歯周疾患の疫学

指数の歴史的背景

歯周疾患の評価システムの出遅れ

 1930 年、虫歯を評価するためにDMF Indexが作られました。これは、 D: Decayed tooth(未処置の虫歯)、M: Missing tooth(虫歯で抜かれた歯)、F: Filling tooth(虫歯を処置した歯)として、一人当たりのDMFの合計がいくつであるか求めるものでした。しかし、歯周病を評価する指標はこれより10年以 上、存在しませんでした。プラークと歯周病の関係が言われはじめたのは1950年代の後半であり、当時、歯周病の原因は虫歯との関係、栄養不良、全身疾患 の一種などの仮説が挙げられていました。

 SchourとMassler (1947)はDMF Indexを参考に、PMA Indexを 作りました。これが歯周病を評価するためにできた、最初の指数になります。下のグラフは彼らがイタリアで行った調査ですが、栄養状態の悪いところ (Naples市)はそうでないところ(他の3市)と比較して、特に早期の歯肉炎が高いことが認められました。また、第二次世界大戦後に虫歯の受診率は変 わらないけれども、歯肉炎の受診率が高くなったことも考察されていました(ただし、データとしては書かれていません)。


(SchourとMassler (1947)より改変)

 PMA Indexの欠点は表面の炎症のみ評価し、実質的な歯周組織の破壊については評価していないことでした。1950年代、WHOは虫歯が少ない極東地域での歯周病の評価に関心を持っていました。 そこで、新しい指数の必要性が示唆されました。

 Russell (1956)は歯周組織の破壊も考慮したPIを 考案しました。彼は様々な地域で調査を行い、次のような結論を得ました。すなわち、教育レベルが高く、収入の多い人は、低い人と比較して口腔衛生が良好で あり、歯周疾患も少ないこと、ビタミンAおよびタンパク質が欠乏している場合を除いては、歯周病と栄養状態の間に明らかな因果関係はみられないこと、とい うものでした。そこで、口腔衛生を考慮した指数の必要性が示唆されました。

 

歯周治療の転換点

 GreeneとVermillion (1960)は口腔衛生状態を評価するOHIを考案しました。下のグラフは1963年に発表された調査です。


(Greene(1963)より改変)

  これによると、年齢が高くなると口腔清掃状態(OHI-S)は悪化し、それに伴って歯周破壊(PI)も進行していました。 プラーク(DI-S)は年齢ごとで変化は少ないのですが、歯石(CI-S)は多くなっていました。ただし、OHIは歯肉縁上プラークのみを評価し、歯肉縁 下プラークについて評価していないため、DI-Sに大きな変化はなかったものと思われます。

  この時代(1960年代前半)はプラークが歯周病に関与することが認め始められたものの、原因は全身的因子によるものと考えられており、治療は栄養状態の 改善や薬剤投与が主流でした。疫学調査から、これまで考えられていた人種差、地域差、栄養状態などは口腔清掃状態との関係で説明がつくようになりました。 口腔衛生の良好な水準の維持が歯周病を防止するひとつの方法であることが示されたために、これ以降は、口腔清掃と歯肉炎の因果関係が調査されるようになり ます。

 

実験疫学の時代へ

 Loeら(1965)GI (LoeとSilness 1963)とPl.I (SilnessとLoe 1964)を用いて口腔清掃と歯肉炎の因果関係を調査しました。プラークがあるから歯肉に炎症がおきるのか、炎症がおきたためにプラークが増加したのかを調べたものです。その結果が下のグラフです。


(Loeら(1965)より改変)

 口腔清掃(PlI)を実施しなければ歯肉炎(GI)が惹起され、口腔衛生を再開すれば歯肉炎は消失しました。 歯周疾患の原因はプラークであり、歯肉の炎症はその結果であることが判明しました。

 Suomiら(1971)は3年間にわたる、口腔衛生と歯周支持組織の喪失の変化を調査しました 。この研究は今までのものと異なり、対照群と実験群に分けて、経時的な変化をみました。現在の疫学研究の基礎をなす研究であるとされています。

 実験群は3ヵ月ごとの口腔衛生指導とスケーリングを行い、対照群は診査のみで具体的な指導は行いませんでした。


(Suomiら(1971)より改変)

 実験群は口腔清掃状態(OHI-S)が良好であり、付着している歯周組織(アタッチメントレベル)の喪失もわずかでした。

 

現在の疫学研究の流れ

 Ainamoら(1982)が治療の必要度を評価するCPITNを発表しましたが、それ以降の疫学研究についても簡単に記載しておきます。

 Haffajeeら(1983)は歯周病は1歯ごとのみならず、1歯面ごとに異なる疾患であることを示しました。Socranskyら(1984)は歯周病は徐々に悪くなるのではなく、歯ごとに“勃発”と“静止”を繰り返しながら悪くなっていく部位特異的な疾患であることを示しました。

  これらのことを受けて、現在では特定の部位のみを対象とした指数を用いるのではなく、全歯面を対象とした調査が主流になっています。1990年代は病因疫 学の時代となり、歯周病に関係する危険因子、例えば、特定の細菌の組み合わせ、喫煙や糖尿病と歯周疾患の関係などについての研究が行われています。

 

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本項目でMedlineのオンライン版に登録されていなかった文献の一覧です。

Schour, I. and Massler, M. : Gingival disease in postwar Italy(1945). 1. Prevalence of gingivitis in vorious age groups. Journal of the American Dental Association. 35 : 475-482, 1947.

Russell, A. L. : A system of classification and scoring for prevalence surveys of periodontal disease. Journal of Dental Research. 35 : 350-359, 1956.

Greene, J. C. and Vermillion, J. R. : The Oral Hygiene Index : A method for classifying and hygiene status. Journal of the American Dental Association. 61 : 172-179, 1960.

Greene, J.C. : Oral hygiene and periodontal disease. American Journal of Public Health. 53 : 913-922, 1963.

Loe, H., Theilade, E. and Jensen, S. B. : Experimental gingivitis in man. Journal of Periodontology. 36 : 177-187, 1965. 

Loe, H. and Silness, J. : Periodontal disease in pregnancy. 1. Prevalence and severity. Acta Odontologica Scandinavica. 21 : 533-551, 1963

Silness, J. and Loe, H. : Periodontal disease in pregnancy. 2. Correlation between oral hygiene and periodontal condition. Acta Odontologica Scandinavica. 24 : 747-759, 1964


最終更新2013.1.2