2000年4月のミステリ

安達ヶ原の鬼密室

歌野晶午 2000年
感想
4部構成で、最初の1から3は目先を変えた「子供の冒険物語」。4番目の密室は、ほらたまにクイズに付いているでしょ、元のクイズを簡単にして「こう解くんですよ」という「解答へのヒント」になっているという凝った作り。 作者の純粋で挑戦的な姿勢に好感を持つ。主になる「3 安達ヶ原の鬼密室」の「入出」が常識とは逆だったというトリックには素直に感心しました。
ただ欠点としては大きなカタルシスは感じられなかったという事かな。1→2→→4ときて解決編で逆に→→2→1と戻る所で「2」の解決編の時には「そういえばそんな話、ありましたな。」という印象の薄さ。意表を突くとしても必要なんかなあ、この「2」は。それと解答編の「4」の的はずれの推理は読んでいていささか苦しい。なくてもいいのではなんて思ってしまう。「4」のトリックは昔読んだ短編と似ていた。

最後の謎は読者への挑戦状なの? どういう方法かみんな解ったのかな? あの公園は丘の上にあるんでしょうか?
おすすめ度:★★★1/2
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眠れぬ夜の殺人

岡島二人 1988年
あらすじ
夜中の酔っぱらいの喧嘩で片方が殺されるという事件が連続して起こる。捕まった加害者達は一様に「喧嘩をふっかけられた」と事情を話す。これらの事件には関連があるのではと異常を察知した上級警察官はある秘密組織に調査を依頼する。
感想
「労多くして益少なし」「人間の命がとても安い」「大それた事するわりに狙いがチンケ」とか思いましたが、3つのアイデアが優れていた。ひとつは犯罪方法、ふたつめは犯人の正体への手がかりを提示する方法、三つ目はボスの存在。
が、秘密組織の3人組に違和感がありいまひとつのれない。警察が当時出来ない盗聴等の手段を使って犯人を追うための設定としても、スパイ大作戦のようでいささか古さを感じる。

話変わるんですけれど、この間の「名古屋の5千万円の恐喝事件」を特集していたNHKが「警察は何もできなかったのか?」とかいってましたが、どうなんでしょうか。被害届が出ていないのに、警察が捜査していいのか? そんな権力を持たせていいのかよく考えて欲しい。
おすすめ度:★★1/2
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扉の中 GARNETHILL 英国推理作家協会賞最優秀処女長編賞受賞作

デニーズ・ミーナ ハヤカワポケットミステリ 1999年 414頁
あらすじ
モーリーンは8ヶ月続いたダグラスとの関係を終わらせる決心をする。ふたりの心はすでに離れていたが別れるきっかけを掴めずにいたモーリーンはエルスペスとは同棲しているだけだと言っていたダグラスの結婚証明書を取り寄せる。そこには12年前にふたりが結婚した旨が記載されていた。
友人のレズリーとベロベロに酔っぱらったモーリーンは、翌朝二日酔いでフラフラして起きてみれば、別れるつもりのダグラスを居間で見つける。ロープで縛られ喉を一文字に切り裂かれた姿だった。
感想
「弱き性、その名は女」という言葉は、今までの人生なかなか実感をもてない(笑)。父、兄、さぼてん男と幾分寡黙でクール、しかし絶対的にやさしい男と接しているせいか。「ウチは女の方が強いぞ(単に我が儘だという事)」というのが実感(笑)。兄貴が赤ん坊だった頃、おしめを替えている父を見て伯母達(父、母の姉達)が驚愕したらしい。学校時代も勤めてからもさぼてんのまわりは紳士的な人ばかりだったと思う、少なくとも表面的には。本能的にマッチョタイプは避けていたのかも。

でも、世の中甘くはないわけで色々な事があるんだな。。。「自分の身を守る事が出来ない人々が”暴力”をふるわれる」話。モーリーンは自分の力で犯人を見つけだし天誅を下す事で今までの人生を総括し次の扉を開く事ができる。その勇気に拍手。

「永遠の仔」と同じく「親子の絆というのはなかなか断ち切れるものではない」というのは、国籍・人種・文化を越えた苦しみなんだ。最後に家庭内の性暴力の被害者になるのは女性だけではないというのを垣間見せている作者はえらい。

ちょっと前にTVで「心理探偵フィッツ」の深刻な話をぼっと見ていたんですが、「違う角度から見た家庭内暴力」の話は新たな驚きだった。3人姉妹がいて父親は長女と三女に近親相姦の関係を持つ。母親もそれを黙認している。そういう歪んだ家庭で育った次女はどうなるかという話だった。自分だけ蚊帳の外という疎外感を持ちみんなの注目を浴びたいと深い所で愛情に飢えた気持ちを育て続けるんですね。直接の被害者ではなくてもやはり被害者になるという内容だった。そしてその被害者は恐ろしい事をしでかす。子供に対する言語道断の暴力の加害者の生態というのは闇の中です。いったいどんな了見なのか。 と、こんな所で怒っていてもしかたない・・・。

本はビデオで映画をみるとか、お酒を飲むとか、煙草をのむとかぐーたらな楽しみがいっぱいでてきます。映画「柔らかな殻」は避けていたけれど見てみようかな。煙草もこんなにおいしそうなら吸ってみたい。30年吸い続けるとガンになる確率が高くなると言われていますが、今から30年後だったらどうでもいいじゃん。吸いはじめようかとも思いますが、若い頃と違って傷つけられた細胞は元には戻らないため30年ももたないらしいという事で我慢しています。つまらん。
おすすめ度:★★★1/2
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オルファクトグラム

井上夢人 毎日新聞社 2000年 553頁
あらすじ
双子の生き残りミノルは、自分たちのバンドで初めて自主制作したCD「チャーリー・ブラウン」を持って祖師谷の姉、千佳子の家を訪れる。仲のいい姉に一番に聞いてもらいたかったのだ。チャイムを鳴らしても姉は出てこない。ドアノブを回すと鍵が掛かっていない。イヤな予感がしてきた。。。。
感想
今まで犬や猫が人間以上の知力を持ち探偵役を務めるって話はいくつか読んだけれど、反対に人間が桁外れの嗅覚を持ち犬に近づき追い越し犯人を追いつめるって趣向が新しい。
主人公を「稔」と書かずに「ミノル」って表記しているのも面白い。犬の名前にいくらか近いといった異邦人っぽさがある。もうひとつ、物語の一人称視点である「ミノル」は興味がないのか出会った人の描写をほとんどしない。それでも嗅覚でどう感じたかを表す事で「若い」とか「きれい」とかを読者にイメージ付けさせてしまう仕組みがうまい。犯人を「象牙色(アイボリー)の太鼓型」と設定しているのは、これといって特徴がなく目立ず寸胴でやぼったい犯人像なんだろう。  

ミノルが感じ取っている臭いの世界を読者にわかりやすく理解させるため、視覚的な映像を利用しているのは面白いけれど「読者の視覚イメージに頼るんやな」と限界も感じる。脳の仕組みを説明する事で逃げはうまくうってありましたが。パトリック・ジュースキントの「香水」のような詩的さは感じられないが、現代的。作者の書いている文章からさぼてんが「ミノルの嗅覚による世界」をイメージしたのは「ニルヴァーナ」の電脳世界に近い。色々な形のモノがふわふわ漂っているあの映画には色々文句言ってましたがなかなか実験的な映画だったんだ。

文章を書いて食っている作者が、活字中毒の読者に対し”あの結末”を突きつけるのに驚いた。刺激を求めて書いてあるものを読み流すだけで、五感で感じ頭の中で考えながら再構成するという作業を放棄してしまったのかもしれないと思わされる。何事も多面的な捉え方が必要という事なの・・か? 
おすすめ度:★★★★
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