トップページ > ページシアター > ニンフ > 本景2:part1|再演版 【公演データ】
音楽が消えてゆき、代わって「ふゆか」の鼻歌が聞こえてくる。
舞台上の一隅、溶暗。
男たちが3人、輪になってお互いをにらみ合っている。
ドアを開け、「ふゆか」入ってくる。
うなだれつつ買い物の包みを抱えた伸介の手を引いている。
「ふゆか」 「ただいま!」
男3人 「おかえり!『はるか』『なつか』『あきか』!」
同時に叫び、再びにらみ合う。
我に返る伸介。逃げだそうとするが、「ふゆか」素早く鍵を閉め、
その鍵をポケットにしまう。
「ふゆか」 「ごめんね。買い物に時間がかかっちゃって…。…あのさ」
幹夫 「なんだ」
「ふゆか」 「ひとつ、聞いていい」
アトム 「ど、どうぞ」
「ふゆか」 「あたしが出かけるときも、今と同じ格好、してなかった?」
久 「たぶんな」
「ふゆか」 「すごいね。かれこれ3時間は経つのに…。あ、紹介するね、彼…」
幹夫 「(ゆっくり「ふゆか」に向き直り)『兄弟』だろ、俺たちの」
伸介 「『兄弟』?」
「ふゆか」 「そうそう。末っ子、かな。年齢的に言うと」
久 「じゃ、さすがにこいつで打ち止めってことか」
「ふゆか」 「ウン。これで全員そろった」
その言葉に、再び3人、にらみ合う。
伸介 「あのう……いったい、何がどうなっているんでしょうか……」
「ふゆか」 「説明するね、あのね……」
幹夫 「やめろ。よけいややこしくなる」
「ふゆか」 「そう。じゃ、たきりん説明して」
3人 「たきりん!?」
幹夫、怒りだしたいのを必死にこらえ。
幹夫 「……俺は、2年半前からこの女とつき合っている。こいつは1年前から、そしてこいつは2年前から。……お前は」
伸介 「……1年と半年、くらい」
幹夫 「つまり俺たち4人は、同時に「あきか」と……」
久 「ちょっと待て!「あきか」ってのは」
幹夫 「この女の名前だ。……違うのか?」
久 「俺には「はるか」、と名乗ったぞ」
アトム 「ぼ、僕には「なつか」、と……」
3人、伸介を見る。
伸介 「……「ふゆか」、ですけど……」
男たち、きっと「ふゆか」を睨む。
「ふゆか」 「みんなと出会った季節に合わせたの。おしゃれでしょ」
久 「洒落ですむ問題か!?」
アトム 「じゃ、じゃあ、本名はなんていうんですか」
「ふゆか」 「言わない。言ってもきっとみんな発音できない」
幹夫 「ふざけたことを言うな!」
幹夫、「ふゆか」に向かっていこうとする。
アトム 「ぼ、暴力はいけません!」
伸介 「仮にも妊婦ですよ」
「ふゆか」 「そうよそうよ」
幹夫 「自分で言うな!」
幹夫、再び「ふゆか」に向かっていこうとする。
伸介 「だから落ち着いて!」
アトム 「と、闘牛のような人だな、もう」
幹夫 「悪かったな!…牛なみで」
幹夫、どさりとソファに座り込む。
久 「話は、簡単なんだ。俺たちは、まったく同じ時期に「はるか」…いや、この女とつき合っていた。四股、かけられていたんだよ」
アトム 「よ、よ、四股、ですよ、四股」
伸介 「名前は、嘘…じゃあ、旦那さんがいて主婦だっていうのももちろん」
「ふゆか」 「嘘」
久 「俺には女子大生だと」
「ふゆか」 「嘘」
アトム 「ぼ、僕にはOL…」
「ふゆか」 「嘘」
幹夫 「サーカスの女団長」
男3人 「嘘だろ明らかに」
「ふゆか」 「素直なひとだよね」
幹夫 「おかしいとは思ってたんだ!だいたいなんで俺にだけリアリティのない嘘つくんだ!」
「ふゆか」 「なんでだろう」
幹夫 「俺が聞いてるんだ!」
久 「どうでもいいだろう、今さらそんなこと。とにかく、俺たちはこの女とつき合っていた。そして問題は…」
アトム 「お、お、お腹の子が、誰の子かっていうことなんです」
間。
アトム 「な、な、「なつか」ちゃん」
「ふゆか」 「なあに難波さん」
アトム 「こ、こ、これだけは正直に答えて欲しいんだ。そ、そ、そのお腹の中の子は、ほ、ほ、ほんとうに…僕らのうちの誰かの子かい?」
「ふゆか」 「もちろんよ。なんで?」
アトム 「な、な、なんでってそ、そのう…」
久 「疑うに決まってるだろう。信じていた職業や…名前まで嘘だって言われれば」
「ふゆか」 「名前や職業、ねえ…。そんなに大事なことかしら」
久 「当たり前だ」
「ふゆか」 「でも、つき合っていたのはあたしだよ。名前や職業がみんなとおつきあいしていたわけじゃないんだよ」
久 「そりゃそうだけど」
「ふゆか」 「たとえ4つの名前を持っていてもあたしはあたし。それでいいじゃない。そんなあたしが好きになったのはここにいる4人だけ。それでいいじゃないの」
幹夫 「証拠は?俺たちしかいないっていう証拠はよ!?」
「ふゆか」 「あたしの、気持ち」
幹夫 「はあ?」
「ふゆか」 「(微笑んで)みんなが大好きっていう、このあたしの気持ち」
アトム 「そそそそそそのきききききもちはうれうれうれうれうれうれうれうれうれ」
幹夫 「やかましい黙れ!」
伸介 「信じるよ、俺。「ふゆか」がそういうんなら、その腹ん中の子は、きっと俺たちのうちの誰かの子、なんだろう」
「ふゆか」 「伸さん」
幹夫 「よ〜し、よく言った。それじゃその子はお前の子だ。いいよな、みんな!」
伸介 「俺はこの4人の誰かの子…」
幹夫 「決めた。もう決めた。だいたいお前が一番若いし、なにより自己主張の下手そうなところが、いい」
伸介 「変なところで決めるなよ!」
「ふゆか」 「そうよそうよ、たきりんちょっと強引よ。それにあたし、この子の父親を決める方法は、考えてあるの」
ギョッとする4人。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)