△ 「A1-PANICS!」第7回


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ドサクサにまぎれて、一人の和服姿の女性が、入ってくる。
胸に遺影を抱えて。もの珍しそうに辺りを見て。

女性 「…あのう…」
小川 「違う違う。それは首の後ろにしまうの…」
女性 「…あの、もし…」
小川 「そうそう、そこ」
女性 「…あの…すみません…」
小川 「ハイ?何ですか?」
女性 「こちらは…劇団"寒気の吹き出しにともなうスヂ状の雲"さんでしょうか」
小川 「あーそうですそうです。長いから、劇団寒気(サムケ)でいいですよ」
女性 「あの、責任者の方はどちらに?」
小川 「えっと、あいつです、あのバンダナ巻いてる奴」舞台写真
女性 「それは、ご丁寧に、どうも…」
小川 「ちょ、ちょっと…」

女性、小田嶋の元へ。

女性 「あの…もし」
小田嶋 「はい!?…何でしょう」
女性 「こちらの劇団の、責任者の方、ですね?」
小田嶋 「え!?ええまあ今は、一応…」

女性、深々と頭を下げる。

女性 「初めまして。いつも実がお世話になっております。私、越智実の母でございます」

間。

小田嶋 「それはそれは…。で、今日は何でまた。あ、公演なら明日…」
「イエ。私、お芝居を見に参ったのではございません」
小田嶋 「えっ!?ではなぜ…」
「…実を、連れ戻しに参ったのでございます」
岸野 「つ、連れ戻すって、いったい…」
「どうぞあの子を、演劇なんていうふしだらな道から、外してやって下さい。大学に合格して上京するまで、そりゃああの子はまじめな子でした。それが演劇なんぞにウツツを抜かすうち、いつのまにか留年、留年のくり返し、盆や暮にも帰ってこないようになり、いつ電話してもつかまらず…あげ句のはてには、『就職はしない。プーになる』などという始末。これでは…これでは何のために苦労して東京の大学まで行かせたのだか…」
「ごめんよ、カァちゃん」
「お願いします、この母を哀れと思うなら、どうかあの子を小倉へ帰してやって下さいまし!あの子の父親も、さいごのさいごまで心配しながら…ついに帰らぬ人となり…」
岸野 「お気持ちはわかります、お母さん。でも、それでは…」
「何がいけないと言うのですか!?あの子の代わりくらい、すぐに見つかるでしょう?」
岸野 「そんな!そういう訳には行きませんよ。何せサ…実君が、この劇団で果している役割は、そりゃあ大きいものなんです」
「どうせ、下らないことをしてるんでしょ」
岸野 「とんでもない!例えていうなら…そうです、ヘレン・ケラーの、あの女教師…」
「…サリバン先生?」
岸野 「そうです!まさにあのシャリバン先生のような役を、彼は劇中で演じるのです!"ウォーター!これがウォーターよ、ヘレン!ああなぜわからないの!" "ウ…ウォ…ウォーター…" "ああそうよ、そうよヘレン!" "先…生" "ヘレーン"!!…すばらしい…涙なくしては見られない、感動巨編!!」
「…本当に?本当にそんな役を、実が演じるのですか?」
岸野 「そうですとも!なァみんな!」
桑田 「ウ…? あ、ああ…」
有川 「そ、そう…そうね…感動…する人は、してくれるわね…別の意味で、きっと…」
「エ?」
岸野 「イエッ!!何でもありません!とにかく彼は、今度の芝居に、なくてはならない重要なキャラクターなのです!だからお母さんも今度ばかりは…」舞台写真

そこへ。

越智 「黒い乳首にうずまく乳毛。参上!ちちまめ ブラーックッッ!!!」

ボーヅ。
間。
すべて凍りついた、間。
目を見開いたまま、倒れてゆく、母。

安永 「おかーさんっ!」
美咲 「しっかりっ!!」
小田嶋 「有川、暗転っ!!」
有川 「ハイッ!!」

全暗転。

美咲 「どうしよう!息をしてないよ!」
越智 「カーチャン?今の、カーチャン!?」
小田嶋 「脱げ!すぐに脱ぐんだ、サルッー!」
敦子 「ムリよ!こんな暗くちゃ!」
小田嶋 「つけたら、又、失神するだろが!」
安永 「誰か、深呼吸できる人!?」
「できるっー! すーは」
安永 「違った人工呼吸!」
桑田 「無理だ!こう暗くちゃあ…」
越智 「カーチャン!カーチャン!!」
岸野 「小田嶋!あかりだ!」
小田嶋 「し、しかし…」
岸野 「死なせたいのか!?」
小田嶋 「エエイ、有川、明転!」
有川 「ハイッ!!」

明転。
母、倒れたまま。

越智 「カーチャン!しっかりしてくれ!目ェあけてくれ!カーチャン!」
「ウ…ウーン…」
小川 「気がついたぞ!」
美咲 「良かった」

目を開く母。

越智 「カーチャン…良かった…良かったよう…」

母、キッと見すえ、遺影でオチをたたく。

「このバカ息子が!バカ息子が!!バカ息子が!!」
越智 「イテ!イテ!イテぇよ母ちゃん!」
小川 「奥さんおちついてっ!」
安永 「それ遺影ですよ、遺影!」
「あんたが、こげんことばっかしとるけん、あたきも天国の父さんもどげん、心配しとっとか…」
越智 「ほんなこついうてもくさ…」
「父さんの49日にも帰ってこんと…博多の映美おばさんが何て言うとるか知っとうとね。"よかねえ、東京の大学さ行きよったヒトは。父親の49日も帰ってこんと勉強に精出して。さぞかしエライ人になりよるたいね"」
越智 「そげんこつ…」舞台写真
「それきいて母ちゃんが、どげな思いばしたか、あんた考えたことあるとね!?」
越智 「そりゃ…」
「そんで自分の目ェで確かめよ思うて来てみたらくさ…何ね、何がヘレンケラーね!?サリバン先生ね!?ウォーターね!!?」
越智 「ハァ?」

そっーと逃げようとする岸野。
小田嶋につかまる。

小田嶋 「逃げるな、岸野」
桑田 「責任は、自分で取れ」
「こうなったら母ちゃん、死んでもあんたを連れて帰るけんね」
越智 「そりゃムリくさ!初日は明日たい」
「初日も何もなか!そげな無体なカッコして人様の前に出すくらいなら、首にナワかけてでも連れて帰るけんね!」
越智 「母ちゃん!!…俺は、情けなか」
「え?」
越智 「いつから服装で判断するようになったとね。母ちゃんの口ぐせやないね。"人は見かけで判断したらいかん。要は中身たい。中身が大切たい"」
「…」
越智 「そりゃ俺のかっこはパッパラパーたい、ばってん母ちゃん、芝居は芝居は、そやあ、いいもん作るたい!」
「…そげん…そげんこつ…」
越智 「この半年ちゅうもん、ここにいる皆なで精根こめて作った芝居たい。今、ここで、俺だけ抜けるわけには行かんくさ!それこそ、母ちゃんや父ちゃんの大嫌いな卑怯者のやることたい!!」
「…実…」
越智 「やらせてくれよ、母ちゃん…それが…天国の父ちゃんへの、俺の精一杯の、花むけたい…」

あちこちで、すすり泣きの声。

「…わかったよ、実…。お前の決心は固いようだね」
岸野 「え!?じゃあ…」
「実を、連れ帰るのは、あきらめます。ただし」
小田嶋 「ただし?」
「私も、一緒に、ここに居ります」
越智 「ゲッ!!」
岸野 「お、お母サマも、ここに?」
「ハイ。こうなった以上、全てを見て、九州へ帰りとう存じます」
岸野 「お断わりしたら?」
「県人会の手を借りてでも、実を、連れ帰ります!」
敦子 「県人会…」
有川 「しかも九州…」
美咲 「勝てないわ、きっと…」
岸野 「わかりました、お母さん。どうぞ一緒に芝居を作って下さい」
「それではできる限り、私も皆様のお役にたてるよう、がんばりたいと思います。皆様、よろしくお願いいたします」

岸野のみ拍手。一同冷淡。

「県人会」

一同、盛大な拍手

「で?私は何をしたらよろしいのでしょう」
小田嶋 「何って…。大体、遺影なんか抱えられてたら、何もできませんよ、何も!」
「そうですわね、失礼しました。あの、西はどちらになります?」
小田嶋 「え?…あっち、かな」舞台写真

母、西の方向に遺影を。

「コップと、もしあれば、お椀にごはんを…」

母、かげぜんととのえる。

「あなた…見ていて下さいましね…実と、きっと立派な芝居を作ってごらんに入れますわ…」

チーン。
一同、読経。

小田嶋 「あああ…違う芝居になってゆく…」
岸野 「今のうちに脱げ、サル。また失神されちゃかなわん」
敦子 「じゃ、これで衣装はOKですね?」
岸野 「本当は、この乳毛の先っぽにスパンコールで星をつけたいんだがなァ…」
美咲 「これ以上やると、お母さん、死ぬわよ」
岸野 「わかってるよ。いいよ、これで」
越智 「ヘーイ。ホント、ジャマなババアすよね」
小田嶋 「だから、てめえの母親だろがっ!!」

サル、アッコ、去る。

「それで、私は何を致しましょう」
小田嶋 「いいですよ別に。隅で、ジャマにならないようにしていてくれれば」
「そういう訳には参りません。ここに残ると決めた以上、何か少しでもお役に立たねば…」
大須 「ムリですよォ〜、お母さんには。これでけっこう大変な仕事ばっかりなんですから」
「でも…」
小田嶋 「いいから、いいから、さ、遺影の前で茶でも…」
「県人会」
小田嶋 「どこか!人手足りないようなトコないか!?お母さまが手伝って下さるそうだ!」
桑田 「こっち頼む。もう何でもいい、手が欲しい」
小田嶋 「装置に?ムリだろさすがに大工仕事は…」
「イエ!やらせて頂きますわ。ご指導、よろしくお願い致します」
桑田 「どうも。桑田です。じゃ…ここんとこ、クギ打ってって下さい。この長さのヤツで、そうですね、2cmかんかく位で。…大丈夫ですか?」舞台写真
「承りました」

母、たすきがけ。
手早くクギを口にくわえ、確実に打っていく。
あっという間に打ちおわる。見事。
あっけにとられる男たち。

小川 「スゲー」
小田嶋 「やるなァ、お母さん」
桑田 「ああ。どっかの御曹司より、よっぽど役に立つ」
大須 「あう」
「嬉しいわ。認めて下さって、桑田さん」
桑田 「光正と呼んで下さい」
「じゃ、私も。よし江って呼んで」
桑田 「よし、さっそくとりつけましょう、よし江さん」
「ハイ!」
小川 「…どうする?二人の間に愛がめばえたら」
越智 「エッ!?すると桑田さんが俺の父ちゃんに!?」
岸野 「何だか一挙に人間関係がややこしくなりそうだな…」
小田嶋 「8時50分です!今日の完パケまであと約1時間!」
「ヘーイ」
小田嶋 「ああ、もう、進まないったら…」

と、スミの方にカモシダ。

鴨志田 「(地面にむかい)…へえ…そうなんだ…大変だね…わかった…オダジマさん…」
小田嶋 「ン?な、何だ」
鴨志田 「…あの燈体、あそこにないと、まずい?」
小田嶋 「え?…有川!」
有川 「なに」
小田嶋 「動かせるか、アレ」
有川 「エー!…できるけど、めんどくさい。必要あるの?」
小田嶋 「いや、カモシダが…スピーカーと干渉するのか?」舞台写真

カモシダ、頭を振る。

小田嶋 「じゃあ何でだよ、何がまずい…」
鴨志田 「…動かさないと、きっと」
有川・小田嶋 「きっと?」
鴨志田 「…災いが。」
有川・小田嶋 「…」
有川 「…向うので、カバーするわ」
小田嶋 「悪ィな」
鴨志田 「…ありがとう…」

駆け去るカモシダ。

有川 「…何でこんなヤツがいるのよ」

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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