2003年12月のミステリ 戻る

占星師アフサンの遠見鏡 FAR-SEER
 
1992年 ロバート・J・ソウヤー 内田昌之訳 ハヤカワSF文庫 386頁
あらすじ
女帝レン=レンズ陛下に使える宮廷占星師タク=サリードの弟子アフサン。夜が好きだ。星を見上げるのが好きだ。頑丈な尻尾のためにあおむけになる事ができないのが残念だ。「どうしてキンタグリオは星ぼしを楽に見上げる事が出来ないのですか?」と恐るべき偉大なる老師匠にたずねたところ、師サリードは若きアフサンを見下ろして「神がそれを望んだのだ」と答えた。「星ぼしが創造されたのは、神がみずからご覧になるためであり、好奇心旺盛な見習いが鼻づらをむけるためではないのだ。」であった。
感想
ジュブナイルSFかな。3部作の第1作らしい。後2作品は未訳とか。
知性を持つ恐竜キンタグリオ族は肉食獣のため”他人のなわばり”に踏み込む事に神経質だ。距離を取る事に気をつかい”なわばり譲歩のお辞儀”を繰り返すという礼儀正しさ。そうしないと本能的に鉤爪が出て相手を倒そうとする。といった種族固有の描写が楽しい。人間にもテリトリというのがある。打ち合わせの場は自部門の小部屋でするほうがうまくいく(笑)。
星を愛する知的な少年アフサンが本能的には命知らずの猟師でもあり、おおぐらいの”でぶちんダイボ”があんがい王子様らしい政治的な頭もある。このダイボが実際王としてふさわしいのかそれとも昼行灯なのか二作目を読みたい。
おすすめ度★★★1/2
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密室に向かって撃て!
 
東川篤哉(ひがしがわとくや)作 光文社カッパ・ノベルス 
あらすじ
「密室の鍵貸します」に続く烏賊川(いかがわ)シリーズ第二作
ちょっとした傷害事件の犯人が実は銃刀法違反の重罪犯であり泡をくった捜査員は、肝心の改造銃をどこぞの誰やらにかすめとられてしまう。そのドジを踏んだ捜査員ふたりは砂川警部と志木刑事。その後烏賊川市の海岸沿いで銃殺されたホームレスの遺体が発見される。ホームレスと知り合いだった探偵鵜飼と弟子の戸村流平は海岸に墓標を立てにやってきて十条寺食品の会長とその孫娘さくらと愛犬のスルメと知り合う。探偵鵜飼はお嬢様の花婿候補者3人の素行調査を秘密裏に依頼される。「名探偵がそんな事できまへん。沽券にかかわる」と断る腹だったが、どっこい大家が許さない。12ヶ月も家賃を滞納している名探偵であった。
感想
あいかわらずのお寒いギャグと頭にこなれにくい文体。「読みにくいのう」と文句連発。でも好きかな。お屋敷、お嬢様、三人の婚約者、名探偵といった大時代的な舞台、そして衆人監視の中の密室ものなのだ。わくわく。
名探偵鵜飼は作者の頭の中では「「パイレーツ・オブ・カリビアン」で私のジョニー・デップが演じたキャプテン・ジャック・スパロウだと思うのよね。ところがいささか影が薄い。”ジャック”を描くには作者の力量がまだ足らない。オヤジの砂川警部と若造の志木刑事の方がまだリアルだ。作者もわかっていると見えて、分が悪いチームに「鵜飼の大家」を投入したんだな。その結果ドタバタ度がまして、、、作者は赤川次郎を目指しているんだろか。
おすすめ度★★★1/2
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神のロジック 人間(ひと)のマジック
 
2003年 西澤保彦 文芸春秋 ミステリーマスターズ 286頁
あらすじ
人里離れたある全寮制の学校は11歳、12歳の生徒6人の教育をしている。世話をしているのは先生2人と食堂のおばさんの3人。英才教育をほどこしているのか不思議な学校だ。時々推理ゲームのようなワークショップ(実習)が与えられる。
感想
何のためにこの学校はあるのかを3人の生徒が推理する所から俄然引き込まれる。すごく面白かった。
が、やがて哀しき。哀しいのはさぼてんの心なのか、作者を哀しく思っているのかは不明。東野圭吾氏の「パラレルワールド・ラブストーリー」に通じるものがあるかな。そうしないと生きていけないという所が。
 
作者の夫婦仲は円満なんかな。西澤保彦氏という人は内に荒涼としたものをだかえているのかもかもしれん。そういうあやうさのある自分を生きさせてくれるのは妻なのだという感謝の作品だと感じる。
おすすめ度★★★1/2
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半落ち
 
2002年 横山秀夫 講談社 297頁
あらすじ
ひとりの警察官が自首をした。妻を殺したと。アルツハイマー病におかされた妻が死なせてくれと懇願したはての嘱託殺人。ただひっかかるのは自首をしたのは殺人の3日後だった。2日間何をしていたのか。警察の追及にも頑として口をわらない「半落ち」だった。
感想
ふうむ。中年泣かせ・・・・の本というか。いや、オヤヂころがし・・・・の本か。
 
元警察官「梶総一郎」に順繰りにかかわっていく6人の男たちの物語。その男たちの年齢は37歳から59歳。書道の腕の確かな「梶総一郎」が書いた「人生五十年」心揺さぶられる男たちだ。(さぼてんは「人生五十年」といえば高橋幸治が信長役で舞っていた大河ドラマ『太閤記』を思い浮かべる人間だ)その男たちは日々必死に仕事に生きフツーの人たちより世の中のダーティな部分を知り、フツーの人たちより権力を他人に行使できるコワモテの男達だ。家族のために耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んでいる。が、「社会的な人間」の男達はねっこは日々自分のために生きている。ところが「梶総一郎」と出会ったことで「梶総一郎」の死守している秘密に触れ何故自分はココニイルノダロウと今、内に問いかけるのである。
 
さぼてんは♀であるため♂の心理ははかりがたい。が不覚にも最後はほんの少し「年寄りめっ」になった感動作だ。かっこいいのは警察官の「志木和正」と検察官の「佐藤銛男」だが残念ながら印象深いのはかっこよくない都落ちした弁護士の「植村学」。恐らく自分がマイナーな人間だからだろう。
おすすめ度★★★★1/2
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ターミナル・エクスペリメント The Terminal Experiment  1995年ネビュラ賞(長編部門)
 
1995年作 ロバート・J・ソウヤー 早川文庫SF 内田昌之訳 458頁
あらすじ
1995年26歳の大学院生ピーター・ホブスンはトロント大学で生物医学工学を学んでいた。ドナーからの臓器摘出手術を手伝っていた時、心臓めがけメスが入った瞬間ドナーの胸が大きく持ち上がったのを見る。あえぎ声も聞こえた。17才のドナーが死んだのは心臓をえぐりとられた瞬間だったと確信したピーターは人間の本当の「死の瞬間」を知る手段はないものかと研究と実験を重ねスーパー脳波計の試作を続ける。
感想
ひとりを惨殺し、ひとりを巧妙な完全殺人の餌食とし、最後のひとりに瀕死の重傷を負わせた犯人は誰だ?のフーダニットもの。容疑者達が奇抜だ。しかし話はコンピュータへの考え方があいまいというか夢みたい。音声入力でパスワードを平気で口にする日にゃ盗聴されてりゃ一発ですな。魂波(ソウルウェーブ)に関しては「牛にはない。チンパンジーにはある。」って所で多くの日本人は問うはず・・・・・・「じゃ鯨はどうなの?」・・・・
 
一番印象に残ったのは真夜中に悩めるピーターが「コントロール(未改変)」のシムと会話をする所。
 
「ときどき、結婚する相手をまちがえたのかと思う事がある。」と打ち明けるとシムが「選択肢は多くなかっただろう。」と答える。本当かどうかは不明だがシムが言うには生まれた時に引き離された双生児でも驚くほどの類似があるそうだ。ところがただひとつだけ例外がある。それは結婚相手。「結婚したい時できる時に好きな相手がいて、しかも相手も結婚の条件が整っていて自分と結婚してもいいと思っている。」というのはゼロかひとり。驚くべき幸運に恵まれれば3人か4人。よくよく考えれば−選択の余地がほとんどなかった事がわかるはずだ。とピーターを説得するのである。
 
社内結婚を見つづけているさぼてんには実にすんなりわかる内容であった。それが運命と言われればそうだけれど、適齢期の男女のほんのちょっとしたきっかけなのよね。席が近くになったとか一緒に残業したとか飲み会で隣だったとか。ほとんどがそのまますんなり結婚する。多くの中から選んだような気がするかもしれないけれどどうかな。
つまり作者がいいたかったのは「どこかに私だけの相手がいるはず。」と探しつづけるのではなく、パートナーが必要であれば一度決めたら相手がまっとうな人である限り、ふたりとも誠実に努力をつづけて実り多い人生を送れという事ではなかろか。この人ご両親が離婚しているんだろうか。
おすすめ度★★★★
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黒いハンカチ
 
1957年作 小沼丹(おぬまたん) 創元推理文庫 222頁
あらすじ
某女子大学を出たニシ・アズマはA女学院の英語教師をしている。小柄で愛嬌のある顔だが、顔に似合わずおつむのほうは鋭かった。
昭和三十二年四月から昭和三十三年三月迄、雑誌「新婦人」に読切連載された十二作品。著者は早稲田大学教授の(を)傍らに小説を書かれていたそうです。
感想
「まあ、御挨拶ね そりゃ悪かありませんよ お通しして頂戴な 御免遊ばせ 左様で ケエス ボオト トラムプ 莫伽ね お這入んなさいな」えとせとら、漢字変換ができない。のどかだレトロだ品が良いんだ。なんてゆったりと時間が流れるんだ。嫁入り前の娘さんのニシ・アズマは運動会のあくる日の「草臥れ(くたびれ)休み」に伯母の家に傘を返しに行って半日伯母の相手をするんやって(せっかくのお休みやのに)。
 
ふわふわした不思議な雰囲気がある。昨今力はいりまくりのミステリに比べて作り手の苦労なぞみじんも感じさせない。まあそれ程の謎でもないからであるが。ニシ・アズマの妹の名前がミナミコではなくミナミだったらそこだけ現代的で楽しかったのにな。ただなんとなく残念である。
 
料理自慢の院長タナカ女史の家におよばれに行って遭遇する事件「眼鏡」、ご令嬢の婚約披露内輪のパアティで若い男女が芝生の上で踊る「スクエア・ダンス」、サンタ・クロウス毒殺事件の「手袋」がブラウン神父、「黒いハンカチ」「赤い自転車」が観察眼鋭いミス・マープル物のようだな。完全犯罪の「蛇」がほほえましそうな風景の中に毒があって好み。
おすすめ度★★★1/2
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