らないんです！だいたい、電話できませんよ、仮にも、人の妻に……」
「ふゆか」 「あたし、気にしないよ」
伸介 「あなたが気にしなくても、他が気にするんです」
「ふゆか」 「他、って？」
伸介 「まず、旦那さん、姑に小姑、親戚一同、近所の人、……」
「ふゆか」 「（指折り数えて）終わり？」
伸介 「……世間ですよ。世間というものは、そういうのとにかくもう気にするものなんです」
「ふゆか」 「他人のことなのに？」
伸介 「他人のことだから、よけい面白がる。人間って、そんなものでしょう」
「ふゆか」 「そうか！人間って、そういうものなんだ！」
伸介 「……」
「ふゆか」 「成る程ねぇ。だから周りの人、不思議そうな目であたしのこと、見てたんだわ。成る程……」
「ふゆか」一人でなにやら納得している。
その姿を見て、笑い出す伸介。
「ふゆか」 「どうしたの？」
伸介 「ふゆかと、また会えたんだって、今ようやく実感できたんですよ、私……」
「ふゆか」 「疑っていたの、偽物じゃないかって？」
伸介 「そういう意味じゃなくて…。誰だって吃驚すると思いますよ」
「ふゆか」 「ウン。したした」
伸介 「は？」
「ふゆか」 「（意に介さず）伸さん、夕食の買い物につきあってよ」
伸介 「大丈夫なんですか、歩いても」
「ふゆか」 「ここまでどうやって来たと思うの」
伸介 「空でも飛んできたんですか」
「ふゆか」 「あたり」
伸介 「冗談ですよ。飛べませんよそんなで大きなお腹で」
「ふゆか」 「いやそれが意外に安定するんだ」
伸介 「人間が飛べるわけないでしょう」
「ふゆか」 「あたし、人間じゃないもん」
伸介 「じゃあ何です」
「ふゆか」 「ニンフ」
伸介 「ニンフ？ああ、ニンフじゃなくて、妊婦、ね」
「ふゆか」 「ううん。ニンフ。ニンフニンフニンフ……」
伸介 「フじゃないの、プ。ニンプニンプニンプ……」
二人、言い合いつづける。
伸介 「ああ」
「ふゆか」 「ん？」
伸介 「おめでとう、ですよね」
「ふゆか」伸介を見つめて。
「ふゆか」 「伸さん」
伸介 「はい？」
「ふゆか」 「この子、伸さんの子よ」
音楽、大きくはいる。
暗転。
（作：中澤日菜子／写真：広安正敬）